虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

中国:化学工場の撤去を求める数万人の抗議行動が勝利

dalian004
 抗議の市民であふれる大連市庁舎前広場(8/14)

中国・東北地方の沿海都市、遼寧省大連市で、危険な化学工場の操業の即時中止を求めた市民の大規模な抗議行動が勝利した。

大連市庁舎前広場に集まった数万人の市民は、さまざまな工夫を凝らした抗議グッズで吸い込むと人体に影響の出るパラキシレン(PX)工場の危険性を訴えた。最終的に大連市のトップにあたる大連市共産党委員会の唐軍書記が、警察車両の上から集まった市民に、工場の即時停止と移転を約束した。


だが、工場移転の具体的な時期については明らかにされておらず、夜間まで広場で抗議行動を続けた市民に対して大量の武装警察が暴力的な排除行動に出た。経済発展著しい中国ではこの間各地で公害や環境破壊をめぐる市民や農民、先住民族らの闘いが展開されている。世界最大の二酸化炭素排出国となった中国。環境と労働者を破壊しながら製造されている商品は、日本をはじめ世界中に輸出されている。国境を貫く階級的連帯を!

dalian003
 大連市庁舎前広場へ向かう市民のデモ隊列(8/14)

+ + + + +


事件の経過はこうだ。環境都市として有名な遼寧省大連市の郊外にある大連福佳大化石油化工パラキシレン(PX)工場から、吸い込むと人体に影響の出るPXが、接近していた台風の影響で漏出した疑いが強まったという情報がインターネット上に書き込まれた。


8月8日、接近した台風が、PXタンクのある港の防波堤を破壊し、その影響でPXタンクも倒壊した。事故を知って駆け付けた中央テレビの記者たちは、復旧作業中の作業員に取材を妨害されたうえ、殴られて追い払われた。その後、警察の調べで、この作業員はPX工場のトップから「記者を入れたらただでは済まさないぞ」と脅かされていたこと明らかにした。


これら一連の経過における頑なな取材拒否に疑問を感じたメディアが事件を報道した。その後、インターネットなどでも市民らが、異臭が工場周辺に漂い、工場の労働者たちが避難をしているなどの情報を流し始めた。また工場敷地内で薬品を収めた容器設備が転倒しているのを目撃した市民等も、雨が降っているにもかかわらず異臭がどんどん強くなる、などの情報を提供し、市民に外出しないよう呼び掛けた。またその他の地区の住民からも、異臭が広範囲に漂っていることなどの情報が寄せられた。


その後、インターネットで、8月14日の日曜日のPX工場の操業停止と移転を求める抗議行動が呼びかけられ、それに呼応して大連市庁舎前に集まった市民は1万人以上に上った。

dalian001
 大連市庁舎前広場に集まる市民たち(8/14)

このPX工場は、中国最大級のPXプロジェクトであり、前任の大連のトップが政治的に誘致したものでもあることから、市民の間では、一部の指導者の政治的・経済的利益のために安全がないがしろにされるのではないかという不安が高まった。また当初放映する予定であったこの事件に関する取材報道も急遽放送が中止されたり、このPX工場の新規プロジェクトが環境アセスなど必要な手続きをする前から関連当局から許認可を得ていたなどの報道がインターネットメディアで流れたりしたことも、市民の不安を高めたことから、8月14日の大規模な抗議行動に発展した。


今回の抗議行動では、(1)PX工場プロジェクトの即時停止、(2)今回の事件に関する報道の自由、(3)工場撤退期限の明確化、(4)責任者の処罰という4つを勝ち取ることが目標であった。大連市のトップの唐軍・大連市共産党委員会書記は、自ら警察車輌のうえに乗り、プロジェクトの即時中止を集まった数万人の市民に約束した。最初の二つの要求は勝ち取られたが、市民らの「撤去の時期は?」の声には応えなかった。それどころか、「解散しなければ酷い目に遭うぞ」という恫喝まで行い、夜まで広場に残った市民らは十数台のトラックに満載されて動員された武装警察が暴力で排除した。

その日の夜に書き込まれたインターネットの書き込みはこう記している。

「何とか無事に家に帰って来た。一帯どうなっているのか状況はわからないが、四発の催涙弾のようなものが打ち込まれたのをこの目で見た。前方から『警察が殴り始めた、血が流れている』といって人が逃げてきた。何人かが捕まり、たくさんの人がその場で警察に包囲された。ニュースなどでよく見る被災地支援に行くような幌付きのトラックがそこに向かって……。みんな大連以外のところから駆けつけた特殊警察といっていた。」


dalian005
 暴力的排除に乗り出す武装警察(8/14夜)

中国では、近年、労働問題、環境問題、農地問題、住宅問題、人権問題、民族問題など、さまざまな課題で大衆的抗議行動が増加傾向にある。2010年は18万件もの集団的事件(騒乱)が発生している。2008年は12万7千件、2006年には9万件だった。それに対応するかのように、中国における治安維持関連の政府予算も増加の一方をたどっている。中国政府公表の予算によると、2011年の治安維持関連支出は6244億元(約7兆7400億円)。全体の6.23%を占め、前年比13.8%。一方、国防費は6011億元(約7兆4600億円)を抜いた。街頭鎮圧部隊とともに、莫大な予算をインターネット監視取締システムに注ぎ、民衆の声を圧殺する「警察国家」の姿が垣間見える。

dalian007
 大連市内を警備する武装警察部隊(8/14)

PX工場に関しては、2007年6月に福建省のアモイ市でも大規模な市民の抗議行動によって、台湾資本のPX工場を撤退させた経験がある。今回の大連での闘争はそれを模倣したとも言われている。抵抗は途切れることなく、経験を蓄積しながら継続している。注目を!


