虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

【沖縄報告2017.7.8】フォトレポート

沖縄報告2017.7.8の本文はこちらから

2017.7.5キャンプ・シュワブゲート前テント。毎週水木曜日に救護体制をとると述べる民医連のメンバー

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2017.7.6座り込み3周年ゲート前集会。京都の「ブドウの木保育園」の子どもたち
35人が応援

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2017.7.6座り込み3周年ゲート前集会。勝つまで闘い抜く決意でガンバロー。

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7.66回公判に先立つ事前集会(城岳公園)で決意を述べる山城博治沖縄平和運
動センター議長

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2017.7.66回公判に先立つ事前集会(城岳公園)。団結ガンバロー。

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2017.7.7辺野古海上行動。朝からカンカン照りの中、松田ヌ浜を出るカヌーチー
ム。

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2017.7.7辺野古海上行動。取り付け道路をつくるための砕石投入現場で、フロー
トにへばりついて抗議するカヌーチーム

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2017.7.7辺野古海上行動。カンカン照りの暑さも、海の中に浸かると少し和らぐ

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2017.7.7辺野古海上行動。引き潮で完全に干上がった浜。固めた砕石の上で測量
中の作業員。

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2017.7.7辺野古海上行動。キャンプ・シュワブの米軍ビーチでは、ゴムボートを
使用して米兵たちが訓練中。

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2017.7.8ゲート前座り込み集会。北上田毅さんが埋め立て工事の現状と今後につ
いて説明。

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2017.7.8辺野古テント前。アイルランドに移住したウチナーンチュの女性が娘さ
んと共にあいさつ。
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報告:アジア連帯講座 「新しい『Xデー』に立ち向かおう 天皇『生前退位』問題をめぐって」

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報告:アジア連帯講座 「新しい『Xデー』に立ち向かおう 天皇『生前退位』問題をめぐって」

 

 624日、アジア連帯講座は、都内で「新しい『Xデー』に立ち向かおう 天皇『生前退位』問題をめぐって」をテーマに国富建治さん(新時代社)を講師に招き講座を行った。

 69日、参議院本会議で天皇制延命強化に向けた「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」が可決され、成立した。自民、公明、維新、民進、共産、社民党は賛成し、皇室典範改正を主張する自由党は棄権した。実質的に天皇翼賛国会状態だ。また、昨年1120日、吉祥寺の「天皇制いらないデモ」に対して国家権力と天皇主義右翼が一体となって攻撃してきた。与野党の「退位容認」「天皇制維持」を批判し、国家権力と天皇主義右翼が一体となった反天皇制運動破壊をはねかえす闘いを強化していく必要がある。

 すでに安倍首相は、天皇代替わり、東京五輪開催を契機に2020年を改憲達成の年と設定している。天皇賛美挙国一致を煽りながらグローバル派兵国家建設を押し進めようとしている。

 国富さんにこの間の天皇制問題の評価・整理、自粛を強制した「昭和Xデー」と「平成Xデー」の違いを分析し、今後の指針を共有化していく論議を行った。

(Y)

 

■国富建治さん(新時代社)の提起

 

 昨年八月に天皇の生前退位のビデオメッセージが放映されたが、反天皇制運動の仲間たちは一種の「玉音放送」のようだと揶揄していた。だが、この問題は、今までの皇室典範に書かれていないような生前退位という形をとった天皇の代替わりへの踏み込みであった。さらにどのように法律的に実施していくのかをめぐって非常に大きな対立が、とりわけ保守派の陣営、天皇主義者の中で非和解的な形で進んでいった。

 6月に生前退位の特例法法案が成立した。実質上、天皇の意思がそのまま法律に反映される法律が成立した。来年の末には、現在の明仁天皇は退位すると言われている。201812月に退位して、最終的に確定はしていないが、おそらく2019年に新しい元号と代替わりが行われる。これらのプロセスをどのように考えたらいいのか。

 

 1、新しい天皇はXデー

 

 以前の天皇Xデーは、どうだったろうか。19891月に昭和天皇が亡くなった。

実質上、889月に下血問題があって、それ以降、889月から891月までにかけて、日本はお祭りなどが中止になったり、自粛ムードになり、毎日毎日、天皇の病状が報道された。人々は「ご記帳」に行くとか、天皇の病状の回復を願うキャンペーンが展開された。

 今回の新しい天皇Xデーは、昭和Xデーと大きな違いがある。昭和天皇は第二次世界大戦の戦犯であり、侵略戦争の最高責任者だった。そんな裕仁が亡くなったことへの国民的な自粛と追悼が行われることに対して、大きな反発が広がっていった。

