77 7月7日、福島原発事故緊急会議は午後六時半から東京・永田町の首相官邸前で「菅首相は玄海を再稼働させるな! 首相官邸前アクション」を行った。緊急にこの集会が準備されたのは、地元住民の反対の声を押し切り、海江田経産相が「安全宣言」を行い、現在定期検査で停止中の九州電力玄海原発2・3号機に運転再開への圧力をかけていたからである。菅首相も、この動きにゴーサインを出していた。

 玄海原発の再開は、停止中の各地の原発を再稼働する突破口であった。原発推進勢力は「脱原発」に流れを逆転させるために、玄海原発の早期運転開始にかけていた。7月4日、岸本玄海町長は「再稼働容認」を明らかにし、古川佐賀県知事も7月中旬には「再稼働」を認めることが確実と見られていた。地元佐賀県や九州の住民は、玄海再稼働を阻止するための佐賀県庁前座り込み、ハンストを開始し、全国の人びとに支援を呼びかけていた。こうした緊迫した情勢の中で、福島原発事故緊急会議は7月4日の会議で、急きょ7日の官邸前アクションを呼びかけることを決めたのである。

 しかし7月6日から7日にかけて事態は急変した。7月6日、海江田経産相は菅首相の指示に基づき、停止中の原発の運転再開に条件として安全性評価の耐性テスト(ストレステスト)を行うと明らかにした。7月6日に行われた衆議院の審議では、6月26日放送の「玄海原発の安全性」を県民に説明するケーブルTVの番組に対し九州電力が関連各社の社員に対し「再稼働賛成」のやらせメールを送るよう指令していたことが、共産党の笠井亮議員の追及によって明らかにされた。岸本玄海町長は一度は容認した「玄海運転再開」を撤回し、古川佐賀県知事も菅政権のジグザグに強い不信を表明した。こうして玄海原発「運転再開」は大きく遅れることが確実となった。

 この「玄海原発早期運転再開」の目論見が阻止されたことは、現地の住民を先頭にする反対運動の勝利であり、原発推進勢力への大きな打撃である。
 
 7月7日の首相官邸前アクションには、夏の運転再開が不可能になったことを歓迎し、それをたんなる「引き延ばし」に終わらせず、「ストレステスト」後の再稼働への道を断ち、廃炉を実現する熱気をこめて200人を超える人びとが参加した。

 暗くなるにつれてキャンドルに火がつき、官邸前の行動は大きく盛り上がった。佐賀県現地の石丸初美さん(玄海原発プルサ―マル裁判の会)の携帯電話によるアピールもマイクを通じて参加者に届けられた。ツィッターを通じて玄海再稼働阻止の意思を広げてきた長崎国際大学教員の土居智典さんからは「玄海原発の再稼働は、当面は避けられましたが、半年後には再び同じような問題が生じると考えられます。その時には、再び誰もが遠慮することなく声を上げ、日本全国の原発を廃炉にもっていこうではありませんか」という訴えが寄せられ、読み上げられた。

 菅首相への要請文は、福島原発事故緊急会議のほか反原発自治体議員・市民連盟、沖縄の自立・解放闘争に連帯する連続講座、もんじゅ西村裁判原告の西村さんや個人参加者から読み上げられ、提出された。福島みずほ社民党党首、アイリーン・美緒子・スミスさん(グリーン・アクション)、福島原発事故緊急会議・被曝労働問題プロジェクトの天野恵一さん、同電力総連申し入れプロジェクトの岩下雅裕さん、「プルトニウムなんかいらないよ!東京」の高木正次さんなどの発言や、7月8日の九州電力申し入れ行動、七月九日の福島/青森・新潟にリスクを押し付けるなデモ、7月24日の「暗い日曜日」アクションなどの呼びかけも行われた。

 最後に「東電前アクション」の園良太さんの「ショートコール」に参加者全体が声を合わせた。約二時間にわたって首相官邸前で「原発なくせ」の訴えが響き渡ったのである。(K)