虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

【報告】6.23 高江ヘリパッド建設 7月からの工事強行を許さない集い

takae 六月二三日、明治大学リバティタワー教室で、「沖縄・高江ヘリパッド建設 7月からの工事強行を許さない集い」が沖縄・一坪反戦地主関東ブロック・現代史研究会の共催で開かれ、一五〇人が参加した。

 外間さん(沖縄・一坪反戦地主関東ブロック)が「今日、六月二三日は沖縄戦が終わった日、慰霊の日として摩文仁の丘で慰霊祭が行われた。それに出席した菅首相は、『負担軽減のために努力する』と発言したという。本日、防衛省に、高江ヘリパッド工事を止めろ②スラップ訴訟を取り下げろ、と申し入れを行った。この時も、『負担軽減のために、工事を進める』との回答だ。オスプレイを配備し、自衛隊の強化を行っているのに、それが『負担軽減』だと言う。こんなふざけたことはない」と政府の姿勢を批判する主催者あいさつを行った。

 現代史研究会の生方卓さん(明大教員)が「日本軍が駐留しなかったことにより一人の死者も出さなかった慶良間諸島の前島に二〇〇四年に調査に入ったことが沖縄との関わりの始まりだ。その後、ゼミ合宿を沖縄で行うようになった」と報告し、今日も研究会ということで教室を使うことができたと述べた。

 次に、昨年一二月にヘリパッドの工事が開始され、それに対する非暴力・抵抗運動の様子がDVDによって上映された。高江の一〇人たらずの住民と支援の仲間たちの体を張った抵抗に対して、那覇防衛施設局の職員や請負工事人たちによる暴力的な工事の再開の様子が映し出され、その無慈悲なやり方に怒りが沸いた。

 続いて、この高江の闘争においても重要な役割を担っている山城博治さん(沖縄平和運動センター事務局長)が講演を行った(別掲)。連帯あいさつを平和フォーラム、全労協、全国一般東京労組、沖縄に連帯する東京東部実行委員会、ゆんたく高江、沖縄をふみにじるな緊急アクションがそれぞれ行った。高江への会場カンパ八万三〇〇〇円余が山城さんに託された。最後に団結がんばろうで、七月一日から工事が開始される高江での闘争に連帯する団結を固めた。(M)


山城博治さんの講演から


 高江ヘリバッド建設は昨年一二月末に工事が始まり、一月後半から本格化したが、三月四日に重機が搬出された。国の天然記念物であるヤンバルの鳥たちが産卵のために営巣に入るからだ。七月から工事を再開するということで、六月一五日に重機搬入の動きがあったので、それを阻止する体制を固めた。

 沖縄ではいろんな闘いを長くやってきた。一つ一つの闘いは小さく不安にかられるが、高江に全国から支援が駆けつけ市民が手を取り合っていることにより、工事を止めている。市民が声をあげることが闘いの前進につながる。絶望感、不安感にさいなまれるかもしれないがあきらめてはならない。

 福島原発災害について、嘘八百を並べる政府とマスコミにいらいらするがこれは沖縄でも同じことだ。SAKO合意での基地の負担軽減策や沖縄返還でのウソなど。東日本大震災の後、復興に集中すべきだと考え、5・15全国平和行進を取りやめた。ところがその隙をねらって北澤防衛相や松本外務相が再三沖縄にやってきた。そして2+2では辺野古基地移設を再度確認した。明日やめる大臣が何を言うか。それだけこの問題の脆弱さを示している。

 今気になるところは、①下地島空港を日米で軍事活用しようとねらっている②オスプレイの配備だと、新たな攻撃をかけてきていることだ。

 六月二三日は慰霊の日、鎮魂の日。沖縄戦は本土決戦に向けた時間稼ぎの消耗戦だったと言われる。それは表向きのことだ。一五歳から七〇歳まで動員した玉砕戦だった。五〇万人をいけにえに差し出し終戦工作をした。四人に一人が死んだ。生きていることが不思議。このことを決して忘れない。教科書検定で沖縄戦での日本軍の関与による「集団自決」を削除させた。これをまだ正式に撤回していない。国家がやったことを確認し、捏造するなとあばく闘いを続ける。

 
基地問題


 六月二一日、日米会談で辺野古移設を確認した。二〇一四年でなく、できるだけ早くとして期限を決めていない。辺野古移設は混沌としている。米議会の上院軍事委員長が辺野古移設をやめ、嘉手納統合案を出してきている。警戒しなければならないのは、辺野古がだめなら嘉手納にすると落としどころを決めようとしているのではないか。嘉手納住民は反対集会を持った。

 嘉手納への統合は進んでいる。F18フォーネットの二〇機が岩国から来ている。嘉手納基地には四〇〇〇㍍滑走路が二つあるが、一つの滑走路を三機が続けて使用している。それでも滑走路が足りない。オスプレイは離着陸は垂直に飛行は水平に行う飛行機だ。オスプレイ配備を打ち上げているのは辺野古か嘉手納に決めさせるための脅しではないか。

 民主党政権になってから新防衛大綱を決めた。北方から中国をにらむという方向から南西諸島防衛に変更した。下地島を軍事化する。与那国島などへの自衛隊の配備だ。自衛隊なら良いとはならない。自衛隊は日本軍の亡霊だ。米軍より自衛隊の方がもっと恐い。

 菅首相は六月二三日慰霊の日の発言に「ウソつき、負担軽減してから来い」と野次が飛んだ。鳩山首相が県外移設といって四苦八苦した時、副首相の菅は一言も発言しなかったし、首相になってからも言及がない。菅は野党の民主党党首時代、5・15集会で基地撤去を発言したこともあるのに。

 辺野古移設を望んでいるのは米軍ではなく、むしろ日本政府だ。在外米軍二〇万人を半減するのが米軍再編の本質だ。日本は在日米軍を一万人も削減されてはやばいと判断している。辺野古への移設・新基地建設は、①二〇〇〇㍍の滑走路を二本持つ基地②弾薬庫が近くにある③大浦湾を海軍港とする、壮大な計画だ。それを米軍が撤退したら、自衛隊が使用できるというものだ。米軍はグアムに早く行きたい。日米でのつばぜり合いがあるので、日本政府は辺野古建設を急いでいる。