 最も典型的なことは、長崎の本島市長が昭和天皇の戦争責任について言及して、右翼にピストルで撃たれた。また、昭和Xデーに抗議し、天皇制に反対する人々に対する監視・弾圧が空前の規模で強行される事態が進んでいった。

 第二次世界大戦を経験した人々にとって、昭和天皇は侵略戦争に大きな責任があり、忘れられない事態であった。いくら戦後日本の平和の象徴となっても、彼は大日本帝国の最高責任者だ。そのことに対する批判は、絶対にぬぐいされないものであった。

 当時、日本共産党は、昭和天皇の戦争責任を原則的に追及するキャンペーンを行っていた。最高指導者だった宮本顕治は、天皇の名の下に行われた治安維持法で12年間獄中に囚われていた。天皇制の弾圧、戦争責任を強く実感している世代は、日本共産党の中では、かなりの層として存在していた。

 ところが平成Xデーには、特殊な状況がある。今の明仁天皇は、終戦の年にはまだ小学生だった。美智子妃との「ご成婚」も含めて、国民的人気が意識的に煽り立てられて、象徴天皇としての役割を果たしてきた。

 天皇自身が自然災害、被災地に積極的に入り、被災者を励ますとかの行動を意識的に行ってきた。昭和天皇と違って、明仁天皇に対する国民的な批判、あるいは反発が、私たちのように天皇制は民主主義に敵対する制度であると、はっきり言う人以外にはあまり見られない。

 天皇が生前退位をビデオでメッセージを810日に流した時、78割ぐらいが「天皇様、ご苦労さまでした。生前退位していただきます」という雰囲気が非常に強かった。はっきり意識的に天皇の生前退位に反対だと言ったのは、最も極右的な天皇主義者だった。それ以外はなかった。

 もちろん反天皇制運動を取り組んできた少数の人々は、天皇自身の意志によって新しい法律が作られ、実現されていくことは、天皇の政治的行為であり、憲法に違反すると批判した。

 日本国憲法の下では、第1条では「天皇は国政に関する権能を有しない」と言っている。「天皇は、日本国ならびに日本国民の統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意にもとづく」と書いてある。天皇は、いかなる意味でも政治的権能は持たない、持ってはならないというのは、少なくとも象徴天皇制の基本的な考え方だ。

 しかし今回の事態を見るならば、明らかに天皇自身の主導による生前退位である。それによって新法が作られることは、これはあからさまな違憲行為であると捉えなければならない。

 このことについて反天皇制運動以外でも、はっきりと指摘したのが原武史さん(政治思想史/放送大学教授)だ。原さんは、決して左翼の人ではない。反天皇制をずーっと言ってきた人でもない。ただ天皇制について研究してきた人だ。『大正天皇』という興味深い著書もある。

 彼は、3月の朝日新聞に載ったインタビューの中で次のように発言している。

 「特例法に向けて与野党が合意し、天皇の退位が現実に起きています。このような流れをどう見ていますか。

 原武史─はっきり言っておかしいです。今の憲法下で国政に関与できないはずです。それなのに天皇が退位の気持ちをにじませて発言をすると、急に政府が動き出し、国会で議論が始めた。お気持ちを通して、結果的にせよ国政を動かし、私が知るかぎり戦後天皇が意志を公に現し、それを受けて法律が作られたり、改正されたりしたことはありません。明治憲法によって大権を持っていた明治天皇、大正天皇、昭和天皇の時でもこんなことはありませんでした。今回のお気持ちの表明と、その後の退位に向けた政治の動きは、極めて異例である」。

 質問者は、「政府も国会も天皇のお気持ちが第一だと受けとめたからではないですか」と言ったが、「だからと言って、これでいいとは思いません。本来、天皇を規定する法が天皇の意志で作られたり、変わったりしたら、法の上に天皇が立つことになってしまう。政府や国会での議論の争点は、特例法か皇室典範改正かが出ていたけれど、どちらになろうと天皇の意志は現実政治に影響を及ぼしたことは変わりはない」と明確に言っている。

 今回の生前退位についての法案、これが明らかに憲法が規定する天皇の役割というものを根本的に逸脱するものであると言っている。いろんな学者の中で、彼が一番明確に言っている。

 

 2、「退位特別法案成立のプロセスの問題点」について

 

 去年から有識者会議が政府の指名によって作られ、専門家の意見聴取のプロセスがあった。これを通して天皇の生前退位を望むという意志が直接に法律の作成へと結びついていった。天皇が生前退位のメッセージを行って、それに国民からの支持が集まる、国民の総意による退位支持の動きが作られていった。つまり、天皇の意図的な政治行為であるという反対論封殺の世論操作が作られていった。有識者会議と専門家の意見聴取の中で、天皇の生前退位の訴えに反対したのは、極右の天皇主義者だった。

