虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

【報告】4.27 「緊急院内集会 福島原発事故に関する公開質疑~事態の見通しと対応策~」

kokkai 政府側は事故を収束させる展望を持ちえていない
 
 四月二七日、衆院第一議員会館で「緊急院内集会 福島原発事故に関する公開質疑~事態の見通しと対応策」が開催された。主催は超党派の国会議員有志(呼びかけ議員:石田三示衆院議員[民主党]、稲見哲男衆院議員[民主党]、服部良一衆院議員[彩民党]、山崎誠衆院議員[民主党]、川田龍平参院議員[みんなの党]、平山誠参院議員[民主党])。

 反原発運動団体、反戦運動、労働運動、市民運動・社会運動グループやNGO組織が広範に集まった「福島原発事故緊急会議」が全面的に協力し、環境NGOや国際協力NGOらによって作られた「脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会(eシフト)」も賛同団体となった。

 「福島原発事故緊急会議」の討論の中で準備されたこの日の院内集会の目標は、「超党派の国会議員と市民が共同し、政府の対策本部、原子力安全委員会、原子力安全・保安院に対し、情報の完全公開を求め、原発危機がさらに悪化する可能性と、その場合の避難対策について問いただす公開討論の場を設ける」(呼びかけ文より)ことにあった。

 そのために「海外への提供情報」「原子力発電所の現状について、各号機ごとに、温度、圧力、水位など事故発生当時からの現在までの時系列データ」「放出放射能について」「事故拡大の防止対策」などの資料提出を求めた。また福島原発の現状について水素爆発・水蒸気爆発の可能性、装荷燃料や使用済核燃料貯蔵プール内の燃料の再臨界の可能性、圧力容器。格納容器の破損の可能性、そして「大規模な爆発や再臨界のなど最悪の事態を想定した避難計画」がどのように立てられているかについての質問書を事前に原子力災害対策本部長、原子力安全委員長、原子力安全・保安院長あてに提出した。



 四月二七日の院内集会には平日(水曜日)の午後一時という時間帯にもかかわらず二五〇人が参加し、主催者側が用意した資料が足りなくなった。国会議員の参加者は当日、福島に出向いたたため参加できなくなった稲見議員を除く呼びかけ議員の全員、さらに福島みずほ社民党党首、柳田和己、永江孝子、石橋通宏、篠原孝、杉本和己、京野きみこ、平山泰朗(いずれも民主党)の各議員が参加した。専門的知識を持つ脱原発派のアドバイザーとして、槌田敦さん(元名城大教授)、山崎久隆さん(たんぽぽ舎)、崎山比早子さん(高木学校)、澤井正子さん(原子力資料情報室)が参加した。

 政府側からの参加者は前川之則(経産省原子力安全保安院原子力防災課長)、氏原拓(経産省安全保安院原子力発電安全審査課課長補佐)、田辺国治(原子力安全委員会原子力被災者生活支援チーム)ほか一人の計四人。

 しかしあらかじめ政府側に求めていた資料の提出が当日の午前中にようやく届くなど、その対応はきわめて不十分なものであり、とうてい主催者側の要請に応える姿勢ではなかった。また提出していた質問への回答についても「わからない」という回答がめだった。しかし「さらなる水素爆発・水蒸気爆発」あるいは「再臨界」の可能性についても「その可能性はきわめて少ない」と言いながら、完全には否定できないという対応であり、要は政府・安全保安院、原子力安全委員会としても福島第一原発1~4号基の事故収束の展望について確実なことが言えないという現実が明らかになったというべきだろう。

 さらに今回の院内集会で問いただす主要目的だった事故のいっそうの拡大に際しての住民避難対策についても、十分な回答を準備できていないことも示された。この点と関連して、原子力災害対策本部が福島県の学校での被曝基準を年間二〇ミリシーベルトとしたことについて、原子力安全委員会が助言を行っていたこと、大人と子どもの基準を区別しないことについては国際原子力委員会(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)も大人と子どもを分けていないとして正当化したことに批判が集中した。アドバイザーの崎山比早子さんは、こうした回答に対して「本来被告席に座る人たちが、ベクレルの基準を押し付けることがおかしい」と厳しく批判した。

 また海洋への放射能汚染については原子力安全・保安院では把握していないことも明らかにされた。今後、さらに政府側の真摯な対応と対策を明らかにさせるための院内集会を持つことを主催者側は準備している。

(K)

原発のない世界を求めるのなら、資本主義システムに挑戦しなければならない ―園良太さんとのインタビュー

tepco protest(東電前アクション 右端が園良太さん)

  以下のインタビューは、仏NPA(反資本主義新党)の週刊機関紙「トゥテタ・ヌー」の依頼で、三月一八日以後東京電力の責任を追及する「東電前アクション」を呼びかけてきた園良太さん(フリーター全般労組組合員、沖縄を踏みにじるな!緊急アクション)に対して、「かけはし」編集部の国富建治が4月23日の東電アクションの後に「たんぽぽ舎」で行ったもの。このインタビューは「トゥテタ・ヌー」とともに「インターナショナルビューポイント」四月号のサイトにも掲載されている。(K)


 
International Viewpoint

  • Tout est a nous!(NPA)

  • 「TEPCO(東京電力)は、チェルノブイリのような原発事故は日本では起こり得ない。日本の原子力技術は傑出したものだからだ、と説明してきました」と園良太は語った。彼は29歳、ラディカルな平和運動活動家でフリーター全般労組の組合員でもある。3月11日の巨大地震と津波により福島の原発惨事が起きて以来、東電本社前の抗議行動を呼びかけた彼のイニシアティブは、とりわけ若い世代の間に大きな共感を引き起こした。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部によるまえがき)


    ――東電への直接の抗議行動を呼びかけた動機は、おもにどういうものだったのでしょうか。


     震災・津波の翌日、一部の反原発グループが東京の東電ビル前で抗議行動を組織しましたが、そこに集まった活動家は20人足らずでした。それ以後一週間にわたり東電前の抗議行動を呼びかけるイニシアティブは見られませんでした。その間、大衆的な不安と怒りを「鎮静化」させるとともに、最悪の被害から回復するために「日本は団結しよう」といったたぐいのナショナリスト的心情をかきたてる一連の大規模なメディア・キャンペーンが行われていました。民主党政権と支配階級は、日本の歴代政権が追求してきた原子力開発政策を批判する民衆の声を封じ込めようとしたのです。


