虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

報告:6.4アジ連公開講座「中東民衆革命はどこへ」

64 6月4日、アジア連帯講座は、東京・コアいけぶくろで「中東民衆革命はどこへ」と題する講座を行った。1月14日、チュニジアで二三年間続いたベン・アリ政権は、民衆決起で打倒され逃亡した。2月にはエジプト民衆は、30年続いたムバーラク政権を崩壊させた。この民衆革命の波は、イエメン、バーレーン、リビア、シリアなどへとアラブ世界に波及していった。一連のアラブ民衆の闘いをいかにとらえるのかという観点から湯川順夫さん(翻訳家)、田浪亜央江さん(パレスチナ研究)を講師として招き問題提起してもらった。

 開催にあたって司会は、「3・11東日本大震災と福島第一原発事故以降、中東の報道が少なくなってしまった。しかし、現在進行形でチュニジア、エジプトにおいて政権打倒後、支配者たちと民衆の攻防は続いている。中東全体で見ればリビア、シリアなどでも民衆の闘いが波及し、厳しい闘いが展開されている。中東の民衆革命は、歴史的には非常に大きな出来事であり、世界のあり方を変える兆しを垣間見せているのではないか」と指摘した。



湯川報告



 湯川さんは、「チュニジアから始まった革命の波の意味するもの」について報告した。


 第一は、「民衆の決起と『イスラム主義』の関係」についてアプローチし、「イスラム主義が前面に出ていない」と評価した。

 つまり、「今回の運動は、前段の闘争がすでに始まっていた成果なのだ。グローバリゼーションに抵抗する運動、2000年のパレスチナの第二次インティファーダとの連帯闘争、2003年のイラク反戦運動、2006年以降の労働者のストライキ闘争の闘いを積み上げてきた。アラブ世界の中では、社会の中で労働者階級が相対的により大きな位置を占めるチュニジア、エジプトから運動が始まったのもそのような意味をもつものである。さらに女性の大きな役割があった。タハリール広場で男女が平等に討論し、同じ場所で食事、寝泊りし闘った。エジプトでは『ムスリムとキリスト教徒はひとつ、モスクと教会はひとつ』というスローガンがかかげられた。ムバラク体制からの弾圧に対するイスラム教徒とコプト教徒との共同の闘いも実現した」と提起した。

 そのうえで「テロを展開する『イスラム原理主義』の流れは、現実の大衆、社会との接点ないため影響力はなかった。大衆の中に基盤をおく『イスラム主義』(ヒズボラ、ハマス、ムスリム同胞団)は、事態の圧力に押し流されているだけでイニシアチブを発揮できていない」と分析した。

 第二は、アラブにおける運動の特徴について。

 「闘いの担い手は、若者、労働者、女性だった。自由と民主主義、社会・経済的要求(食品価格の暴騰、賃上げ)を掲げた。インターネットや携帯などの新しい情報媒体を活用した。中間総括的にまとめれば民衆の闘いは、アラブ各国の独裁体制のもとで推進されてきた新自由主義のグローバリゼーションの破綻と矛盾の噴出だ。先進国はいずれもこうした独裁政権を支持し支えてきた。グローバリゼーションが生み出したアラブにおける民衆の運動にタイムラグはあるが、世界社会フォーラムに象徴されるグローバリゼーションに抵抗する全世界的な社会運動の成果である。要するに新自由主義政策は、アラブの民衆に何らの恩恵をもたらさなかった」と結論づけた。

 「今回のアラブ全域への民衆の決起の拡大は、アラブ民族主義の新たな形での復活である。同時に、このアラブ民族主義のバックボーンのひとつをなしているのはパレスチナである。パレスチナ解放はアラブ民衆の共通の悲願であり、パレスチナ解放闘争への支援はアラブ大衆をひとつに結集させる巨大な吸引力をもっている。 アラブ各国における民主主義が前進すればす
るほど、各国で民意が反映されるようになればなるほど、パレスチナ解放闘争に対するアラブの大衆動員は強まりこそすれ、弱まることなどまったくない」と強調した。

 「チュニジア、エジプトの今後の闘いの展望」について「社会経済的要求を掲げた労働者の運動に対抗する『秩序の回復』、『平和的移行』を主張する軍、ブルジョアジー、それを後押しする国際帝国主義という対立構造の出現している。リビアの帰趨が他のアラブ諸国における攻防に大きな影響を及ぼす。予断を許さない局面が続いている」とまとめた。
 

田浪報告
 

 田浪さんは、「アラブ民衆革命とパレスチナ」というテーマで報告。冒頭、2月にパレスチナに滞在中、民衆がエジプト革命成功を祝う夕べの模様などを紹介した。

 分析視点の第一として「民衆蜂起の理由を生み出したパレスチナ情勢」と設定した。


 「エジプト政府がガザ封鎖に手を貸し、積極的にパレスチナ民衆の生活を破壊していた。エジプトの民衆は、このような政府を許さず状況の煮詰まりが爆発していったといえる。一九七九年にエジプトはイスラエルとの和平条約を結んだが、エジプト民衆はその30周年にあたって『エジプトには何もメリットがなかった』という総括をしている。そもそも戦争条約だったという評価だ。これまでのアラブ民雌雄の無力感、閉塞感の自覚、国内経済状況の悪化と失業増大問題などが重なり合った」と提起した。

