虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

【案内】つくろう!脱原発社会5.27集会・デモ

つくろう!脱原発社会5.27集会・デモ

日比谷3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故以来、東京でも毎週のように集会やデモが行われ、毎回数千人以上の人々が参加しています。5月27日には、日比谷野外音楽堂で集会とデモが開催されます。

どなたでも参加できます。平日の夕方という時間帯ですが、プラカードや横断幕、楽器、光り物などいろいろご用意ください。「つくろう! 脱原発社会」の声を上げましょう。

日時:6月27日(金)開場17:30 開始18:00 デモ出発19:00

場所:東京・日比谷野外音楽
   (地下鉄「霞ヶ関駅」3分、「日比谷駅」5分)

内容:●福島原発、六ヶ所再処理工場、柏崎刈羽原発、浜岡原発等の報告
   ●デモコース 日比谷~東電前~銀座~常盤橋公園

共催:原発とめよう!東京ネットワーク/再処理とめたい!首都圏市民のつどい

雨天決行/参加費無料

◆なお、同集会・デモは6月24日(金)にも予定されています(会場・時間同)


【関連企画】
再処理とめたい! 経済産業省前行動

 原水禁も参加する、「再処理とめたい!市民のつどい」は2004年12月から第4水曜日に、経済産業省別館前で、チラシの配布や申し入れ行動を続けています。どなたでも参加できます。

日時:5月25日(水)18:30~19:00
場所:経済産業省別館前(地下鉄「霞ヶ関駅」C2出口)

主催:再処理とめたい!首都圏市民のつどい

呼びかけ団体:原水禁国民会議(03-5289-8224)/プルトニウムなんていらないよ!東京(旧称 ストップ・ザ・もんじゅ東京)/大地を守る会/福島原発老朽化問題を考える会/たんぽぽ舎/日本山妙法寺/日本消費者連盟/ふぇみん婦人民主クラブ/グリーンピース・ジャパン/原子力資料情報室

報告 沖縄5.15「復帰39年 平和とくらしを守る県民大会」

515  5月15日、宜野湾海浜公園屋外劇場で5・15平和行進実行委員会、沖縄平和運動センターの主催による「復帰39年 平和とくらしを守る県民大会」が行われ、3300人が参加した。


 沖縄が1972年5月15日に日本に復帰してから39年。基地撤去、反戦・平和を求める沖縄民衆の意志を圧殺し続けたままだ。辺野古新基地建設問題、高江ヘリパッド建設問題、先島地域への自衛隊配備増強など基地強化にむけて新たな策動が続いている。辺野古新基地が頓挫しつつあるなか米上院軍事委員会の三議員が「日米現行計画は非現実的で実行不可能」として嘉手納基地への統合を中心とする移設案の検討を国防総省に要請した(11日)。さらに国民新党の下地幹郎幹事は、飛行場建設地として国頭村安波区案をぶち上げ、「地元合意は結果を示すというやり方もある」などと居直り誘致工作に奔走している。沖縄民衆は、基地強化、騒音拡大につながる嘉手納統合案、安波区案に反対だ。県民大会は、このような流れを許さず、反戦・反基地運動を強化していく意志一致する場となった。


 大会に先立って平和行進が米軍普天間飛行場の周囲の南ウィング(1500人)、北ウィング(1700人)で行われ、「普天間撤去」「県内移設反対」などのシュプレヒコールを上げた。行進は、毎年3日間だったが、今回は参加労組が東日本大震災の被災地支援の取組みも行っているため1日だけになった。


普天間基地の固定化も、嘉手納統合案も反対!


 大会は崎山嗣幸実行委員長(沖縄平和運動センター議長)の主催者あいさつで始まり、「日米両政府が県内に普天間飛行場の移設先を物色しているのは県民への背信行為だ。普天間基地を即時閉鎖、返還させる運動をさらに広げよう」と訴えた。


 東日本大震災の被災者追悼の黙祷とカンパが呼びかけられた。


 安里猛さん(宜野湾市長)は、「第三次普天間飛行場返還アクションプログラムの指針に沿って2014年までの早期返還を取り組んでいる。今後も県内移設に反対し、返還を勝ち取っていこう」とアピール。


 稲嶺進・名護市長からのメッセージが紹介された。


 連帯あいさつが藤本泰成さん(フォーラム平和・人権・環境事務局長)、新里米吉さん(社民党県連委員長・県議)、糸数慶子さん(社大党委員長・参議員)から行われた。


 「地域の訴え」として次の3人がアピール


 安次富浩さん(ヘリ基地反対協共同代表)は、「ウィキリークスによってグアム移転協定をめぐる公電で人員、予算の水増し、米従属の外務省官僚などが暴露された。まじめにやっていないことがはっきりした。福島原発事故は国策として押し付けてきた破綻の結果だ。米軍基地も同様の押し付けだ。大震災直後にかかわらず『思いやり予算』を可決してしまった。反対したのは、社民党、共産党、社大党の人たちだ。普天間基地の固定化も、嘉手納統合案も絶対に許すことはできない。普天間基地はアメリカに持っていかせる。ウチナンチューの闘いを妨害する土建政治家を許さず、次の選挙で落とそう」と批判した。


 伊佐真次さん(ヘリパッドいらない高江住民の会)は、「1月から2月にかけて高江で激しい闘いがあった。多くの方が駆けつけてくれた。すでに米軍ヘリの訓練が強行されているが、北沢防衛相はオスプレイ配備を明言した。どんな訓練が行われるのか、全く明らかになっていない。アセス違反は明白だ。基地は撤去しかない。貴重な天然森林が伐採され、自然・環境破壊をくり返している。低空飛行など危険な状態になってしまう。7月から工事が再開される。高江、ヤンバルに基地は作らせない。沖縄の貴重な水源地に基地を作らせることはできない」と訴えた。


 下地朝夫さん(宮古実行委員会・県職労宮古支部長)は、「宮古・八重山への自衛隊配備強化など進められている。沖縄本島では、基地周辺の軍用機の騒音、事件・事故は増大し、基地負担は過重になっている。宮古・八重山にも広がっている。小さな離島で軍事と農漁業、観光産業は両立しない。平和で自然豊かな島のために軍事化・軍事利用は反対です」と発言。


 非核平和行進引継ぎ式、平和行進報告


 最後に大会宣言(①政府は、米軍再編予算を復興支援に組み替えるなど被災地の復興に全力を傾注せよ②普天間基地をはじめ米軍基地の県内移設を確認した日米合意を撤回し、辺野古新基地建設、高江ヘリパッド建設を断念せよ③防衛計画大綱に基づく先島地域への自衛隊の配備、増強を中止せよ)を参加者全体で採択し、カンバロー三唱した。(Y)