(H)

続きを読む

【報告】国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15反「靖国」行動

815 8月15日、国家による「慰霊・追悼」を許すな!8・15反「靖国」行動が行われた。まず、午後一時から在日本韓国YMCA九階ホールで集会が行われ、132人が参加、デモには200人が参加した。


集会後、神保町を通り九段下の靖国神社近くを通る「靖国思想」解体のデモを行った。既存右翼や在特会らは最初から最後までデモ隊列に対して執拗に攻撃を加えた。この間の反原発サウンドデモに対して逮捕を相次いで行っている警察だが、この日の右翼らの違法なデモ妨害突撃、交通妨害などの道路交通違反などには一定の規制はするものの、明らかな馴れ合い、泳がせの対応をとっていた。警察・機動隊はデモ隊をサンドイッチ規制して、正当なデモ行進をじゃました。デモ隊はこうした攻撃を跳ね返して、「靖国」「天皇制」を批判して、断固としてデモを貫徹した。


 3月11日東日本大震災以後、被災者の「慰問」と死者の「鎮魂」を行った天皇が新たな「国家の再生」に向けたメッセージを発している。こうした天皇制を撃ち、国家による、あらゆる死に対する意味づけを核とした、8.15の「追悼空間」=全国戦没者追悼と靖国思想――新しい国立の無宗教の追悼施設、あるいは千鳥ケ淵拡充という方向性も含めて――の解体に向けた行動に、今年も取り組んだ。

 


 集会は最初に、加納実紀代さん(女性史研究者)が「原爆・原発・天皇制」と出して講演を行った。


 加納さんは1945年8月6日、爆心から二キロ弱に住んでいて部屋の中で被爆した。当時五歳だった。父親は爆心地で消滅的に殺された。加納さんはじゃがいもからドッチボールのような顔になって死んだ友だちのこと、首のない死体や灰のような死体のことなど自分で見た残酷な原爆のすさまじさを語った。原爆は他の兵器と比べて、瞬間性、無差別性、根絶性そして全面性、持続・拡大性を持つものだ。


 原爆の被害とジェンダーについて。語り部をやっている阿部静子さん(19歳)はまぶたが閉じない、唇がないということで18回も整形手術した。結婚差別がひどかったことを紹介した。ヒロシマは被害者か、と問いかけた。戦争に明け暮れた日本の近代。その中で軍都「廣島」の加害性。1941年開戦時、広島の陸軍第五師団は真珠湾攻撃より一時間早くマレー半島のコタバル上陸作戦を行い、その後行く先々で住民たちを虐殺していった。原爆はアジアにとって「解放」だったのか? 加害者であり、被害者であったヒロシマ。


 原発について。なぜ「唯一の被爆国」が原発大国になったのか? アメリカは核の独占がソ連によって打ち破られた後、西側同盟諸国を支配化に置くために1953年、原子力の平和利用を打ち出した。日本では中曽根康弘と正力松太郎が積極的な役割を果たした。運動側どうであったか。被爆者、進歩的学者にも共有されていた科学技術信仰。原子力情報室初代代表になり、反原発運動で重要な役割を果たした武谷三男は1952年に、「被爆国だからこそ平和利用を」と推進論を展開したが、1954年3月、ビキニ環礁での水爆実験と日本人船員の被爆事件後、立場を転換した。ビキニ被爆を受けて、原水爆禁止署名運動が全国的に行われた八千万人弱の国民のうち3200万人が署名するという空前の運動の広がりが作られた。55年6月に日本母親大会の第一回が、八月に原水禁大会の第一回が開催された。しかし、ここでも「原子力は人類の繁栄のために」というスローガンが掲げられていた。


 原爆と天皇制。昭和天皇はアキヒトに宛てた1954年9月9日の手紙で敗戦の理由を「我が軍人は精神に重きをおきすぎて、科学を忘れたことである」と書いた。そして、アキヒトも8月15日の日記に敗戦の理由を「科学の力が及ばなかったためです」と記している。被爆の現実に立ち向かうというより、「アメリカはすごいんだ」という「クールな認識」であったろう。現憲法の制定の過程で、明治天皇制的なものを残そうとした日本の学者に対して、アメリカは原子力を背景に、マッカーサーの用意した「憲法」をいわば「押し付けた」。天皇制のもとの民主主義であり、沖縄を犠牲にし、日米安保の核の傘のもとでの戦後の出発であった。


 戦前の「近代の超克」論や日本的「和の論理」、「和の母性文明」=天皇制の論理を繰り返さないために、近代がめざした「豊かさや便利さ、効率性」を問い直し「弱者」のままで尊厳を持って生きられる社会をめざそう。

 


 講演後、参加団体によるアピールが行われた。差別排外主義に反対する連絡会の藤田さんは「行動する右翼に対するカウンター行動を9・23新宿柏木公園からのデモを行う」と発言した。「日の丸・君が代」の強制に反対する会の京極さんが、8月4日に横浜市の中学の歴史と公民の教科書が「つくる会」系の育鵬社のものが採択された。神奈川県下では藤沢市などでも採択され、実に45%の中学生が使うことになってしまったこと、そして大阪府で「君が代」強制条例が採択され、さらに「教職員処分」の条例化が九月府議会で目論まれていることが報告し全国的な反対運動をつくろうと呼びかけた。


 福島原発事故緊急会議の天野さんが9.11再稼働反対全国行動に向けた事前学習会を紹介した。許すなヤスクニ国営化阻止8・15集会実行委がアピールを読み上げた。反安保実行委が10月15日、浅井基文さん講演会のお知らせ。ブッ通しデモ実行委が7月23日から9月10日まで50日間、「がんばれ日本」というネオナショナリズムに抗して、都内で毎日デモを行っていることを報告し、ネットで検索してデモに参加してほしいと訴えた。靖国解体企画が正午に黙祷粉砕デモを靖国神社前で行ったことを報告した。最後に集会宣言を読み上げデモに出発した。

(M)

【イギリスの暴動】イギリスの新自由主義は、自ら播いた種を刈り取っている

インターナショナル・ビューポイント オンラインマガジン : IV439 - August 2011

イギリスの新自由主義は、自ら播いた種を刈り取っている
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2238


テリー・コンウェイ、ビリー・カーチス



 デービッド・キャメロンの保守党が主導する英国の連合政権の最初の一年は、緊縮政策、不平等の拡大、幾百万人もの人びとの急速な貧困化、メディア、警察、政治家たちの腐敗、公共サービスの破壊を特徴としている。その第二年目は大規模な産業労働者の行動、英国の諸都市の最も貧しい部分における、失うものをほとんど持たない人びとによる国家との公然たる激突を特徴とすることになる。8月初旬にイギリス全土で起きた暴動の持つ重大な意味がそこにある。
 
london's bunning 直接の原因は警察による二つの行為にあった。第一のものは、8月5日に起こった武装警察官によるマーク・ダガンの殺害と、その後の彼の家族への対応であった。警察は家族を訪問してマークの死を知らせることさえ怠ったのである。

