1028 経産省前で「原発いらない福島の女たち、100人の座り込み」が10月27日から三日続けられ29日は最終日であった。経産省正門横のテントを中心に600人を超す人たちが座り込んだ。たくさんの女性たちが福島の女たちをサポートし、熱気に包まれていた。


 午前10時半、記者会見が行われた。佐藤幸子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)が参院院内集会の報告を行った。


 「福島市の県庁から一㌔㍍の所に放射線量が高い渡利地区があり、そこの二軒から避難勧奨する以上の線量が検出された。避難するかしないかと聞いたところ、一軒はお寺で避難しないと応えた。そうすると国は避難勧奨地域に指定しないとしている。南相馬市では避難勧奨地区になっているのに福島市ではそうした扱いにしないのはおかしい。説明を求めても明確な回答がない。国は除染の時に測るとしているが、それも仮置場が決まらないと除染できないとしている。まず、放射線量をきちんと測ってほしい」。


 「汚染地域に子どもたちがいる。この状況を変えて欲しい。避難の権利は汚染地域でおびえて子育てしなくよいという生存権の問題だ。政治の中枢に危機感が伝わっていない」。


 

次に、三春町の工藤朝子さん。「放射能をすべて測って生活はできない。子どもたちはマスクをつけ、積算計をぶら下げている。甲状腺の健康検査を受けた。子どもたちは引き裂かれている」。「自分で除染したがその土は自分で処分するしかないので、結局自分の土地に置くしかない。住民たちで除染をやったが台風が来て、山から水が流れて元に戻ってしまった」。


 宇野さえ子さん。「昨日、福島の五人を含め一一人で、官邸に入り内閣補佐官と40分間話し合いをもった。これは福島みずほ社民党党首のはからいがあったから実現できた。私たちは第一にすべての原発の停止、廃炉を求めた。大熊町から命からがら会津に逃げた。もう一度原発事故が起きたら生きる道がないと訴えた。補佐官は『すぐに止めたい気持ちは自分たちも同じだが政治家の中には延ばしたい人たちもいて、いませめぎあいになっている。脱原発をめざしてがんばりたい』と語った」。「どこにも持っていきようがない恐怖と悲しみと怒り。夢と希望を奪われ、絶望感を持って生きている。私たちの苦しみは仕方がないのか、日本中が福島のように汚染されるのを許すのか。原発を止めて、原発をゆるせない」。


 三春町の武藤類子さん。「閉塞した気持ちになる。もう黙っていられない。経産省に行って訴えたい。私が元気になりたい、女たちが集まると元気になる。昨日までに座り込みに延べ1341人が参加してくれた。支えてくれた人々に感謝したい。日本が原発を輸出しようとしているトルコの人たちが連帯の1万1217筆の署名をあつめて送ってくれた。ドイツとも中継がつながっている。福島から世界へつながろう」。


 武藤さんは行動呼びかけのパンフレットに書かれた以下の詩を読み上げた。


ようこそ 勇気ある女たち!

遠くから、近くから

自分の時間とエネルギーとお金を割いて

集まってくれた一人ひとりにありがとう!

女たちの限りなく深い愛

聡明な思考

非暴力の力強さが

新しい世界を創っていくよ!

三日間ともに座り、語り、歌いましょう!

 


 次に京都のアイリーン・スミスさんが、10月30日~11月5日(9~18時)まで、「全国緊急アクション―福島の女たちに続け、『もう、黙ってはいられない!』全国の女たちは立ち上がり、そして座り込む」の行動提起を行い、「福島の女たちの行動に共感し連帯するメッセージが日本、世界から届いている。福島の女たちに続き、全国の女たちもがんばる」と決意を語った。郡山市議の駒崎さんがふくしま集団疎開訴訟について説明した。


 記者会見の後、全体で日比谷公園の中幸門に移り、東京電力前を通り銀座・東京駅を通り常盤橋まで、「原発はいらない、福島にきれいな空、海、土地を返せ」とシュプレヒコールしながら、元気よくパレードをした。9.19六万人大結集に引き続く重大なアクションであった。福島の被災者たちの怒りの声を霞が関にとどろかせ、政治の中枢を変えさせることが脱原発への大きな道へのひとつだ。さらに、福島のさまざまな被災者の訴えをとどろかせよう。


(M)