jpg 10月29日、アジア連帯講座は、「広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!」というテーマで講師に松丸健二さん(原発いらない!千葉)、福島いわきの仲間を迎えて公開講座を文京シビックセンターで行った。

 講座開催にあたってアジ連の仲間は、「放射能汚染とどう向き合うのか」という観点から次のように問題提起した。


 「原発事故によって大量の放射能がばら撒かれた。私たちの力ではなくすことはできないが、現実に合わせて基準のほうがどんどん緩められ高められている。さらに下水処理場やゴミ焼却場から出る放射能汚染の汚泥だ。東京でも中央防波堤埋め立て処分場には、下水処理場から出た汚泥、ごみ焼却場から出た焼却灰で放射性物質が含まれていたものが、集められている。首都圏の各地で焼却場の周りに仮置きをしていたりして大量に存在している」。


 「これらの問題をどのように考えたらいいのか。福島原発事故は、いまだに放射能を出し続けている。大量にばら撒かれたので、食品だけではなく、身の回りに存在している。原発をやめることは当然だが、同時に放射能汚染問題についてどう向き合うのか。ともに考えていこう」。


 福島県いわきの仲間は、放射汚染の拡大と労働者の被曝問題をクローズアップし、低線量被曝の切捨てを止めさせようとアピールした。(要旨別掲)


 松丸さんは、「福島第一原発事故を被曝問題から考える」というテーマから①核技術②核災害③被曝問題④放射能を少なくする食生活⑤原発再稼働阻止――について報告した。(要旨別掲)



●福島県いわきの仲間の発言


 東京電力は福島第一原発を廃炉にするために、貫通した格納容器を塞ぎ、
そこに水を入れ水棺にすると言っている。仮に出来たと仮定して、私は現在の福島原発とりわけ第一原発地震の地震に対する安全性が心配だ。福島第一原発の近くには双葉断層という長い断層がある。東京電力は双葉断層について動く可能性の在る部分を短く評価している。


 福島県の浜通り地方は3月11日に海側を震源とする地震に遭い、その1カ月後には動かないと評価されていた湯ノ岳断層が動き、内陸型地震が発生した。3月11日の地震は最大震度7を宮城県で計測し、4月11日の地震は、福島県浜通・中通り等で震度6弱を記録し地表に長い断層が出現した。東京電力が動かないと評価した双葉断層が動く可能性が出て来たのではないか。双葉断層が東京電力の予測を外れて動いた時、福島原発はどうなるのか? このことが心配だ。


 今日、明日終わる事故ではない。私たちは3月11日に生活が変わった。世の中が変わってしまった。いまだに放射能が出続けている。あと30年以上続く、原発事故収束を見ることができないかもしれないとみんな思っている。そういう長い展望でやろうとしている。


 みんなそれぞれに不安を持っている。地元に残っている人達もそうです。それらの不安が復興のためということで切り捨てられようとしている。街、通学路だけ除染したらいいのではないかとなってしまっている。人が生きるとは、どういうことなのか。田舎ですから、土と親しみ、山に行ってキノコを採ったり、海に行って魚釣りをしたりしてきた。それは自分の幼いころの思い出とか、みんな繋がっている。これからはそういうことができない。


 いったい人がそこで生活していくことを、どのように考えているのか。矮小化されて考えられている。農産物の補償があっても、農民と漁民だけだ。廃棄物問題で弁護団の調査が入った。家庭菜園をやってきた人はいっぱいます。その作物の補償とかはどうなるのか。いろんな材料費だってある。これらが一切投げ捨てられている。


 ある農家の農作業を行っているのは高齢者だ。お爺さんの楽しみは、時折訪れる孫に「爺ちゃんの作った作物はうめーだろ。爺ちゃんが丹精して農薬を使わないで育てているからだぞ」と言って食べさせることだった。ところが今回の原発の事故で放射能が怖くて、自慢の野菜を孫に食べさせることができなくなった。このようなこと至るところで起きている。