【案内】6.26三里塚・東峰現地行動

 6.26三里塚・東峰現地行動 

日時:6月26日(日)/集会:午後1:30/デモは開拓道路コース

会場:東峰共同出荷場

会場への行き方:京成東成田駅地上 午後12:40に集合 迎え車待機

主催:三里塚空港に反対する連絡会
〒289-1601 千葉県山武郡芝山町香山新田131-4 電話&fax0479-78-0039

京成電鉄

上野駅特急 10:50発→成田駅11:57着 成田駅乗り換え芝山千代田行12:06発→東成田12:12着 (帰りも車に分乗して東成田駅へ)


成田空港30万回発着を中止せよ!航空機騒音拡大・環境破壊を許さない!東峰住民の追い出しをやめろ!一坪共有地・団結小屋裁判の勝利を!すべての原発を停止せよ!TPPに反対する!


manifすべての原発を停止せよ!

 東日本大震災は巨大な津波により、大きな人的被害をもたらし、いまだにその人数が判らないという悲惨な状況である。また、津波によって福島原発の重大な事故が起きた。これはまさに天災によって引き起こされたとは言え、この原因は、100%人災と言ってよい。そもそも「原子力のエネルギーを利用する」ということ事態、人間の思い上がりである。その危険性は最初から指摘され、多くの人々が原発に反対してきた。その闘いを国家権力の暴力とカネの力で圧殺し、しゃにむに建設を進めてきた結果が今起こっている事態である。千葉県下でも放射能物質の飛散により野菜出荷ができなくなったところが出ている。

 原子力行政を進めてきた歴代自民党政権、財界、官僚、政権について原発抑制から大きく推進に舵を切った菅民主党政府も重大な責任がある。民主党政権は経済政策の大きな柱として原発の輸出を据え、ベトナム等への売り込みを行ってきた。経済至上主義のもと国内のみならず外国にまでその危険なエネルギー政策を拡大させようとしていた。

 原発の維持のためには多くの労働者が犠牲になっていることも見逃してはならない。被曝を伴う危険な作業は東電の下請け、孫受請け企業の労働者が従事させられ、実際に命を奪われたり、今後現れてくるであろう被曝による健康上の問題にさいなまれている。今回の事故でも労働者は極限状態の中で復旧作業に従事している。

 自らの飽くなき利潤の追及のために労働者、住民を犠牲にしてはばからない支配者階級を許してはならない。すべての原発を停止せよ!

成田空港30万回発着を中止せよ!

 成田空港は建設当初から住民の意志を無視して一方的に位置決定し、反対する農民に対して有無を言わせずに国家権力の暴力装置機動隊を使って強権的に建設を進めてきた。農地を守り、生活を守る農民とそれを支援する全国の労働者、学生、市民の闘いにより、45年たっても未だに完成することのない空港として存在している。

 成田空港は、アジア諸国の国際空港の整備や羽田空港の国際化が推進され、「アジアのハブ空港としての成田」という目標を実現する上で大きく立ち遅れてしまった。

 首都圏からのアクセスの悪さ、内陸空港ゆえに24時間使用できないという決定的なマイナス要件を抱え、焦る成田空港は年間30万回(現在22万回)発着を目指し、さまざまな策動を行っている。昨年10月、騒音区域の拡大により騒音被害やその補償に不安を抱く住民の反対を押し切って周辺自治体と30万回発着合合意を取り付けた。

 また、新たに平行(B)滑走路の西側に誘導路を建設しようとしている。これによって東峰・天神峰住民は完全に四方を誘導路、滑走路で囲い込まれ、これまで以上の騒音と排気ガスにさいなまれることになる。

 成田国際空港会社は格安航空会社の参入をはかるために専用ターミナルを建設しようとしている。

一坪共有地・団結小屋裁判の勝利を!

 空港会社は現在の空港施設の拡張を図るために、用地内に点在する一坪共有地の強奪を目論み、裁判によって土地を取り上げようと横堀、木の根、東峰の6カ所の共有地の金銭による明け渡しを求める訴訟を2009年9月、千葉地裁に起こした。また、共有運動の現地拠点となっている団結小屋の撤去を求める訴訟も地主を原告として起こさせた。

 共有地裁判は2月、3月と反対同盟・共有者側の証人尋問が行われ、空港会社側の不当性、共有運動の意義などが明らかにされた。裁判は6月に最終意見陳述が行われ、結審を迎える。空港反対、農民追い出しを許さない!裁判闘争に勝利を!

用地内農民と連帯し、6.26三里塚・東峰現地行動に結集して闘い抜こう!農業破壊のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に反対する!

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木の根プール開き準備スタッフ会議
続・木の根物語プロジェクト
プール開きは7月17~18日を予定━
木の根プール開き準備スタッフ会議
6月25日(土)夜。木の根ペンション
木の根プール再開作業
6月26日(日)午前10時
【木の根ペンションへの行き方/連絡先】
京成電鉄東成田駅徒歩5分 成田市木の根宇西口296-3 
TEL:090-4595-6612

【案内】5.28成田プロジェクト「空港と原発―巨大科学技術を考える」

narita 5.28成田プロジェクト

 「空港と原発巨大科学技術を考える」
 講 演 巨大科学技術の時代…………鎌田 慧(ドキュメンタリー作家)

 報告1 福島原発で何が起きたか……伴 英幸(原子力資料情報室共同代表)

 報告2 騒音直下の東峰から…………平野靖識(地球的課題の実験村)

 パネルディスカッション/司会 大野和興(農業ジャーナリスト)/鎌田 慧、伴 英幸、平野靖識、柳川秀夫(三里塚の農民)、石井紀子(三里塚・東峰の農民)