 さらに「一般的にチュニジアの革命によって広がったという評価だが、そもそも民衆の闘いの自信は、イランの2009年5月の大統領選結果を巡る抗議運動=緑の運動が、『フェースブック革命』と形容された出来事だった」と強調した。

 第二は、「アラブ革命に対するパレスチナ側の反応」について報告。

 「チュニジアの闘いに対して当初は、様子見だった。ベンアリ逃亡後、歓迎集会、デモが行われた。エジプトについても様子見だった。ファタハ政府はエジプトへの連帯デモを禁止していたほどだ。ムバラーク辞任後にデモ等を解禁した。パレスチナ人側に立つ新外相ナビール・アラビー就任とアラブ連盟就任を歓迎した。リビア政府に対しては、民間人虐殺に非難声明を出した。ところがリビア政府のガザへの支援停止とリビア国内のパレスチナ人(7万人)の送金停止はハマース政権に打撃であった。シリアに対しては、ハマース政権はアサド政権不安定化に危機感を持ち、ファタハとの和解に向かった。基本的にシリアの内政問題という立場で現状維持だ。例えば、シリア内のパレスチナ人はアサド支持が多数で苦しい立場にあることに現れている」。

 第三は、「エジプトの民主化デモ、ムバラーク辞任に対するイスラエルの反応」について整理した。とりわけ「ファタハとハマースの和解」についてイスラエル・ネタニヤフが正式合意から2時間ほどで「テロリストに勝利を与えた」と非難したが、イスラエル外務省筋文書にある「和解はむしろ(長い眼で見て)イスラエルに戦略的機会を与える。国際社会を前にイスラエルの立場を弱めてはならず、慎重な振る舞いが必要」という見解の存在を紹介し、「9月、アラブ連盟による国連総会でのパレスチナ国家承認要請の動向を見据えたうえでこういう見解が浮上している」と解説した。そのうえで「むしろイスラエルは実をとり、アラブ連盟によるイスラエル承認と関係正常化を手にするか。今後どのように動くか注視する必要がある」とまとめた。(Y)

中国6・4天安門事件22周年~闘争を発展させよう


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香港のビクトリア公園の集会には15万人が参加(2011/6/4)

恐怖心は消え去りつつある――闘争を発展させよう

天安門事件22周年を記念する

 

許由(香港・先駆社)

 

1989年6月4日の天安門虐殺事件から22年が過ぎた。中国共産党は学生と労働者の抵抗を弾圧することで、その後の22年の間に資本主義を完全に復活させ、人民の財産を私有化することができた。だが経済発展は政治的独裁と社会的腐敗にふたをすることはできなかった。その歴史的反動性は、そこそこの生活を望むだけの市民や政治に関する発言を避けてきた芸術家などを抵抗に立ち上がらせつつある。

 

近年とくに増加の一途をたどっている民衆の抗議や労働者のストライキなど、人民に渦巻く不満が、中国共産党に一定の改善政策の提起を迫っている。中国共産党の太鼓持ちの文化人たちは、「胡温の新政」(胡錦濤国家主席と温家宝首相による指導部体制:訳注)を大いに持ちあげ、人民は指導者みずからによる改良政策を座して待てと主張している。だが、大きな改良政策の望みがない国のひとつが今日の中国なのである。この「胡温の新政」におけるすべての改良政策がほとんど取るに足らないものなのである。最低賃金の引き上げ、農業補助、公共住宅の建設程度では、独裁支配の暴力性、官僚による公有資産の私有化の猛烈な勢い、官僚と資本による労働者農民に対する熾烈な搾取などの禍害の万分の一さえにも抗うことができない。

 

そればかりでなく、これらのほんの僅かばかりの改良政策でさえも実現することができず、各階層の官僚によって(関連する予算などが)食いつぶされてしまう。「新政」のすべては経済的権利に限定されており、出版、集会、結社、デモ行進や示威行動など、公民の政治的権利に関しては、緩和されていないどころか、逆にますますきつくネジが締められている。だが政治的権利の剥奪は、自衛する武器を奪われたに等しく、官僚や資本家による権利侵害に抵抗することができなくなる。つまり「新政」によって認められた経済的権利さえも絵に描いた餅でしかなくなってしまうのである。

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オリヴィエ・ブザンスノー、2012年大統領選に不出馬を表明

オリビエ・ブザンスノーは2012年選挙のNPA候補者にはならない
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2147 
 

 さる5月2日、反資本主義新党(NPA)指導部は、その最も著名なスポークスパースンであるオリビエ・ブザンスノーが2012年の大統領選挙に党の候補者にはならないと知らされた。NPA創設の基礎を築いたのは、2002年と2007年におけるLCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)によるオリビエの選挙運動が成功したことによるものだった。五月四日のNPA執行委員会の次の会議の後に、オリビエはNPA党員に次の書簡を送った。(「インターナショナルビューポイント」編集部)