 高江にオスプレイを配備したら、間違いなく沖縄本島すべてで飛び交うだろう。高江だけの問題ではない。高江では二〇〇七年から、一〇人足らずの住民の会を作り闘ってきた。二〇一〇年に反対運動で工事が妨害されるということで、裁判にかけられ、運動ができないようにと争っている。二人が認定されるという厳しい中で闘っている。それでも皆が支えているから闘えている。

 高江に作られるのが、県知事も村長も区長も「やむをえない」と言っていたのが、単なるヘリパッドからオスプレイパッドに変わるのに対して、反対し始めている。沖縄中で五万人、一〇万人集会を開いてオスプレイの配備を止める。これは実現できる。

 今までの運動で何が苦しかったのか。打ち合わせもできない程、毎日毎日、現場での闘いに追われ、バラバラの闘いになっていた。三月以降毎日会議を持った。六月初め、県民会議で共通して闘うことを確認した。各ゲートに重機を入れさせないために、街宣車二台で四つのゲート前を固めた。冬の闘いで苦しかったのは作業員が中に入ってしまったことだ。重機、作業員をゲート前で阻止するこの闘いを宣伝カーをローテーションしながら行う。七月一日から、工事を始めると言っている。東京でもできることはある。今日の集会も沖縄タイムズや琉球新報は報道する。そうすれば高江の人々に伝わる。切れ目なく手を取り合ってがんばろう。(発言要旨、文責編集部)

【福島第一原発】再臨界・メルトアウト・チャイナシンドローム...もはや収拾不能状態だ

福島第一原発の事故は、もはや収拾不能のカタストロフィー状況に入っている。

■4号機で再臨界トラブルか

6月14日午前1時過ぎ、東京電力が提供する福島第一原発の外側の様子を24時間動画配信する「ふくいちライブカメラ」は、突如発光し、キノコ雲状に爆発して大量に白い煙が発煙する4号機の様子をとらえている。同様の現象は午前4時台まで断続的に繰り返され、6月19日の21時以降にも起こっている。


▲6月14日の4号機(左端)1分7秒あたりで閃光が走り、
2分過ぎからキノコ雲状に白煙が広がり強い発光が発生している
(20倍速)

インターネット上では、14日のこの現象の発生直後から「大きな再臨界が起こったのではないか」という疑念が取り沙汰されたが、東京電力は当初は問い合わせに「同日は濃霧が出ていて、光っているのは作業用のライトが反射しているからではないか」などと説明していた(作業用ライトならば不安定かつ断続的に閃光が走ったり、地上部分から太陽のように光ったりするものだろうか)。しかし、一方で原子力保安院は電話での問い合わせに「同日、夜中は作業していない」と説明しており、ちぐはぐな対応を示していた。あるいは「福島第一原発での作業に従事している」と称する者はツイッター上で「米軍の無人機の光のようです」などとしていた(赤外線で撮影する無人機が投光などするはずがない)。

そして、東京電力は19日になって、ようやく「4号機の原子炉建屋上部にあり、機器を水に漬けて保管している『ピット』という場所の水位が低下、水による放射線遮蔽効果がなくなり、露出した機器から強い放射線が出ている可能性が高い」とする見解を示した。しかし、発光現象や大量の発煙について一切説明しないこんな発表は、そのまま額面通り受け取れるものではないだろう。

私たちは、4号機で起こっていたことは、やはりそれなりの規模の再臨界ではないかと考える。東電の発表によっても、漏出しているのは「放射性物質」ではなく「強い放射線」である。すなわち、X線や中性子線などが直線状に放射されているということである。これは1999年に起こったJCOにおける臨界事故と同様の現象である。

おそらく、機器を水につけて保管する「ピット」内の機器の一部や使用済み燃料プールの核物質が余震か降雨の影響で高温で再臨界を起こしながら溶け落ち、床上の格納容器から漏れている高濃度汚染水に触れた際に急激に冷やされ、核分裂反応による発光と水蒸気爆発による発煙が繰り返された、というのが真相に近いのではないだろうか(そもそも4号機は、使用済み燃料プールの放射性物質の分析などは行われておらず、秘密のベールに包まれている)。東電の19日の発表などは「あの時点ではそのように考えていた」とするアリバイのためにするものとしか考えられない。そしてまた、「メルトダウン」のときのように、二ヵ月後に真相を発表するのだろうか。

JCO臨界事故においても、放射線がどれくらいの距離まで飛んでいたのか判明していない。もしくは発表されていない。今回も一体何キロまで放射線が飛んでいるのか、政府も東電もJCO事故のとき同様、即座に調査して発表しようともしていない。これによって数年後どこかで白血病などを発症しても、政府・東電は「事故との因果関係が分からない」などとして補償から逃げ回るだろうことは想像に難くない。しかし、このように原発事故の被害は、想像をはるかに超えて様々な形で拡大し続けている。

■「フクイチ」はもはや収拾不能だ

福島第一原発の1~3号機は、燃料棒のメルトダウン(炉心溶融)からメルトスルー(溶融貫通)状態にあると発表されている。しかし、小出裕章京都大学原子炉実験所助教など少なくない専門家が、すでに格納容器の底を貫通して建屋のコンクリート部分に落ちていると指摘している。すなわち、いわゆる「メルトアウト」状態にあるとということだ。もはや、この状態では上から水をかけようがホウ素をかけようが、あまり意味をなさず下へ下へとめり込んでいく「チャイナシンドローム」状態を止めることは不可能だろう。

高温を発して地下へ潜っていく溶けた燃料の塊を回収することなどできない。東電の榎本聡明顧問は4月8日の段階で毎日新聞の取材に「原子炉を冷却し、廃炉に不可欠な核燃料の取り出しに着手するまでに約十年かかる」と語っている。菅首相は「来年1月までの冷温停止」などと語っているが、実現不可能なことはとっくに分かっているだろう。

