731七月三一日、東京の早稲田大学小野講堂地下ホールで国際シンポジウム「海を越える原発問題――アジアの原発輸出を考える」が行われた。主催は早稲田大学アジア研究機構アジア平和研究所で、メコン・ウォッチ、インドネシア民主化支援ネットワーク、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)、原子力資料情報室が共催、協力はノー・ニュークス・アジア・フォーラム・ジャパン、国際環境NGO Foe Japan、アジア太平洋資料センターの各団体。このシンポは七月三〇日から八月六日まで全国で開催された「ノー・ニュークス・アジオ・フォーラム2011」に参加した海外からのゲストとともに原子力産業と日本の公的資金の流れ、アジアへの原発拡散の動き、各国の市民運動について論議するために準備された。

 もともと今年の第一四回ノー・ニュークス・アジア・フォーラムは八月下旬にタイで開催の予定だったが、タイの原発建設計画が延期され、主催者のタイ側やアジアの各国からも「福島の原発事故についてもっと知り、運動に役立てたいため、日本で開催を」という要請があったため日本で行われることになったものである。



 国際シンポ開会のあいさつを行った早稲田大学アジア研究機構の村井吉敬さんは、「震災からの復興が進まない最大の原因は原発事故にある。しかし福島が世界中に投げかけた問題の大きさにもかかわらず、日本では三・一一以後内向き志向が強まっている。『海を越える原発』というテーマでは日本も韓国も当事者であるにもかかわらず、菅首相が『脱原発』を語るほど菅おろしが勢いを増している。私の専門領域であるインドネシアでもジャワ島中部ムリアでの原発建設が大きな争点になってきた。もし福島事故が起こらなければ日本や韓国がインドネシア原発建設の当事者になっていた。今日は、そういう問題を討論してほしい」と語った。

 次に「環境・持続社会」研究センターの田辺有輝さんが「日本の原発輸出と公的資金の関わり」というテーマで報告した・

 田辺さんは原発輸出の問題点として安全性、経済性と財政的リスク、廃棄物処理問題、核拡散、環境的・社会的影響などを指摘しながら、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)、国際協力機構(JICA)による融資、保険引き受け、研修などの原発輸出支援の現状を紹介した。JICAによる原発研修は福島事故があった今年も継続される。

 菅政権は昨年六月の「新成長戦略」でパッケージ型インフラ海外展開を提唱し、原発がその重点分野のひとつになった。核物質や原子力関連の資機材・技術の海外移転のためには原子力協定の締結が必要である。今年の通常国会にはロシア、ヨルダン、韓国、ベトナムとの協定が提出され、韓国、ベトナムとの協定は見送られるが、ロシア、ヨルダンとの協定は承認予定だという。さらにアメリカに対しても今年一月にJBICがサウステキサス原発への支援を検討していると発表し、将来的には東京電力が出資予定とされていたが、福島原発事故のためこの計画は、ご破産になりそうである。

 田辺さんはベトナムでの原発建設に対して予定地の住民から反対の声が上がっていると述べ、政府は公的資金を使った原発輸出支援をやめるべきだ、と訴えた。



 次に海外代表からの報告に移った。韓国のエネルギー正義行動代表・李憲錫(イ・ホンソク)さんは「福島原発事故でも止まらない原子力発電所輸出の夢」と題して、韓国政府がまさに国家をあげて進めている原発輸出戦略について提起した。

 韓国には現在四カ所・二一基の原発があり、さらに七基が建設中で四基を計画中である。イ・ミョンバク政権は発電に占める原発の割合を現在の三一%から、二〇三〇年には五九%と約二倍に高めようとしている。韓国政府はさらに国家規模での原発の海外輸出戦略を立てており、最近初めてアラブ首長国連邦(UAE)の原発売り込みに成功した。政府はUAEの原発売り込み成功を記念してお手盛りでコンサートを行い、「原子力の日」という記念日を制定した。政府は原発に慎重な姿勢を取っているメディアに圧力をかけている。

また、いまだ売り込みに成功したのは一基だけであるにもかかわらず今後二〇年間で八〇基の原発を海外輸出すると打ち上げている。政府はUAEに韓国軍を防衛隊として派遣した。政府はそれが「ビジネス派兵」であると認めている。韓国は国際金融市場から高利で借りて低利でUAEに貸すということまで行っている。