      私は、こうした惨事を引き起こした東電の責任を直接的に糾弾すべきだと考えました。東電は「チェルノブイリのような原発事故は日本では起こり得ない。日本の原子力技術は傑出したものだからだ」と説明してきたのです。私は東電がその責任を逃れようとするのを許すことができませんでした。  


    ――東電本社前での直接抗議行動の呼びかけへの人びとの反応はどうでしたか。


     私が呼びかけを始めてから最初の一週間ぐらいは、私と一緒に東電前に毎夕集まる人の数は十人程度でした。しかし人びとは、東電側が福島原発で本当に起きている企業にとって不都合な事実を隠していることをますます知るようになりました。人びとは、自分たちが東電に騙されてきたことをはっきり理解するようになったのです。


     破滅的震災の二週間後には、数百人の人びとが東電前の私たちの行動に加わり、「原発はいらない!」と叫んで東電に抗議するようになりました。かれらは、原発を止めるよう求める民衆の行動がなければ、悲惨な原発事故がさらに起こると考えています。なにせ日本には54基もの原発があり、その多くは地震と津波による被害を受けやすい海岸地帯に位置しているのですから。


     多くの海外メディアが私たちの行動を報告しましたが、日本のメディアは報道しませんでした。私は、日本の大新聞やTV局の多くは、大企業や政府に支配されているのだと思います。


    ――私は、あなたたちの東電への抗議行動は、若い世代の原発反対のデモへの参加を確実に刺激したと思います。


     私は4月10日に東京西部の高円寺で行われた反原発デモに参加しました。そこには1万5千人が参加しましたが、その多くは若者でした。


     参加者の多くにとっては、それはあらゆるデモというものへの初めての参加体験でした。私はいつもこうした大電力資本と政府が引き起こした犯罪的な人道的惨劇に抗議して、自ら決起するよう若者たちに強調してきました。多くの参加者たちはツイッターのような新しい社会的ネットワークを通じて、このデモを知りました。


     いま私たちは、6月11日に日本中で「原発反対100万人アクション」を行うプランをたてています。その日は地震・津波・原発惨事が起きてからちょうど三カ月後にあたります。


     もちろん私たちは原発を止め、三重の惨害――地震、津波、原発事故――の被災者に対して、東電と政府がかれらの責任において全面的補償をするよう求める全国的ネットワークを作りたいと思います。しかし私は、私たちの抗議はそうした要求を超えて進むべきだと思います。


     フクシマの後でも、日本政府と資本家たちは原発開発構想を放棄していません。かれらは依然として原発輸出を拡大しようとしています。私はそれはシステムの問題、つまり資本主義システムの問題だと思います。


     原発のない世界を求めようとするのなら、私たちは資本主義システムに挑戦しなければなりません。

    【報告】東日本大震災の被災者に心を寄せ5.3憲法集会と銀座パレード

    53 五月三日、東京の日比谷公会堂で今年で一一回目となる「生かそう憲法 輝け9条 5・3憲法集会」が開かれた。「東日本大震災の被災者に心を寄せ」と副題のついた今年の憲法集会は、何よりも三月一一日に東日本大震災と福島第一原発災害の中で、被災者救援と原発事故を止め原発のない社会を実現するために憲法がどういう役割を果たすべきかに焦点を絞って行われた。集会と銀座パレードには二八〇〇人が参加した。

     最初に平和を実現するキリスト者ネット(キリスト者平和ネット)の糸井玲子さんが主催者あいさつ。糸井さんは、日本国憲法もアジア太平洋戦争の被害者の涙の中から生まれたという歴史に思いをはせながら、被災者救援活動の中で「人間の国、人間の社会が輝いた」と語った。そして大震災での米日共同軍事作戦についてふれ、自衛隊を災害救助隊に作り替えることが必要であり、「武力・原発・日米安保」を捨て、平和条項を実現しよう、と主張した。



     第一部のスピーチの一人目は三宅晶子さん(千葉大教授)。三宅さんは、東日本大震災を受けて今こそ被災者にとって憲法二五条(生存権)、二六条(教育を受ける権利)、二七条(勤労の権利)の実現が大事だと強調した。三宅さんは「日本は一つ」というナショナルなキャンペーンが「日本人以外を排除するもの」だと批判し、朝鮮学校への無償化適用が見送られるとともに、東京、大阪、埼玉、そして宮城でも従来朝鮮学校に出されていた補助金が削られてしまったことを批判し、東アジアの平和のための努力を進めることが重要だと訴えた。

     さらに海外で「ヒロシマ」から「フクシマ」へという言葉が核時代の惨事を象徴するものになっていることを紹介しながら、そうした歴史的パースペクティブをもった行動が必要であると三宅さんは訴え、被曝労働を強いられる人びとに示されるヒエラルキーを問題にすべきだと語った。三宅さんは高木仁三郎さんの最後のメッセージとなった「原子力社会の末期症状」への強烈な危機意識を引用しつつ、専門的知識を持たないわれわれは無能なのかと問いかけた。そして「無能」であることへの自覚というショックは警告への潜在力であり。そこから自ら責任を取ろうとする道か、厚顔無恥でありつづける道かの分岐が生まれると述べた三宅さんは、原発に依存した新自由主義の破綻を見据えて現在と将来の人びとのために踏み出さなければならない、と締めくくった。

     スピーチの二人目はジャーナリストの伊藤千尋さん。世界六八カ国を取材したという伊藤さんは、日本の技術を取り入れた地熱発電で電力の多くをまかなっているアイスランド、自然エネルギーが電力消費の四〇%を占めるスペイン、「九条の碑」があるスペイン領カナリア諸島と沖縄県・読谷村、一九四九年に軍隊を廃止したコスタリカの経験などを紹介した。

    「コスタリカでは隣国と戦争を行った反省から、軍事費を教育費にまわし、兵舎を博物館に変えた。兵士の数だけ教師を、というスローガンが掲げられた。コスタリカの憲法では『人は誰でも愛される権利がある』という規定がある。社会と政府が自分を愛するように変えることができる、ということだ。子どもも一人の市民として訴訟の主体になることができる」。

