takae 六月二三日、明治大学リバティタワー教室で、「沖縄・高江ヘリパッド建設 7月からの工事強行を許さない集い」が沖縄・一坪反戦地主関東ブロック・現代史研究会の共催で開かれ、一五〇人が参加した。

 外間さん(沖縄・一坪反戦地主関東ブロック)が「今日、六月二三日は沖縄戦が終わった日、慰霊の日として摩文仁の丘で慰霊祭が行われた。それに出席した菅首相は、『負担軽減のために努力する』と発言したという。本日、防衛省に、高江ヘリパッド工事を止めろ②スラップ訴訟を取り下げろ、と申し入れを行った。この時も、『負担軽減のために、工事を進める』との回答だ。オスプレイを配備し、自衛隊の強化を行っているのに、それが『負担軽減』だと言う。こんなふざけたことはない」と政府の姿勢を批判する主催者あいさつを行った。

 現代史研究会の生方卓さん(明大教員)が「日本軍が駐留しなかったことにより一人の死者も出さなかった慶良間諸島の前島に二〇〇四年に調査に入ったことが沖縄との関わりの始まりだ。その後、ゼミ合宿を沖縄で行うようになった」と報告し、今日も研究会ということで教室を使うことができたと述べた。

 次に、昨年一二月にヘリパッドの工事が開始され、それに対する非暴力・抵抗運動の様子がDVDによって上映された。高江の一〇人たらずの住民と支援の仲間たちの体を張った抵抗に対して、那覇防衛施設局の職員や請負工事人たちによる暴力的な工事の再開の様子が映し出され、その無慈悲なやり方に怒りが沸いた。

 続いて、この高江の闘争においても重要な役割を担っている山城博治さん(沖縄平和運動センター事務局長)が講演を行った(別掲)。連帯あいさつを平和フォーラム、全労協、全国一般東京労組、沖縄に連帯する東京東部実行委員会、ゆんたく高江、沖縄をふみにじるな緊急アクションがそれぞれ行った。高江への会場カンパ八万三〇〇〇円余が山城さんに託された。最後に団結がんばろうで、七月一日から工事が開始される高江での闘争に連帯する団結を固めた。(M)


山城博治さんの講演から


 高江ヘリバッド建設は昨年一二月末に工事が始まり、一月後半から本格化したが、三月四日に重機が搬出された。国の天然記念物であるヤンバルの鳥たちが産卵のために営巣に入るからだ。七月から工事を再開するということで、六月一五日に重機搬入の動きがあったので、それを阻止する体制を固めた。

 沖縄ではいろんな闘いを長くやってきた。一つ一つの闘いは小さく不安にかられるが、高江に全国から支援が駆けつけ市民が手を取り合っていることにより、工事を止めている。市民が声をあげることが闘いの前進につながる。絶望感、不安感にさいなまれるかもしれないがあきらめてはならない。

 福島原発災害について、嘘八百を並べる政府とマスコミにいらいらするがこれは沖縄でも同じことだ。SAKO合意での基地の負担軽減策や沖縄返還でのウソなど。東日本大震災の後、復興に集中すべきだと考え、5・15全国平和行進を取りやめた。ところがその隙をねらって北澤防衛相や松本外務相が再三沖縄にやってきた。そして2+2では辺野古基地移設を再度確認した。明日やめる大臣が何を言うか。それだけこの問題の脆弱さを示している。

 今気になるところは、①下地島空港を日米で軍事活用しようとねらっている②オスプレイの配備だと、新たな攻撃をかけてきていることだ。

 六月二三日は慰霊の日、鎮魂の日。沖縄戦は本土決戦に向けた時間稼ぎの消耗戦だったと言われる。それは表向きのことだ。一五歳から七〇歳まで動員した玉砕戦だった。五〇万人をいけにえに差し出し終戦工作をした。四人に一人が死んだ。生きていることが不思議。このことを決して忘れない。教科書検定で沖縄戦での日本軍の関与による「集団自決」を削除させた。これをまだ正式に撤回していない。国家がやったことを確認し、捏造するなとあばく闘いを続ける。

 
基地問題


 六月二一日、日米会談で辺野古移設を確認した。二〇一四年でなく、できるだけ早くとして期限を決めていない。辺野古移設は混沌としている。米議会の上院軍事委員長が辺野古移設をやめ、嘉手納統合案を出してきている。警戒しなければならないのは、辺野古がだめなら嘉手納にすると落としどころを決めようとしているのではないか。嘉手納住民は反対集会を持った。

 嘉手納への統合は進んでいる。F18フォーネットの二〇機が岩国から来ている。嘉手納基地には四〇〇〇㍍滑走路が二つあるが、一つの滑走路を三機が続けて使用している。それでも滑走路が足りない。オスプレイは離着陸は垂直に飛行は水平に行う飛行機だ。オスプレイ配備を打ち上げているのは辺野古か嘉手納に決めさせるための脅しではないか。

 民主党政権になってから新防衛大綱を決めた。北方から中国をにらむという方向から南西諸島防衛に変更した。下地島を軍事化する。与那国島などへの自衛隊の配備だ。自衛隊なら良いとはならない。自衛隊は日本軍の亡霊だ。米軍より自衛隊の方がもっと恐い。

 菅首相は六月二三日慰霊の日の発言に「ウソつき、負担軽減してから来い」と野次が飛んだ。鳩山首相が県外移設といって四苦八苦した時、副首相の菅は一言も発言しなかったし、首相になってからも言及がない。菅は野党の民主党党首時代、5・15集会で基地撤去を発言したこともあるのに。

 辺野古移設を望んでいるのは米軍ではなく、むしろ日本政府だ。在外米軍二〇万人を半減するのが米軍再編の本質だ。日本は在日米軍を一万人も削減されてはやばいと判断している。辺野古への移設・新基地建設は、①二〇〇〇㍍の滑走路を二本持つ基地②弾薬庫が近くにある③大浦湾を海軍港とする、壮大な計画だ。それを米軍が撤退したら、自衛隊が使用できるというものだ。米軍はグアムに早く行きたい。日米でのつばぜり合いがあるので、日本政府は辺野古建設を急いでいる。

 高江にオスプレイを配備したら、間違いなく沖縄本島すべてで飛び交うだろう。高江だけの問題ではない。高江では二〇〇七年から、一〇人足らずの住民の会を作り闘ってきた。二〇一〇年に反対運動で工事が妨害されるということで、裁判にかけられ、運動ができないようにと争っている。二人が認定されるという厳しい中で闘っている。それでも皆が支えているから闘えている。

 高江に作られるのが、県知事も村長も区長も「やむをえない」と言っていたのが、単なるヘリパッドからオスプレイパッドに変わるのに対して、反対し始めている。沖縄中で五万人、一〇万人集会を開いてオスプレイの配備を止める。これは実現できる。

 今までの運動で何が苦しかったのか。打ち合わせもできない程、毎日毎日、現場での闘いに追われ、バラバラの闘いになっていた。三月以降毎日会議を持った。六月初め、県民会議で共通して闘うことを確認した。各ゲートに重機を入れさせないために、街宣車二台で四つのゲート前を固めた。冬の闘いで苦しかったのは作業員が中に入ってしまったことだ。重機、作業員をゲート前で阻止するこの闘いを宣伝カーをローテーションしながら行う。七月一日から、工事を始めると言っている。東京でもできることはある。今日の集会も沖縄タイムズや琉球新報は報道する。そうすれば高江の人々に伝わる。切れ目なく手を取り合ってがんばろう。(発言要旨、文責編集部)