 「諸君への最善の奉仕をする者は、諸君とともに自らの生活を送り、同じ苦しみを受ける人びとの中から諸君が選ぶ者だということを忘れてはならない。

 自分自身の利益だけを考える者は、つねに自らを不可欠の存在だと見なすようになってしまうのだが、諸君は大志を抱いた新参者のように挑戦しよう……。

 諸君の票を追い求めようとしない者を選べ。最も重要な徳とは謙虚さであり、有権者にとってそれは、自らの選んだ代表を認めることであり、人目を引くように振る舞わせることではない」。

 パリコミューン国民衛兵中央委員会のアピール 1871年3月25日
 
besacenot 同志諸君。

 私は2012年の大統領選挙において反資本主義新党の候補者にはならない。これは私が行った政治的決断である。そして私が本日、バトンを同志の一人に手渡すのだとしても、私はもはやわれわれのすべての闘争に参加するつもりはない、などと言うつもりはない。全く逆だ。むしろ私は、以前よりも私に刺激を与えている解放のプロジェクトに従って、新しい基盤の上にNPAが自らを確立する機会が存在していることを確信する。

 第一に私は、この機会をとらえて、この10年間にわたり私がスポークスパースンを務めてきた協同の活動に積極的に関わってきたNPA――ならびに前LCR――の人びとに感謝したい。ポスターを貼り、リーフレットを配り、集会を組織した地域支部のすべての同志たち(そしてわれわれを手を広げて歓迎してくれた人びと)に、2002年に、そして2007年にも立候補のための署名を集めてくれた人びと、議論、方針の作成、コミュニケーション、弾圧対策で活動した指導部の同志たち、皆さんすべてに私は感謝の言葉を述べたい。このチームは私に多くのことを教え、スポークスパースンになったことによるこの愉快な経験に多くの貢献を果たしてくれた。

 私は、われわれの思想と信条を広範な聴衆に伝えるために私のレベルで最善を尽くしてきた。そして私は、われわれの綱領を伝え、われわれの行動を促進し、われわれの得票を増大させるために活動し続けたいと強く思っている。NPAの活動家、そしてより全般的に言えば、世界を変えるために闘っているすべての人びとは、私の献身を当てにすることができる。 

 したがってこれは政治的決断なのであり、大きな驚きとすべきではない。私はこの数カ月間、過剰なまでに誇張された特定の個人の押し出しがもたらす政治的リスクについてわが党に警告してきた人びとのうちの一人だった。この考え方は特別な社会的・政治的状況の中で具体的な形をとった。一方で、公的代表制を通じて活動家の課題を委任――特別に時期を区切った委任――することは必要である。それは階級闘争における真の草の根からの行動の代用物としてメディアのゲームにうつつをぬかすこととは全くの別物である。

 われわれは、疎外・搾取・抑圧の社会を最終的に片付ける展望を擁護するために、職場で、闘争の場で、選挙の時も日々組織化を行っている。隷属の現代的形式からの解放は、必然的に現在のシステムとの決裂を意味する。この決裂は、政治への民衆の関与の拡大を前提としている。可能な時にはいつでも、明日になるまで革命的約束の沸騰を抑えるのではなく、この決別がいま、この場で推し進められなければならない。

 それはいま、この場ですべての名もなき市民に対し、自分の運命の所有者となるよう、倦まずたゆまずていねいに、われわれが呼びかけることを意味する。われわれがつねに民衆的諸階級に対し、そこでわれわれの生が実現される闘いの場からわれわれを引き離すために政治家たちが擁立したスピーカーたちと決別し、政治の場に飛び込むよう促しているのはそのためである。われわれが活動しているところではどこでも、この家屋資産、ビジネス、学校、大学、路上の市場への独自の破壊的なメッセージを選挙期間中の抗議の主張として、われわれは伝えている。このメッセージは、わが党の特徴を示すものであり、われわれは選挙上の一定の条件反射を理由にしてそれを曇らせてはならない。

 LCRが2002年の大統領選で、若い労働者、「郵便屋」を引き出すという大胆さを持った時、われわれはセンセーションを作り出した。われわれの現実のあり方――集団的手段であり、不均質なグループであるというあり方――を浮かび上がらせるような無名の候補者を次の選挙で立てることによって、再びセンセーションを巻き起こそうではないか。われわれには自分自身を表現する政治家は不要だということを示すこと、解決策を理解し、提案するために力を注ぐことは、進歩的な行為である。われわれは「安全運転」をすべきだと考えて自らを安心させることは、逆に他の人びとのものであるべき有害は保守的本能を生み出すことになる。しかしわれわれは、他の政党がするようには政治を認識しない。

 私の見解では、このような動きは擁護できない矛盾に分解する。その矛盾とは、一方では政治が市場調査の一形式となってしまうシステムを批判しながら、他方ではわれわれの運動と思想を儀式的議論の中にはめこむことで、われわれ自身を無意識のうちに伝統的政治の場に組み込むものである。この危険は、結果としてわれわれを、われわれ自身の戯画、さらにはシステムの失敗のアリバイにすら変形させてしまうのだ。