 極右の天皇主義者、一種の天皇主義原理主義者にしてみれば、「天皇がある都合で、政治の思惑で天皇が退位するということはあってはいけない。天皇というものは神聖なものであって、政治の道具になってはいけない。天皇が辞めさせられたり、自分で辞めたいと言い出して、天皇が代わったりするのは、天皇の政治的な利用というものに他ならない。そういうものはあつてはならない」ということだ。それをハッキリ言ったのは、極右の天皇主義者だけであった。

 共産党も、いわば最終的には、この生前退位の流れに乗ることになってしまった。共産党は、ここ数年の間、象徴天皇制に対する態度は、非常にはっきりした形で態度を変えてきた。通常国会の開院式の日には、天皇の「お言葉」が行われるが、それは憲法違反であるということで本会議を退席し続けてきた。去年の1月からその開院式での天皇発言は政治的ではなかったとして、天皇が話す「お言葉」の時に欠席しなくてもいいと態度を変えた。

 今年の4月からは、赤旗は日付に元号を並記するようになった。今まで西暦しか使っていなかったのが、今年の4月から元号を並記するようになった。

 さらに共産党はね生前退位特例法が成立する前に修正案を出した。「国民は皆賛同している」「国民の意志を尊重する」「天皇の意志も尊重する」というのが生前退位特例法法案だったが、「国民が皆支持している」からといって法案に書き込むのはおかしいと、削除要求の修正案を出した。結局は共産党修正案は否決された。だが否決されたにもかかわらず、原案を支持し、賛成にまわった。

 採決に欠席したのは、自由党だけだった。自由党は、原則的に皇室典範を改正すべきだという態度だった。自由党欠席のもとで特例法は全会一致で可決されてしまった。

 特例法の法文の違憲性は、天皇の生前退位の強い意志が示され、それによって国民の圧倒的多数が支持していると書かれていることだ。普通、法律にこんなことを書くわけがない。天皇の意志が法文に明記されるという異様な形となっている。

 第1条は、字数が400字ぐらいあり、マルがない。全部、テンで繋がっており、一つの文章になっている。ものすごい文体になっている。これは一種、教育勅語と似ているところがある。教育勅語は、テンもマルもない。行替えも終わりのほうに一箇所あるだけだ。それと似ている。法律の文は、わかりやすくするために切ったりしているが、まったくマルがない。とにかく一気に繋がっている。そこに国民が天皇のメッセージを支持しているということが書かれている。

 特例法は、天皇の意思をつけたうえで公的行為を積極的に位置づけている。憲法の中で書かれているのは、天皇は私的行為以外は、国事行為だけだ。国事行為は、外国との条約を承認、日本に来た大使の信任状を発行するとか、いくつかの項目に限られている。天皇は、憲法上は国事行為以外のことをやってはいけない。それ以外は、すべて私的行為だ。

 しかしながら超憲法的な形で公的行為がこの間、いろんな形ではさまるようになった。国体に出席するとか、被災地を訪れて被災者を慰めるとか、海作り大会に出るとか、こういうことが公的行為という位置づけで、超法規的に天皇の行為となっている。憲法上は公的行為と私的行為しかないけれど、その間に公的行為を挟んで、それを象徴という地位に基づく行為だと、天皇自ら、生前退位メッセージの時にも言った。これは法律的根拠はまったくないものだった。

 特例法の第一条には、実質上、天皇の公的行為が、これが正式な天皇としての行為だという格好で、これを合法化してしまった。公的行為はまったく法的根拠がなく、それに対して国費が出されている。これは違憲である。さらにマスメディアを中心に「国民の総意」だという世論操作も行われた。

 

 3、「天皇は祈っているだけでいい」という神権的天皇論

 

 反対論としてあったのは、「天皇は祈っているだけでいい」という神権的天皇論があった。天皇は、これを意識的にメッセージで拒否している。天皇は、象徴である以上、象徴としての行為をやらなければいけないんだと、天皇は自分の意見として生前退位メッセージを行った。

 日本国憲法に天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であると言っている。そのことを逆手にとる格好で、象徴であるためには象徴としての行為をやらなければ象徴にはならないんだと主張した。放っておいても、天皇は国民統合の象徴になるわけではない。自分は被災地に赴いたり、海づくり大会や国民体育大会に出たりして、象徴としての行為を積み重ねてきたから象徴になっているんだと。したがって象徴としての行為ができなくなった以上、自分は退位しなければならない。こういうような言い方で明仁は退位したいと言った。