 だから場当たりじゃなくて、どういうふうに汚染されているのか。詳細なデータが調査されなければならない。住民が自主的にそのデータに基づいて計画を作ってやっていかないと、どうにもならない。どこかの科学者が基準値を作るという話ではない。根本的な民主主義をどうするのか。そういう社会体制の問題だ。政府は県民の不安の声に動かされて国の責任で除染する基準を下げる報道があるが、基本は低線量被曝を切り捨てる方向で動いている。我慢しなさいと簡単に言うけど、誰が我慢するのか。その人に我慢を押しつけていいのか。少なくとも健康管理手帳を配布し、ちゃんと健康診断し、医療補償して、そういう体制を作る事が大事だ。


 福島原発の震災被曝者援護法を作ろうという動きがある。広島、長崎では、かえってそれが原爆被害者を切り捨てる役割を果した。その基準値をどうするのか。法律をどうするのか。誰でも使えるようにする必要がある。大きな全国的な運動が繋がってやっていく必要がある。全港湾の仲間たちは、放射能汚染のレンガを横浜の埋め立てに使おうとしたところ止めさせた。現場の労働者、市民が団結して止めさせた。そういうことが大事だと思う。

 


●松丸報告


 福島第一原発事故と他の核災害


 被曝のいろんな基準は、広島・長崎の、その後の調査とかで作られています。広島・長崎の場合は、ウランとプルトニウムの違いがありますけども、瞬間的に放射線が飛び核爆発、核分裂したウランやプルトニウムが死の灰になって、拡散して、被曝をもたらした。時間的には「短時間」です。

 チェルノブイリの場合は、原因が核暴走ということで、核爆発に近い。ウラン燃料が核暴走して破裂し、中性子の減速材として使われていた黒鉛ブロックの火災が起きた。この火災による高熱で死の灰、核分裂生成物が、高い大気層まで上昇したため、広範囲に放射能が飛んだ。


 福島では、メルトダウン後に水素爆発が起きました。水素爆発で建屋が破壊されるまでは、ヨウ素やセシウムなどが内部に充満。排気塔までのルートにはフィルターが付いているので、多くの放射能は外部には出ていなかったが、水素爆発によって撒き散らかされた。建屋が吹き飛んだ後は、除々に放射能が漏出し続けている。福島では3つの原子炉がメルトダウン。チェルノブイリ事故では一つだった。


 チェルノブイリと較べて、日本政府の発表は、確か7分の1とかの放射能しか放出していないんじゃないかというものでした。それに対してスウェーデン研究機関は、その三倍ぐらい出ているのではないかと発表している。幅があって、どちらが正しいのかという判断は置いておいて、私はチェルノブイリより低めの可能性があると考えています。


 さらにチェルノブイリの場合は、大陸の真ん中で起きて、人間の住んでい
る地域としては広い地域が汚染された。福島の場合は、海岸沿いに立地しており、大部分が海へ。一九%が日本列島に降り注いで、二%が日本以外の陸地に降り注いだと言っている。海の汚染、魚の汚染状況は、なかなか報道されてはいないのですが、陸に関してはチェルノブイリと比較すれば、少ないかもしれない。



 「チェルノブイリ原発のあるブリピャチ川流域の土壌は粘土鉱物が少なく、事故前より、セシウム137の作物への移行が大きいことが知られていた」(今中哲二『「チェルノブイリ」を見つめなおす』原子力資料情報室刊)


 今中哲二さんは小出裕章さんの同僚で、京都大学原子炉実験所の助教をやっている方です。五年前に原子力資料情報室が発行した今中さんのパンフレットによれば、チェルノブイリ原発周辺の多くは、セシウムが食品に移行しやすい土壌だということです。


 福島県二本松市の旧小沢町の米の予備検査で、基準ぎりぎりの500ベクレルが検出された。その後の調査では、高い値の出た小沢町の田んぼは、山からの湧き水を利用しているので、砂の比率が高くてセシウムを吸着する粘土質が少ないため、稲に移行したんじゃないかと考えられています。セシウムは水溶性です。(他の田んぼよりカリウムの施肥が少ないため、稲がセシウムを大量に吸い上げたことも考えられる。)