日時:528日(土)/開会200(開場130) 閉会450

会場:コア・いけぶくろ(豊島区民センター) 5階・音楽室(JR山手線池袋駅東口下車 徒歩約5分)/資料代:500

主催:成田プロジェクト 電話 03-3818-1835 ファクス 03-3818-9312 メール narita-pj@pen.co.jp
 

 「いま成田空港で何が起きているのかプロジェクト」(成田プロジェクト)は、来る5月28日に「空港と原発──巨大科学技術を考える」というテーマの集会を行います。

 当初は「成田空港 騒音問題と一坪共有地を考える」というテーマで集会準備をすすめていました。三里塚の東峰地区では、巨大なジェット旅客機が90100デシベルの大騒音をまき散らしながら、農家の頭上わずか40メートルを1分半~2分間隔で舞い降りてきています。そして、成田国際空港会社は強権的に一坪用地を巻き上げようとしているからです。

fukushima4 ところが311東北大震災による多数の死者とたいへんな被害の発生。さらに福島第一原発(16号炉)と第二原発(14機号炉)では炉心溶融、使用済み燃料冷却材喪失事故、水素爆発など予断を許さない危機的状況が続くなか、成田空港問題とともに深刻な原発事故についても考え、巨大な科学技術が私たちに何をもたらしているのかを見つめ直し、これからの未来を考えていくことになりました。

 成田プロジェクトは、二〇〇九年四月にスタートし、成田空港=三里塚問題にこだわりつづける浅井真由美さん(『労働情報』編集長)、大野和興さん(地球的課題の実験村共同代表)、梶川凉子さん(成田バスツアーの会)、鎌田慧さん(ルポライター)、白川真澄さん(『ピープルズ・プラン』編集長)、高木久仁子さん、高橋千代司さん(三里塚一坪共有者)、中里英章さん(成田バスツアーの会)が呼びかけました。三里塚農民との交流成田空港B滑走路による人権・生存権や環境、安全性の問題点航空機事故、騒音・低周波被害、環境汚染、グローバル社会のなかでの空港などの学習会を行ってきました。

 呼びかけ人の鎌田さんは、「青森の六ヶ所村にも通ったが『過激派』を入れると三里塚のようになってしまうとキャンペーンをやられ、住民間で分断しあっていった。延伸されたB滑走路が供用されるが、ジャンボジェット機の轟音はすさまじい。島村家に対して『死ね』というものだ。人道問題として空港会社の暴挙を許してはならない」(〇九年九月/映画『三里塚 第二砦の人々』上映&トーク」)と訴えてきました。

 今回の福島原発事故に対しても、「原発ほどカネで人心を惑わす汚い事業はないですよ。危ない物は1基でも2基でも同じと、地元は次々に受け入れる。毒まんじゅうです」と原発体制によって引き起こされる問題点を批判しています(毎日新聞・特集ワイド/11年4月28日)。

 
さらに「原発反対と書き続けながら大事故を防げなかった。僕も切迫感が足りなかった」と自戒をこめながら反原発運動の取組みに奮闘していく決意を述べています。

 鎌田さんのアピールを受け止めつつ、ともに人権・生存権破壊を許さない取組みを加速させていきましょう。(Y)

【報告】5.7 渋谷・超巨大サウンドデモに1万5千人の大結集

57

 5月7日午後2時、代々木公園内ケヤキ並木にすべての原発の停止を求める数千人の人々が集まった。一万五千人を集めた4.10高円寺サウンドデモを渋谷に再現しようとしたものだ。

 前日の菅総理の「浜岡原発をすべて停止させる」との発表を受けて、「残りの原発も止め、廃炉にしよう、福島など被災者を支援しよう」との訴えがあり、さらに東京電力への怒りとともに、原発企業である東芝、日立、三菱の不買運動や原発推進議員の落選運動の呼びかけもあった。そして、ミュージシャンたちの訴えや演奏も行われた。

 三時からデモ行進が開始した。参加者は若者が目立ち、子ども連れや女性も多かった。ちんどん屋さんやロックバンドなどサウンドカーが先頭に立ち、打楽器・管楽器・弦楽器・笛・ブブゼラなど様々な鳴り物によって、「反原発」の意思をアピールし、渋谷を一周する巨大なデモを行った。主催者によると参加者は増えて一万五千人を超えた。

 ただ、デモは一挺団200人とされ、物切れにされたうえに、警察のサウンドデモに対する規制も厳しく、不当逮捕者がでた。せっかくの巨大な「反原発の意志」が踏みにじられた。次は6月11日の全国反原発統一行動デーに巨大な反原発のうねりをつくりだそう。(M)


 (TBS)


(レイバーネット)


渋谷・原宿で行われた5・7原発やめろデモで4人が逮捕されました(うち2人はその日に釈放)。以下、救援会の声明を転送します。


…………
(転送・転載歓迎)


「5.7原発やめろデモ!!!!! 弾圧救援会」
http://57q.tumblr.com/




5.7原発やめろデモ!!!!! 弾圧救援会声明文


・どんなデモだったのか

2011年5月7日、東京・渋谷で行われた「5.7原発やめろデモ!!!!!」では、15000人を超える参加者を集めるデモ行進がありました。たくさんの人が、それぞれのスタイルで、「原発はいらない」を表現する素敵な行動でした。しかし、警察は大量の機動隊を配置して、デモを妨害し、大量の参加者を細かく分断してしまいました。雨の中、デモ行進は出発だけで3時間もかかってしまうあり様でした。また、機動隊は隊列を取り囲んで身動きが取れないようにしました。他にもまだまだひどいことがあるのですが、ここでは書ききれません。参加者がネット上で様々な立場から異様さを指摘しています。警察の妨害がなければ、デモはもっと自由であったはずです。


・逮捕について

そんな中、4名の参加者が法的な根拠もなく警察に連れ去られました。うち2名はその日のうちに解放されましたが、残る2名は警察の留置場内にいます。警察は公務執行妨害容疑での現行犯逮捕であると言い張っています。そもそもデモ行進に大量の警察官が割り込み、混乱状態を招いておいて公務執行妨害とはまったくおかしな話です。むしろこっちが警察を逮捕してやりたいところです。


・救援会の目的

このような不当な逮捕について、「絶対におかしい!」と思う人があつまり、急遽この救援会を立ち上げました。救援会は、2人を守り、助け出すことを目的にしています。弁護士の面会など法的なサポートはもちろん、差し入れや励ましなどもしていこうと思っています。

今回、原発反対のデモに参加したことで2人は逮捕されています。社会とその価値観が根っこから揺さぶられる一方で非常事態の名のもとに自由が抑圧されている今、政府にとって望ましくない主張をしたからです。思想信条によって人が自由を奪われるようなことが許されてよいはずがありません。

・2人はどんな状態か、これからについて

5月9日現在、2人は原宿署と代々木署に、それぞれ留置されています。逮捕された時に、打撲・擦り傷をおわされたものの、健康状態に問題はないようです。

2人は無実の罪で留置されて取り調べをうけています。日本の警察の取り調べは、弁護士の同席も許さず、密室で行われます。そして、やってもいないことを「自白」するよう強要されるのです。2人はそれにも屈せず、黙秘を貫いています。それが自分や仲間の基本的人権を守る最良の方法だからです。

検察は、起訴しなくても最大23日間にわたり、逮捕した人を留置場に入れておくことができます。それはその人の生活や仕事を破壊するのに十分な時間です。


・逮捕された2人を助け出そう!