 皆さんすべてと同様に、これは私にとって個人的に耐えることのできない展望である。


私は、自分が一般大衆にとって伝統的政治家の一人であるように映るようになることを望まない。それは近年、われわれの立場に影響を与えてきたことである。私が郵便局での仕事を続けてきたこと――私が決して手放すことのない活動――は、合意された選挙の戦場やメディアに継続的に強制された力学に対抗する上で十分に強力な長期的予防血清ではない。2002年に政党政治に攻撃をかけるために闘いを始めた若い労働者は、不可避的に2007年には「仕事を続けながら政治をする」者となり、2012年にはおそらく「手短に政治をする」者となるだろう。

私は戦士であり、活動家であり、そうあり続けたいと望んでいる。この矛盾から私を解放することは、私が公的な場で、しかし異なったやり方でNPAの先頭を続けるための最善の保障である。

 そこで私は、私の選択がNPAを最終的に自己確立するための願いだと認識し、支持していただけるよう訴える。皆さん自身で、余り知られてはいないが、より意識的でより一貫した基盤の上に配置することを可能にする集団的アイデンティティーを再確立できる名前を見つけてほしい。現在のシステムとは明確に区別された革命的・国際主義的で、生き生きとしてオープンなプロジェクトを遂行する必要性に、いっそうの注意を払ってほしい。日常生活の全体的活動によりコンスタントに関わり、職場や住居の問題や青年たちの間での活動に恒常的に関与し、社会運動の活動的な抵抗ネットワーク――労働、反レイシズム、環境保護、フェミニズムなどなど――を主導すべきである。

 一年以内に大統領選挙が行われる。それはわれわれに対して、準備し、われわれの再建プロセスの中で2012年を大きなステップとするための時間を与えている。

 私は、自らを100%、わが党=NPAに投入し、そして私ができるかぎりの最善をつくしてわが候補者を支援する準備をしている。われわれが効果的に次期大統領選挙に介入することができるようにするためであり、そのためにわれわれは、自らを世界からこり離すのではなく、幾百万人の民衆にわれわれのメッセージを伝えなければならない。フランスの労働運動が経験している不確実性の時は、資本主義システムがこの三年以上にわたって直面しているグローバルな危機によって多くの場合引き起こされた不安定な政治情勢に暗い影を投げかけるべきではない。

 アラブ革命は一つのことを実証した。歴史の風は変化しており、急速に転換させることができる。
 

革命的あいさつを送る。

オリビエ



▼オリビエ・ブザンスノーは革命的共産主義者同盟(LCR、第四インターナショナル・フランス支部)が呼びかけて2009年に結成された反資本主義新党(NPA)の最も著名なスポークスパースン。彼は2002年、2007年の大統領選でLCRの候補者としてそれぞれ120万票(4.5%)、150万票(4.2%)を獲得した。
 

(「インターナショナルビューポイント」2011年5月号)

【脱原発100万人アクション 新宿】6.11 新宿・原発やめろデモ!!!!!

6.11 新宿・原発やめろデモ!!!!!

日時:6月11日(土)14:00~

@新宿中央公園・多目的運動広場に集合

(主催):素人の乱



14:00 新宿中央公園・多目的運動広場に集合
15:00 新宿1周・超巨大サウンドデモ出発

雨天決行。ただし、雨の降り方によっては、サウンドカーが出動出来なくなる可能性があります。
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■ DANCE Bloc!!!!

【DJ】
・KENT

【LIVE】
・ECD

and more!!!!!

SOUNDSYSTEM:
コバヤシステム(WEEKEND)


■ 新宿フォークゲリラ号 Bloc!!!!

【LIVE】
・PPP(STUDIO DOM)
・パンクロッカー労働組合
・KORAKORA
・フジロッ久(仮)


■ DIY Punk Bloc!!!!

【LIVE】
・OUT OF TOUCH
・pinprick punishment
・LIFE
・SCREWITHIN
・PiLVET
・The Happening

PA:
n.a.m.


■ ドカドカうるさいマAチングバンド!!!!

だれでも参加可・経験不問・リーダーなし・指揮者なし・持ち曲なし・ルールなし・練習無用・うちあわせなし。

打楽器・管楽器・弦楽器・笛・ブブゼラ・カズー・なべ・フライパン・ゴミ箱・ダンボール・ラジカセ・その他をご持参ください。

6.11 新宿・原発やめろデモ!!!!! 呼びかけ文!!!!!!!

原発事故から早くも3ヶ月が近づいている!

そろそろ落ち着いて来るかと思ったら、全然そんなことはない! 実はメルトダウンしてたとか、土壌が汚染され始めたとか、汚染水があふれ返ってるとか、恐ろしいニュースばかり…。終息どころか、むしろいよいよ悪化してきてる。もうレベル7とか生ぬるいこと言ってる場合じゃなく、レベル10ぐらいでしょ!

さて、4月の高円寺、5月の渋谷ともそれぞれ1万5千人に及ぶ人が集まり、他にも日本中でデモが頻発し始めるなど、声は大きくなる一方! そんななか、原発に文句を言うこと自体がタブーだった状況にも、ようやく変化が訪れ出した! 一時的とはいえ浜岡原発が止まったり、新聞や雑誌をはじめ原発に疑問を持つ記事も増えてきて、論調も変化してきた。世の中が少しだけ動き始めている!