 8月7日には、地域の警察署の外で正当な怒りに満ちたデモが行われた。警察は外に出て説明することすら拒否した。暴動を爆発させたのはこうした警察のやり方であり、その後の報道ではこうした事実は実質的に省かれてしまっている。この目撃証言がはっきりする中で、警察は16歳の少女を警棒で殴った。このビデオクリップは警察の行為の暴力性をはっきり表現するものである。こうした警察の攻撃が、地域社会の怒りの激発を引き起こすのは実質的に不可避だった。

 英国の他の地域からの報告も同様の事態が起こったことを物語っている。それぞれに違いはあってもテーマは共通している。たとえばロンドン東部のハックニーとウエストミッドランズのバーミンガムのように。

 一日中どんな時でも、若者たちが街頭にいるだけで止められて身体捜索を受けるという悪名高い権力行使が拡大している、と報告されている。それは黒人社会では深い憎悪の対象となっている。とりわけ全般的にターゲットになっている黒人の若者にとってそうだ。黒人は白人に比べて26倍もの頻度で停止を命じられ、身体捜索を受けている。

 いつもと違い、警察苦情処理独立委員会はマーク・ダガン事件について速やかな動きを見せた。独立委員会は、当初の弾道調査リポートによれば彼は警察官に発砲しなかったとする報告を8月9日に行い、警察は自衛のために行動したというメディアで広がっている噂をウソだと述べた。しかしこの事件に関して正義が実行されるだろうということに、誰も確信を持っていない。警察の手にかかった死亡事件については長い歴史があるが、一人の警官も起訴されたことがないのだ。

 警察への信頼の欠如が黒人コミュニティーの中でとりわけ強い――それには当然の物質的理由がある――中で、ここ数年の出来事が不穏な空気をさらに激化させてきた。2009年4月1日、ロンドンのG20抗議行動において、警察が新聞売り子のイアン・トムリンソンを殺した事件、昨年の学生デモで障がい者の学生活動家ジョディー・マッキンタイヤーが警棒で乱打された事件は、長きにわたって黒人コミュニティーに対して実行されてきたものの気付かれることのなかった警察の暴力のイメージを、多くの家庭にも知らせることになった。

 新自由主義の臆病者たちは、ねぐらに戻っている。マーク・ダガンが住んでいた地域であるハリンゲイでは、地区自治体当局の4100万ポンド(6700万米ドル)の支出カットは、地区の青年たちへの支援を荒廃させた。こうしたことは都心の低所得者地域のほとんどで共通のパターンである。若者への支援対策費はキャメロンの緊縮戦略で最初に打撃を受ける部門の一つである。同時に政府が、63万人の若者たちに一六歳以後も中等教育あるいはそれ以上の教育を受ける経済的可能性を与える教育手当を廃止したこと、そして大学生の授業料を三倍化したことは、不満、怒り、そして誰も若者世代に起きていることに配慮していないという感覚を増大させた。こうしたことは、ここ数日間にわたって爆発した圧力釜を作り出した諸要因の一部にすぎない。

 先月、トットナム(訳注:マーク・ダガン射殺事件が起きたロンドン北部の地区)選出の国会議員デービッド・ラミーは彼の選挙区で失業率が10%上がっている状況に対処する行動を政府に要求した。ここでは現在1万514人が職を探している。地域の住民はインタビューに答えて、20代後半の数千人もの人々が職を見つけられていないと語った。したがってデザイナーブランドもののスポーツウエアや携帯電話、高級なTVやMP3プレーヤーを売る店が、そうした商品を買うだけのカネを稼げないことを知っている人々によって略奪を受けたのは驚きではない。

 資本家は二つのことをいっしょにできない。彼らは一方でステータスや達成感を得るためにはそうした商品が必要だと語り、他方では、彼らが提供する職のほとんどは人々が生き延びるためだけの飢餓賃金しか払わない短期契約なのである。

 対照的に大金持ちは、その境遇にそれほどよい思い出を持っているわけではない。8月8日、高額所得者委員会は、フィナンシャルタイムズが発表する100銘柄株価指数に入っている企業の経営者たちの受け取る年間平均年金が約17万5000ポンド(28万5000米ドル)だと報告した。英国の平均年金はわずか5680ポンド(9550米ドル)であり、政府は勤労民衆をさらに貧しくすることを望んでいる。同時に彼らは年間15万ポンド(24万5000米ドル)以上の所得に課される50%の最高税率を支払う30万人の人びとに巨額のカネを引き渡そうと必死になっているのだ。ロンドン市長のボリス・ジョンソンは、そうした高率課税の廃止を呼びかけ、彼の大金持ちの親友であるジョージ・オズボーン蔵相はこの税制をやめてしまいたいと述べた。

 多くの人々が彼らこそ本当の略奪者であり、本物の犯罪者だと強調しているのは不思議なことではない。昨日の「ガーディアン」紙に掲載された一通の手紙は述べている。「暴徒たちは銀行家がこの国でやっていることを路上でやっているだけだ。銀行家と違い、暴徒たちが罰せられることは疑いないだろう」。

 労働党左派の国会議員ジョン・マクドネルは同じ紙面で書いている。「われわれは、あらゆる手段を通じてできるだけひったくるという倫理によって、グロテスクなまでに不平等な社会を作り出してきたこの30年間に播いた種を刈り取っているのだ。略奪者の社会は、国会議員とその経費、銀行家とそのボーナス、課税逃れの企業、嫌がらせを常とするジャーナリスト、わいろを受け取る警官、そして今や疎外された少年グループたちがチャンスをつかみ取っている状態を作り出したのだ……」。

 こうしたことは、JDスポーツから100ポンドのトレーナーを奪い取った十代の少年たちの心には浮かんでこなかったかもしれない。彼らが知っていることは、富と特権を持ち、その権力を幾百万人もの人びとを貧しいままにさせておくために使っている連中が向こうにいるということだ。暴動は破壊的な怒りと言葉にならない抗議の発作的表現だが、声を奪われた人びとが自らの主張を聞かせる方法の一つである。