    伊藤さんは最後に「行動しない良心は悪の側に立つことになる」という言葉をひいて「市民の元気は自覚した意識にかかっている」と語った。



    「寿」の音楽をはさんでスピーチの第二部は社民党の福島みずほ党首と、共産党の志位和夫委員長から。

    福島さんは、被災者と自治体のがんばりに励まされながら「3・11」以前とは違う社会を作りたい、と語り、今こそ二五条の生存権や一三条の幸福追求権を現実のものとする社会を目指すと強調した。福島さんは、新しい原発はもう作らない、老朽化した原発は廃炉に、とりわけ浜岡を止める、その上で五月中に原発と手を切るアクションプランを作成する、と述べた。また「札びらで人の顔を叩くような政治を変えることが政権交代だ」と述べ、自民党が「緊急事態」での人権制限を憲法に盛り込もうと主張していることを、参院に「憲法審査会」規定を作ろうとする民主党や自民党の動きを批判した。

    志位さんは、劣悪な状況に置かれた避難所を告発するとともに「仮設住宅の前倒し建設、一人ひとりの被災者の生活再建に全力を」と訴えた。彼はさらに、破壊された生活基盤の再建とあらゆる分野での公的支援が憲法の原則として必要であり、被災者生活支援法の最高補償額三〇〇万円の引き上げが必要であること、復興の進め方としては計画は市町村レベルで、実施は国と市町村の共同で、財政保障は最終的に国の責任で行うことを主張した。そして五百旗頭復興構想会議代表の「創造的復興」という理念が上からの押しつけであると批判した。

    志位さんは最後に原発事故に関して「原発技術は本質的に未完成なもので危険」であり「安全最優先の原子力行政が必要」だが、「期限を決めて原発をゼロにする」ことが必要だと語り、従来の共産党の原発方針からの転換を示唆した。

    最後に参院憲法調査会規程制定や強行や国会議員の比例区定数削減にも反対する集会アピールを確認し、東電前、数寄屋橋交差点を通り東京駅までのパレードを行った。(K)

    【報告】5.1「辺野古に基地を押し付けるな! 新宿ど真ん中デモ-軍隊がTONODACHI? お断りします」に170人が参加

    51 五月一日午後一時半、「沖縄を踏みにじるな! 緊急アクション」実行委員会は、「辺野古に基地を押し付けるな! 新宿ど真ん中デモ――軍隊がTOMODACHI? お断りします――」を東京・新宿駅東口アルタ前で開催した。

     東日本大震災の救援活動として、自衛隊と米軍は最大規模の日米共同作戦を行った。陸海空自衛隊は予備役をふくめて一〇万人以上という最大規模の動員を行い、米軍も「オペレーション・トモダチ」と名付けて、在沖米海兵隊や原子力空母などの艦船、戦闘機・無人偵察機などをも派遣し、「日米同盟の真価」を見せつけるのはこの時とばかりの大作戦を敢行した。それは「有事」を想定した実戦訓練の絶好の機会だった。

     この大震災を利用して、日米両政府は、暗礁に乗り上げている普天間基地の辺野古移設問題などを一挙に進捗させることを狙っている。「有事抑止力」としての在沖縄米軍基地の有効性が立証されたとする在沖米軍当局者の発言は、それを物語るものである。事態は急テンポで進んでおり、五月末から六月にも予想される日米外務・防衛閣僚会議(2+2)を経て、再度の辺野古新基地建設計画が決定されることも予測されている。



     「緊急アクション実行委員会」の仲間たちは、この間、東日本大震災被災者救援活動や原発災害を引き起こした東電への抗議行動をも連続的に担ってきた。発言した人びとは、「原発災害」と「沖縄」という一見つながらないように感じられる二つの問題の中に、「基地」と「原発」を切り捨てられた地域に押しつけて「中心」の豊かさを享受する社会のあり方、すなわち格差・貧困を拡大する社会のあり方が凝縮されているという点を、様々な角度から批判した。
     
    512 発言は、戦争に協力しない!させない!練馬アクション、たんぽぽ舎、反天皇制運動連絡会、辺野古への基地建設を許さない実行委員会、そして沖縄・高江から駆けつけた高江住民の会や、首都圏で高江の闘いを支援する「ゆんたく高江」などから行われた。高江住民の会の仲間は、七月から再び工事が強行される可能性を指摘し、こうした動きに反対するよう訴えた。

     午後三時からのデモには一七〇人が参加した。デモは西新宿の繁華街の狭い路地裏、靖国通り、明治通り、新宿通りを経て再びアルタ前に戻るコースを一時間半にわたって進み、終始にぎやかに、道行く人びとにアピールした。(K)

    【報告】4.25 チェルノブイリの今を語る集会

    IMG_0116 4月25日、東京・御茶の水の総評会館で「チェルノブイリ原発事故から25年 チェルノブイリの今を語る」と題した集会が開催された。原発とめよう!東京ネットワークが主催したこの日の集会は、チェルノブイリ原発事故の汚染地域であるロシア共和国ブリャンスク州ノヴォズィブコフ市の社会団体「ラジーミチ」で活動するパーヴェル・イヴァーノヴィチ・ヴドヴィチェンコさんのお話しを中心にして企画された。
     
    25年前の1986年4月26日に起こったチェルノブイリの原発事故は8千キロ離れた日本でも食品から放射能が検出されるなど広範な被害を世界に及ぼした。2005年9月にIAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機関)やベラルーシ、ロシアの専門家によって組織された「チェルノブイリ・フォーラム」が組織した国際会議で出された報告書によれば、その時点までの死者は4千人以上となる。

    しかしこの推定死者数の根拠は薄弱であり、何よりも1988年以後の事故処理作業者や、より広い範囲の汚染地住民の被害者が死者数の中に含まれていない。WHOは2006年に死者数を9千人と見積もり、国際がん機関(IARC)は同年、対象者をヨーロッパ全域に広げて1万6千人と推定している。その数も医療関係者や専門家によれば過小であり、被曝による甲状腺がんの発症などによる死者の数を含めて、最終的な死者の数は10万人から20万人に達する、と推定する研究が多い。現地では五百の村が廃村となり、多くの人びとが住みなれた土地を捨てざるをえなかった。(原子力資料情報室のパンフ『チェルノブイリ原発事故 25年のメッセージ』参照)

    そして今、チェルノブイリの悲劇が福島で繰り返されているのである。

     
    1952年生まれのヴドヴィチェンコさんは、チェルノブイリ原発事故が起きた当時、ロシア・ブリャンスク州ノヴォズィブコフの師範学校の教師だった。チェルノブイリから180キロ離れたこの町は高放射能スポットのただ中に位置していたが、彼は家族とともにこの町に住み続け、教師をする一方で1987年に生徒たちとともにNGO「ラジーミチ チェルノブイリの子どもたちのために」を結成し、孤立して生活する高齢者や障がいを持った子どもたちの支援・教育活動にたずさわり、国際的にも大きな評価を得ている。