ところが菅首相は、サミットなどの国際会議で、自然エネルギー重視を言う一方で「安全な原発をつくる」などとわけのわからないことばかり言っている。うーん、これだけの事故を起こして、まだ懲りてないのか!!

いま、日本の原発は順次定期検査に入って、順番に止まっている。一方、その再稼働は見合わせているようで、5月中には約3分の2が停止し、再稼働がなければ来年の3月にはすべての原発がいったん停止するとのこと! これを機に、環境も壊すし、金もかかるし、生活もめちゃくちゃになる、無用の長物=原発なんて「もうやめた!」と宣言し、全廃に向けて動き始めないと、どうしようもない! やはりここで「原発いらない!」と、再び意思表示しまくってしまおう!

ということで、またまた大規模デモがやってくる! しかも、今回は震災と事故から3カ月の節目ということで、全国・全世界同時行動日! 相当な都市・地域でいろいろ行われてしまう! いよいよ、「原発冗談じゃない!」という動きの最初の山場がやってくる!

また、街に繰り出そう! 6月11日は新宿へ!!

1989年の「北京の春」と労働者の闘争

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1989年春 天安門広場前の労働者の応援部隊 


6月4日、「北京の春」と呼ばれた巨大な民主化運動に対する血の弾圧である「六・四 天安門事件」から22年目を迎える。中国では、自由主義派知識人や人権弁護士、芸術家やジャーナリストなど、民主化を求める人々への弾圧はさらに厳しさを増している。チベット、ウィグル、そして内モンゴルなど民族自治区域でも民族の尊厳や自治を求める動きに対する厳しい弾圧が行われている。22年前の「北京の春」に対する名誉回復を求める動きは中国内外でも活発であり、5月29日には香港で2000人が民主化を要求するデモに参加し、6月4日には大きな集会が行われる。

 

「1989年 北京の春」については学生や知識人の運動であるかのような紹介も見られる。しかし民主化運動の高揚とともに労働者民主主義を求める労働者の全国的な組織化の萌芽が見られたこと、そして「天安門事件」後には、労働者がもっとも厳しい弾圧を受けたことは、記憶されておくべきだろう。労働者に対する徹底した弾圧があってはじめて、「天安門事件」後の20年に及ぶ資本主義化政策を強力に推し進めることができたのである。


以下に紹介するのは、香港を拠点にして中国労働者の動きを伝える「労工世界網」が昨年出版した「現代中国労働者の民主化闘争 1989~2009」というパンフレットからの抜粋である。同パンフレットは「北京の春」における労働者の闘争と、「天安門事件」後に進められた国有企業改革における労働者の抵抗を紹介している。

 


『現代中国労働者の民主化闘争 1989~2009』

 區龍宇、白瑞雪 共著 労工世界網

・まえがき

・社会の「主人」から被雇用者への没落

・一九八九年の社会的状況★

・民主化運動に参加した労働者階級★

・反民営化闘争

・官製労組を労働者のための労組に変えた:鄭州製紙工場労働者の闘い(2000年)

・工場を跨いだ連合:遼陽鉄合金工場労働者の闘い(2002年)

・独立した組織を:大慶油田の闘い(2002年)

・社会主義思想は死なず:重慶3043工場労働者の闘い(2004年)

・国有企業の労働者は減少したが、潜在力は依然として強力である

・農民工たちの抵抗

・結び

今回紹介するのは★印の二章。小見出しは適宜、訳者が入れた。(H)

 


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【脱原発100万人アクション 横浜】6.11「さようなら 原発!」エネルギーシフトなう! 

「さようなら 原発!」エネルギーシフトなう! 
  子どもの未来のために一緒に歩こう

★6,11は東日本大震災から三カ月、今なお福島第一原発からは放射能の放出が続いています。福島の子どもたち、世界の子どもたちの命が、脅かされています。私達は人や自然を傷つける原発は要りません。

★6月11日(土)集合13:00(桜木町駅前広場)出発13:30(雨天決行) 

★パレードコース 桜木町駅→尾上町通り→市役所横→東京電力→県庁→山下公園(流れ解散) 早苗ネネさん(ジュン&ネネ)も歌いながら歩きます。

★主催「6,11脱原発100万人アクション神奈川」実行委員会 
連絡先045-353-9998  E-mail:611kanagawa@gmail.com http://611kanagawa.org/
http://twitter.com/611kanagawa

★どなたもお気軽に!バンド大歓迎!仮装・コスプレ・鳴り物・スタイル自由!

【脱原発100万人アクション 新宿夜】6.11脱原発新宿アルタ前アクション

6.11脱原発新宿アルタ前アクション

日時:6月11日18:00~20:00

@新宿区東京・新宿東口・アルタ前

(主催):6.11脱原発100万人アクション・東京
(問合せ)080-5491-3899、090-1548-5929 

宣伝カー数台による新宿駅周辺における街頭アピール。
国会議員・著名人などのリレートークあり、ミュージックあり、
参加者による1人1分間アピールも。
パネル、持参チラシなど大歓迎!!!
あの話題の人も参加!?
全国各地のアクションを巨大モニターで放映予定。

【脱原発100万人アクション 芝公園】くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会 6.11集会&デモ


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 6.11 脱原発100万人アクション・東京
      
http://nonukes.jp

     くり返すな! 原発震災
     つくろう! 脱原発社会
       6.11集会&デモ

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〈呼びかけ〉

6月11日は、福島原発震災から3ヵ月。
今なお放射能の放出は続いています。
私たちは、人や自然を傷つける電気はいりません。
全国各地域の人々とともに、6月11日に脱原発を求める100万人アクションを呼びかけます。

6月11日は、声をあげましょう!
今こそ脱原発へ!!