 これまでの公的行為、象徴としての行為についていろんなところで言われたが、その法律的根拠はまったくなかった。しかし今回の特例法は、明らかに8月メッセージの象徴としての公的行為論だ。これを法文化してしまった。そういう意味で深刻な問題だ。

 安倍内閣は、明確に極右天皇主義を切り捨て、天皇の代替わりを認めていった。特例法によって憲法の第一条に明文化されていないが、天皇の公的行為の容認による天皇政治の部分的復権が始まった。つまり、天皇の意思にもとずいて天皇の政治的役割を規定するそういうプロセスが始まった。これは立憲主義との関係で、明らかに歴史に逆行する行為だ。

 立憲主義は、どのように成立してきたのか。ヨーロッパは、王政との闘いにおいて勝ち取られてきた概念である。王の権力、独裁と闘うなかで、王権を制限する闘いの産物だったという教訓である。

 イギリスにおいても、13世紀にできたマグナカルタがあるが、それは王の恣意的な命令、課税に対して貴族達、領主たちが、逆らって王の権限を制限したものだ。王は一方的に税金を決めたり、上げたり、そういうことをしてはいけないとなった。封建的な領主たちと王との争いの中で、王の権力を制限することで立憲主義が作り出されてきた。絶対主義的な王政、皇帝の政治、それに対して貴族たちが制限していく闘いだった。

 だが今回の生前退位特例法では、天皇の意志、王の意思によって法律が作られていった。まったくの逆転現象である。このことについて立憲主義を主張する学者の中から大きな反対の声が聞こえない。このことは深刻な問題だ。

 これからの反改憲運動との関係から言っても、現在、9条改憲問題に絞りこまれているが、立憲主義の立場から九条改悪に反対することは重要だ。しかし立憲主義の立場に立っている人たちが、事実上、天皇の意志によって憲法第一条が、実質的には変えられようとしていることを認めてしまっている。

 

 4、皇室典範と憲法

 

 大日本帝国憲法において「皇室典範」は、憲法と並ぶ最高法規であるという位置づけで天皇、皇族を規定した。現憲法で同じ名前だが、皇室典範がある。昭和天皇裕仁は戦後最後まで、皇室典範の改正と改正の発議を議会に与えることに反対だったと言われる。皇室典範とは、天皇家の家内法、一族に適用される法律であって、その法律を議会が手をつけたりすることに昭和天皇は反対だった。今回は明仁天皇が発議して、皇室典範を事実上変えてしまった。

 今後、代替わりの中でどういう闘い方をしていくかが、われわれにとって問われている。昭和Xデーの場合は、戦犯天皇の戦争犯罪を許すな、免罪するな、そういう共通の問題意識があった。同時に強烈な弾圧があり、それを突破していく共通の意思もあった。

 今回の場合は、かならずしも同じではない。代替わりについて世論調査では、八~九割近い人たちが支持している。しかも平成天皇は、国民の苦しみに寄り添って、色々と慰めてくれる、ありがたい存在だという雰囲気がある。このことに対して生前退位反対運動は、このことを意識し、人々にどう伝えていくか。色々と論議をしていかなければならない。

 しかもこのプロセスは、改憲のプロセスと重なる。安倍首相は、53日の日本会議系の集会へのメッセージで2020年に新しい憲法を施行すると言った。2020年は東京オリンピックの年だ。新しい憲法の下でオリンピックを迎えようという設定だ。実際上は、自民党は今年中に憲法草案を確定したいと言っている。2018年には、憲法改正を発議するというスケジュールだ。その際、憲法改正の国民投票と総選挙を同時にやったらどうかまで言い出した。

 現在の衆議院議員の任期は、前回総選挙は201412月だから201812月までだ。

衆議院、参議院では改憲派は、三分の二以上の議席を持っている。総選挙で改憲派が三分の二を確保できるかわからないから発議と同時にやってしまえというプランも出ている。改憲の問題、天皇の代替わり問題がセットとなる可能性がないわけでもない。新しい天皇、新しい憲法、新しい元号へと誘導していくねらいだ。

代替わりの政治利用だという批判もあって、スムーズに動くかわからない。安倍内閣にとっては、かなり冒険だが、その可能性がないわけではない。

 このプロセスにおいてわれわれは、どのように反天皇制運動を作り出していくのか、決定的に問われている。

報告:7.2三里塚・東峰現地行動

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報告:7.2三里塚・東峰現地行動

 