    ヴドヴィチェンコさんは語る。

    「放射能は放射性の雲とともに私たちの村にやってきました。四月末には強い春風が吹いていて、それがチェルノブイリから一八〇キロ離れた私たちのところへ、この恐ろしい災いを伴った雨雲を運んできたのです」。

    「短時間で地域全体が汚染されました。政府と私たちの市当局は何をなすべきかを知りませんでした。首尾一貫した合理的な活動を始めるまでに一カ月以上かかりました」「私たちの村や町は一九八六年の夏にすっかり静寂に包まれました。ニワトリやガチョウや牛や子ブタの声が聞こえませんでした。通りに子どもの声がしませんでした。……私の隣人たちは今でも未来のない生活のあの最初の感覚を戦慄しながら回想しています」「数年後、小さな村々が汚染のない地域に移住しはじめました。でも、老人たちはしばしば離れたがらず、自分たちの家に残りました。それもこれらの人びとにとってとても大きな悲劇でした。息子たちや娘たちによって新しい場所に連れて行かれた人たちは、自分の村や先祖の墓を恋しがり、しばしば天寿を全うせずに亡くなりました」。

    こうした中で、村を離れた子どもたちが成人すると、戻ってきてヴドヴィチェンコさんが創設したNGOに加わったり、医師がやってきて新たに創設された診療所で活動するようになった。今、ヴドヴィチェンコさんたちは、子どもたちのたちの医療・教育・社会復帰のための活動に精力的に従事している。

    最後にヴドヴィチェンコさんは、福島第一原発の事故について次のように語った。

    「福島の事故はあらゆる人びとに核エネルギーについての考えを変えさせるでしょう。チェルノブイリ事故の後、西側世界の多くの人たちには、原子力の大惨事がソ連で起きたのは、核施設の生産と操作でテクノロジーに従わなかった罰だと思われていました。多くの人たちには、高い水準で労働が組織されている他の国々では、そこで原子力エネルギー産業に関わっているのが生産と操作の高い技術を持った尊敬すべき専門家たちであるということからして、そのような大惨事が繰り返されることはありえないように思われていました」。この「自信過剰」は打ち砕かれた。福島で起こったことを全世界が立ち止って見つめなおし、「チェルノブイリと福島の共同の経験から出発する」ことが必要なのだ、と彼は訴えた。
     
    ヴドヴィチェンコさんの発言に続いて、西尾漠さん(原子力資料室共同代表)は「チェルノブイリと並ぶものとしての福島」という観点から問題提起。「チェルノブイリでは放射能の大量放出は二日で終わったが、福島の場合は事故が一カ月以上にわたって現在も継続しており、1号機から4号機へと連続的に事故が拡大し、一つの原子炉の不具合が他のところに波及している。できるだけ早い時期に収束させることが必要だが、まだ先は見えないというかつてない状況」と語った。

    質疑応答の中でヴドヴィチェンコさんは、ノヴォズィブコフでは二年前の医師の検診では一万人の子どものうち完全な健康体の持主はわずか七人だったという衝撃的事実を語り、最近17歳の少女に甲状腺ガンが発見されるなど、直接にチェルノブイリ事故を経験していない事故後に生まれた子どもたちにも被害が及んでいることを報告した。そして福島でも同様のことが起こりうる のではないかという危惧を表明した。さらに避難にあたっては親せきや地域の人たちと一緒に移住することが重要、と語り、避難先には十分に事情に通じた医師を確保することが不可欠であることを指摘した。(K)

    【アジ連6.4公開講座】「中東民衆革命はどこへ」



    アジア連帯講座 6.4公開講座

    「中東民衆革命はどこへ」


    講師:湯川順夫さん(翻訳家)「チュニジアから始まった革命の波」

       田浪亜央江さん(パレスチナ研究)「アラブ〈民衆革命〉とパレスチナ」


    日時:6月4日(土)/午後6時30分

    場所:コア・いけぶくろ(豊島区民センター)第2会議室(JR池袋駅下車)

    資料代:500円


     1月14日、チュニジアで23年間続いたベン・アリー政権は、民衆決起で打倒され逃亡した。2月にはエジプト民衆は、30年続いたムバーラク政権を崩壊させた。この民衆革命の波は、イエメン、バーレーン、リビア、シリアなどへとアラブ世界に波及していった。一連のアラブ民衆の闘いをいかにとらえるのか。さらにリビアへの「国連安保理」決議とさらに欧米主導の軍事介入をどう考えるのか。


     その糸口を湯川順夫さんは、左翼、労働組合、自治組織などの取組みの分析から、「チュニジアとエジプトでは、独裁体制の決壊後の今日一気に噴出しているのは、社会経済的要求を掲げた闘いであり、単一の官僚的ナショナルセンター指導部に抗する左派潮流と新しい独立組合結成の闘いであり、非正規を正規雇用にする闘いであり、独裁体制の時代に事実上凍結されてきた賃上げを勝ち取る闘いである」(『情況』誌2011年×月号掲載ファティ・シャムキ論文解題から)と分析する。そのうえで「統一したアラブ革命という展望のもとに展開される永続革命である」ことを浮き彫りにしていく。 


     さらに講座では、2月にパレスチナとイスラエルを訪れていた田浪亜央江さんから、「アラブ〈民衆革命〉とパレスチナ」という視点から報告していいだきます。田浪さんは、ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉 を通してパレスチナをはじめとする中東地域の動きに注目し、平和的で対等な共存を求めるこの地の人々とつながりを探っています。


    アジア連帯講座

    東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付

    TEL:03-3372-9401 FAX03-3372-9402


    ブログ「虹とモンスーン」
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    【案内】2011年5.3憲法集会&銀座パレード

    2011年5.3憲法集会&銀座パレード
    東日本大震災の被災者に心をよせ、生かそう憲法 輝け9条

    日時:5月3日(火)
    開場12時30分、開会13時30分(11時より入場整理券を配布します)

    会場:日比谷公会堂(千代田区日比谷公園内)

    入場無料(東日本大震災救援カンパの要請あり)

    手話通訳・第2会場あり

    銀座パレード15時30分出発、

    音楽:寿(kotobuki)

    スピーチ:三宅晶子さん(千葉大学教授)/伊藤千尋さん(ジャーナリスト)/福島みずほさん(社会民主党党首)/志位和夫さん(日本共産党委員長)