★6月11日は全国でさまざまなアクションが行われますが、東京でも新宿・代々木公園をはじめとしていくつかの会場で集会等のイベントが行われます。そのひとつとして芝公園(東京タワー下)で集会を行い、その後デモに出発します。夜18時からは新宿アルタ前でリレートークが行われます(詳細については http://nonukes.jp をご覧ください)。

◎日時:6月11日(土)集合13:00 集会13:30 デモ出発14:30
◎場所:東京・芝公園23号地(東京タワー下・地下鉄三田線「御成門駅」5分)
◎発言:主催者あいさつ……原水爆禁止日本国民会議
福島原発の現状……原子力資料情報室
福島原発20mSv問題……福島老朽原発を考える会
女川原発の現状……阿部宗悦さん(女川原発反対同盟)
呼びかけ団体から……日本消費者連盟、ふぇみん婦人民主クラブ、たんぽぽ舎

◎デモコース:芝公園→経産省前→東電本社前→銀座→東京駅前→常盤橋公園(流れ解散)

※雨天決行 参加費無料 どなたでも参加できます。

※プラカードや横断幕、楽器などいろいろ工夫してご参加ください。脱原発のシンボルカラーとして、いま世界的に《黄色》が流行しています。お越しの際には、《黄色》を取り入れたコーディネートをおすすめします!

■呼びかけ団体:原水爆禁止日本国民会議 03-5289-8224/プルトニウムなんていらないよ !東京 03-5225-7213/原子力資料情報室 03-3357-3800/日本消費者連盟 03-5155-4765/ふぇみん婦人民主クラブ 03-3402-3244/たんぽぽ舎03-3238-9035/福島老朽原発を考える会 03-5225-7213

■協賛:WORLD PEACE NOW

報告 5.28成田プロジェクト「空港と原発―巨大科学技術を考える」集い

np 5月28日、成田プロジェクト(いま成田空港で何が起きているのかプロジェクト)は、「空港と原発―巨大科学技術を考える」集いを行い、90人が参加した。

 成田プロジェクトは、成田空港会社による平行滑走路供用による周辺住民への人権・環境破壊の強化をストップしていくために浅井真由美さん(『労働情報』編集長)、大野和興さん(地球的課題の実験村共同代表)、梶川凉子さん(成田バスツアーの会)、鎌田慧さん(ルポライター)、白川真澄さん(『ピープルズ・プラン』編集長)、高木久仁子さん、高橋千代司さん(三里塚一坪共有者)、中里英章さん(成田バスツアーの会)の呼びかけで2009年4月にスタートした。①三里塚農民との交流②成田空港B滑走路による人権・生存権や環境、安全性の問題点③航空機事故、騒音・低周波被害、環境汚染、グローバル社会のなかでの空港などの学習会を行ってきた。

 すでに三里塚の東峰地区では、成田空港会社の30万回発着計画のもとにジェット旅客機が90~100デシベルの大騒音をまき散らしながら頭上40メートルを1分半~2分間隔でB滑走路南端を着陸しているという深刻な人権・環境破壊が拡大していた。また、空港会社は、空港拡張政策を継続し強権的に一坪共有地や団結小屋裁判を通して強奪しようと狙っていた。

 2月時点では「成田空港 騒音問題と一坪共有地を考える」というテーマで集会準備をすすめていたが、3・11東日本大震災による多数の死者と被害の発生とともに福島第一原発事故の甚大な被害が拡大している事態に直面し、急遽、成田空港問題とともに巨大な科学技術が民衆に何をもたらし、今後どうなるのかを探っていく場として再設定した。

成田空港会社のウソと居直りを許さない!

 開催あいさつが中里さんから行われ成田プロジェクトの活動報告を行った。とりわけ服部良一衆院議員(社民党)の協力で政府に東峰地区の騒音公害を中心にした「成田国際空港周辺地区の騒音問題に関する質問主意書」(3月4日)を提出したことを紹介。その答弁が3月15日に出たが、東峰地区を「成田空港の範囲内に存する地域であることから、空港会社は、成田会社法第五条第一項第四号二の規定に基づく事業としての航空機騒音の測定は実施していないと承知している」などと言い放ち、「話合いによる解決を目指す方針に変わりない」とウソを繰り返し、東峰地区住民の人権侵害を強行していることを厳しく批判した。

 伴英幸さん(原子力資料情報室共同代表)は、「福島原発で何が起きたか」というテーマで福島第一原発の使用済み燃料冷却材喪失事故、水素爆発、炉心溶融へのプロセスを明らかにし、①原発震災その時何が起きたか②各地の空間線量の変化③第一原発の今④過酷な被曝労働などについて分析した。