 72日、三里塚空港に反対する連絡会は、旧東峰共同出荷場跡で「三里塚・東峰現地行動」を行い、45人が参加した。

 国交省─成田国際空港会社は、アジア国際空港競争からの劣勢状況をばん回するために千葉県、空港周辺市町による四者協議会(20169月)で過密運航による安全軽視・空港公害の拡大を前提とした①第三滑走路建設計画案(空港南東の芝山町に建設する)②B滑走路拡張(北側に1000 メートル延伸し、3500メートルに延長)③成田空港の深夜 ・ 早朝の飛行制限時間について、現在の午後11時~午前 6時から、午前15時に、三時間短縮する案を提示した。すでに空港用地内・周辺の住民から多くの反対・疑問の声が出ているにもかかわらず無視し、協議会は「了承」してしまった。成田国際空港会社の夏目誠社長は「期限は区切らず丁寧に説明する。住民と双方向の対話をして理解を得たい」などと述べ、アリバイ的な住民説明会を各地で開催していくことになった。

 各地の説明会では夜間飛行制限時間緩和に対して「4時間しか眠れない」「安静な夜を奪うな」「人権破壊だ」などの猛烈な抗議が出た。空港会社は、17612日の四者協議会で住民の抗議を回避するために見直し案(①2020年までにA滑走路の発着時間を午前六時~翌午前零時に変更②第三滑走路供用開始後、午前5時~午前0時半)を提示してきた。

 最終的には現行より2時間半延長となり、あくまでも飛行発着回数の増加を前提とした夜間飛行時間制限緩和攻撃の性格は変わらない。推進派は、空港会社と一体となってカネ儲けとバラマキの地域振興策の充実と称して対策金の増額をねらった住民分断を強めている。空港周辺の住民は、空港会社をはじめ四者協議会の談合に対する不信と怒りを強めている。加瀬勉さん(多古町/反対同盟大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)は、多古町牛尾地区説明会でなんら反省しない国、空港会社に対して厳しく弾劾した。

 空港会社の利益優先のための強引な手法は、531日未明の千葉地方裁判所八日市場支部による三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)の横堀現闘本部(第二ターミナル東側の誘導路内)を撤去する強制執行へと結びついている。横堀現闘本部撤去糾弾!用地内で闘い続ける農民と連帯し、新たな第三滑走路建設、飛行時間の拡大に反対していこう。

 

 連絡会は、午前中、横堀鉄塔の中段に設置されている「抗議する農民」(沖縄の彫刻家・金城実さんの作品)を降ろす作業を行った。今後、像を補修していく予定だ。さらに横堀研修センターの清掃・整備作業などを行った。

 集会は、山崎宏さん(労活評現闘/横堀地区)の現地報告から始まった。

 「二〇二〇年東京五輪・パラリンピックに向けて輸送量を増大することを口実にして夜間飛行制限時間緩和を進めようとしている。夜中の1時から5時を提案してきた。これに対して騒音地帯にかかる住民から多くの反発があり、今度は四者協議会で2020年に向けて一時間短縮すると再提案してきた。しかし一方的であり、先々裏切られるだろうと不信感で一杯だ。こうした事態に入っていながら空港推進派は、地域振興策の増額要求などで取り引きして押し進めようとしている。住民を無視した飛行制限時間緩和に断固抗議していく」。

 「『成田第3滑走路実現を目指す有志の会』は、第三滑走路計画にもアジアとの国際空港競争に勝ち抜くために必要だと押し進めようとしている。空港建設拡大は、単に経済的な面以外に安倍政権が推進している戦争政策と一体でもある。空港そのものが軍事インフラであり、一つでも多くの滑走路を建設し、いつでも軍事利用へと転化していくことをねらっている。厳しく監視し、空港の軍事利用に反対していこう」と訴えた。

 

 石井紀子さん(成田市川上・農業)は、「空港会社は、朝の五時から夜中の一時までの夜間飛行制限時間緩和を言い出してきたが、川上の住民はとんでもないと怒っている。空港反対運動に参加してこなかった人々も抗議し、説明会はぐちゃぐちゃになった。地域で納得、了承してくださいと言っても、そんなことはできない。本気で実現しようとしているのか。自分で自分の首を絞めているのと同じだ。もうひと踏ん張りしていこう」とアピールした。

 さらに「地区で沖縄の闘いを撮った『標的の島 風(かじ)かたか』上映会があった。東峰地区の島村努君が来てくれて、終ってから『この空港の機能強化についてなんかやらないといけないですよね』と熱っぽく語っていたのが印象的でした。次の世代か育ってくれたのかなと思った。地域で少しずつ長いものにまかれない流れを作っていきたい。胸を張って生きられるように頑張っていきたい」と強調した。

 