あと十年!もしくはそれ以上、ひたすら上から水をかけ続けるしかない現在のような状態が続くのである。そして、時折地中で小規模・中規模の水蒸気爆発を繰り返しながらあらゆる放射性物質を放出しつくすまで、ほとんど手をこまねいて見ているしかないのである。たとえ「石棺化」したとしても、地下から漏出する放射性物質を止めることも不可能だろう。もはや「フクイチ」は、収拾不能状態にあると考えるしかない。

614そして、放射能被害は加速度的に広がり、深刻さを増している。14日の発光・発煙現象から約1時間後には茨城各地の測定値が跳ね上がっている(左図)。以降、マスメディアの「各地の放射能測定地」の発表でも放射線量の上昇が伝えられているが、私たちの独自の調査でも17日の品川で地上1mの空中線量が前の週の約二倍の0.14μmv(マイクロシーベルト)、18日の新宿ではそのまた二倍近くの0.22~0.24μmvの数値が出ている。この数値が続けば確実に年間被曝許容量とされる1ミリシーベルトを確実に超える数値である。福島市の「20ミリシーベルト」問題は、すでに東日本で生活するすべての人々にとって、我が身の問題なのである。

また、放射能汚染の「ホットスポット」として報道されている千葉県柏市では児童公園が使用できなくなる場所も出てきている。農作物への被害や漁業への被害も拡大の一途をたどっている。遅かれ早かれ東日本全域が、人間が安心して食べ・働き・生活できる環境ではなくなるだろう。政府と東電は、もはや福島第一原発の事故は収拾不能であることを認め、それを前提とした今後十年の被害予測データを作成し公表しろ! そして、東日本で生活するすべての人々の「避難する権利」を保障し、避難を希望する者には海外への避難も含めて補償することを開始するべきだ。根拠のない「ただちに影響はない」などの「安心メッセージ」で避難する権利を奪うことはもはや許されない。

■原発再稼動阻止!来年夏までの実質「脱原発」状態を実現させよう

この福島のカタストロフィー状況をもってしても、日本政府は原発推進政策に固執している。13カ月に一度、停止させて点検することが義務付けられている原発を二度と動かさなければ、来年の夏までには実質的に「脱原発」状態が実現するのである。日本政府と各電力資本は、この実質「脱原発」状態となることをなりふり構わず阻止しようとするだろう。

6月18日には、海江田経産相は「すべての原発の安全を確認した」などとして、現在点検によって停止している原発の再稼働を原発立地自治体に要請した。

「原発の安全」なるものが一日や二日の検査で確認されるものなのか。原子力安全委員会が「安全指針」の抜本的な見直しをこれから開始しようとしているそのときに、「全原発の安全が確認された」など、拙速以前の原発延命のためのタワゴトとしか言いようがない。

たとえば、「もう限界原発」と地元で言われている佐賀県の玄海原発の1号機は運転開始から36年が経ち深刻な老朽化が問題視されているが、老朽化の問題が小手先の対策でクリアするわけがないことは誰にでも想像がつくことだ。しかし、政府は九州電力重役の息子である古川康知事に狙いを定めて、26日にプルサーマル導入の時と同様に反対派住民を排除して県民数人だけを招いた説明会を行い、再稼働を強行しようとしている。

このような政府の攻撃は、各原発立地自治体に加えられるだろう。反原発運動は、地元住民と連帯して各自治体知事や首長へのメール・FAXでの要請・反対の意思表示を集中させるなど、全国的な運動としての展開をさらに強めなければならない。そして、来年夏までの実質「脱原発」状態をなにがなんでも実現させよう。

■停止させた原発のさらなる安全確保の徹底を

原発を停止させたから、と安心するわけにはいかない。福島第一原発の4号機は点検停止中による燃料棒を抜いた状態で被災して、今回のシビア・アクシデントを起こしている。

浜岡原発の3、4号機の原子炉は、福島第一原発の1~4号機と同じ米資本GE社製のBWRマークI型なのである。そして、「フクイチ」の原子炉群が津波が到達する前に地震でダウンしていたということは、すでに東電も保安院も認める周知の事実だ。

したがって、菅首相の要請で停止された浜岡原発の原子炉の周囲に危険な機器や4号機にあるとされているMOX燃料などが撤去されているか、調査し報告されなければならない。そして、反原発運動は、そのように要求する必要があるだろう。

「フクイチ」は、原発が一度ダウンしたら手のつけられない怪物であることをあらためて世界に示すことになった。言うまでもなく、「100%安全な原発」などありえない。アメリカでは4月28日に、アラバマ州ブラウンズフェリー原発の原子炉3基が竜巻の影響で外部電源を失い、自動停止する事態に陥った。この6月14日にも、ネブラスカ州のフォートカルフーン原発は、洪水によって施設の周囲が水没して、使用済み核燃料プールの水温が上昇するなど、危機一髪的な状況が続いている。こういう積み重ねが、「チェルノブイリ」や「フクイチ」で起こったような大惨事に至るのである。そして、原発がある限り、「フクシマ」のような事故は確実に繰り返されるのである。

世界のどこにも原発はあってはならない!そして、反原発運動は、もはや絶対に勝利しなければならない人類の生存闘争なのだ。

(F)


【関連記事】

【福島第一原発】「警戒区域」半径20キロでは狭すぎる-政府はあらゆる情報を開示しろ!(2011.04.22)

最高裁の5.30「日の丸・君が代」強制合憲判決を糾弾する!

henomaru 最高裁の5.30「日の丸・君が代」強制合憲判決を糾弾する!