 福島第一原発後、数百キロ離れた地域の野菜やお茶などが汚染されていることがわかりました。有機農法を続けてきた三里塚にも放射能が流れてきました。柳川秀夫さんは、畑の周囲に植えていたお茶の木を切り倒してしまったと聞きました。


 東峰のワンパックのホームページを見たら、
 「畑の土の放射線量の結果がきました 2011.10.20 Thursday
 たんぽぽ舎の放射能汚染食品測定室に検体を出していました、べじたぶるんの3軒の農家の土の測定結果がきました。どれも放射性セシウムの値です。


 ピポカの畑(成田市新田)    101Bq/kg
 三つ豆ファームの畑(山武市)  90Bq/kg
 南実の音の畑(成田市伊能)  104Bq/kg


でした。空間線量から予想される数値としてだいたい予想の範囲内の数値だと思います。


 ピポカベジタブルの新米(成田市新田産合鴨除草米コシヒカリ)についても


 玄米3Bq/kg


 白米検出せず (検出限界は5Bq/kgですが、時間をかけより精度を上げて測定していただきました。) 

という結果でした。」http://blog.vegetablen.main.jp/?eid=1309996


 意外に日本の土はセシウムを吸着し、野菜などに移行しにくい。筑波山のふもと、茨城県石岡市に有機農業が盛んな地域があるんですが、40年ほど有機農業を続けている魚住道郎さんという方がいらっしゃいます。3・11以降に行われた講演会で、「土の力はすごい」、「土が強いと野菜にセシウムが移行しにくい」という言い方をしているそうです。


 おそらくチェルノブイリとは違いがあるのだろうと思います。政府は、このことをわかっていたのか、3・11直後、土が1キログラム当たり5000ベクレムを超える農地では、作付けをさせなかった。一キロ当たり500ベクレルのセシウムとストロンチウムが作物に10分の1が移行するかもしないので、500ベクレムという基準を作ったという見方があるようです。


 土壌の質が違うので、輸入食品の基準は370ベクレムなのに、それより高い500ベクレムとしたのは、日本の土の状況を知っていて決めたのか、チェルノブイリと較べてその基準を作ったのか、というのはよくわかりませんが、それに近いデータが出ているのではないかと感じています。現在、流通ルートの食品の線量を中心にした測定されていますが、その作物が収穫された農地の土がどれぐらい汚染されているのか、ということがほとんど発表されていません。

国や福島県は、今後のこともあるのでしょうから、どのぐらいの汚染の土地だったら、どれぐらいの放射能が、どういう作物にどういう土壌だったら、どのくらい移行するかという調査をし、発表するべきです。事故は早春でしたから、これから作付けを始めようと準備していた時期だったろうと思います。ちょうど一年間の農業のサイクルを考えれば、調査の材料として必要だし、農業の再建のためにも取り組むべきではないかと思っています。


 先々週、ベラルーシのベラルド研究所の副所長、ウラジーミル・バベンコさんが出版社の招きで来日しました。東京と福島での講演会や記者会見の様子が動画サイトで閲覧できます。福島の市民測定所と交流などもしています。


 べラルド研究所は、国の研究機関ではなくて、海外からのカンパで作っている研究所です。設立がチェルノブイリから四年後。住民は測定器もないし、どこも調べられなかった。そういうところに放置されていて、それを知った海外の人たちがカンパをし、地元で子どもたちを被ばくから守る行動を続ける人たちを支えていこうということでできた研究所です。


 この研究所がやっている活動は、自分たちで測定器を作り、食品測定器、環境測定器、体内被曝を測るホールボディカウンターを開発している。ベラルーシもウクライナも、独立したあと、民主化の力が強いので、住民の要求が高まり、18歳未満の子どもたちのために被曝をなるべくさせないためにという法律ができて、予算措置も行い、日本より厳しい食品の基準値も作りましたが、チェルノブイリ事故から20年以上たってしまえば、その対象となっていた18歳未満の子どもたちはみな成人してしまい、ベラルーシ政府は「今の子どもたち」への予算をカットしたそうです