 平野靖識さん(三里塚らっきょう工場)は、①夜間飛行制限時間緩和反対の東峰地区の取り組み、四者協議会の説明会のやりとりを紹介。

 「成田空港は内陸空港だから地域に甚大な被害を及ぼす。円卓会議で『抑制的な運用につとめる』と合意し、7時間の飛行禁止を行うことになった。こんな約束も投げ捨てようとしている。夜間飛行制限時間緩和修正案を厳しく批判していきたい。天神峰地区の市東孝雄さん(北原派)の畑を取り上げる不当な判決が昨年、最高裁で出たが、現在、土地取り上げの執行をさせないための裁判が千葉地裁で行われている。円卓会議で『用地問題の解決にあたっては、あらゆる理由で強制的手段をとってはならない。あくまで話し合いで解決することだ』と合意している。この合意が強制的な土地取り上げを止めている。ともに三里塚を闘った沖縄の宮城せつこさんが亡くなり、遺族の意向により三里塚の地に散骨した」と報告した。

 

 大森武徳さん(らっきょう工場)は、531日未明の千葉地方裁判所八日市場支部による現闘本部破壊に対する抗議行動を報告。

 横堀団結小屋維持会は、午前中の「抗議する農民」を降ろす作業、横堀研修センターの清掃・整備作業を報告し、拠点を防衛していく闘いの重要性を強調した。また、映画『三里塚のイカロス』(代島治彦監督作品)が完成し、試写会の感想や9月から上映会が始まることを紹介した。

 渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会)は、49関西空港反対集会、325反空港全国連絡会の全国交流会(静岡)を報告した。

 最後に「飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第三滑走路」計画を撤回せよ! 裁判所の強制執行─現闘本部破壊を許さない!」のシュプレヒコールを行い、開拓道路に向けてデモに移った。(Y)

陳独秀:日本軍の空爆に感謝する~第三次中国革命の契機としての7・7盧溝橋事件

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193777日、日本帝国主義は北京郊外の盧溝橋事件を契機として、中国にたいする全面侵略にのりだした。日本では政治家トップからしての歴史修正主義の跋扈が目に余るが、人民のあいだでは侵略の歴史を反省するさまざまな活動も持続していることに希望がある。本日(77日)の東京新聞の社説でも「盧溝橋事件80年歴史に『愚』を学ぶとき」と題して日本の侵略の歴史を振り返っている。

 

日本による沖縄、台湾、朝鮮、中国をはじめとするアジア太平洋諸国の人民にたいする侵略の歴史を忘れてはならない。あわせて日本の労働者貧農人民にたいする過酷な搾取と弾圧も忘れてはならない。

 

だがもうひとつ忘れてはならないことは、盧溝橋事件を契機とする日中全面戦争の突入は、1911年から始まり、17年のロシア革命を経て、19年の日本の対中21か条の帝国主義的要求にたいする反帝青年運動としての五四運動から本格的に始まった中国革命が、27年の蒋介石国民党の上海クーデターで挫折させられながらも、第三次中国革命として復活したという事実である。

 

盧溝橋事件の前年の3612月には、あいまいな抗日態度に終始していた蒋介石を監禁して挙国一致の抗日を迫った西安事件をはじめ中国全土における抗日機運は高まっており、中国国内の主要な抗日勢力としての国民党と共産党の合作の下地はできていた。193777日の盧溝橋事件は、世界革命あるいは永続革命の一環としての中国革命の再出発であり、第三次中国革命は、45年の日本敗戦から国共内戦を経て、4910月の中華人民共和国の建国をもって一つの区切りを迎えた。だがそれはまた中国およびアジア各国の労働者農民らにとってのあらたなスタートとなった。

 

われわれは第三次中国革命の契機としても、この日中全面戦争の勃発を記憶するだろう。

 

* * * * *

 

中国共産党の紅軍を率いて第三次中国革命に勝利した毛沢東は、戦後の1964年にいまだ国交が樹立されていなかった日本から訪れた社会党の訪中団を迎えた際、訪中団代表の佐々木更三氏が「過去において、日本軍国主義が中国を侵略し、みなさんに多大の損害をもたらしました。われわれはみな、非常に申し訳なく思っております。」という発言を受けて、毛沢東は次のように答えている。

 

「何も申し訳なく思うことはありません。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、われわれが権力を奪取することは不可能だったのです。」

 

今日、日本の歴史修正主義者はたちはこれを以て、中国は日本の侵略に感謝したという噴飯モノの主張はしないまでも、毛沢東・共産党一流の権謀術数としてこの発言を紹介している。

 

だが毛沢東のこのような認識は、「日本の人民も、わが国の人民と同じく、日本の軍国主義者の犠牲者である。」という周恩来首相の言葉と表裏一体の認識であり、国境なき労働者農民の権力をめざした共産主義者の共通の認識なのである。もちろん中国共産党の世界革命の展望は、スターリニズムの影響を色濃く反映した人民戦線や民族主義的色彩に心底蝕まれてはいたのだが。