    2011年5・3憲法集会実行員会(03-3221-4668)

    【報告】チェルノブイリ25年デモ(芝公園)に4500人

    4242 4月24日、東京・芝公園で「チェルノブイリ原発事故から25年 くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会」の集会が原発とめよう!東京ネットワークの主催で開かれ、4500人が集まった。

     司会の伴英幸さん(原子力資料情報室)が「本日の集会とデモは一日も早く原発を止め、脱原発の社会を実現するために開催した。福島第一原発1~4号機が爆発し、放射能を撒き散らしている。東京でも通常の二〇倍に達している。福島原発は今なお危うい状況にある。原子炉を冷却し続けないとダメだがその能力を確保しているとは言いがたい。冷却水は蒸発したり漏れたりしている。この段階で大きな余震が起きて冷却機能が失われればよりいっそう大きな事故につながる可能性もある」と警告した。

     次にチェルノブイリ事故の被災者であり、汚染地帯で活動する社会団体「ラジーミチ」のパーヴェル・ヴドヴィチェンコさんが次のような報告を行った。



     「チェルノブイリと福島は共通性がある。福島原発事故に耐え忍んでいることに驚嘆しているし、同情している。1986年以前の地方を思い出す。そこは清らかに散歩ができ、野菜を食べていた。そうした以外の生活が来るとは思いもよらなかった。私は180キロメートル離れた所に住んでいたが多くの物を奪った。孫たちは新鮮なミルクを飲むことができない。肉や魚を買うことが出来ない。汚染のない物を買うために200キロメートルも車で行くしかない。医者の検診を恐れる。被曝が分かると恐ろしいからだ。こうした事態が何十年も続くだろう。孫やひ孫の世代にも続く。悲しい十字架を背負っているようだ。チェルノブイリと福島を永遠の警告として残して下さい。核の災いがやってくるのを許さないで下さい」。




     続いて福島現地報告が行われた。最初に、大熊町住民の大賀あや子さんが「福島第一原発が創業から40年ということで、廃炉アクションを昨年から組織して廃炉を実現するようにさまざまな行動を準備してきた。3月11日の地震で電気がすべてストップした。そのためラジオで原発がストップしたことをようやく知り、なんとかつながった携帯電話で非常用ディーゼルが全部止まったことを知った。どうしようもなく逃げるしかなかった。そして爆発があり、原発事故はますますひどくなっていった。20キロ避難、30キロ退避の指示が出され、住民は宙ぶらりんにされた。私は二週間かけて東京に来た。今は廃炉アクションの緊急声明を出したり、福島の運動のサポートをしている」と悔しさをにじませながら語った。

     福島復興会議の中手聖一さんは「私は飯舘村にいた。福島の七六%の土地が危険な状態で、そこに住む160万人が放置されている。約30万人の子どもがいる。そこは汚染管理区域と同じ放射線のレベルだ。子どもたちを助けるのか見殺しにするのか、が問われている。文科省は子どもたちを移動させなくてよいという決定を下した。この決定をなんとしても撤回させようと一晩悩んだ。自分は福島でやれることをやると決めた。首都圏の皆さん、力を合わせて子どもたちを守ってほしい」と訴えた。

     福島の老朽原発を考える会の阪上武さんは「政府は年間20シーベルトという高い放射能を押しつけようとしている。この線量は18歳以下の労働が禁じられている線量の六倍だ。これは労災の認定線量でもある。三春町では校庭での活動を控えていた。国は子どもたちを外に出してよいとした。こんなひどい国のやり方を撤回させなければならない。私たちは国会内で国と交渉を継続している。ネット署名を行っている」と報告した。

     たんぽぽ舎の山崎隆久さんが福島の低レベル線量被曝はイラクの劣化ウラン弾、広島の被爆と同じだと指摘し、4月26日、5月1日、東電抗議・申し入れ行動、4月27日の緊急院内集会の行動への参加を呼びかけた。プルトニウムなんていらないよ!東京の高木章次さんが「浜岡原発では福島原発事故を受けて、砂丘と原発の間に一二メートルの防波壁を二、三年かけて作ると発表した。直下型大地震が起きるとされる原発の真上に立つ浜岡原発が大事故を起こせば日本は終わりだ。すぐに三基を運転停止しろ。中部電力は夏のピーク時に三基止めても80万kw余ると発表している。また中越地震で被害を起こした柏崎・刈羽原発も止めろ。東電は17基すべての原発を止めろ」と力強く訴えた。

    4241 最後に集会決議を採択し、東京電力前を通り、日比谷公園に向けたデモを行った。集会が終わるころにもデモ参加者が訪れていた。デモには子ども連れや外国人、労働組合、市民団体、若者から高齢者までさまざまな人たちが参加した。東電前では「原発を止めろ、福島原発震災の責任をとれ」とシュプレヒコールをくり返して東電の責任を厳しく追及した。次は5月27日(金)、午後六時から集会とデモが日比谷野外音楽堂で予定されている。参加を。(M)

    【福島第一原発】「警戒区域」半径20キロでは狭すぎる-政府はあらゆる情報を開示しろ!

    ■放射能は「伝染病」ではない 福島県民差別を許すな

    各メディアですでに報じられているが、すでに震災や津波、そして福島第一原発の大事故によって福島県外に避難している福島の人々に対する「被曝者差別」ともいうべき事態が広がっている。船橋ではある子どもが「福島から来た」と言った途端に子どもたちが一斉に逃げ出す、あるいは茨城県つくば市は福島からの転入者に放射能検査を要求する、または福島ナンバーをみたら罵声を浴びせたり、車体に落書きするなどの悪質な事例も起きているという。


    図:想定される警戒区域など


    これらの事態は、放射能・放射性物質に関する知識の無理解からくる予断と偏見に基づく差別行為だ。しかし、原発が事故を起こして放射能が漏れているという時点でこのような事態は充分予測可能な事柄であり、放射能の最低限の基礎知識について積極的に広報することを怠った政府に最大の責任がある。政府は、放射能・放射性物質についての正しい知識を積極的に広報しろ!