 日本では、政府が新しい基準値を作るまでに市民が自主的に対応していかないと、現実の被曝、子どもたちの被曝は抑えられない。事故直後、放射性ヨウ素が甲状腺に溜まり、甲状腺がんが増えることが指摘されました。甲状腺がんは、被ばくから発症するまで3年~4年。他のがんと比較すると早く発症することがチェルノブイリの経験でわかっています。


 ベラルーシでは、風土病としてヨウ素欠乏症があったそうです。ヨウ素は昆布やわかめなどの海藻に多く含有されています。日本列島は太平洋という大きな池の真ん中なので、海藻を摂取しているのでヨウ素欠乏による風土病はないのではないかと思います。ベラルーシでは、保健政策としてヨウ素のサプリメントを飲ませていたそうです。ベラルーシの人々は日常的に体内のヨウ素が欠乏しているので、チェルノブイリの事故の後、余計にヨウ素を甲状腺に溜めやすかった。

 バベンコさんは、平均的な日本人はヨウ素を多く含む海藻を食べているので、放射性ヨウ素をとりくむ率は低いだろう。チェルノブイリと同じような被害にはならないだろう。不安はたぶんあるんですが、結果を勝手に予測していいのかわからないが、だいぶチェルノブイリ、ベラルーシと日本は、違うだろうと発言していました。


 バベンコさんはストロンチウムについての話もしていました。体内でカルシウムが不足していると、生物はカルシウムと間違えストロンチウムを取り込んでしまうという性質があります。カルシウムは普段から取らなくてはならない。なるべくカルシウムを取って、体に充足させておけば、ストロンチウムを食べてしまっても、それを蓄積しにくい。


 産地で食物を選ぶことは、防衛行動として当然なことだとは思いますが、測定できる場所が増えてきていますから、どういう土だったらそこでの収穫物にセシウムが移行するか予測できるかもしれない。データを積み重ねれば、この畑にはこういう野菜を作付けすれば、セシウムが移行しにくい。あるいは、この畑では、肥料としてカリウムが少ないため、作物が放射性セシウムを取り込みやすいとかの判断もできるようになるのではないか。今の段階としては、そうしたデータが増えて対応方法がわかるまでは、防衛行動としてなるべく放射能を体の中に溜め込まないようなことも必要だと考えます。


 被災地、福島はただでさえ放射線の外部被曝が高いところで、学校給食などの地産地消は危険性を指摘する人も多くいますが、次の段階について考えていかなくてはいけないのではないかと思います。


 再稼働の問題が運動としては課題となっています


 経産省としては、電力需要が高まる来年の夏前に照準を定めているようです。やらせ問題で九州電力と佐賀県知事の関係が問題となっていますが、プルサーマルを最初に始めたところが佐賀県の玄海原発で、その次が愛媛県の伊方2号炉。浜岡は始める前に地震の関係で取りやめた。福島4号炉でプルサーマルが始まった。佐賀のように電力会社と自治体との関係が強いところから再稼動が始まるのではないかと感じています。


 原子力安全・保安院を推進機関である経産省から離して、環境省の下に原子力安全庁を作る。その設立が2012年4月。私は4月に原子力安全庁が設立してから再稼働がはじまると思うので、この原子力安全庁というものが、どういうことをやろうとしているのか、原子力安全庁ができるまでに保安院がどう変わっていくのか。原子力安全委員会も統合されるわけだから、どうなっていくのかということを監視、チェックをしていく必要があります。


 原子力安全庁の設立に向けた環境大臣のアドバイザーに、原子力資料情報室の共同代表の伴さんや環境エネルギー政策研究所の飯田代表とかが、有識者として加わると報じられていますが、安全庁が再稼働を前提にするような設置の仕方で準備されるのであれば、そういう方々はアドバイザーを辞め、開かれた場所で議論すべきだろうと思っています。


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