全国のスクラムによって真正面で対峙し、突破口を切り開いていこう
 

 5月30日、最高裁第2小法廷は、東京都教育委員会の10.23通達(03年「入学式・卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」)に抗議して卒業式の国歌斉唱時に不起立したことを理由とする元都立高校教諭の再雇用を拒否した処分取消を求めた事件で、職務命令は憲法19条に違反しないとする不当判決を出した(申谷雄二さん嘱託採用拒否事件)。

 さらに6月6日、最高裁第1小法廷は都立高校教職員13人の嘱託採用拒否撤回裁判でも上告棄却判決。14日の最高裁第3小法廷も東京都内の公立中学校の教諭三人の処分取り消し訴訟の上告を棄却した。いずれも10.23通達合憲判断を次々と強行した。

 最高裁第2小法廷5.30嘱託採用拒否事件不当判決は、起立斉唱行為が「国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為」と規定し、「個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる」と述べ、その行為そのものが慣例上の儀礼的な行為であり、国旗国歌法や学習指導要領に規定されており、地方公務員の職務として式典の円滑な進行が求められるなどと列挙して、「総合的に較量して、本件では間接的制約を許容しうる必要性及び合理性が認められる」と認定した。つまり都教委防衛のために個人の思想、良心の自由を「間接的に制約する」ことができると強引な主張を行ったのである。

 合憲判断がかなり乱暴であったことの現われが4人の裁判官のうち3人の裁判官が補足意見を付したことだ。

 須藤正彦裁判官は、「このような職務命令によって、実は一定の歴史観等を有する者の思想を抑圧することを狙っているというのであるならば、公権力が特定の思想を禁止するものであって、憲法一九条に直接反するものとして許されない」とした。

 千葉勝美裁判官は、 「この問題の最終解決としては、国旗及び国歌が、強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要である」と指摘。

 竹内行夫裁判官は、「外部的行動に対する制限について,個人の内心に関わりを持つものとして、思想及び良心の自由についての事実上の影響を最小限にとどめるように慎重な配慮がなされるべきことは当然であろう。その必要性、合理性を審査するに当たっては、具体的な状況を踏まえて、特に慎重に較量した上での総合的判断が求められることはいうまでもない」などと「慎重」に扱えという立場。

 三人の補足意見は、いずれも10・23通達の違憲性について「ささやか」に触れながらも、国家権力統治力を防衛しなければならない階級的任務を優先し、その妥協の産物として「間接的制約を許容しうる必要性及び合理性が認められる」などと抽象的文言でまとめあげたにすぎない。なんら具体的中味を提示して証明することもなく、明らかに合憲判決と補足意見が矛盾しているにもかかわらず、あえてそのことを隠そうともしないのである。最高裁多数派のすさまじい決意と階級的判断を現しているのだ。



注目すべき「反対意見」



 最高裁第1小法廷6.6採用拒否事件不当判決では、5.30判決をそのままコピーした水準でしかなく、司法の「腐敗」の深化をも現している。5人の裁判官の中で宮川光治裁判官は多数派の合憲判断に対して「反対意見」という形で出してしまうほどだ。

 それは10.23通達を「価値中立的ではなく、一部教員の歴史観に反する行為を強制する意図がある」と批判する。だから「真にやむを得ない目的か、他の手段がないかなど、より厳格な基準で検討する必要がある。精神的自由権の問題を多数者の視点から考えるのは相当でない。合憲かどうかを厳格に審査すべきであり、二審に差し戻すべきだ」と強調して批判するほどの判決内容だったのである。

 宮川裁判官は、第1小法廷に係属している予防訴訟の裁判長でもある。司法権力に「幻想」を抱くことは危険だが、当たり前の判断をしている「宮川裁判官」を増やしていくために司法権力を包囲していく闘いをさらに重厚に構築していくしかない。

 6.14最高裁第3小法廷での処分取消事件でも上告棄却の不当判決だった。しかし5人のうち裁判長である田原睦夫だけが「反対意見」を提示するほどだ。田原は、①多数意見のように「起立斉唱行為」をひとくくりに論ずるのは相当ではない②職務命令の合憲性が肯定される場合でも、職務命令と懲戒処分が裁量権の乱用にあたるかが問題になりうる③違反行為の理由が思想・良心の自由にかかわるものであれば、違反行為の具体的態様だけでなく、違反行為によって校務運営にいかなる支障を来たしたかという結果の重大性がとわれるべきだ……云々と言わなければならないほど具体的菜な検証ぬきで合憲判断をしたことを明らかにしている。



 すでに司法権力は、「国歌斉唱義務不存在確認等請求訴訟」(「日の丸・君が代」強制反対 予防訴訟裁判)の一審東京地裁・難波判決において10・23通達を憲法19条が保障する思想・良心の自由を侵害するものであると断定したが、控訴審ではピアノ伴奏強制拒否最高裁合憲判決(07年2月/ピアノ不伴奏教諭の思想・良心に基づくものと認めながらも、ピアノ伴奏強制そのものは憲法一九条違反でないとした)を動員して逆転不当判決(11年1月28日)を出し、国家主義と愛国心教育のバックアップへと踏み出していた。

 ところが東京高裁第2民事部(大橋寛明裁判長)は、10・23通達合憲判断を維持しつつ、被処分者167人の懲戒処分を取り消す判決を出し、同日の「君が代」裁判控訴審でも懲戒処分取消判決を言い渡した(3月10日)。判決は、「不起立行為などを理由として懲戒処分を科すことは、社会通念上著しく妥当を欠き、重きに失するとして、懲戒権の範囲を逸脱・濫用するものである」と認定した。10.23通達以降の大量処分乱発にあって初めての処分取消判決だった。

 都教委を追い詰める闘いは、被処分者を先頭にして粘り強く取り組まれ、裁判闘争だけでも一進一退の攻防が繰り広げられている。だからこそ最高裁多数派は、3.10高裁大橋判決のように10.23通達裁判をめぐる判断のグラツキを許さず、下級審への統制強化のために五・三〇合憲判決を初めて出したのである。

 しかも3・11東日本大震災と福島第一原発事故による民衆の国家統合の危機下、「がんばろう日本」キャンペーンに見られるように新たなナショナリズムが吹き荒れるなかで5.30不当判決の政治効果さえも意図していたと言える。

 事実、大阪維新の会(橋下徹大阪府知事が代表)府議団が「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」案を府議会に提出し成立を強行した(6月3日)。橋下は、条例による「君が代」斉唱の一律義務づけ強行にとどまらず、9月の府議会で不起立・斉唱しない教職員を免職処分にするための基準条例さえも制定しようとしている。