これまで述べたように、今回の逮捕はデタラメです。一刻も早く2人を助け出さないといけません。現在、救援会は全力で動いています。しかしながら、私たちだけの力では十分ではありません。多くのみなさんの助けが必要です。救援会は以下のことを要請します。




1. 激励メッセージを送ってください

弁護士が接見を行った時に、みんなのメッセージを見せることができます。文章や絵などを、画像データで救援会のメールアドレスに送ってください。


2. みんなの声を広めよう

今回の不当弾圧は、「反原発」の運動の委縮とイメージダウンを狙ったものです。逮捕がデタラメだということを、ドンドン広めてください。

メディア関係者の人は、どんどんマスコミで発信してください。


3. 救援カンパをお願いします

弁護士費用をはじめ、救援活動には多額の費用が必要となります。どうかカンパをお願いいたします。

郵便振替用紙に「5.7原発やめろデモ!!!!! 弾圧救援会」とお書きいただき、以下へお振り込みください。

 

ゆうちょ振替:
口座番号:00140‐2-750198 口座名称:ミンナノキュー

他銀行からの振込の場合:
019(ゼロイチキュウ)店 当座 0750198


連絡先:
東京都港区新橋2-8-16石田ビル5階(救援連絡センター気付)
tel:03-3591-1301 / fax: 03-3591-3583


メールアドレス:
57nonukyuen@gmail.com

オバマ政権によるビンラディン殺害を糾弾する

real terrorists(戦争ゲームのように虐殺を観戦する米政府首脳)
 
●「裁く」のではなく「殺す」ことだけが目的
 
 五月二日午前一時(現地時間)、パキスタンの首都イスラマバードに近い近郊のアボタバードの住宅地で、米海軍特殊部隊(SEALS)によって編成された約八〇人の部隊が、「イスラム原理主義」テロ組織であるアルカイダの指導者オサマ・ビンラディンへの殺害作戦を敢行した。

 アフガニスタンの基地を発進した二機のヘリコプターがビンラディンの住む邸宅を襲い、ビンラディンとその息子、側近らを銃で殺害した。最初の発表ではその時銃撃戦が起きて射殺したとされていたが、その後の発表ではビンラディンとその家族らは武器をもっておらず、一方的な虐殺であったことを米政府も認めた。ビンラディンの遺体は、米空母に運ばれてアラビア海に投棄された。遺体写真の公開も米国は拒否している。

 この一連の経過から判断する限り、今回の米軍によるビンラディン殺害作戦は、「テロ犯罪容疑者」を逮捕し、裁判にかけることが目的なのではなく、はじめから見せしめと口封じのために「殺す」ことだけを目的にしたものであった。2001年の「9.11」によって当時のブッシュ米政権がアルカイダとアフガニスタン・タリバン政権への「報復戦争」を開始した時点から、米国の目標はビンラディンを「裁く」ことではなく、「抹殺」することだけを目的にしていていた、と言わなければならない。

 今回の作戦は一方的に国境を越えて主権国家パキスタンの領土内に軍の特殊部隊を侵攻させたものであり、かつ無抵抗の「容疑者」の逮捕ではなく、殺害するために発動したものであった。これが国際法にも国際人権法にも違反する犯罪行為=国家テロであることは明らかである。

 アフガニスタンからイラクへと至る米国の「対テロ」戦争は、市民の無差別大量虐殺、アブグレイブやグアンタナモの収容所での凌辱・拷問に示されるようにレイシスト的人道犯罪に貫かれたものだった。今回のビンラディンに対する無法極まる虐殺と死体遺棄行為にも、「対テロ」戦争のレイシスト的本質がくっきりと示されている。

例えば今回の作戦指令においてビンラディンを「ジェロニモ」(白人の侵略に抵抗した米先住民族の指導者)と呼んでいることは、その白人至上主義と先住民族差別の西部劇的価値観の現れである。

われわれはオバマ政権によるビンラディンとその家族虐殺という犯罪を厳しく糾弾する。それはアフガニスタンとイラクにおける米国を中心とした侵略戦争が、いかに不正に満ちたものであるかを明らかにしている。
 

●「対テロ」戦争からの撤退戦略か?



 オバマ米大統領は、自らの責任において発動したビンラディン虐殺=「国家テロリズム」の発動について「パキスタン政府との協力」(しかしパキスタン軍はこの作戦自体については知らされておらず、パキスタン軍・政府にも秘密で米特殊部隊によるビンラディン宅襲撃が決行されたと報じられている)の下で行われたものであり、ビンラディン虐殺によって「正義はなされた」との声明を発表した。潘基文(パンギムン)国連事務総長もオバマと同様に「正義が達成された」と語った。ブッシュの「報復戦争」に同調してアフガニスタンに軍を派遣した西側の帝国主義諸国もほぼ一様にビンラディン殺害作戦を「対テロ戦争」の勝利に向けた区切りとして高く評価している。

日本政府も、小泉政権の下でブッシュのアフガニスタン戦争を全面的に支援し、「テロ特措法」を成立させて自衛隊をインド洋に派兵した。そして菅直人首相は今回の無法きわまるビンラディン殺害について「テロ対策の重要な前進を歓迎する」と称賛する談話を発表した。「9.11」で倒壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡の「グラウンドゼロ」では、10年前と同様に市民による「USA! USA!」の愛国主義的興奮が吹き荒れ、オバマ政権の支持率は急上昇している。

 しかし言うまでもなくパキスタンや中東諸国では、民衆の反応は全く異なっている。各国の米大使館前にはビンラディン虐殺に抗議する、大衆的抗議のデモが繰り返されている。パキスタンでは米国に全面的に依存し、無人機によるパキスタンへの越境爆撃・市民の虐殺に対しても暗黙の了解を与えてきた政府・軍首脳に対する批判が拡大しており、軍自身の分解も生じている。

 オバマは「ビンラディン殺害」声明の中で「彼の死は、アルカイダへの戦いにおいて最も重要な偉業だが、これで終わったわけではない」とも訴えている。実際はどうなのだろうか。現実にはオバマの「ビンラディン殺害」声明には、泥沼化したアフガニスタンからも手を引きたいという願望が透けて見えるのではないだろうか。その意味で「ビンラディン殺害」は、「正義の実現」を宣言してアフガニスタンから撤退するための口実づくりと捉えることもできるのではないだろうか。

