113 十一月三日、渋谷区恵比寿公園において「持たざる者」の国際連帯行動が行われ、約百人が参加した。

 二時から始まった集会では最初に実行委員会の仲間が発言し、ウォール街占拠の闘いなどに連帯し十月十五日に「怒れる者たち」の世界同時アクションを三百人の結集で行った事を報告し、アラブ・中東での独裁者を打倒する闘いや、ウォール街占拠闘争などの少数の金持ちが多数の人々を搾取する社会に対する全世界の闘いと連帯し、格差社会に対する闘い、そして反原発の闘いを闘っていこうと訴え、集会が始まった。


 続いて、福島原発の事故以降、東京電力前での闘いによって首都圏での反原発の闘いを牽引してきた東電前アクションの仲間が発言にたち、三月以降の闘いを振り返り、労働者が被曝にさらされていると考えられる、東京都の下水道局や、清掃局などに情報の開示を求めている事を報告。十一月六日行う東電前アクションとしては初めて行うデモへの参加を呼びかけた。


 次に経済産業省前で座り込みを続ける仲間がテントを張って五十五日目の闘いを報告。


 続いて福島原発緊急会議・被曝労働プロジェクトの仲間が重層的な差別構造、下請け構造に支えられた被曝労働があって原発が存在してきた事を明らかにし、この間非正規労働者を多く組織している労働組合などと連携して闘ってきた事、「被曝労働を考えるネットワーク」の結成が準備されている事などを報告した。


 続いて江東区・竪川河川敷公園、荒川・堀切橋でのテント排除と闘う仲間が登場し、公共地は貧困との闘いに必要だ、ともに奪い返そう!と訴えた。竪川では二〇〇九年より一部有料のスポーツ公園としてリニューアルするとして工事が行われてきたが、当初「野宿者排除はしない。」として当事者とも何度も話し合いが行われ、テントの仲間も工事区域からは移動するなどしてきたが、工事の進展とともに江東区・水辺と緑の課は態度を硬化させ、課長がテントの仲間を怒鳴りつけるなど、排除の動きが激化してきている。そしてそれに伴って、高校生らによる襲撃なども繰り返され、放火によってテント小屋が一軒全焼するという事態にまでなっている。


 荒川河川敷の堀切橋付近は古くからの山谷労働者がこの二十年ほどテントを建てて暮らしてきた。国土交通省は八月、現在ここに暮らす約五十名に対して「十月から工事を開始するので9月末までに退去せよ。」と一方的に通告してきた。工事とはアシなど水辺の植物を生やす自然公園にする。というもので、野宿者排除のために考えられたとしか言えない代物。交渉では工事にあたって「住んでいる人の事は念頭においておりません」『アシの事は考えているけど人間の事は考えていないという事か?』「そうです」など排除の意図を全く隠さない態度であった。現在、工事が始まり、テントの横を重機が行き交い、たまりかねて出て行った仲間のテントを見つけるとユンボなどでこれ見よがしに破壊すると行った事が行われているが、約二十名ほどが残ってがんばっている。(詳しくは山谷労働者福祉会館活動ブログなどを参照)


 続いてAPFS労働組合の仲間が震災以降、不当解雇や自宅待機、賃金不払いなど外国人からの相談が殺到した事を報告、十六年も働いていた職場を解雇されたミャンマー人、労災でけがをしたエチオピア人が支援を訴えた。


 さらに、争議団連絡会議、差別排外主義に反対する連絡会がアピールを行った。


 最後に実行委員会の仲間から不当弾圧で逮捕されていた神奈川学校事務職員労組の仲間が前日に全員奪還された事が報告された。


 格差社会反対や、反原発を訴え恵比寿から渋谷を一周するデモを行った。解散地は美竹公園ここは渋谷・のじれんの炊き出し拠点(毎週土曜日)であり、隣接する東京都児童会館の軒下は以前より多くの人々が雨露をしのぐ野宿スポットであったが、十一月一日、東京都福祉保険局は耐震工事を名目に全面封鎖した。


 夜にはスペースたんぽぽへ場所を移し「原発震災下の<生存権>を問う」をテーマに屋内集会を行った。  

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