 われわれは、マーク・ダガンの死以来、街頭で起きた出来事を、市民的自由をさらに押しつぶし、抗議の権利を攻撃するために利用しようとする試みに抵抗しなければならない。イギリス本土の街頭で以前よりもさらに広範に、警官に対してゴム弾が支給されている。われわれは、北アイルランドでその使用がいかに殺人的なものになり得たかを知っている。放水銃はここでは使用されたことはなかった。軍隊への導入は依然として論議中だが、通告後二四時間でいまや警察はそれを使用することができるようになる。

 「抵抗の連合」、そしてとりわけ「支出削減に反対する黒人活動家(BARAC)」などの支出削減に反対する組織が、自らの声を人々に伝え、この騒動の真の原因や、黒人コミュニティーに未来を与え、若者たちに新しい希望を与えるために実行することが必要な政策を語ることはきわめて積極的な意味を持つ。来るべき数カ月のうちに、労働組合やラディカル左派は彼らの主張を伝え、保守党―自民党連合政権の攻撃に対する巻き返しを開始しなければならない。



▼テリー・コンウェイは「インターナショナルビューポイント」の編集部員で「ソーシャリスト・レジスタンス」(第四インターナショナル・イギリス支部)の指導部。ビリー・カーチスはイギリスにおける「ソーシャリスト・レジスタンス」の支持者。

(「インターナショナルビューポイント」2011年8月号)

【転載】 「8.6原発やめろデモ!!!!!」弾圧に抗議する



8.6原発やめろデモ!!!!!弾圧救援会
http://d.hatena.ne.jp/nonukyuen/20110814/1313316008


「8.6原発やめろデモ!!!!!」弾圧に抗議する

   2011年8月13日 8.6原発やめろデモ!!!!!弾圧救援会


2011年8月6日東京の日比谷公園から出発した「原発やめろデモ!!!!!」http://86nonukes.tumblr.com/ で3名が不当逮捕されました。2名は8日に釈放され、残る1名はいまだに勾留されています。私たち救援会はこの逮捕に強く抗議し、今すぐ釈放を求めます。そしてみなさまにカンパなどの支援をお願いします。

この日も原発反対を表現するため多彩な人が集まりました。しかしデモ出発前から警察の異常なまでの過剰警備が始まり、デモ中も多くの参加者が体を押されたり、「早く歩け」と言われ続けました。そして東京電力本店前を過ぎた山手線のガード下で1名が、続いて銀座の数寄屋橋で1名がいきなり押し寄せた警察に逮捕されました。2名はただデモで歩いていただけです。

2名はその後築地警察署に勾留されました。逮捕された人は外の世界から隔離され、警察署内で長くつらい取り調べを受けます。そこで外の仲間が助けるために動いているよ、がんばれ、ということを伝えて励ますために、デモ後に築地署の前に激励と抗議に行きました。

ところが築地署前には大勢の警察官が立ち並び、公道で抗議する仲間を威嚇し続けました。そしてまたも押し寄せてきて、1名を倒し、不当逮捕しました。その際に本人は警察に殴られ、引きずられ、骨折の疑いがあるほどのケガを負わされてしまいました。警察の理不尽な暴力は絶対に許せません。

デモ中に不当逮捕された2名は8日に釈放されましたが、築地署前での1名は原宿署に移され、8月9日に裁判所が10日間の勾留をつけてしまったため、今も勾留され続けています。逮捕した際、警察は「建造物不法侵入」を口実にしたにも関わらず、勾留中に「公務執行妨害」に切り替え、「警察官に暴力をふるった」などと後からデッチ上げています。

「原発やめろデモ!!!!!」では5月7日にも渋谷署があまりにひどい不当逮捕を行いました。この時も無実の罪でした。http://57q.tumblr.com/

福島原発事故の大惨事を経た今、原発反対の声を上げるのは当たり前のことです。しかしこの国の警察は力で無理やり押さえ込み、サウンドデモのような自由な表現をまるで目の敵のようにしています。

そこで救援会は一刻も早く助け出すために全力で動いています。原発に反対し、不当逮捕に心を痛める全ての方にも、ぜひサポートをお願いいたします。


★救援カンパをお願いします
弁護士費用をはじめ、救援活動には多額の費用が必要となります。どうかカンパをお願いいたします。
郵便振替用紙に「8.6x原発やめろデモ!!!!! 弾圧救援会」とお書きいただき、以下へお振り込みください。
ゆうちょ振替:
口座番号:00140‐2-750198 口座名称:ミンナノキュー
他銀行からの振込の場合:
019(ゼロイチキュウ)店 当座 0750198

救援会メールアドレス:86nonukyuen(at)gmail.com
ブログ:http://d.hatena.ne.jp/nonukyuen/

7.31国際シンポジウム「海を越える原発問題~アジアの原発輸出を考える」

731七月三一日、東京の早稲田大学小野講堂地下ホールで国際シンポジウム「海を越える原発問題――アジアの原発輸出を考える」が行われた。主催は早稲田大学アジア研究機構アジア平和研究所で、メコン・ウォッチ、インドネシア民主化支援ネットワーク、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)、原子力資料情報室が共催、協力はノー・ニュークス・アジア・フォーラム・ジャパン、国際環境NGO Foe Japan、アジア太平洋資料センターの各団体。このシンポは七月三〇日から八月六日まで全国で開催された「ノー・ニュークス・アジオ・フォーラム2011」に参加した海外からのゲストとともに原子力産業と日本の公的資金の流れ、アジアへの原発拡散の動き、各国の市民運動について論議するために準備された。

 もともと今年の第一四回ノー・ニュークス・アジア・フォーラムは八月下旬にタイで開催の予定だったが、タイの原発建設計画が延期され、主催者のタイ側やアジアの各国からも「福島の原発事故についてもっと知り、運動に役立てたいため、日本で開催を」という要請があったため日本で行われることになったものである。



