DSCF0639 12月11日、「東電福島原発震災から9カ月 全国から電力会社・経産省を包囲しよう!再稼働反対12・11デモ」が11・11~12・11再稼働反対!全国アクション実行委員会の呼びかけで行われた、1000人が参加した。


 午後1時半から日比谷公園中幸門で、簡単な集会が行われた。佐々木慶子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)が「福島県庁のある福島市でも放射線量が高い。とりわけ渡利地区。逃げるに逃げられない人たちがいる。政府・自治体は除染をやるから地元に住めと、安全キャンペーンをやっている。政府は自主避難者一人に八万円、妊婦・子どもいる家庭に40万円の補償を決めた。ふざけるなと怒り心頭だ。避難地区の家畜が見捨てられたように、人間も同じ扱いをされている。除染よりも被災者への生活支援を。すべての原発を止めよう」と訴えた。


 鈴木卓馬さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)が「浜岡原発は5月14日以来、止まっているが一万本の燃料棒は入ったままである。9月に牧之原市議会が永久停止決議をして以来次々と廃炉決議が広がっている。中部電力は津波対策で18メートルの防潮堤を作っているが、福島原発事故原因が津波だけでなく、地震で最初に配管がやられたのだろう。津波対策を行っても事故は起きるだろう。永久停止、廃炉しかない。これから地方議員にもっと働きかけてゆく。浜岡原発停止の裁判は一審で完敗したが、福島原発事故で変わった。今までの基準が飛んでしまい、自ら判断せざるをえなくなっている。七年以上と止まっていた裁判が始まる」と報告した。




 大間原発と闘っているアサコハウス管理人の小川原あつ子さんが「フルMOX燃料を扱う大間原発は三七%の工事が進んでいるが、まだ原子炉本体の設置は行われていない。福島原発事故があり、いまは工事が止まっているが、地元自治体首長は工事の再開を要望している。設置主体の電源開発も工事を再開させ、完成させると言っている。地元は反対の声をあげることが困難だ。ぜひとも、外から支えて、訴えてほしい」と発言した。


 ウォールストリートの活動に参加しているスイング・マサさんがサックス演奏を披露した。次に福島老朽原発を考える会の青木さんが原発輸出と除染にかかる一兆円を被災者の生活のために使えと訴えた。なすびさん(福島原発事故緊急会議被曝労働問題プロジェクト)が被曝労働問題について、原発事故が起こる前から何も対応してこなかった労基署や政府・東電の対応を批判した。そして、仮に原発が廃炉になっても、原子炉の解体や廃棄物の処理・管理のために被曝労働は続く。そこまで考えて運動をつくろう、と語った。


 たんぽぽ舎の柳田真さんは、「12月のもんじゅ全国集会に参加した。その中で、闘う仲間たちに、東京のテント広場や経産省を包囲する行動を参考にしながら、北陸電力の本社のある富山市ではパラソルで行動を起こしたこと、さらに名古屋、岐阜、茨城でも同様の行動が取り組まれていることを知った。東京の運動の重要性を再確認した」と報告した。


 横浜市の鶴見で教員をやっている青島さんが、子どもたちを放射能から守るために、学校給食の全食分の調査をやるように市とねばり強く交渉していること、市民が独自に二カ所で測定所を設けて調べていることを報告した。みどりの未来の杉原浩司さんが、原子力協定に反対する闘いを報告し、今後、リトアニア、トルコも続く。今後の闘いの重要性を訴えた。東電前アクションの仲間たちによって、東電や政府を批判する寸劇が行われた。12月23日午後6時から、東電前で柏崎刈羽原発の廃炉を求めるアクションへの参加が呼びかけられた。


 この後、二時から沖縄電力を除く原発を稼働させてきた八電力に対して、原発の停止と廃炉を求めるデモを行った。デモは有楽町を通り、東京駅を丸の内に進んだ。そこは三菱など巨大メガバンクや大資本の超高層ビルが立ち並ぶ、大資本の心臓部であった。そうした中に、各電力が入っている。三時間半にわたる長時間のデモであったが、デモ隊は明るく元気に、街行く人々に訴えた。宮城県気仙沼のアンテナショップの店員は手を振ってくれた。街角で写真を撮る人がずいぶんいた。


 東電前では20人ほどの「在特会」の極右が原発防衛をがなりたて、デモを妨害しようとしたがデモ隊の方がはるかに力強く相手にもしなかった。


 午後五時半を過ぎ、デモ隊はようやく経産省テント広場に到着した。テントの仲間たちとエールの交換をしながら経産省を一周した。

(M)