 そのうえで「原発推進派は、事故は一千万分の一の確率だから安全が保たれると言ってきた。だが現実に事故が起きて巨大な被害が発生している。放射能拡散と汚染が長期に続く。セシウムの半減期は30年だ。60年で4分の1。90年で8分の1というようになかなか減らない。福島の事態はその一端を示している」とまとめ、脱原発を訴えた。

 平野靖識さん(地球的課題の実験村)は、成田空港・東峰と平行滑走路問題について東峰地区で「らっきょう工場」を営む立場から報告。

 成田空港問題シンポジウム(1991年)、円卓会議(1993年)を通した隅谷調査団最終氏所見の「今後は計画予定地および騒音化住民との合意を形成しながら進めること」をことごとく破ってきた経緯を紹介。黒野空港会社社長にいたっては「反省とお詫び」(2005年5月)を明らかにしたにもかかわらず平行滑走路供用を強行していったことを批判した。

 さらに住民の平和的イニシアチブの重要性を強調し「三里塚の農民は農の持つ循環の価値に着目して非循環の工業の消費文明にオルタナティヴな発信もしている。地域の合意なくしては進めないとする大規模開発の手法は『成田方式』と言われ、日本の各地で採用されつつある。しかし当の成田・三里塚ではその精神が見失われている。これが成田の地で実現するまでわたちたちの異議申し立ては続く」と発言した。

 鎌田 慧さん(ドキュメンタリー作家)は、「巨大科学技術の時代」について講演し、アメリカの核戦力と商業利用の一環として進めてきた歴史や巨額なカネを投入してきた買収構造、利権システムを批判し、原発をつぶすプランを創っていこうと呼びかけた(発言要旨・別掲)

パネルディスカッション

 集いの後半は、パネルディスカッション。司会は大野和興(農業ジャーナリスト)さん、三里塚現地から柳川秀夫さん(三里塚の農民)、石井紀子さん(三里塚・東峰の農民)が加わり、鎌田慧さん、伴英幸さん、平野靖識さんとともに行われた。

 柳川さんは、「現在、共有地裁判を行っているが『和解』するつもりはないし、闘いは続けていくことを宣言しておく。原発事故被害だが、ほうれん草、お茶などが汚染の被害を受けている。汚染しているお茶を市場に出すことはできない。今後は、自分で作ったお茶が飲めなくなってしまった。だから福島の人々の気持はよくわかる。人生、生活すべて断絶されてしまったとしみじみ思う。経済成長優先でやってきた結果だ。温暖化、原発事故は必至だった。限界がはっきりしているのだから大きな転換をしていかなければならない。自然界と共存していくことだ」と強調した。

 石井さんは、「無農薬・有機栽培を産直を三六年間続けてきた。ワンパックを営んできた。しかし今回の福島原発事故によって、これまで畑に化学物質を使ってこなかったにもかかわらず、一瞬で破壊されてしまった。一時は絶望的になったが、とても怒っている。多古町で汚染されたほうれん草が問題となったが、私たちは少しでも洗って出荷し続けた。避難所にも洗って出荷している。基準値を超えていないが、日々、不安な状態が続いている。天災はしょうがないけど原発事故は人災だ。野菜の力と人々とのつながりを信じてやっていきたい」と結んだ。

 質疑応答に入り反原発・生産者からのアプローチ、放射能拡散と測定活動、被曝問題、原発産業と下請け構造についてなどの意見交換が行われた。

 ディスカッションの最後に鎌田さんは、「福島原発事故で忘れられたのが沖縄・辺野古の米軍新基地問題だ。沖縄の闘いも非暴力抵抗闘争で積み上げられてきた。三里塚闘争も実力闘争を行ってきた。そのような闘いを継承し、膨大な民衆のうねりによって政府に原発廃止をつきつけていくような闘争を実現していこう。9月19日に私も含めて大江健三郎さん、坂本龍一さん、澤地久恵さんなどの呼びかけで明治公園で集会を行う。各地で集会を行い、結びつけ国会を包囲していく闘いをやっていこう」と呼びかけた。(Y)

 
鎌田 慧さん(ドキュメンタリー作家)の講演要旨

 
kamata satoshi 成田空港の決定プロセスは、地元に相談もせずきわめて非民主主義的だった。農民は自民党政府の非条理なやり方に立ち向かった。多くの人々から共感を呼び、今でも空港の中に民家が存在している。人間を無視している空港が実態だ。

 原発は大きく破綻した。それでも政策決定者から「原発を止めよう」という声が出てこない。この構造は何か。決定者たちは、都市に住んでいて原発から離れているということがある。身の危険を感じていないのだ。原発設置場所はほとんどが過疎地、人口が少ないから政府は許可してきた。しかし数十キロ周辺には人口過密地域が存在し、福島原発事故でもわかるように被害地域が拡大してしまっている。杜撰な計算で原発を乱立させてきたのだ。

 原発は非民主主義的な存在だと言ってきた。初めからカネで出発した事業だ。1954年、アメリカの原発政策を中曽根康弘が中心になって電力資本とともに推し進めてきた。余った核燃料を原発に使い世界を支配していこうという政策だ。核の平和利用などとコマーシャルするほどだった。自民党政府は、巨額な核・原発開発予算を積み上げてきた。建設地にカネをばらまいて広げていった。56年に日本原子力産業会議を発足させ、財閥系とともに原発推進態勢を本格化させた。同時に、電力資本の独占体制を作り上げ膨大なカネを投入し、宣伝活動も広範囲に行った。マスコミも買収された。これが日本の核政策、核文化だったのだ。