オバマは2011年中にイラクからの米軍撤退を完了させる計画を立てるとともに、「対テロ戦争」の主戦場と位置づけたアフガニスタンに軍を増派した。しかし米軍・多国籍軍が支援するアフガニスタンのカルザイ政権は、その腐敗・統治能力の欠如によってタリバン勢力の浸透・拡大を抑えることができない。

 今年でまる10年になるアフガニスタン戦争は、GDPに匹敵する米国の深刻な財政赤字の重要な要因となっている、アフガニスタン戦争における米軍の死者は一五〇〇人を超えており、国際治安支援部隊(ISAF)全体では死者数は二五〇〇人近くに達している。アフガニスタン側の死者(武装組織・市民ふくめて)の正確な数は不明だが、おそらく外国軍死者の数十倍となり、それをはるかに上回る難民が生み出されていることは明らかだろう。

 米軍をはじめとする外国軍の投入が続き、占領が長期化すればするほど、アフガニスタン民衆の反占領。反西欧の感情が拡大し、カルザイ政権を不安定化させる結果になることは明らかだろう。またアフガニスタン戦争のパキスタンへの拡大によって、米国にとって「対テロ戦争」の最大の同盟国であるパキスタンにおけるイスラム主義政治勢力の拡大に拍車がかかっていく、それはパキスタンの永続的政情不安を必然化する。

 かくしてオバマ政権によるビンラディンの殺害という犯罪行為は、米帝国主義にとって重荷となった「対テロ」戦争からの「出口戦略」ということもできる。もちろんそれがうまくいく保障はどこにもないのだが。
 

●米国の戦争にも反動的テロリズムにも反対
 
 
 われわれは「9.11」の無差別テロが、帝国主義に対するムスリム労働者民衆の抵抗を表現する正当な闘いの表現ではないこと、ビンラディンやアルカイダに代表される「イスラム原理主義」テロリズムが、ムスリム民衆の民主主義と人権を暴力的に抑圧し、帝国主義の抑圧と搾取に対する闘いの大義に敵対する反動的イデオロギーであると捉えてきた。

 われわれは「テロにも報復戦争にも反対! 市民緊急行動」の一翼を担い、「9.11」の無差別テロに反対するのは帝国主義を擁護するものだという左翼の中に根強く存在する傾向を批判してきた。それはブッシュのアフガニスタン・イラク戦争に反対する広範な運動を、新自由主義と一体となったグローバル資本主義に対する闘いと結びつける上で不可欠の立場であった。

 オバマ米政権によるビンラディン殺害に対する態度に関しても、われわれの態度は基本的に同一である。われわれは国際法の観点から見ても違法きわまる米軍によるビンラディン虐殺を糾弾する。われわれはアメリカ帝国主義とEU・日本など西側陣営によるムスリム諸国民衆への搾取と抑圧、植民地主義とレイシズムを強化する「対テロ」戦争に反対し、アフガニスタンでの侵略・占領の即時終結と撤退を求める。米国に支援されたシオニスト国家イスラエルによるパレスチナ占領の即時終結、入植地の撤廃、難民の帰還の権利を含むパレスチナ民衆の自決権のための闘いを支持する。

 日本政府に対しては、イラク戦争を支持・参戦した経過の事実検証を進める作業を進め、小泉政権の責任を追及しなければならない。海賊対処法の廃止、ソマリア沖・ジブチへの自衛隊派兵をやめよ。

 ビンラディンの虐殺は、そして資本主義の危機の中で吹き荒れるムスリム移民をターゲットにした西側諸国内でのレイシズムは、ムスリム民衆の中で「報復テロ」「自爆テロ」による「西側との闘い」を主張するイスラム主義的テロリズムの流れへの共感を拡大する可能性がある。しかしこうした「西側への抵抗」は、労働者・民衆自身の運動にはなりえない。真に大衆的な反帝国主義闘争の道は、チュニジア、エジプトの革命が示した労働者民衆の民主主義的・社会的運動によってこそ切り開かれるのである。(五月八日 K)

【報告】4・29反「昭和の日」行動

429 4月29日、4・29反「昭和の日」行動がアジア連帯講座、国連・憲法問題研究会、立川自衛隊監視テント村、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、靖国・天皇制問題情報センター、連帯社、労働運動活動者評議会の呼びかけで行われ、120人が参加した。行動は、「サンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印から60年植民地主義の歴史と現在を問う4・28、4・29連続行動」として取り組まれた。


 前段の集会は、当初、大久保地域センターで開催する予定だったが、会場がこの間の地震の影響で破損し使えなくなったので、急遽、センター付近の小泉夜雲記念公園で行った。


 集会は、実行委の開催挨拶から始まり、「大地震、大津波、原発事故という最悪の事態のなかで5回目の「昭和の日」を迎えた。 昭和天皇ヒロヒトは、自らの名で植民地拡大の戦争を遂行し、敗戦後、天皇と天皇制を守るために沖縄を米軍に売り渡した。それは1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約で固定化された。継続する植民地主義と領土ナショナリズム、解決されない日米安保・米軍基地の問題。「昭和の日」とは、そういった近代日本の歴史と戦後体制の間違い、その結果の現在の矛盾を、天皇制ともども、まるごと肯定しようという記念日に抗議していこう」とアピール。


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 彦坂諦さん(作家)は、「この間、天皇が避難所、被災地を慰問した。被災者は、菅首相が来た時は怒りをもって詰め寄ったが、天皇に対しては怒りを現さず『感動』していた。このシーンを見て私は、東京大空襲直後、天皇が車で被災地をまわった時、人々が土下座してひれ伏し、『もうしわけありません。私たちがいたらなかった』と『お詫び』をしているシーンを思い出した。つまり、私たちが個であることを忘れさせてしまうシンボルが天皇なんだ。こういう存在を象徴として置いておくことが日本の諸問題のすべての原因だ。私たちは自分自身で考え、行動ができるようになるためには、このような天皇制という障害物をなくさなければならない」と強調した。


 さらに、「共和制という制度は、例えば、米国でブッシュを生み出してしまう制度だ。しかし、それは選んだ人間の責任がはっきりしている。だから自分たちで変えなければならない。こういう思想が共和制だ。これに対して君主制、日本の天皇制は、権力側にとって一番都合がいい装置だ。ここに切り込まないかぎり私たちは解放されない」と訴えた。