 橋下は、5.30最高裁判決に対して「きちんとした判断が出た」と賛美した。大原正行・東京都教育長は「都教委の主張が認められたことは当然のことであると認識している。今後も採用選考については適正に実施していく」と述べ、10.23通達処分者の差別・排除を強化していくことを宣言した。都教委による一連の最高裁不当判決を根拠にした「日の丸・君が代」強制反対闘争への敵対強化を許さず、全国のスクラムによって真正面で対峙し、突破口を切り開いていこう。最高裁多数派と少数派の分裂を拡大させていく闘いを作り出し、諸裁判闘争の勝利を勝ち取っていこう。

 (Y)

【イタリア】国民投票における民衆の勝利

イタリア国民投票についての翻訳を送ります。
ここでは脱原発よりも水道民営化反対の勝利の方に焦点が当てられています。
 


………………
インターナショナル・ビューポイント6月号 IV Online magazine : IV437 - June 2011


イタリア国民投票 われわれはラディカルな動員を通じてベルルスコーニを政治的に敗北させた

公共水道委員会万歳!
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2182


 イタリアで、6月12日、13日に水道サービスの民営化容認法案撤廃、原子力エネルギーへの回帰容認規定と刑事司法手続き(とりわけ首相の起訴免除条項)の撤回をめぐる国民投票が行われた。登録有権者の五五%が投票し、国民投票結果を有効なものとする50%規定に到達した。以前の六回の国民投票はこ50%に達しなかったのである。水道、原子力などの国民投票課題に九五%、すなわち約2600万人が賛成投票した。ベルルスコーニが支配するメディアの報道は故意に関心を向けさせず、政府与党は有効投票基準を満たさないようにするために、支持者に対して反対票を投じるのではなく棄権するよう促したのであった。(「インターナショナルビューポイント」編集部)



批判的左翼(SC)全国執行委員会を代表したフラビア・ダンジェリとエミリアーノ・ビティの声明



 国民投票の結果は、政治情勢の歴史的転換を示している。民衆の投票はベルルスコーニの時代に終止符を打った。彼は自由市場政策のチャンピオンである。したがってこの結果は、民営化政策と「共同の財貨(コモン・グッド)」に対する市場の優位の敗北でもある。「われわれの生は利潤よちも価値がある」というスローガンは、本日のイタリア国民投票の結果において意義深いものがある。一つの局面が終わった。ベルルスコーニは国民投票を通じた民主主義的動員によって打ち負かされた。これは国民投票が直接民主主義の枠組み以上のものを提供した典型的なケースである。

 決定的な役割、そして幾つかの点で歴史的な役割を果たした、以前にはなかった政治的主体――公共水道委員会――の役割に焦点を当てることが重要である。かれらはメディアの注目からはずれたところで活動していたが、国民投票の引き金となるこれまでで最大の署名を集めた。この委員会は、水の配分を公共的に管理するための政治的要求に基づいたキャンペーンを専門的にかつ一貫して繰り広げた。

民主党(PD――主要な社会民主主義野党、旧イタリア共産党の後身である左翼民主党が中心になって作った政党)はかれらに反対した。民主党は、自分たちがすでに水道を民営化していた「赤い地域」(旧共産党の拠点だったボローニャなどを中心とした地方)の投票結果に示された鮮明なメッセージに耳を傾けなければならない。IDV(ディ・ピエトロが指導する「道徳的価値のイタリア党」)もまた公共水道委員会に反対した。

今日この二党は、投票結果に大喜びしている。しかし委員会を代表する者は誰もTV番組に招かれなかった。本日の勝利はかれら委員会の勝利である。TAV反対グループ(高速鉄道反対運動)のような、利潤とカネの圧倒的な力に反対してきた運動にとって、今日は偉大な日である。こうしたキャンペーンを統一した運動に結集させたあらゆるイニシアチブ――ゴミの廃棄・焼却、地方税、高速鉄道網に反対する運動――は喜んで受け入れられるべきであり、批判的左翼はその目標のために休むことなく活動するだろう。

この勝利は、伝統的、制度的諸政党の政治についてわれわれに教えてくれる。この闘いが勝利したのは民衆が大きく結集したためであり、そこには地域や職場で遂行された熱情的でラディカルな活動があり、そして活動家たちが特定の課題を取り上げ、戦略を打ち立てることができたためである。それはラディカルな要求が勝利しうることを立証した。エマ・マルセガグリア(イタリア産業連盟会長)や、原子力で大儲けし水道を民営化したいと願っていたすべての産業は、ベルルスコーニとともに敗北した。もちろんこの同じ連中が、今や再生可能エネルギー部門に参入しようとしている! 鮮明にラディカルで反資本主義的でエコロジカルな左翼は可能であり、その役割は民主党や中道左派勢力が描く軌道に従属したものであってはならない。

今やわれわれの戦略的な政治プロジェクトは大きな勢いを得ることになった。

(フラビア・ダンジェリはイタリア批判的左翼の指導部メンバーで全国スポークスパースンであり、第四インターナショナルの指導部メンバー。エミリアーノ・ビティはイタリア批判的左翼の指導部メンバー)



(「インターナショナルビューポイント」2011年6月号)
 

【脱原発100万人アクション】横浜・桜木町駅前広場を3000人が埋め尽くす



脱原発100万人アクションは横浜・桜木町駅前広場を3000人の参加者が埋め尽くしデモに出発した。デモの前と解散後に集会はおこなわれなかったが、雨がようやく上がった街頭に意思表示をおこなった。

隊列は横須賀月例デモでおなじみのよろずピースバンドを先頭とするてい団、宣伝カーと共にシュプレヒコールを流す隊列、サウンドカーはラテンのリズムにのせて踊る一隊とロックバンドの生演奏で脱原発を訴える一隊とがあり、いずれも原発を許さないという熱気と使命感に包まれていた。

デモ行進のコースは桜木町駅からまっすぐ西に向かい、横浜スタジアムにぶつかって左折し、山下公園で解散するというものだ。落ち着いた通りが多いため、若い人をサウンドカーに巻き込むことが出来なかったのは残念でもあるが、反面、静かに歩いていた人たちが東電神奈川支店のビルの前で一転猛烈な抗議の声を浴びせていたために、原発事故の被害拡大に対する怒りの根深さは際立って感じられた。