 福島原発の事故後、御用学者たちが登場してきた。エリートの末路を現している。技術が私物化されてきた実態を露呈した。さらに官僚たちの電力資本への膨大な天下り構造が増殖されてきた実態も明らかになった。巨額なカネで買収され、まったくモラルがない。原発をつぶしていくプランを砕いて木に出していくことが今後の課題だ。

【報告】5.27 「福島の子どもたちを放射能から守ろう! 原発も再処理もいらない!」集会

527 5月27日、日比谷野外音楽堂で「福島の子どもたちを放射能から守ろう! 原発も再処理もいらない!」集会が原発とめよう!東京ネットワーク、再処理とめたい!首都圏市民のつどいの共催で開かれ、1800人が集まった。

 原子力資料情報室の伴英幸さんが、福島原発事故が起き、重大な放射能汚染が起きていることを指摘し、「原発を止めるしかない。止めたい思いを街へ」と主催者あいさつを簡潔に行った。次に、福島みずほさん(社民党党首)が「5月26日、文科相に20ミリシーベルト問題で申し入れをした。今日、文科相は①児童が浴びる年間被曝量を一ミリシーベルト以下にめざす②校庭の表土の入れ替えなどの費用について、国が責任をもつように財政措置をとる、と表明した。これは運動の成果だ。まだ不十分な点があるのでこれからもがんばっていこう」と報告した。

 次に四つの地域の課題・問題について発言が行われた。まず、最初に「福島原発事故と福島の子どもたちの被ばく問題」。青木一政さん(福島老朽原発を考える会)が、「放射能汚染は宮城県南部まで達し、海洋汚染も深刻だし、福島原発で労働者の大量被曝が起きている。事故の終息はきわめて困難だ」と触れ、菅首相がG8サミットでオバマ米大統領に「原発は安定してきている。人体にまったく危険はない」と表明したように、政治指導のあり方がもっとも深刻な問題と指摘した。しかし、そうした中でも反原発運動に若者たちが真剣に立ち上がっていることに希望があると報告した。

 満田夏花さん(国際環境NGO FoE Japan)が「20ミリシーベルト問題に対して、4月19日以来、文科省と交渉を重ね、5月23日には文科省を包囲した。世界中の専門家が撤回するように声明を出した。そして署名短期間に五万五千筆を超えた。こうした運動が文科省の方針を転換させた。しかし、問題は残っている。文科省は20ミリシーベルト基準を撤回したわけではない。そして財政支援も除染に限っていて、避難や疎開にはあてられない。また『100ミリシーベルトまでだったら安全だ』という政府の安全アドバイザーたちが繰り返し言っている。こうしたウソを打ち破らなければならない」と訴えた。

 山口泰子さん(ふぇみん婦人民主クラブ)が「六ヶ所再処理工場について」報告した。

 「1993年に着工し、2004年に試験運転を開始した。再処理工場は使用済みのウラン燃料からプルトニウムとウランを分ける。そうすると廃棄物が出る。それを処分するためにガラス固化体を作る。これがうまくいかずすべての作業を中断している。すでに長崎原発の四〇個分のプルトニウムがたまっている」と現状を報告し、さらに問題点を明らかにした。「2010年10月完成予定だったが、それが2012年に延期となった。これで18回目だ。また、当初予算が7600億円だったのが、2兆200億円かかっている」。山口さんは最後に、「再処理工場ストップの運動は毎日一回、経産省前行動とデモを行ってきたが、2月は10人で行った。福島原発事故後、1200人で渋谷デモを行った。事故が起こらないと運動が盛り上がらないのは残念だが、核燃サイクルの即時中止を求めていきたい」と訴えた。

 山口幸夫さん(柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会)が「四年前に中越沖地震が起き、七基の原子炉で820万キロワットの柏崎刈羽原発が限界震度を数倍上回る揺れによって、事故を起こし止った。地震一カ月後に私たちは閉鎖をめざす声明を出した。地元では原発が作られる当初から強い反対運動があった。福島原発の事故原因が津波か地震の揺れかで議論が分かれているが、私たちは地震によるダメージが大きかったと判断している。原発問題は推進か反対かしかない。福島原発事故後、科学者たちが廃炉の声明を出すような運動ができていないのが残念だ。反対運動の住民たちが入り、また科学者も入って判断する福島方式を作らなければならない」と述べた。

 槌田春美さん(たんぽぽ舎)が「菅首相は浜岡原発を停止させたが、それは防潮堤などの対策が出来る間の二・三年だ。浜岡は直下型地震が起きる真上に立つ原発だ。巨大地震が起きれば地面が一面トール隆起すると言われている。こんな危険な原発すべてを廃炉にすべきだ」と訴えた。

 最後に、6.11脱原発100万人アクションと9.19明治公園全国集会(五万人集会、一千万署名)への取組みが訴えられ、東電前を通る銀座デモが行われた。さらに大きく脱原発運動を推進しよう。(M)

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