 国際シンポ開会のあいさつを行った早稲田大学アジア研究機構の村井吉敬さんは、「震災からの復興が進まない最大の原因は原発事故にある。しかし福島が世界中に投げかけた問題の大きさにもかかわらず、日本では三・一一以後内向き志向が強まっている。『海を越える原発』というテーマでは日本も韓国も当事者であるにもかかわらず、菅首相が『脱原発』を語るほど菅おろしが勢いを増している。私の専門領域であるインドネシアでもジャワ島中部ムリアでの原発建設が大きな争点になってきた。もし福島事故が起こらなければ日本や韓国がインドネシア原発建設の当事者になっていた。今日は、そういう問題を討論してほしい」と語った。

 次に「環境・持続社会」研究センターの田辺有輝さんが「日本の原発輸出と公的資金の関わり」というテーマで報告した・

 田辺さんは原発輸出の問題点として安全性、経済性と財政的リスク、廃棄物処理問題、核拡散、環境的・社会的影響などを指摘しながら、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)、国際協力機構(JICA)による融資、保険引き受け、研修などの原発輸出支援の現状を紹介した。JICAによる原発研修は福島事故があった今年も継続される。

 菅政権は昨年六月の「新成長戦略」でパッケージ型インフラ海外展開を提唱し、原発がその重点分野のひとつになった。核物質や原子力関連の資機材・技術の海外移転のためには原子力協定の締結が必要である。今年の通常国会にはロシア、ヨルダン、韓国、ベトナムとの協定が提出され、韓国、ベトナムとの協定は見送られるが、ロシア、ヨルダンとの協定は承認予定だという。さらにアメリカに対しても今年一月にJBICがサウステキサス原発への支援を検討していると発表し、将来的には東京電力が出資予定とされていたが、福島原発事故のためこの計画は、ご破産になりそうである。

 田辺さんはベトナムでの原発建設に対して予定地の住民から反対の声が上がっていると述べ、政府は公的資金を使った原発輸出支援をやめるべきだ、と訴えた。



 次に海外代表からの報告に移った。韓国のエネルギー正義行動代表・李憲錫(イ・ホンソク)さんは「福島原発事故でも止まらない原子力発電所輸出の夢」と題して、韓国政府がまさに国家をあげて進めている原発輸出戦略について提起した。

 韓国には現在四カ所・二一基の原発があり、さらに七基が建設中で四基を計画中である。イ・ミョンバク政権は発電に占める原発の割合を現在の三一%から、二〇三〇年には五九%と約二倍に高めようとしている。韓国政府はさらに国家規模での原発の海外輸出戦略を立てており、最近初めてアラブ首長国連邦(UAE)の原発売り込みに成功した。政府はUAEの原発売り込み成功を記念してお手盛りでコンサートを行い、「原子力の日」という記念日を制定した。政府は原発に慎重な姿勢を取っているメディアに圧力をかけている。

また、いまだ売り込みに成功したのは一基だけであるにもかかわらず今後二〇年間で八〇基の原発を海外輸出すると打ち上げている。政府はUAEに韓国軍を防衛隊として派遣した。政府はそれが「ビジネス派兵」であると認めている。韓国は国際金融市場から高利で借りて低利でUAEに貸すということまで行っている。

イ・ホンソクさんは「原子力産業界は国家を越えて協力している。それに勝つためにわれわれも国境を越えて協力しなければならない」と強調した。

続いてインドネシアのヌルディン・アミンさんが報告した。アミンさんはインドネシア最大のイスラム組織であるナフダトゥル・ウラマー(NU)の中ジャワ州ジュバラ県代表で、同地のムリア原発建設計画に反対する運動を指導し、原発をイスラム教の「ハラム(禁忌)」とする裁定の「仕掛け人」である。

アミンさんは人口一二〇万人のジュバラ県が漁民、農民、家具製造労働者を中心とする豊かな自然に支えられた地域であると語り、住民に多大な影響を与える原発建設に対して住民自身にはまったく情報が与えられていないことを批判し、住民の激しい原発反対運動を報じる映像を紹介した。

 海外からの報告の最後はタイのソッサイ・サンソークさん(「タイ市民による非核ネットワーク」コーディネーター)。

 タイでは一九六六年以後、原子力発電所建設計画が持ち上がった。サンソークさんはタイの電力消費の六〇%が大規模工場。二〇%が一般家庭、一〇%が零細事業者で、消費のほとんどは首都バンコクだが電力を作っているのは地方だという都市―農村関係の矛盾を指摘し、バンコクの大手ショッピングセンター三つで地方の一県分の電力を使っている、と語った。

 そして日韓両国の運動への要求として「福島事故を教訓化し、各国政府に原子力政策の見直しを求めてもらいたい」と訴えた。サンソークさんは最後に「原子力の平和利用とは原子力を利用しないことだ」と強調した。



 パネルディスカッションでは次のような意見が語られた。

 「ASEAN会議の時に政府秘書官と会談し、原子力の導入には慎重に扱うよう求めた。福島事故の後に話し合いを再度持ったが、ベトナム政府はなお原発導入に積極的だ。ベトナムの原子力計画はベトナムだけの問題ではない。タイやラオスの問題でもありベトナムの安全対策には懸念を抱いている(サンソークさん)。

 「原子力は『こわいもの』というイメージを多くの人が抱いており、核といえば『原爆』が連想される。インドネシア独立後、歴史教科書にはかならず『ヒロシマ・ナガサキ』が出ており、原子力・原発には否定的イメージが一般的。インドネシアの人びとは政府を信用しておらず、政府がエネルギー政策や原発の必要性を訴えても、人びとはどうせ私腹を肥やすためだろうと考える」(アミンさん)。

 「一九八〇年以後、反原発運動が各地で作りだされ九カ所で新規の立地を阻止した。キム・テジュン、ノ・ムヒョンは改革派政権だったが、それでも原発推進政策は変わらなかった。確かに建設計画の数は減ったが。現在ハンナラ、民主の両党で原発政策に大きな違いは存在しない」(イ・ホンソクさん)。

 「ヒロシマ、ナガサキがありながら原発については『平和利用』ということでつなげて考えられなかった。長い歴史の中で起きたことをとらえ返す必要がある」(村井さん)。

 「アジア・東南アジアだけのネットワークではなく欧州や中東の人びととつながることが必要だ。エジプトやアラブ諸国でも人々が立ち上がった。そうした人びととの連携が大事だ。私たちはイスラムのことだけ言っているのではなく、仏教徒やキリスト教徒とも連携して生活の見直しをしていきたい」(アミンさん)。