 連帯発言が差別排外主義に反対する連絡会、反安保実、山谷労働者福祉会館活動委、フリーター全般労働組合、福島原発事故緊急会議、靖国・天皇制問題情報センター、共通番号制・コンピューター監視法を考える集会、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、労働運動活動者評議会、女性と天皇制研究会、ヘイトスピーチに反対する会から行われた。


 集会後、デモに移り新宿の沿道の人々に「『昭和の日』反対!」「反天皇制・安保・基地・戦争!」を呼びかけた。デモ終了後、集会宣言(別掲)が読み上げられ、参加者全体で確認した。(Y)

 

●反「昭和の日」集会宣言

 3月11日の東日本大震災の発生、そしてそれに続く東京電力福島第一原発の事故は、経済成長優先の戦後日本社会の歪みを、 はっきりと浮かび上がらせた。


 天皇アキヒトは、3月16日に「皆がいたわりあって、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」というビデオ メッセージを出した。さらに天皇夫妻は3月30日の東京武 道館での「被災者慰問」を皮切りに、埼玉県や千葉県、茨城県の避難所 や被災地を訪問した。そして連休の時期には、東北3県の被災地 を歴訪することも計画されている。また、皇太子夫妻や秋篠宮夫妻も、 それぞれ避難所を訪問して回った。


 こうした天皇らの動きを、マスコミは、被災者に想いを寄せ、慰め、 祈り、元気づけるために奔走する「陛下の慈愛」として美しく描き出し ている。しかし私たちは、こうした動きは、被災した人びとを利用する ことで、常に「人びとに寄添うお優しい天皇」というイメージを演出していく天皇一族のパフォーマンスであると断じざるを得ない。これまで も天皇夫妻は、さまざまな災害の被災地や、戦争で多くの人命が失われた地に赴き、そのような立ち振る舞いを続けてきた。


 被災者に対する慰問それ自体は、一概に否定できないのではないかという声も聞こえる。しかし、天皇が動くことで、それを受け入れる側の自治体は、大きな負担を強いられる。天皇警備も厳重だ。皇太子夫妻が都内の避難所を訪問した際、沿道から「来るな、帰れ」と叫んだ青年は、公務執行妨害罪で逮捕され、3日にわたって警察に拘束された。天皇に対する批判的な声は、メディアには決して登場しない。天皇制は人びとを序列化し、排除と包摂によって選別するシステムであり続 けている。


 そればかりではない。天皇とは、憲法で規定された国家の一機構である。にもかかわらず、現実の政治とは無関係に存在しているというタテ マエに立つことによって、あらゆる政治責任から免れていく。したがって、政権は批判されても、天皇は批判されることがない。深い悲しみや喪失感に襲われているだろう人びとに対して、天皇は、「日本はあなたを忘れてはいない」というメッセージをそこで発するのである。それはまさしく、人びとの内面に、天皇をつうじた国家の政治が浸透するということなのだ。天皇が象徴する漠然としたニッポンという共同性の中に、人びとが包摂されていく。それは、「日の丸」をアイコンにした「がんばろう日本!」という「復興ナショナリズム」と歩調を合わせるものであり、当然あるべき責任者への追及や怒りの声を融和し、これまでとは違ったかたちでの生活と社会の再建を図っていこうとする試みをも、国家主導の方向に再び回収していく役割を果たすだろう。


 こうした天皇の動きに、私たちは昭和天皇ヒロヒトの「玉音放送」から「戦後巡幸」という一連の行動を重ね合わせないではいられない。それは戦後、象徴天皇制として天皇制を「国民」のなかに再確立していくための儀式でもあった。戦後天皇制の変容は、日本の敗戦帝国主義としての再編と軌を一にしている。アジアへの植民地支配と侵略戦争を通じてかたちづくられた大日本帝国は、冷戦=サンフランシスコ条約体制の確立をとおして、日米安保体制を柱とする、アメリカの支配体制に内属する戦後国家へと変容したのだ。そして、「沖縄メッセージ」に端的に表われているように、この戦後国家の確立に際して、天皇は重要な政治的役割を果たした。


 それは、現在も続いている。天皇が千葉の被災地を訪問した直後の 4月17日、来日したクリントン国務長官は、皇居で天皇夫妻と 「懇談」した。皇后ミチコは、クリントンと手をつないでみせた。「思 いやり予算」を見直し、それを被災者に回せといったあたりまえの議論 は、「トモダチ作戦」の賛美のなかで消し去られ、今後5年間に毎年1880億円が支払われることが決まったが、天皇夫妻のこの行動は、このような「日米同盟」を追認する儀礼行為であり、その親密さを演出したものにほかならない。


 「危機」の時代に登場し、主体的にふるまう天皇の姿。それは徹頭徹尾、時どきの支配秩序に適合的なかたちで、「日本国家」を再建していくための行動にほかならない。継続する植民地主義と領土ナショナリズム、排外主義と日米安保・「沖縄問題」など、この間私たちも追及してきた運動課題とともに、今現在進みつつある新たな天皇制攻撃に対しても注目し、ともに批判の運動を強めていこう。

【報告】4.27 「緊急院内集会 福島原発事故に関する公開質疑~事態の見通しと対応策~」

kokkai 政府側は事故を収束させる展望を持ちえていない
 
 四月二七日、衆院第一議員会館で「緊急院内集会 福島原発事故に関する公開質疑~事態の見通しと対応策」が開催された。主催は超党派の国会議員有志(呼びかけ議員:石田三示衆院議員[民主党]、稲見哲男衆院議員[民主党]、服部良一衆院議員[彩民党]、山崎誠衆院議員[民主党]、川田龍平参院議員[みんなの党]、平山誠参院議員[民主党])。

 反原発運動団体、反戦運動、労働運動、市民運動・社会運動グループやNGO組織が広範に集まった「福島原発事故緊急会議」が全面的に協力し、環境NGOや国際協力NGOらによって作られた「脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会(eシフト)」も賛同団体となった。

 「福島原発事故緊急会議」の討論の中で準備されたこの日の院内集会の目標は、「超党派の国会議員と市民が共同し、政府の対策本部、原子力安全委員会、原子力安全・保安院に対し、情報の完全公開を求め、原発危機がさらに悪化する可能性と、その場合の避難対策について問いただす公開討論の場を設ける」(呼びかけ文より)ことにあった。