 

* * * * *

 

盧溝橋事件の3週間後後、太平洋を隔てたメキシコ・コヨアカンにいたトロツキーは、次のような展望を語り、抗日戦争の意義を述べていた。

 

「過去の経験によれば、蒋介石総統の社会計画に幻想を持つことは許されない。しかし、もし世界に正義の戦争というものがあるとするならば、それは抑圧に対する中国人民の戦争である。中国のすべての労働者組織、すべての進歩的勢力は、自らの綱領や政治的独立性を放棄することなく、解放戦争における自らの任務を完遂し、しかもこれを蒋介石の政府に対する態度いかんにかかわりなくやってのけるであろう。……世界の進歩的世論はすべて中国に味方している。日本軍国主義の敗北は不可避であり、それほど遠い将来のことではない。」―――「中国と日本」、1937730

 

同じころ、蒋介石・国民党の首都・南京は日本軍による空爆を受けていた。南京第一監獄には元初代中国共産党総書記であり、その後トロツキー派に転じた陳独秀ら多くの中国トロツキー派指導者が収監されていたが、8月以降つぎつぎに刑期繰り上げや保釈などで釈放された。

 

陳独秀は南京第一監獄の中からも、抗日戦争をはじめ各種の政治論文を発表していたが、1936926日に書かれた「われわれの時局における任務」でこう述べている。

 

「日本帝国主義が最も露骨に中国民衆の生存を脅かしていることは言をまたないし、抗日戦争が民族解放戦争であることも言をまたない。…労農勤労大衆は、民主主義と民族主義の闘争の主力軍である。したがって、階級闘争と民族解放闘争は分かつことができない。この主力軍が蜂起して国内外の抑圧勢力に反抗するため闘争してこそ、全国の兵士大衆から下士官にまで栄光を与えて潮の如く[闘争に]加入させ、中国民族の抗日救国の光芒を全世界に輝かせ、全世界の革命的な民衆(日本も含まれる)の支持を得て、英日帝国主義を退けることができる。スターリン派のやり方のように、労農大衆および急進的な青年にブルジョワジー・地主・軍閥・買弁・官吏との一致団結を呼びかけるなら、それは和平・鎮静・譲歩・投降での団結にすぎないのであって、抗日救国に一致団結することではない。」―――『陳独秀文集』第三巻(平凡社、江田憲治、長堀祐造 編訳)より

 

刑期を繰り上げて1937821日に南京第一監獄から釈放された陳独秀は、抗日の戦都であった武漢に移り、スターリニストによる「陳独秀・トロツキー派は日本の漢奸」というデマ中傷キャンペーンに抗いながら、労働者・農民による抗日戦争の全面的参加を全身全霊で訴え、抗日戦争にむけた新たな活動を模索する。

 

この4月で『陳独秀文集』全三巻の刊行が完結した。この東アジア近代思想史の巨人の軌跡にもぜひ挑戦してほしい。

 

以下は、毛沢東よりも20年以上も前に日本軍の侵略に「感謝」した陳独秀の訴えである。『陳独秀文集』には収録されていないので、ここに訳出して紹介する。 (H)

 


敵の飛行機と大砲に感謝する

陳独秀 
1937
1111

 

酔生夢死にして昏々沈々にあったわれわれ中国人に対して、悶々として死を欲させる中国社会に対して、日本帝国主義の飛行機と大砲は、もとより我々を壊滅させる可能性はあるが、もしわれわれがそれを善く利用することができれば、まさに時機にかなった無限の大警鐘であり、一本の強心針と最も激烈な興奮剤となる。

 

とりわけ中国全土の大都市に遍く行われた敵人の空爆は、誰が勇敢で誰が臆病か、誰が正直で誰が悪賢いのか、誰が良心を備えており誰が冷血動物なのか、誰に才能があり誰が間抜けなのかを、一つ一つ衆人の面前に明らかにすることを余儀なくさせ、おべっか使いや大ぼら吹きでごまかすことができなくなっている。人々は漢奸になる準備をするのでなければ、あるいは将来の亡国の奴隷になることを静かに待つのでなければ、最も自由気ままな男女たちでさえも、早晩においてパジャマとスリッパを脱ぎ棄てて、国を守るために武器を手に取り自衛するであろう。

 

われわれは敵人の空爆をたんなる災厄とみなすのではなく、われわれの起死回生の霊薬とみなさねばならず、それが中国のすべての都市、すべての郷村を爆撃し、すべての中国人を悠々自適の状態から激情へと転換させることを願わん。

 