 「アジアで作られようとしている原発の数は世界の五二%に及ぶ。アジアで原発を止めることができれば全世界で止められる。自国で原発を作らせない運動が重要であり。とりわけ韓国と日本が一番大事だ。日本で脱原発に至らなければ韓国の運動にもマイナスの影響を与える。韓国で原発が増えればベトナムでもタイでも作ろうということになる」(イ・サンソクさん)。

 最後に村井さんが「ASEANは世界に先駆けて非核(兵器)地帯を宣言したが、『非核』の中に原発も含めるようにしたい。そうした目標を掲げた運動を!」とまとめの発言を行った(K)

【報告】 2011山谷夏祭り

san 八月六日(土)、七日(日)の両日、山谷夏祭りが行われ、会場の玉姫公園には多くの労働者や支援者が集まった。


 実行委員会で決まった今年のスローガンは「なに!節電だ?もともとおらとこ電気がねえ」サブスローガンは「貧乏人を殺すな!命を守ろう!」。


 六日、午前中から作業に汗を流す、山谷労働者福祉会館から物資を運び出し、公園では盆踊りのヤグラや、ステージなどの設営、屋台の準備が行われた。屋台は年々参加団体が増え、多彩になってきた。また、祭りに先立ってはアルミ缶の買い取りと、ワッショイ券(屋台券)との交換も行われ好評だった。


 四時半からは共同炊事が行われ祭りがスタートした。共同炊事と平行して毎年会場内に設けられている祭壇の前で追悼も行われた。昨年に続き、ひとさじの会のお坊さんがお経を上げ亡くなった仲間を追悼する。


 山谷争議団の仲間が開会の挨拶にたち、震災後の厳しい状況の中、力を合わせて闘い、生き抜いていこうと訴え、乾杯を行った。今年もウーロンハイは無料だ。七日には山谷労働者福祉会館のなすびさんが被ばく労働自己防衛マニュアルを作った事を報告し、福島原発の現状について「とても人間が入って作業する状況には無い」として原発の仕事に行くな!と訴えた。


 ステージは一日目はカラオケ、そして今年で三回目の登場となった、真黒家ぼっくす(まっくろけぼっくす)ホーンも入った総勢十名のバンドでアリランなどを演奏、会場内は一気に盛り上がる。続いてもう何回も夏祭りに参加してくれている岡大介さん。缶カラ三線やギターで懐メロや、復興節などを熱唱。


 翌七日のステージは盛りだくさん、最初はジンタラムータ、映画「山谷やられたらやりかえせ」の音楽も担当した大隈亘さんを中心としたグループ、東欧のロマ(ジプシー)の職人の労働歌や、相馬盆歌などの被災地の民謡などを披露した。


 つづいてマサさん、夏祭りでは常連の女性サックス奏者、ニューヨークのハーレムを拠点に演奏活動を展開している。次にさっちゃんバンド、立川テント村のビラ撒き弾圧事件の当事者でもあるさっちゃんを中心としたバンド、最近では反原発運動の現場でもおなじみだ。途中でマサさんも加わっての演奏。最後は前日に続いて岡大介さんが登場。


 ステージの後は盆踊り、今年は事前に練習会も行い、気合いも入っている。七日はさっちゃんがシャンベ(ラテン・パーカッションの一種)をたたいて盛り上げる。


 この間、山谷・浅草周辺では東京スカイツリーの建設とそれに伴う観光化によって野宿者の排除が激しさを増している。各区ではアルミ缶の持ち去り禁止条例が強化され、野宿者の生活の糧が奪われつつある。また、江東区では竪川河川敷公園の再開発に伴うテント排除との闘いが煮詰まりつつある。


 また、毎週日曜日の共同炊事は多くの人々、特に米などの食材を提供してくれる農家のカンパによって支えられているが、今回の震災によってこの秋以降の食材の確保に赤信号が灯っている。


 さらに、震災に起因する企業倒産や、非正規切りは被災地だけでなく全国で起きており、職を失う人々が今後も増える事が予想される。そのような中で生活保護法改悪の動きが現実味を帯びてきている。


 この秋以降の野宿者戦線の闘いに注目を、そして支援を。


(板)

「人間を隷属状態から解放することほど、やってみる価値のあることはほかにないんじゃないかな」~哲学絵本『カール・マルクスの亡霊』

 Marx-00

 

『カール・マルクスの亡霊』

 [著] ロナン・ド・カラン 

 [訳] 岩澤雅利 


 [発行] ディスカヴァー・トゥエンティワン

 [価格] 税込み 1,260円

 http://www.d21.co.jp/products/isbn9784799310274

 
 
『カール・マルクスの亡霊』という面白い本が出た。A5版、64ページの読みやすいサイズ、かわいい絵本、というデザインで、分かりやすい語り口調で書かれている。

 


「<市場>の問題に決着をつけ、人間解放の道をひらくべく、マルクスは挑んだ!」という帯広告にあるように、<市場>とはなにか、そしてマルクスのいう人間解放とは何かを分かりやすく説明している。

 


物語は、赤いシーツをかぶり亡霊に変身したマルクスの登場から始まる。このちょっぴり愛嬌のあるマルクスは語り始める。
「シーツの下で何をしているのか、だって?話すと長くなるが、要するに<階級闘争>だよ。」

 

そして、ちょっぴり悲しいシレジアの人々の物語をマルクスが語り始める。

 

Marx-01

 

続きを読む

横浜市教委の「つくる会」系教科書採択強行を糾弾する

8月4日、横浜市教委はつくる会系の育鵬社版中学歴史・公民教科書の採択を強行した。これにより8万人以上が使用する区域での、つくる会系教科書の採択が実現したことになる。恥ずべきことであり、自治体から独立した機関という名のもとに非民主的手続きを強行した横浜市教委を糾弾する。

 育鵬社は扶桑社の後継出版社として、「新しい教科書をつくる会」から分裂して出来た「教科書を改善する会」が執筆しており、育鵬社版の内容も自由社版と変わり映えはしない。自由社版が育鵬社版に変更になった経緯についても、2009年に自由社版しか「改正教育基本法」を踏まえていなかったなどという説明を委員長・今田はしているが、育鵬社版の準備がその時点で間に合わなかったということにすぎない。