また反原発で話題の山本太郎氏が、芝居の稽古の合間を縫ってデモ出発前に簡単な発言をした。同じ日に神奈川県とその周辺では鎌倉、秦野、横須賀、町田で街頭行動がおこなわれた。

(海)

「6・11原発いらね!郡山パレード」に350人

 【福島】東日本大震災から三カ月目の6月11日、脱原発100万人アクションに呼応して福島県郡山市でも「6・11原発いらね!郡山パレード」(主催、実行委員会)が行われた。会場の郡山駅西口広場に約350人が集まった。


▲渋谷~郡山~広島

 パレードに先立って正午から開かれた集会では実行委の黒田節子代表世話人が「世界中の原発を廃炉へ、福島から声をあげていこう」と呼びかけた。参加者からの一分間アピールが続いた後、脱原発福島ネットワーク代表でいわき市議の佐藤和良さんや前郡山市議の駒崎ゆき子さんらが東電・国の責任と補償、脱原発社会に向けた行動などを訴えた後、「子どもを放射能から守る措置」や「原発推進キャンペーンに反対」する内容を盛り込んだ宣言を行い、集会の最後に参加者全員で「ウィ シャル オーバーカム(勝利の日まで)」を合唱してパレードに移った。

 サキソフォンと太鼓による「会津磐梯山」が小気味よく奏でられてパレードの人々を元気づけ、道行く人々も注目する。それぞれの思いを込めた横断幕が、プラカードが揺れる。「原発いらない」「ふるさとを返せ」「東電は補償せよ」。ビルの中から手を振ってくれる人々、通りかかった若者たちも拍手で、手を振って、Vサインでこたえる。

 集会時には小雨が降っていたものの、パレードが始まるとともに晴れ上がり、国道4号を経由して再び駅前まで戻るパレードは歌あり、賑やかな楽器の演奏あり、シュプレヒコールありの行動日となった。(M)

6・11脱原発 世界同日アクション原発いらん!関西行動第二弾 -関電は原子力からの撤退を-

611osaka【大阪】集まろう!中之島へ、届けよう!原発やめての声を。原発いらん!関西行動(第二弾)が6月11日大阪中之島剣先公園に4000人を集めて開かれた。早朝までの大雨はウソのように止み、集会にふさわしい日和となった。四月一六日に次ぐ第二弾の集会は、ストップ・ザ・もんじゅ、美浜・大阪・高浜原発に反対する大阪の会、若狭連帯行動ネットワークなど大阪、京都、滋賀、和歌山、奈良で活動する反原発10団体の呼びかけで開かれた。

 池島さん(ストップ・ザ・もんじゅ)は主催者あいさつで、関西の114団体が賛同したこと、福島原発事故は三ヶ月たった今も少しも収束していないこと、福島からメッセージをもらっていること、四月の行動では22万円のカンパが集まり経費を差し引いた15万円を福島の子どもたちを守るためにカンパしたことを述べ、新たにカンパを訴えた。また集会と並行して関電への申し入れを行うことを報告し、脱原発社会のための運動を継続しようと訴えた。

 若狭から参加した中島哲演さん(若狭ネット)は、「大きいことは良いことだのかけ声の下、大量生産、大量輸送、大量消費、そして大量投棄。その結果の自然破壊。その象徴が巨大原発群だ。若狭の原発は四〇年間に四五万人もの被曝労働者を生み出した。政府・電力会社は第二、第三の福島原発事故を引き起こすつもりか。もういい加減に原発は止めようではないか。安心して若狭の海で泳ぐことができるよう、安心して若狭の海の幸を関西の台所に届けられるようにしてほしい。若狭市議会は脱原発を国に求める決議を全会一致で可決した。関西の皆さん、若狭の原発を止めても本当に大丈夫なのだということをもう一度調べて証明してほしい。関西圏の消費電力の55%は若狭の原発によってまかなわれている。もんじゅ・ふげん以外の若狭の11の原発の生産する年間電力量は620億キロワット時だが、現地の住民が消費した電力は六億キロワット時にすぎない。関西の消費電力の需給関係の実態を調べ上げてほしい。若狭から30キロメートルの距離にある関西の水甕、琵琶湖の水を守ろう。避難所にもなる緑地帯を増やしていこう。最後に、国のシステムを変えていく眼目の一つに、自衛隊を軍事的な組織から災害救助隊へ、憲法九条にふさわしい組織につくりかえていこう」と、僧侶の服装で訴えた。

  「原発事故から子どもたちを守る福島ネットワーク」からのメッセージを美浜・大阪・高浜原発に反対する大阪の会が代読した。メッセージは、学童疎開の一大国民運動を訴えていた。

 続いて、集会アピール(福島原発のような事故は今後どこでも起こりうる、福島原発事故は現在進行形であることを関電はきちんと受け止めよ、電力各社、政府は責任を自覚せよ、脱原発を目指して闘い、原発のない社会を目指そう)が読み上げられ、拍手で確認された。


 
  最後に、国会議員の宮本猛さん(共産)、服部良一さん(社民)があいさつをし、辻恵さん(民主)と山本太郎さん(俳優)のメッセージが紹介され集会を終えた。そして、順次御堂筋デモに移り、約六キロの道のりを三時間かけてなんばまでデモを敢行した。(T・T)

【報告】6.11脱原発100万人アクション・東京

6111  6月11日、東京芝公園23号地で、「6・11脱原発100万人アクション・東京―くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会」が原水爆禁止日本国民会議、プルトニウムなんていらないよ!東京、原子力資料情報室、日本消費者連盟、ふぇみん婦人民主クラブ、たんぽぽ舎、福島老朽原発を考える会の呼びかけによって開かれた。朝方は激しい雨が降り、天気が心配されたが集会開催時には小雨になり、デモに出発する時は夏の好天気となった。福島原発震災から三カ月、全国各地域の人々とともに、脱原発を求める百万人アクションの一環として取り組まれ、会場を埋め尽くす6000人が集まった。

 福島郡山からバスで40人がかけつけ、全労協が新しく作った「反原発」ののぼり旗を作り林立させた。芝工大全学闘、日大全共闘、明大土曜会の旗、大震災義援!ウシトラ旅団、団塊世代など様々な世代、市民グループが参加した。