    ある意味常識的なことだが、やはり何度でもそしてあらゆる場所で指摘する必要があるだろう。放射能は人から人に感染するものではない。もちろん大量被曝した衣服から被曝するということは論理的にはあり得なくはないが、実際問題として福島第一原発の周囲数キロを何日も徘徊して、着の身着のままで避難してくる人や防護服で移転する人はいないのだから、転入者の普段着から被曝などはありえない。あるいは、たとえ第一原発の周囲を数日歩いて着の身着のままであったとしても、すぐシャワー浴びて着替えればいいだけのことである(衣服類は廃棄するべきだが)。


    また、被曝地の人や動物の亡骸も除染は必要だろうが、逆に言えば拭いたり洗ったりして除染すればよい。これは生きている人や動物についても同様だ。これらは、放射能が人から人へ「伝染」するという偏見に対しての知識であり、内部被曝はまた別の事柄だ。しかし、内部被曝した人や動物が放射能を発して他者を被曝させるというものではない(食さないかぎりにおいて)。


    この程度の最低限の知識も積極的に広報しない政府の怠慢は重大な過誤である。原発事故への怒りを福島県民への差別にすり替えようとでもしているのだろうか。私たちは、この作られる「新しい差別」の蔓延を絶対に阻止しなければならない。


    ■「警戒区域」は半径20キロでは済まない


    4月21日、日本政府菅政権は、災害対策基本法に基づいて、福島第一原発から半径20キロをほぼ強制的に人を立ち退かせ、立ち入りを制限する「警戒区域」に指定することを発表した。住民も含めて立ち退きを拒否する者や立ち入ろうとする者への罰則が付されるという点は同意しないが、遅きに失したとは言え、止むを得ざる措置だと考える。しかし、「半径20キロ」ではすでに報じられている放射能の拡散状況から考えても範囲が狭すぎるし、いまだ政府は今回の大事故を過小評価することに汲々としているようにしか考えられない。


    3月20日には、福島第一原発の北西約40キロの飯館村で採取した雑草の葉から1キログラム当たりヨウ素254万ベクレル、セシウム265万ベクレルを検出したと文部科学省が発表した。これは、甘いとされるいまの日本のセシウム基準値ですら野菜で500ベクレル、チェルノブイリ事故を経験したウクライナでは40ベクレルであり、いかに飯館村で検出された数字が異常なものか分かるだろう。


    また、杓子定規に同心円で「福島原発から○キロ」などと「警戒-避難区域」を指定することにあまり意味をなさないことは、この飯館村の事例であきらかだろう。もちろん一定の基準としては必要な側面もあるが、私たちは少なくとも(基本的に)半径40キロの「警戒区域」化と風向きや地形、気象に応じた柔軟な対応が必要だと考える。


    福島市の市立第一小学校では、福島県の発表で空間線量3.4マイクロシーベルト、大気中放射能濃度5.066ベクレル、土壌放射能14,743ベクレルが検出されているhttp://www.pref.fukushima.jp/j/schoolairsoil.pdf。政府は「空間線量3.8マイクロシーベルト/時未満の学校では、通常通りに校舎や校庭を利用するとの考えを政府の原子力災害対策本部が示し、安全委が了承した」としているがとんでもないことである。これは年間被曝量をどんなに少なく見積もっても40ミリシーベルト、日常的な食べる飲むなども勘案すれば実際は100ミリシーベルトを超える値である(たんぽぽ舎『地震と原発事故情報 その47』参考)。100ミリシーベルトの年間被曝量とは、大人でも人体に影響がでるレベルである。


    一方すでに3.8マイクロシーベルトを超える数値が出ている福島市内の幼稚園・小中学校は13校に上るという。それらの学校では体育や遊戯、遠足などの「屋外活動」を制限し、学校によっては「屋外活動」を1時間に制限するという「対策」をとるということが報じられている。


    しかしもはや、「屋外活動」を制限すればやり過ごせるレベルではない!最低限かつ緊急の措置として、政府は福島市内全域と年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域の妊婦、乳児から18歳の子どもたち全員を県外に避難・疎開させなければならない。あるいは家族ごとの避難を希望されれば最大限サポートし、経済的あるいは精神的な支援体制を早急に取り組まなければならない。この事態を放置することは、もはや未必の大虐殺だ!


    日本政府は4月12日、福島の事故が、国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価をチェルノブイリと並ぶ最悪の「レベル7」であることを公式に認めた。しかし、一方では「福島の放射能漏れの量は現在、チェルノブイリの10分の1未満」などとしている。そもそも、その放射能漏れの量をどのように算出しているのか必ずしもあきらかではなく、正確な数字かどうかも検証するすべもない。オーストリアの気象地球力学中央研究所の調査によれば、福島での事故以降一日平均5千兆~5京ベクレルの放射性セシウムが蒸気となって放出されているとしている。チェルノブイリは10日間に放出された量は8.5京ベクレルである。福島では一ヶ月以上に渡って、少なくとも三つの原子炉が放射能をだだ漏れさせ続けているのである。これは人類が初めて体験する未曾有の大量放射能漏れ事故なのだ。


    そして、内閣府はこの「レベル7」の発表を受けて15日、「チェルノブイリ事故と福島原発事故の比較」を公表したhttp://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html 。 それによると、チェルノブイリでは「(事故発生から)3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない」あるいは「清掃作業に従事した方」や「周辺住民」に健康への被害はまったくなかったとしている。そして、そのチェルノブイリより放射能漏れの程度が低い福島では、健康被害などありえないという論法だ。


    こんな文書を怒りなしに読むことができるだろうか!チェルノブイリでは、いまも広範囲に渡って甲状腺がんや白血病などを発病させ死んでいく人々が後を絶たない状況である。死者は累計して最も低く見積もって数千人、現地の専門家によっては最終的に700万人に健康被害を及ぼすだろうとしている。ベラルーシで治療経験を持つ菅谷昭松本市長によると「15歳未満の甲状腺がんというのは100万人に一人か二人しかならないのが普通です。ところがチェルノブイリ事故の汚染地では、それが100倍から130倍に跳ね上がった」と証言している(週刊現代4月30日号)。


    日本政府にとっては、これらの健康被害はなかったことにされているのだ。これは数年後に健康被害が露見しても、「原発事故との因果関係は認められない」などとして逃げ切る布石である。そうして日本政府・菅政権は打つべき対策を打たずに、事故の責任と補償問題から逃げることばかりを考えているのである。絶対に許すことはできない。


    年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域はすべて「警戒区域」に指定するべきだ。いま時点の放射能測定値だけで物事を考えるのはナンセンス極まりないやり方だろう。なぜなら、福島原発はいまこの瞬間にも放射能・放射性物質を漏らし続け、しかもいつ止められるか目途もたっていない状態なのだ(東京電力が17日に発表した福島第1原発の原子炉を「冷温停止状態」にするまで6~9カ月程度かかるとする工程表などは超楽観的な希望的観測にすぎない)。