 そして自由社版が東京書籍版教科書の図画年表盗用を指摘されて訂正申請をせざる得なくなったのが、8月に入ってからであることも、育鵬社版の採択をスムーズにする印象付けに一役かったものの、育鵬社版も大阪書籍版からの盗用疑惑が取り沙汰されている。いずれにしろ、従来の歴史教科書を「自虐史観」として批判した勢力が、2009年10月に神奈川県教委の採決で横浜市一括採択区化を実現させた後、戦略的につくる会系教科書の浸透を進めたということは確かである。4日の市教委定例会は4対2の採決で育鵬社版の決定をしたが、賛成した4人は無責任に市長職を放棄した中田宏が任命した教育委員だった。彼らは盗用までおこなう教科書を実際に1年以上使用させていた責任に言及するつもりはないだろう。前からわかっていることだが、このような人々にしたり顔で教育のことを語らせてはならない。

 横浜市では2009年にもう一方のつくる会系教科書である自由社版を18句中8区で無記名採択し今田委員長と自由社版の執筆者藤岡信勝の裏取引、突如宣言された無記名投票の実施、教科書自体の明らかな誤植の多さと史実の間違いの多さ、審議会の無視などが大きな批判を浴びており、現場の教員からまともに使用する気になれないという意見表明が相次いでいたところである。

 今回の暴挙に対し、「教科書採択連絡会」のメンバーを含め、650人が教育文化センター内の別会場で様子を傍聴し、報告集会もおこなわれた。「教科書採択連絡会」では、つくる会系教科書の採択をしないようにという趣旨で、11万人分の署名を提出したところであったが、これらの民意と、育鵬社版がもっとも望ましいという報告をしなかった現場教員の意思を、ことごとく踏みにじり出来レースのような採択を許してしまったのだ。

 つくる会系教科書の攻勢は神奈川県では、今回特に顕著であった。7月28日に藤沢市の歴史・公民教科書、8月2日に平塚中等教育学校の歴史教科書、相模原でそれぞれ育鵬社の採択が決まってしまった。藤沢市は2008年に松下政経塾出身の海老根市長が就任後、同じ政経塾の委員などつくる会系史観の委員を任命し、この日は3対1、保留1で育鵬社版の採択を可決したのである。ここでも記述の「バランス」、「わかりやすさ」などという言葉で「誇るべき日本」というイデオロギーを包んで教育委員会の体裁を保っているのである。

 松下政経塾出身者に象徴される首長の露骨な教育委員任命を放置すれば、今回のような突出を各地で増やし続けるだろう。そのなかで、草の根を装った請願行動が行政、議会に広範な圧力をかけ続けるだろう。今回、栃木県下野市、京都府京都市,千葉県各地などでは自由社版,育鵬社版の採択を阻止しているが、育鵬社版の採択は東京都・大田区、武蔵村山市で8例目を数えてしまい、採択を後に控えている区域もまだある。

 相変わらず審議会答申無視や横浜市での調査員非公開に見られる教科書採択の非民主主義、歴史教科書の歪曲を実証し、つくる会教科書に賛成する教育委員の罷免、つくる会系教科書の使用中止を求めていこう。

(海)

【報告】8.6 東電前・銀座 原発やめろデモ!!!素人の乱・第4波デモ

ゆお 八月六日午後四時、日比谷公園中幸門に集まり、福島でとんでもない事故を起こしといて、まだ反省の色もない東京電力や、ドサクサまぎれに再稼働をもくろんでいる九州電力はじめ、いまだに原発を守ろうとしている連中がたくさんいるエリア! 中部電力・関西電力・日本原子力研究開発機構・東京電力本店・九州電力・国際原子力開発(出現順)に対して、「東電前・銀座 原発やめろデモ!!!素人の乱・第4波デモ」が行われた。参加した数千人がさまざまな格好に彩られたパフォーマンスを繰り返した。

 デモ出発前に、アピールが行われた。最初に、素人の乱の松本哉さんが「八月六日はヒロシマに原爆が投下された日だ。それから六六年目に福島原発事故が起きた。原発=核だ。悪の権化東電や中部電力などに抗議しよう。悪を滅ぼそう」と呼びかけた。Misao Redwolf(No Nukes More Hearts)は八月二八日ふたたびいわき市でのデモを呼びかけた。西山圭さん(いわきの子供を守るネットワーク)が「地元が声をあげていかなければならない。子どもを守れ。原発なくせ」と訴えた。

 渋谷英明さん(福島自主避難民)は「自主避難民は補償の仮払いがもらえない。郡山市出身だが、自分の家の周りを計ると六マイクロシーベルトもあった。安全ではなく危ない。利益優先の原発止めよう。ふるさと返せ」と批判した。

 澤井正子さん(原子力資料情報室)が「福島原発事故でメルトダウンが起こり、その燃料棒がどこに行っているのか分かっていない。福島は二〇ミリシーベルトを一年間に浴びなければならないことになってしまった。稼働していた福島第一原発では一日で原子爆弾三個分の放射能の死の灰を作り出していた。人類が初めて経験している事故でコントロールできないのが原発であることが明らかになっている。原発のない社会を」と訴えた。

 小熊英二さん(社会学者)が原発は未来のエネルギーと言うがウソだと批判し、「原発補助金の電力料金三〇〇円を返せ。四〇年技術開発しても安全性が確保できない技術なんてダメな技術だ。原子力産業は古い産業だ、整理しろ。維持費が一日五千万円もかかるもんじゅはカネと命の浪費だ。既得権者の利益優先の原発推進政策をやめろ」と訴えた。鶴見済さん(フリーライター)が「原発推進の経済の仕組みが問題だ。原発輸出、新しい原発九基の原発増設を菅政権は進めようとしてきた。これは一基五千億円もする原発は産業界がもうかるからだ。東芝は原発を作っているが廃炉になってももうかる。お前らの利益のためにわれわれは生きているわけではない」と怒りをあらわにした。毛利嘉孝さん(社会学者)は「世論調査で七四%が原発いらないと答えている。脱原発は民主主義を取り返す運動だ。我々の政治をつくろう」と語った。その他、雨宮処凛さん(作家)などの発言があり、最後に制服向上委員会が歌を披露し、デモに出発した。