6115 集会は原水爆禁止日本国民会議の藤本泰成事務局長が「政府はウソといつわりでここまで原発政策をやってきたし、福島事故後も同じだ。原発を日本、地球からなくさないといけない」と述べた。さらに、藤本さんは、「五月に水俣病患者たちと会った時、水俣病患者たちは『経済優先が悲惨な水俣を生んだ。今度は福島を生んだ。命がなぜこんなに軽んじられるのか』と訴えていた。私たち原水禁は命の問題を出発点としてヒロシマ・ナガサキを取り組んできた。もう命を軽んじる社会・政治を許してはならない。命を基本とする社会を作ろう」と主催者あいさつをした。

 司会者から、今日の行動が日本108カ所、世界11カ国・20カ所で取り組まれていることが報告された。

 次に、伴英幸さん(原子力資料情報室)が「福島原発の現状」を報告した。

 「東電はウラン燃料の一部が損傷したのみと事故の小ささを発表したが、二カ月経ってから全面的なメルトダウン、あるいはメルトスルーだと極端な報告をした。メルトスルーとは原子炉・圧力容器が壊れ、ウラン燃料が圧力容器の下に落ちていくということで、今は冷却水で冷やされているから、これ以上の爆発は起こらないとされている。しかし、これは図上の解析で行っているのみで、近づくことさえできないので真相は分からない」。

 「東電は事故収束に向けてロードマップを発表した。燃料が溶けているので、冷やすために水を一杯入れて、水棺を作ろうとやりはじめた。しかし、一号機では水が入っていかず、水が漏れて、建屋の下に溜まっている。他の原子炉は手つかずだ。そして、放射能除去装置が動き始めた。成功すればかろうじて冷却できる。しかしこれも放射能をなくすわけではなく、高濃度の放射能を作り出す。それをどうするか、決まっているわけではない。そうしか対応できない」。

 「汚染は広範囲に進んでいる。東京でもホットスポットが出ているし、静岡のお茶にまで広がっている。もちろん、地元はもっとひどい。さらに、海への汚染も続いている。これから台風の季節がくる。非常に危険な状況になる。4号炉のプールにウラン燃料が保存されているが、この水が漏れたら、再び大きな事故につながっていく」。

 「政府・企業は原発を続けていこうとしている。現在、原発の三七基が止まっている。運転再開を認めていいのか。どの原発も福島と同じことが起きる。当面の課題は稼働中の原発を止めていくことである」。

 子どもたちの浴びる線量を二〇ミリシーベルトと定めた文科省と闘ってきた阪上武さん(福島老朽原発を考える会)が、福島郡山からかけつけ東電への申し入れ行動を行い参加した四〇人の仲間たちを紹介した。鈴木浩行さん(福島県教組郡山支部書記長)が「二日間で二ミリシーベルトになる。放射線量を測り、それを毎日FAXニュースにして流して、対応をとっている。子どもたちを放射能から守らなければならない」と訴えた。

 佐藤さん(男性)は「バスで東京に来るとき、放射線測定器を持ってきて、ところどころで測った。郡山とほとんど変わらない。東電前の樹木も〇・二マイクロシーベルトあった。放射能汚染問題は決して福島だけの問題ではなく日本全体の問題だ。原発があるかぎり、第二・第三の福島が出てくる。必ず、原発をやめさせよう」と語った。

 福島に親族がいるという東京在住の女性が「絶望と恐怖、喪失感があり、訴えたい気持ちはあるがそれができないと言う。それならばということで、首都圏在住の福島出身者が6・26福島アクションを成功させ隊をつくった。6月26日(日)午後一時半、福島県庁前広場(福島市)、『県都福島から声をあげよう!立ち上がろう! グッバイ原発!さようなら放射能 一万人ハンカチパレード』」を呼びかけた。

 渡辺さん(28歳、男性)が「空気、地面が汚染されている。これが『現実なんだな』と思う。原発事故の収束は東電ではできない。行動するしか変わらない。『Are You Ready? FUKUSHIMA』のTシャツ(三千円)を作った。ぜひ買って欲しい。行動しよう」と訴えた。

 東京在住の女性が「一人ひとりが今変えていかなければ世界は終わってしまう。動物たちが餓死していっている。殺さなければいけなくなっている。動物たちを生かす『フォーム・サンクチュア計画』を行っている。皆で動物を助けよう」と訴えた。

 阪上武さんが「二〇ミリシーベルト問題で文科省は一ミリシーベルトをめざすとしたが、内部被曝は対象にしない、学校の外は配慮しないなど、問題がいっぱいだ。子どもたちの疎開・避難を援助していきたい。今、緊急に行わなければならないのは、山下俊一長崎大教授によって行われている『一〇〇ミリシーベルトまで安全だ』というアドバイザー活動だ。彼を解任しなければならない。ネットでも署名運動を始めた」と報告した。

 阿部宗悦さん(85歳、宮城県・女川原発反対同盟)が原発との闘いを報告し、のどが痛むということでメッセージが代読された。

 「幸福とはすべての人たちの幸福を追求することだ。私は復員して後、原爆投下後の広島と長崎を訪れた。その惨状はものすごいものだった。原子力に平和利用などありえないと思った。原子力の平和利用と言って原発を推進してきた歴代の自民党政権に怒りを持ち、全国を巡り原発断固反対の運動を作ってきた。そして裁判闘争も行った。今度の福島原発の事故を受け、自民・公明などを裁判で訴えたい」。

 小笠原厚子さん(青森県大間・あさこハウス/大間原発の建設差し止め訴訟原告)が建設中の大間原発について語った。

 「大間原発は2005年着工、2010年稼働計画だったが、原子炉から五〇mの敷地のど真ん中に母(故熊谷あさ子)の土地があり売らなかった。そのため200m移動して原子炉設置許可申請をした。 大間原発は、2008年に建設工事を開始し、原子炉はとりつけたが燃料棒は入っていない。計画では2013年試運転開始予定だが稼働させない。大間原発の炉心予定地から約300メートルの所に『あさこはうす』がある。『あさこはうす』は、母が大間の海は宝の海と語り土地を売ることを拒否し続けたが建てたログハウスだ。この『あさこはうす』を使わないと道路が封鎖される可能性がある。郵便物や宅配物が届くと『あさこはうす』に配達してくれる。ぜひ郵便物を出してほしい(〒〇三九―四六〇一 青森県下北郡大間町字小奥戸三九六あさこはうす 小笠原厚子)。これから私が守っていく」。