    たとえば、福島市水道局は「環境放射能測定結果」を県発表として公開しているが、他県のどの水道局の同様の発表と比べてもおざなりなもので、数値を示さず、ただ「政府基準を下回っている」とだけ発表している。しかし、セシウムの基準値はウクライナの2ベクレルに対して、日本はその100倍の200ベクレルに設定されている。放射性ヨウ素ならばWHO基準の1キロの水で1ベクレルに対して、日本の基準値はなんと300ベクレルなのである。


    日本政府の恣意的で手前勝手な基準値を信用していたら、命がいくつあっても足りない! 福島市水道局は「放射能測定結果」を数値で表せ!また、各地の水道局もただ「不検出」とする表記で済ませているが、まったく放射性物質が「検出」されなかったのか、政府の基準値以上は「検出」されなかったのか不明なケースが多い。このような公共の安全に関わる重大事項はすべて、数値で表記しなければならない。


    重ねて言おう。福島第一原発から(基本的に)半径40キロ、そして福島市と年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域はすべて「警戒区域」に指定しろ! 早急に妊婦・乳幼児から18歳までの子どもたちを緊急避難させろ!


    ■「警戒区域」に罰則はいらない


    ただし、「警戒区域」で立ち退きを拒否する者や立ち入ろうとする者への罰則が付されるというのは行き過ぎであり、治安維持や防犯を名目にした別の意図を疑わせるものだ。また、住民たちへの説明が「警戒区域」を指定する前日というのも、地元を軽視した拙速かつ乱暴極まりないやり方だと言わざるを得ない。


    長く居住していた故郷への愛着から立ち退きを拒否する住民やどうしても必要なものを取りに帰ろうとする者、飼育してきた牛や豚などの様子を一目見ようとする者がいるであろうことは想像に難くないだろう。こういう人々をも「処罰」をちらつかせて立ち退かせるのは、あまりに道義にもとるというものだ。そもそも、この原発事故は政府の歴史的な原発推進政策の結果もたらされたものではないか! その政策の被害者に対して「故郷に戻ったら逮捕」などと恫喝するような施策はあまりに間違っている。必要なのは、正確な情報の伝達と退去の必要性を粘り強く訴えることだ。


    また、福島原発から20キロ圏内で放射能を測定するNGOや事実を報道しようとするジャーナリスト、被災した動物の救出活動をすすめているアニマル・ライツ(動物解放運動)の活動家たちも、見つけ次第叩き出し、場合によっては検挙するということだろうか。これでは、福島原発周囲20キロを秘密のベールに覆い隠し、政府が真偽の確かめようのない情報を一方的に流すということになるだろう。


    政府・菅政権は情報遮断につながる「警戒区域」の処罰方針を撤回しろ!必要なのは、安全に留意するための「注意喚起」だ。そして、民衆は民衆自身の手によって、この原発大事故の真相や被害状況を調査する権利がある。また、被災して徘徊する動物や畜産用の牛や豚を可能な限り保護して飼い主の元へ戻す努力をする必要もあるだろう。動物たちもまた被災者たちの心の友であり、かけがえのない財産なのであり、その動物たちが人間の引き起こした人災で何らの救いの手も差し伸べられないなどということも絶対に許されない。


    ■政府はあらゆるリスクを正確にあきらかにしろ


    東京電力が17日に発表した「工程表」によれば、福島第一原発の原子炉を「冷温停止状態」にするまで6~9カ月程度かかるとしている。こんなものは、すべて自分のイメージどおりにコトが進み、かつすべて順調に作業が進んだ場合、ということを前提とした超楽観的な希望的観測にすぎない。実際は、余震や落雷、台風、なにより現場の作業が長期間維持できるのかなど、様々な不確定要素があまりに多すぎて、楽観的に考えることなど出来ない。


    経済産業省原子力安全・保安院は、18日の内閣府原子力安全委員会で、初めて燃料棒の溶融を公式に認め、報告した。保安院は1~3号機で「燃料ペレットの溶融が起きている」として、「溶けた制御棒と燃料ペレットが、下にたまった水で冷やされ、水面付近で再び固まっている」としている。


    しかし、東電自身が「6~9カ月程度」としている燃料棒の冷却期間中に何かのトラブルで下に落ちた燃料棒の冷却が不能になった場合、コンクリートを突き抜けて地下水脈に達して水蒸気爆発を起こす可能性や、あるいは圧力容器内の温度が上がり、燃料棒が大量に溶けて、容器の中で水素爆発が起こす可能性もいまだ決して低くないように思える。そして、一つ爆発すれば、もはや冷却作業は完全に不能になり、1~3号機と1~4号機の燃料プールの七つすべてが爆発することになるのである。


    このような事態に至れば、もはや日本のどこにも逃げる場所などないが、政府はこの最悪の事態の可能性があるのかないのか、あるとすれば何%の可能性なのか、すべてあきらかにして最大限の避難態勢を構築するべきである。


    それには原子炉の冷却作業の完全な情報公開が必要だ。よほどのことがないかぎり、ある日突然前触れもなく原子炉が爆発することはないだろうから、真実をあきらかにした上でパニックを回避する避難方法をシミュレーションし、すべての市民にヨウ素剤を無料配布し、原子炉爆発の危機が100%去るまで市民の避難態勢を構築・確立するべきだろう。


    あるいは、数パーセントでも爆発の可能性があるのならば、海外への避難を希望する者のために各国に協力を要請し、海外での受け入れ態勢を早急に構築して、子どもたちと希望者から順次避難させなくてはならない。そして、避難時の生活補償・賃金保障・就労補償の緊急支援措置を制定する必要があるだろう。


    これはもはや、絶望的な状況における絶望的な提案でしかないが、それでも政府が民衆の運命を秘密にして「神のみぞ知る」などとする態度は許すわけにはいかない。そして、一人でも生存させるための可能性を、政府も、そして社会運動も追求していかなければならない。


    ■浜岡原発を今すぐ止めろ! 菅は政治判断を!