 デモは銀座を回り、二度東電前に出てくる二時間にわたるものだった。人通りも多く、たくさんの人にアピールした。午後七時からは新橋駅前SL広場で音楽やアピールが繰り返された。しかし、警察の過剰警備はあいかわらずで、デモ参加者を二人、さらにデモ後に築地署前で弾圧に抗議した者一人を不当逮捕した。警察の繰り返される弾圧を許すな。(M)

原爆投下から66年の広島8・6

86hiroshima 原爆投下から六六年目の八月六日、広島では今年三月一一日の東日本大震災と未曾有の福島原発災害の経験とを改めて重ね合わせながら、「ヒロシマ・ナガサキ」の経験を核兵器の廃絶と一切の「核エネルギー利用」との決別、すなわち「脱原発」の世界を実現していくための一連の行動が取り組まれた。

 反核兵器と反原発、そして軍都広島の歴史を問い直す反戦・反侵略の闘いを結びつけて一九七七年以来取り組まれてきた闘いの歩みを継承する「8・6ヒロシマ平和へのつどい2011」は、「ヒロシマ・ナガサキからフクシマまで 原発も核兵器もない世界へ!」をテーマに八月五日夜、広島市市民交流プラザで開催された。二二〇人が結集し、会場を満杯にした集会では、長崎、岩国、玄海原発現地、福島からの報告、服部良一社民党衆院議員の特別報告、田中利幸実行委員会代表の「二〇一五年核被害者世界大会」の提唱を含めて充実した内容が盛り込まれた。福島からはいわき市議で脱原発福島ネットワーク世話人の佐藤和良さんが、被ばく者を現に大量に生み出しつつある福島の現状が怒りと悲しみを込めて訴えられた(詳報は追って)。

 集会後、会場を県民文化センターに移して行われた全国交流会では北海道、福島、関東・首都圏、東海、関西、九州、沖縄から参加した仲間たちが運動の報告、問題提起など活発な論議が繰り広げられた。とりわけ山口県上関原発に反対してカヤック隊の海上行動や座り込み・ハンストを繰り広げた若い人たちの発言には大きな共感が寄せられた。
 
 八月六日には例年のように早朝から平和記念公園で「市民による平和宣言2011」やこの日の朝日新聞に掲載された「第九条の会ヒロシマ」の全面意見広告などが、原爆死没者慰霊式・平和祈念式に参加した人びとに配布された。午前七時四五分からは原爆ドーム前で「グラウンド・ゼロ(爆心地)のつどい」が開催され、原爆が投下された八時一五分からは約五分間にわたってダイインも行われた。

 八時半からは主催団体を「原発・核兵器なしで暮らしたい人びと」に移して「原爆ドーム前のつどい」を開催、九時からは「NO MOREヒバクシャみんなでウォーク~原発も核兵器もない世界へ~」と銘打った市内デモ行進。この「ウォーク」には例年を数倍する一五〇〇人が参加した。途中、中国電力本社前では上関原発に反対して座り込む仲間たちとエールの交換を行った。

 「ウォーク」解散地となった平和公園噴水前では「NO MORE ヒバクシャのつどい」を猛暑の中で行った。ここでは福岡で玄海原発に反対する行動に取り組んでいる「ニワカ隊」の若者のパフォーマンス、沖縄のKEN子さんの歌、いわき市議の佐藤和良さん、名古屋の仲間、関西共同行動、そして「ノー・ニュークス・アジアフォーラム」を代表してインドのウダヤ・クマールさん、そして国民投票で脱原発の道を確固たるものにしたイタリアの活動家も発言した。いわきの佐藤さんは「福島では原発が原爆になってしまった。爆発して今も放射能を撒き散らし続けている。原発はエネルギー問題なのではない。『カネか命か』の問題なのだ」と訴えた。

 さらに午後一時半からは再び市民民交流プラザで、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会、ウラン兵器禁止を求める国際連合(ICBUW)、原発・核兵器なしで暮らしたい人びと、ECRR市民研究会・広島の共催で「8・6ヒロシマ集会 “内部ヒバク”から問い直す核/原子力体制――ヒロシマ・イラク・フクシマ――」が行われた(詳報は追って)。

 こうして今年の八・五~八・六ヒロシマの一連の行動は、強い切実さを持って、福島原発惨事のただ中でヒロシマ・ナガサキの原爆被害をとらえ返し、「原子力平和利用」=「原発推進」を容認することになってしまった運動の経験を真に克服しようという意思を確認していくものとなった。
 
 ところが八・六「平和式典」での松井広島市長の平和宣言はどうだったか。松井市長は福島原発事故にふれながら「『核と人類は共存できない』との思いから脱原発を主張する人々、あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々がいます」と並列的に語り、「日本政府は、このような現状を真摯に受け止め、国民の理解と信頼を得られるように早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきです」というにとどまっている。ここでは、国策として進められた原発開発戦略がいかにウソと脅しとだましによるものであったかの指摘や批判は一言もない。

 菅首相のあいさつは、「原子力については、これまでの『安全神話』を深く反省し、事故原因の徹底的な検証と安全性確保のための抜本対策を講じるとともに、原発への依存度を引き下げ『原発に依存しない社会』を目指していきます」としている。ここでは「脱原発」とは明言していないものの、「脱原発依存」という表現で一定の政策転換を図ろうとする意向を示している。

 しかし菅内閣は八月五日に、自民党の小野寺五典衆院議員の質問主意書への答弁書として「諸外国が我が国の原子力技術を活用したいと希望する場合には、世界最高水準の安全性を有するものを提供していくべきだ」との内容を閣議決定している。「原発輸出」へのゴーサインである。一方で「脱原発依存」を語りつつ、他方では財界の強い圧力に沿って「原発輸出」を進めるとするこの立場は、菅首相の言う「脱原発」が一貫性も整合性も持たないまやかしに満ちたものであることを示している。

 始まった「脱原発」への流れを確固たるものにするためにこそ、福島そして広島・長崎、全世界の被ばく者の悲しみと思いを共有しようとする労働者・市民のたたかいによって、核兵器と原発にしがみつく支配者の意図を打ち砕いていかなければならない。(八月七日、K)
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