jpg 反天皇制運動連絡会は、12月23日、千駄ヶ谷区民会館で「原発ファシズム・天皇制」というテーマで集会を行った。

 開催挨拶が反天連から行われ、「政・官・財一体となって押し進められてきた原発。山本義隆は『原発ファシズム』(『福島の原発事故をめぐって』みすず書房)と規定して批判している。さらに掘り下げていくために冷戦体制下での核の「平和利用」、天皇制の果した役割、福島第一原発事故後の天皇による『被災地巡幸』、『がんばろう日本』ナショナリズム、脱原発運動と『日の丸』などの検証は重要だ。年末に入って明仁天皇が入院したり、天皇制延命のための女性宮家構想とかの課題も見すえつつ論議していこう」と発言した。

 問題提起は三人の講師から行われた。



「天皇と原発」
 
 天野恵一さん(反天連)は、「天皇と原発」をテーマにして「天皇一族は、原発を推進してきた国家、大企業の責任を忘れさせるために被災地巡幸を行った。天皇制の戦争責任、戦後責任を問い続けるとともに原発を推進してきた責任の問題のカテゴリーを入れて考えていきたい。集会のタイトルで使った『原発ファシズム』という観点から山本義隆は、政・官・財、マスコミが総力結集したシステムと戦争遂行のための大政翼賛会が同一なものだと言っている。さらに旧財閥が原子力産業を通して一体化していったことも明らかにしている。この連続性を演出したのが裕仁天皇だ」と提示した。

 さらに裕仁が原発システムを日本社会に定着させていく政治的動きの中心だったことを『昭和天皇とワシントンを結んだ男』(青木冨美子/新潮社)、「戦後日本の核政策史」(藤田祐幸/影書房刊『隠して核武装する日本』所収)、『原子力平和利用博覧会と新聞社「戦後日本のメディア・イベント」』(井川光雄/世界思想社)などを紹介し、「原爆と原発、核と安保、天皇制の問題を一つの有機的な体系システムとして整理し、再把握していくことが求められている」と今後の課題を強調した。
 

「『笑顔のファシズム』と原子力の『平和利用』」

 
 田浪亜央江さん(ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉)は、「『笑顔のファシズム』と原子力の『平和利用』」について永井隆(長崎医科大学教授、物理的療法科部長 /白血病/1951年5月死亡、カト
リック)の主張を材料に掘り下げた。

 田浪さんは、永井分析の契機について「原発御用学者の山下俊一(福島県立医科大学副学長)が『ニコニコ笑っていれば放射能の被害は受けません』などとデマを撒き散らしていたが、永井礼賛者でもあった(総力特集 東日本震災で長崎大学が果たした役割)」ことを紹介し、次のように分析した。

 「永井は、放射線研究で被曝が重なり白血病にかかり(1945年)、米国の8・9長崎原爆投下でも被曝した。その後、被曝者の救護活動、長崎医科大で『原子病と原子医学』の研究を続けた。だが永井の本質は、『長崎の鐘』(1946年)『原子野録音』(1947年)、『いとし子よ』(1949年)などにおいて主張しているように原子力エネルギー礼賛者であり、天皇崇拝者であった」。

 永井の背景として①愛国者である一方で、クリスチャン。科学者として国家を超えた永遠のものに殉じようとする意識②神が人間の目から隠したエネルギーを工夫と努力によって解明し、正しく使うのが人間のとるべき道であり文明である、という信仰③「科学者選民思想―などについて浮き彫りにし批判した。
 

「誰も殺すな」 

 山口素明さん(フリーター全般労組共同代表)は、「誰も殺すな 福島原発事故に関するフリーター全般労働組合の声明―グスコーブドリのいないイーハトーヴはいらない」(3月17日)を資料に報告。

 声明は、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」を引用しながら、「英雄譚を作り出すためではなく、そこで働く人々をグスコーブドリにして褒め称える醜悪さを私たちが克服するために福島原発で取り組まれつつ隠されている労働のすべてを子細に公開すべきだ」と要求した。

 第二は、「原子力被災者」を対象化したうえで「都市貧困層」にひきつけて「確実に食の安全から排除される。原発の停止によって電力供給が不足し、輪番停電が実施されているが、それに伴う事業所の閉鎖や休業が相次いでいる。都市貧困層はこれによる失職と賃金カットに見舞われ購買力を低下させるだろう。私たちは被災者だ」と主張。

 要求として「原子力発電所を直ちに停止せよ。人の生命を貪るビジネスから撤退しろ。東京電力はすべての原子力被災者に補償せよ。被曝したすべての人々に今後の全健康被害を回復するまでの医療費と生活費を補償せよ。原発事故のために閉鎖や休業を余儀なくされたすべての事業者の売り上げを補填せよ。失業や休業、賃金カットに追い込まれた人々の損害を補償せよ」などを掲げたことを報告し、これまでの取組み、諸論議などを紹介した。

 問題提起後、質疑応答を行い論点を深めていった。終了後、交流会に移り「2012年反天皇闘争」にむけた意見交換を行った。(Y)