    最後に詳細は稿をあらためるが、気象庁が関東・甲信越地方も含めて震度7前後の地震の可能性に言及しているなかで、浜岡原発がいまだ稼動していることは戦慄すべき事柄である。浜岡がもし地震でダウンしたら、「発電所から風下方向の70キロメートルまでの範囲の人全員が全身被曝によって死亡し,110キロメートルの範囲の人の半分がやはり全身に浴びた放射線や放射能によって死亡する」(『大地震によって浜岡原発全体で事故が起こったら』上澤千尋-子力資料情報室 浜岡訴訟資料からhttp://www.stop-hamaoka.com/higaiyosoku.htm)という大惨事に至る可能性も指摘されている。この浜岡原発を今すぐ止めることは、日本社会運動全体の焦眉の課題だ!


     浜岡原発を今すぐ止める大運動を早急にさらに大きくつくりだそう!
     菅首相は"政治主導"によって浜岡原発の即時停止を政治判断せよ!


    (F)

    【案内】5.1 辺野古に基地を押しつけるな! 新宿ど真ん中デモ

    辺野古に基地を押しつけるな! 新宿ど真ん中デモ
    ――軍隊がTOMODACHI? お断りします。――


    5月1日(日)@新宿駅東口広場(アルタ向かい)
    ごご1時30分 事前街頭情宣
    ごご3時 デモスタート


    お断りします、震災にかこつけた軍隊出動。
    避難者には一日一食、民間の支援者は締め出しておきながら、
    東北の被災地をここぞとばかり、日米共同軍事運用の実験場にする日本政府。

    ホラ日本に米軍は必要だよねと、余念のないアピールの裏で、
    海の向こうではこりもせず、リビアにまで戦火を拡げるアメリカ政府。

    お断りします、危険な原発。
    原子炉融解の責任から逃れ、下請け労働者を放射能にさらす東京電力。
    大都市の繁栄のために、地方には核発電所や処理場を押しつけ、
    国外にも核廃棄物をばら撒きながら、平気でいられるこの社会。

    連想せずにはいられない。
    核発電所・廃棄物の押しつけ構造から、沖縄への米軍基地の押しつけ構造を。

    そして忘れてはいけない。
    辺野古への基地押しつけに向けた5月の日米会合が、いまだ日程にのぼっていることを。

    高江のヘリパッド工事再開もまた、遅くとも7月には予定されていることを。

    自粛ではなく、責任者を追及しよう。
    現実の被災から離れての「お祈り」ではなく、軍隊や核施設を「お断り」しよう。

    誰かを犠牲にした「平和」や「繁栄」を拒否し、押しつけの構造に反対しよう。

    いまこそ新宿のど真ん中で!

    主催:沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会
    http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09
    http://twitter.com/domannakademo no.base.okinawa@gmail.com

    ★もし沖縄・高江で米軍ヘリパッド工事が再開されたら、その日の18時に防衛省前へ!
    http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110308/1299560057

    ★4月4日防衛省に抗議申し入れしました!
    http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110405

    ★2月20日アメリカ大使館前デモ→不当逮捕→奪還までのレポ―ト:
    主催者:http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110307/1299529374
    「アメリカ大使館前弾圧救援会」:http://d.hatena.ne.jp/ametaiQ/

    ★なぜ「お断り」なのか

    Q. 東北の被災者を助けるのに、軍隊だのなんだのって言ってる場合じゃないでしょ!

    自衛隊も米軍も現地でがんばっているのに、なんで「お断り」しなきゃいけないの?

    A. 日米政府は、被災者救援以上のことを軍隊をつうじてやっている(「沖縄に基地が必要」の宣伝など)。こんなときだからこそ、そういうことは公然と批判すべきだ。

    被災者への効果的な人道支援は必要です。しかし...

    1:軍隊による上からの統制は、民間人が避難したり、連絡をとりあったりすることの妨げにもなります。また、首都圏の避難所の多くでは、民間のボランティアからの炊き出しが締め出され、被災者には屋根が与えられるだけという状況もあります。

    下からの支援の動きを押し殺すような統制は、被災者のためになりません。

    2:震災を口実に「軍隊必要」のキャンペーンが張られていることを、見逃してはなりません。日本政府は日米の軍隊の共同運用を「トモダチ作戦」などと名づけ、日米軍事協力の「必要性」を積極的にアピールしています。

    また「思いやり予算」を「ホストネーション・サポート」と名前だけ変えて延長したことで、この災害にもかかわらず日本は米軍にばく大なお金をつぎこみ続けることを決定しました。3月から行われているNATO軍のリビア空爆(アメリカが中心に進めている)にも、日本で批判の声はほとんど上がっていません。

    3:沖縄への基地押しつけにも、この震災は利用されています。日米両政府の高官は、在沖・在日米軍の被災地支援を口実に在沖縄米軍の必要性を主張するという、火事場泥棒のような宣伝をおこなっています。さらに、沖縄への差別発言が問題となって米国務省日本部長を更迭されたメアは、東日本大震災の支援活動などを行う特別作業班の調整役に就かされました。


    Q. 原発の問題と基地の問題は別なんじゃないの?

    A. 基本的には別な問題だけど、それでも双方ともに「押しつけ」の構造はよく似ている。

    沖縄への「本土」からの差別の問題など、完全に同列に語れないことも多くあります。

    しかし、少なくともつぎのような共通点があります。いずれについても言えるのは、為政者や首都圏の中流以上の住民の「安全」や「利益」のために、基地や原発を押しつけられている現地住民の生活が脅かされつづけている、ということです。

    1:交付金づけ経済、背景としての貧困: 地場産業では成立しない貧困状況へのつけ込み。第二次大戦後の第一次産業切り捨ての歴史。基地も原発も、そこに居座られた後は、その地域の産業構造自体が転換させられて、交付金なしには地域経済が存立しない状況においこまれる。しかも、この状況を意図的に作っておきながら、為政者や為政者側の企業は「基地/原発がないと暮らしていけないでしょ」と脅しをかける。

    2:地方への押しつけによる都市部住民との分離の構図: 「本土」の米軍基地は70年代末ぐらいにかけて整理統合し、沖縄へ移転するという経緯を辿り、現在の沖縄一極集中という状態ができた。それに伴い「本土」からすれば「他人事」にできる状態となった。原発については、地元ではまったく使われない東京の電力が、地方(たとえば福島)で作らされている。

    「冷却水の取水口」という立地条件を電力会社は口にするが、要は迷惑施設の受け入れ先がない、首都圏では土地買収が難しい、そして政経中枢(+天皇)のある東京に置くのはトンデモナイといったことが、ほんとうの理由。

    その結果として、沖縄に一極集中している米軍基地についても、地方に押し付けられた原発についても、当事者意識(押しつけの加害意識)を都市住民がもたない。


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