 そのために「海外への提供情報」「原子力発電所の現状について、各号機ごとに、温度、圧力、水位など事故発生当時からの現在までの時系列データ」「放出放射能について」「事故拡大の防止対策」などの資料提出を求めた。また福島原発の現状について水素爆発・水蒸気爆発の可能性、装荷燃料や使用済核燃料貯蔵プール内の燃料の再臨界の可能性、圧力容器。格納容器の破損の可能性、そして「大規模な爆発や再臨界のなど最悪の事態を想定した避難計画」がどのように立てられているかについての質問書を事前に原子力災害対策本部長、原子力安全委員長、原子力安全・保安院長あてに提出した。



 四月二七日の院内集会には平日(水曜日)の午後一時という時間帯にもかかわらず二五〇人が参加し、主催者側が用意した資料が足りなくなった。国会議員の参加者は当日、福島に出向いたたため参加できなくなった稲見議員を除く呼びかけ議員の全員、さらに福島みずほ社民党党首、柳田和己、永江孝子、石橋通宏、篠原孝、杉本和己、京野きみこ、平山泰朗(いずれも民主党)の各議員が参加した。専門的知識を持つ脱原発派のアドバイザーとして、槌田敦さん(元名城大教授)、山崎久隆さん(たんぽぽ舎)、崎山比早子さん(高木学校)、澤井正子さん(原子力資料情報室)が参加した。

 政府側からの参加者は前川之則(経産省原子力安全保安院原子力防災課長)、氏原拓(経産省安全保安院原子力発電安全審査課課長補佐)、田辺国治(原子力安全委員会原子力被災者生活支援チーム)ほか一人の計四人。

 しかしあらかじめ政府側に求めていた資料の提出が当日の午前中にようやく届くなど、その対応はきわめて不十分なものであり、とうてい主催者側の要請に応える姿勢ではなかった。また提出していた質問への回答についても「わからない」という回答がめだった。しかし「さらなる水素爆発・水蒸気爆発」あるいは「再臨界」の可能性についても「その可能性はきわめて少ない」と言いながら、完全には否定できないという対応であり、要は政府・安全保安院、原子力安全委員会としても福島第一原発1~4号基の事故収束の展望について確実なことが言えないという現実が明らかになったというべきだろう。

 さらに今回の院内集会で問いただす主要目的だった事故のいっそうの拡大に際しての住民避難対策についても、十分な回答を準備できていないことも示された。この点と関連して、原子力災害対策本部が福島県の学校での被曝基準を年間二〇ミリシーベルトとしたことについて、原子力安全委員会が助言を行っていたこと、大人と子どもの基準を区別しないことについては国際原子力委員会(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)も大人と子どもを分けていないとして正当化したことに批判が集中した。アドバイザーの崎山比早子さんは、こうした回答に対して「本来被告席に座る人たちが、ベクレルの基準を押し付けることがおかしい」と厳しく批判した。

 また海洋への放射能汚染については原子力安全・保安院では把握していないことも明らかにされた。今後、さらに政府側の真摯な対応と対策を明らかにさせるための院内集会を持つことを主催者側は準備している。

(K)

原発のない世界を求めるのなら、資本主義システムに挑戦しなければならない ―園良太さんとのインタビュー

tepco protest(東電前アクション 右端が園良太さん)

  以下のインタビューは、仏NPA(反資本主義新党)の週刊機関紙「トゥテタ・ヌー」の依頼で、三月一八日以後東京電力の責任を追及する「東電前アクション」を呼びかけてきた園良太さん(フリーター全般労組組合員、沖縄を踏みにじるな!緊急アクション)に対して、「かけはし」編集部の国富建治が4月23日の東電アクションの後に「たんぽぽ舎」で行ったもの。このインタビューは「トゥテタ・ヌー」とともに「インターナショナルビューポイント」四月号のサイトにも掲載されている。(K)


 
International Viewpoint

  • Tout est a nous!(NPA)

  • 「TEPCO(東京電力)は、チェルノブイリのような原発事故は日本では起こり得ない。日本の原子力技術は傑出したものだからだ、と説明してきました」と園良太は語った。彼は29歳、ラディカルな平和運動活動家でフリーター全般労組の組合員でもある。3月11日の巨大地震と津波により福島の原発惨事が起きて以来、東電本社前の抗議行動を呼びかけた彼のイニシアティブは、とりわけ若い世代の間に大きな共感を引き起こした。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部によるまえがき)


    ――東電への直接の抗議行動を呼びかけた動機は、おもにどういうものだったのでしょうか。


     震災・津波の翌日、一部の反原発グループが東京の東電ビル前で抗議行動を組織しましたが、そこに集まった活動家は20人足らずでした。それ以後一週間にわたり東電前の抗議行動を呼びかけるイニシアティブは見られませんでした。その間、大衆的な不安と怒りを「鎮静化」させるとともに、最悪の被害から回復するために「日本は団結しよう」といったたぐいのナショナリスト的心情をかきたてる一連の大規模なメディア・キャンペーンが行われていました。民主党政権と支配階級は、日本の歴代政権が追求してきた原子力開発政策を批判する民衆の声を封じ込めようとしたのです。


      私は、こうした惨事を引き起こした東電の責任を直接的に糾弾すべきだと考えました。東電は「チェルノブイリのような原発事故は日本では起こり得ない。日本の原子力技術は傑出したものだからだ」と説明してきたのです。私は東電がその責任を逃れようとするのを許すことができませんでした。  


    ――東電本社前での直接抗議行動の呼びかけへの人びとの反応はどうでしたか。


     私が呼びかけを始めてから最初の一週間ぐらいは、私と一緒に東電前に毎夕集まる人の数は十人程度でした。しかし人びとは、東電側が福島原発で本当に起きている企業にとって不都合な事実を隠していることをますます知るようになりました。人びとは、自分たちが東電に騙されてきたことをはっきり理解するようになったのです。


     破滅的震災の二週間後には、数百人の人びとが東電前の私たちの行動に加わり、「原発はいらない!」と叫んで東電に抗議するようになりました。かれらは、原発を止めるよう求める民衆の行動がなければ、悲惨な原発事故がさらに起こると考えています。なにせ日本には54基もの原発があり、その多くは地震と津波による被害を受けやすい海岸地帯に位置しているのですから。


     多くの海外メディアが私たちの行動を報告しましたが、日本のメディアは報道しませんでした。私は、日本の大新聞やTV局の多くは、大企業や政府に支配されているのだと思います。