イ・ホンソクさんは「原子力産業界は国家を越えて協力している。それに勝つためにわれわれも国境を越えて協力しなければならない」と強調した。

続いてインドネシアのヌルディン・アミンさんが報告した。アミンさんはインドネシア最大のイスラム組織であるナフダトゥル・ウラマー(NU)の中ジャワ州ジュバラ県代表で、同地のムリア原発建設計画に反対する運動を指導し、原発をイスラム教の「ハラム(禁忌)」とする裁定の「仕掛け人」である。

アミンさんは人口一二〇万人のジュバラ県が漁民、農民、家具製造労働者を中心とする豊かな自然に支えられた地域であると語り、住民に多大な影響を与える原発建設に対して住民自身にはまったく情報が与えられていないことを批判し、住民の激しい原発反対運動を報じる映像を紹介した。

 海外からの報告の最後はタイのソッサイ・サンソークさん(「タイ市民による非核ネットワーク」コーディネーター)。

 タイでは一九六六年以後、原子力発電所建設計画が持ち上がった。サンソークさんはタイの電力消費の六〇%が大規模工場。二〇%が一般家庭、一〇%が零細事業者で、消費のほとんどは首都バンコクだが電力を作っているのは地方だという都市―農村関係の矛盾を指摘し、バンコクの大手ショッピングセンター三つで地方の一県分の電力を使っている、と語った。

 そして日韓両国の運動への要求として「福島事故を教訓化し、各国政府に原子力政策の見直しを求めてもらいたい」と訴えた。サンソークさんは最後に「原子力の平和利用とは原子力を利用しないことだ」と強調した。



 パネルディスカッションでは次のような意見が語られた。

 「ASEAN会議の時に政府秘書官と会談し、原子力の導入には慎重に扱うよう求めた。福島事故の後に話し合いを再度持ったが、ベトナム政府はなお原発導入に積極的だ。ベトナムの原子力計画はベトナムだけの問題ではない。タイやラオスの問題でもありベトナムの安全対策には懸念を抱いている(サンソークさん)。

 「原子力は『こわいもの』というイメージを多くの人が抱いており、核といえば『原爆』が連想される。インドネシア独立後、歴史教科書にはかならず『ヒロシマ・ナガサキ』が出ており、原子力・原発には否定的イメージが一般的。インドネシアの人びとは政府を信用しておらず、政府がエネルギー政策や原発の必要性を訴えても、人びとはどうせ私腹を肥やすためだろうと考える」(アミンさん)。

 「一九八〇年以後、反原発運動が各地で作りだされ九カ所で新規の立地を阻止した。キム・テジュン、ノ・ムヒョンは改革派政権だったが、それでも原発推進政策は変わらなかった。確かに建設計画の数は減ったが。現在ハンナラ、民主の両党で原発政策に大きな違いは存在しない」(イ・ホンソクさん)。

 「ヒロシマ、ナガサキがありながら原発については『平和利用』ということでつなげて考えられなかった。長い歴史の中で起きたことをとらえ返す必要がある」(村井さん)。

 「アジア・東南アジアだけのネットワークではなく欧州や中東の人びととつながることが必要だ。エジプトやアラブ諸国でも人々が立ち上がった。そうした人びととの連携が大事だ。私たちはイスラムのことだけ言っているのではなく、仏教徒やキリスト教徒とも連携して生活の見直しをしていきたい」(アミンさん)。

 「アジアで作られようとしている原発の数は世界の五二%に及ぶ。アジアで原発を止めることができれば全世界で止められる。自国で原発を作らせない運動が重要であり。とりわけ韓国と日本が一番大事だ。日本で脱原発に至らなければ韓国の運動にもマイナスの影響を与える。韓国で原発が増えればベトナムでもタイでも作ろうということになる」(イ・サンソクさん)。

 最後に村井さんが「ASEANは世界に先駆けて非核(兵器)地帯を宣言したが、『非核』の中に原発も含めるようにしたい。そうした目標を掲げた運動を!」とまとめの発言を行った(K)