 最後に、呼びかけ団体の日本消費者連盟、ふぇみん婦人民主クラブ、たんぽぽ舎から訴えがあり、東電本社前での抗議を行い、銀座を通り東京駅先まで長いデモを行った。

6112 この後、渋谷パレード、新宿サウンドデモを行ったグループとも新宿東口アルタ前に合流し、午後六時から宣伝活動を行った。合流するデモは午後七時過ぎても終わらなかった。JR新宿駅東口は1960年代後半の闘いの時のように、一万人以上が集まり、暑い熱気に包まれ巨大な反原発の大合唱で埋め尽くされた。さらなる闘いの炎を!(M)






▲TBSでLIVE中継された「新宿タハリール広場」



▲解放感あふれる新宿デモと夜の街頭アピール

【三里塚】一坪共有地裁判 第二次カンパにご協力を

hitotubo一坪共有地裁判 第二次カンパにご協力を
一坪共有地の強奪・団結小屋破壊を許さない

 3月11日に起きた東日本大震災は大津波を伴い甚大な被害をもたらしました。被害に逢われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 今回被害があった東北地方にも多くの一坪共有者がおられ安否が気がかりです。

 福島原発の事故の発生、その後の東電、菅民主党政権の対応のでたらめさはさらに被害を拡大しています。

 また未だに万単位の被災した住民の方々が不便な避難所での生活を余儀なくされています。そうした中で環境の劣悪さ、医療の不備などが原因で高齢者、病気を抱える人たちが亡くなったり、症状を悪化させるという事態が進んでいます。

 何よりも優先しなければならない住民の生命を守るということがないがしろにされているように思われます。

 政府のやっている「復興」とは住民の健康、生活を第一にするのではなく、経済優先の産業復興とそのための基盤整備、社会再編にほかなりません。政府は大企業をはじめとする資本と、それに連なる利害集団のために政策を遂行するという国家の本質が改めて明らかになりました。

 原発の問題にはそれが如実に現れています。国策として進められてきた原発推進の結果、放射性物質の拡散により地元住民を犠牲にし、さらに広範囲に被害が及んでいます。放射能は確実に子どもたちの健康に影響を及ぼします。政府の出した放射線量の規定の根拠など全く信用に値いしないものです。目先の利益のために子どもたちに犠牲を負わせる許しがたい暴挙といえます。

 われわれは国策としての空港建設に反対した歴史の中で国家の本質を知り、その構造、手口を学んできました。裁判所さえもその一角であることを思い知らされてきました。それ故一層裁判闘争で負けるわけにはいきません。

 司法権力を使って一坪共有地を強奪・団結小屋の破壊を目論む空港会社の策動を断固粉砕しなければなりません。裁判の結果は予断を許せません。いかなる結果になろうとも上告審まで闘うことは必至です。

 全国の皆様から寄せられた裁判闘争資金カンパは現在約170万円に達しました。しかし、共有地4件、団結小屋の裁判にかかった費用はすでに200万円近くになり、またニュースレターの発行4回の経費など大幅な赤字となっています。

 地震の被災地に支援のカンパを集中しなければならない折、まことに心苦しい思いですが、裁判闘争勝利のためカンパをお願いします。

    大地共有委員会(Ⅱ)

   一口:2000円

連絡先:〒289―1601 
千葉県山武郡芝山町香山新田131―4 
電話&fax0479―78―0039
振替口座:00290―1―100426 大地共有委員会(Ⅱ)

木の根プール再開へ 7月17日プール開きに集まろう

kininepool【大地共有委員会ニュースレター5号(発行:三里塚芝山連合空港反対同盟大地共有委員会(Ⅱ))から転載】
 

木の根プール再開へ
7月17日プール開きに集まろう
 
大森武徳(続・木の根物語プロジェクト)

 
 「続・木の根物語プロジェクト」です。木の根プール再開を一つの目標に昨年夏に始めました。昨年から数人で水抜き・泥かき作業などを続けてきました。今年に入ってから、皆さんのおかげで作業も大分進んできました。

 4月30日~5月2日には10人が参加して集中作業を行い、木の根ペンション裏に重機を入れて、古くなって傾いていた脱衣室の解体、プール周辺の整地、草刈、雑木の除去、はしごの錆び落としなどを行いました。強風でしたが、作業は順調に進み、プールの周り、ペンションの前と裏はきれいになりました。

 5月14~15日にはプール内側のクラック補修、伐採した雑木での薪作り、産廃の分別、鉄くず搬送、2棟あったポンプ小屋とタンクの撤去を行いました。残ったポンプは小さな覆いを作って覆っています。

 今後の作業として、プール底のブラシかけ、産廃の選別・搬送、ポンプ小屋の基礎の撤去、伐採した木の根の撤去作業を予定しています。

 多くの皆さんから、プール再開カンパをいただきました。ありがとうございます。いただいたカンパはプールの内装などに使います。

 木の根は三里塚闘争の原点。東峰・天神峰が騒音問題で厳しい闘いを強いられる中で、木の根は少しほっとできる場所にしたい。空港に囲まれてはいるが、肩身を狭くする必要はない。ゆっくりできて、なおかつ三里塚闘争の今がわかる場所。そういう場所作りをしていきたい。私は9・16、3・26を戦った先輩たちには遠く及びませんが、木の根で生活して何か残せるものがあればいいなと思っています。

 7月17日のプール開きではイベント、ミニライブなどを考えています。続・木の根物語プロジェクトではプール開きに向けて、ほぼ毎週の作業、6月25~26日午前にはプール開きのスタッフ会議と作業を予定しています。ぜひ木の根に集まってください。



 【連絡先】
〒286―0105
千葉県成田市木の根字西口296―3 木の根ペンション内 続・木の根物語プロジェクト 
℡090―4595―6612
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