    ――私は、あなたたちの東電への抗議行動は、若い世代の原発反対のデモへの参加を確実に刺激したと思います。


     私は4月10日に東京西部の高円寺で行われた反原発デモに参加しました。そこには1万5千人が参加しましたが、その多くは若者でした。


     参加者の多くにとっては、それはあらゆるデモというものへの初めての参加体験でした。私はいつもこうした大電力資本と政府が引き起こした犯罪的な人道的惨劇に抗議して、自ら決起するよう若者たちに強調してきました。多くの参加者たちはツイッターのような新しい社会的ネットワークを通じて、このデモを知りました。


     いま私たちは、6月11日に日本中で「原発反対100万人アクション」を行うプランをたてています。その日は地震・津波・原発惨事が起きてからちょうど三カ月後にあたります。


     もちろん私たちは原発を止め、三重の惨害――地震、津波、原発事故――の被災者に対して、東電と政府がかれらの責任において全面的補償をするよう求める全国的ネットワークを作りたいと思います。しかし私は、私たちの抗議はそうした要求を超えて進むべきだと思います。


     フクシマの後でも、日本政府と資本家たちは原発開発構想を放棄していません。かれらは依然として原発輸出を拡大しようとしています。私はそれはシステムの問題、つまり資本主義システムの問題だと思います。


     原発のない世界を求めようとするのなら、私たちは資本主義システムに挑戦しなければなりません。

    【報告】東日本大震災の被災者に心を寄せ5.3憲法集会と銀座パレード

    53 五月三日、東京の日比谷公会堂で今年で一一回目となる「生かそう憲法 輝け9条 5・3憲法集会」が開かれた。「東日本大震災の被災者に心を寄せ」と副題のついた今年の憲法集会は、何よりも三月一一日に東日本大震災と福島第一原発災害の中で、被災者救援と原発事故を止め原発のない社会を実現するために憲法がどういう役割を果たすべきかに焦点を絞って行われた。集会と銀座パレードには二八〇〇人が参加した。

     最初に平和を実現するキリスト者ネット(キリスト者平和ネット)の糸井玲子さんが主催者あいさつ。糸井さんは、日本国憲法もアジア太平洋戦争の被害者の涙の中から生まれたという歴史に思いをはせながら、被災者救援活動の中で「人間の国、人間の社会が輝いた」と語った。そして大震災での米日共同軍事作戦についてふれ、自衛隊を災害救助隊に作り替えることが必要であり、「武力・原発・日米安保」を捨て、平和条項を実現しよう、と主張した。



     第一部のスピーチの一人目は三宅晶子さん(千葉大教授)。三宅さんは、東日本大震災を受けて今こそ被災者にとって憲法二五条(生存権)、二六条(教育を受ける権利)、二七条(勤労の権利)の実現が大事だと強調した。三宅さんは「日本は一つ」というナショナルなキャンペーンが「日本人以外を排除するもの」だと批判し、朝鮮学校への無償化適用が見送られるとともに、東京、大阪、埼玉、そして宮城でも従来朝鮮学校に出されていた補助金が削られてしまったことを批判し、東アジアの平和のための努力を進めることが重要だと訴えた。

     さらに海外で「ヒロシマ」から「フクシマ」へという言葉が核時代の惨事を象徴するものになっていることを紹介しながら、そうした歴史的パースペクティブをもった行動が必要であると三宅さんは訴え、被曝労働を強いられる人びとに示されるヒエラルキーを問題にすべきだと語った。三宅さんは高木仁三郎さんの最後のメッセージとなった「原子力社会の末期症状」への強烈な危機意識を引用しつつ、専門的知識を持たないわれわれは無能なのかと問いかけた。そして「無能」であることへの自覚というショックは警告への潜在力であり。そこから自ら責任を取ろうとする道か、厚顔無恥でありつづける道かの分岐が生まれると述べた三宅さんは、原発に依存した新自由主義の破綻を見据えて現在と将来の人びとのために踏み出さなければならない、と締めくくった。

     スピーチの二人目はジャーナリストの伊藤千尋さん。世界六八カ国を取材したという伊藤さんは、日本の技術を取り入れた地熱発電で電力の多くをまかなっているアイスランド、自然エネルギーが電力消費の四〇%を占めるスペイン、「九条の碑」があるスペイン領カナリア諸島と沖縄県・読谷村、一九四九年に軍隊を廃止したコスタリカの経験などを紹介した。

    「コスタリカでは隣国と戦争を行った反省から、軍事費を教育費にまわし、兵舎を博物館に変えた。兵士の数だけ教師を、というスローガンが掲げられた。コスタリカの憲法では『人は誰でも愛される権利がある』という規定がある。社会と政府が自分を愛するように変えることができる、ということだ。子どもも一人の市民として訴訟の主体になることができる」。

    伊藤さんは最後に「行動しない良心は悪の側に立つことになる」という言葉をひいて「市民の元気は自覚した意識にかかっている」と語った。



    「寿」の音楽をはさんでスピーチの第二部は社民党の福島みずほ党首と、共産党の志位和夫委員長から。

    福島さんは、被災者と自治体のがんばりに励まされながら「3・11」以前とは違う社会を作りたい、と語り、今こそ二五条の生存権や一三条の幸福追求権を現実のものとする社会を目指すと強調した。福島さんは、新しい原発はもう作らない、老朽化した原発は廃炉に、とりわけ浜岡を止める、その上で五月中に原発と手を切るアクションプランを作成する、と述べた。また「札びらで人の顔を叩くような政治を変えることが政権交代だ」と述べ、自民党が「緊急事態」での人権制限を憲法に盛り込もうと主張していることを、参院に「憲法審査会」規定を作ろうとする民主党や自民党の動きを批判した。

    志位さんは、劣悪な状況に置かれた避難所を告発するとともに「仮設住宅の前倒し建設、一人ひとりの被災者の生活再建に全力を」と訴えた。彼はさらに、破壊された生活基盤の再建とあらゆる分野での公的支援が憲法の原則として必要であり、被災者生活支援法の最高補償額三〇〇万円の引き上げが必要であること、復興の進め方としては計画は市町村レベルで、実施は国と市町村の共同で、財政保障は最終的に国の責任で行うことを主張した。そして五百旗頭復興構想会議代表の「創造的復興」という理念が上からの押しつけであると批判した。

    志位さんは最後に原発事故に関して「原発技術は本質的に未完成なもので危険」であり「安全最優先の原子力行政が必要」だが、「期限を決めて原発をゼロにする」ことが必要だと語り、従来の共産党の原発方針からの転換を示唆した。

    最後に参院憲法調査会規程制定や強行や国会議員の比例区定数削減にも反対する集会アピールを確認し、東電前、数寄屋橋交差点を通り東京駅までのパレードを行った。(K)
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