激情!激情!さらに百の激情を!激情よ、永遠に。悠々自適よ、さようなら。われわれは悠々自適による損失をあまりに被りすぎたし、その状態はあまりに長かったが、われわれの祖先より受け継いできた古い病の治療を可能とする敵人の飛行機と大砲に感謝する。

 

19371111日『宇宙風』(十日刊)第五十一期  署名:陳独秀

 

【沖縄報告2017.7.1】フォトレポート

沖縄報告2017.7.1の本文はこちらから

①2017.6.25 高江座り込み10周年報告会。ヘリパッドいらない住民の会の安次嶺現達さんが開会あいさつ「7月からの闘いに結集を」
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②2017.6.28 水曜日のキャンプ・シュワブゲート前座り込み。都高教退職者会の14人が「辺野古に新基地つくらせない」とアピール
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③2017.6.28 キャンプ・シュワブ第1ゲート前で、「埋め立て工事やめろ」「海兵隊出ていけ」とデモ
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④2017.6.29 K1護岸予定地近くの仮設道路のための砕石投入現場で、カヌーチームが抗議行動
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⑤2017.6.29 干潮になり姿を見せた岩礁に留まるチュウサギ。埋立て工事で住処が壊されることに異議を申し立てているかのようだ
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⑥2017.6.29 海保のゴムボートに拘束されたカヌーメンバー。拘束されても抗議を止めない。
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⑦2017.6.29 キャンプ・シュワブのフェンスに張り付けられた横断幕。はがされてもまた新しい横断幕で埋め尽くされる
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⑧2017.6.29 干潮になると水深は膝くらいまで。カヌーから降りて砕石投入に抗議29_08

⑨2017.6.29 朝に比べると午後には大分投入された砕石の量が増えた。海岸への傾斜をショベルカーで固めている
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⑩2017.7.1 ゲート前のテントに設置された看板が新しくなった。座り込み1091日目。
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⑪2017.7.1 千葉県の「辺野古へカヌーをおくる会」のメンバーが、7.25へ向けてパドルと救命胴衣を準備すると報告
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⑫2017.7.1 午前の集会の締めに、全員でキャンプ・シュワブの海兵隊基地に向かって抗議のこぶし
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【連続講座】永続革命としてのロシア革命 ── マルクス・エンゲルスからトロツキー・グラムシへ

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【連続講座】
永続革命としてのロシア革命
 
マルクス・エンゲルスからトロツキー
・グラムシへ

 

◎講師 森田成也さん

 

今年は1917年のロシア革命100周年に当たります。言うまでもなく、1917年ロシア革命は、歴史上初めて成功したプロレタリア社会主義革命であるというだけでなく、この革命の10年以上前からその発展力学が主要な参加者によって予見されていた世界で最初の革命でもあります。

 

マルクス主義はその際、最も重要な理論的ツールとなりました。「永続革命」として成功したロシア革命の発展力学を理解するために、マルクスとエンゲルスのロシア革命論から始まって、プレハーノフとレーニンを経て、トロツキーとグラムシに至るまでのマルクス主義革命論の歴史を4回にわたって改めてきっちりと振り返ります。それによって、ロシア革命の歴史的意義とその限界とを理解し、21世紀における反資本主義革命を展望するための理論的基礎を学びます。ぜひご参加ください。

 

◎日程

 721日(金)18:3021:00 文京区民センター3B

 818日(金)18:3021:00 文京区民センター3D

 922日(金)18:30~21:00 文京区民センター3D

1013日(金) 18:30~21:00 文京区民センター3D

 

◎資料代
各回
1000
 


◎講師紹介

森田成也:大学非常勤講師。
著書に『資本と剰余価値の理論』(作品社)『ラデ

ィカルに学ぶ「資本論」』(柘植書房新社)など多数。翻訳に、ハーヴェイ『新

自由主義』『<資本論>入門』(作品社)、マルクス『賃労働と資本/賃金・価格

・利潤』『資本論第一部草稿――直接的生産過程の諸結果』(光文社古典新訳文

庫)、トロツキー『永続革命論』『ロシア革命とは何か』(近刊、光文社古典新

訳文庫)など多数。

 

◎共催
トロツキー研究所
 

 東京都福生市熊川510 ヴィラ4 105号 
アジア連帯講座
 

 東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付 

 TEL03-3372-9401FAX03-3372-9402

香港:回帰を慶び、専制に反対し、民主化を勝ち取る6・30宣言(1997年)

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▲1997年6月30日から7月1日にかけての香港返還闘争にたちあがる先駆社の仲間たち

【解説】7月1日、香港はイギリスから中国に返還されて20年を迎える。一向に進展しない民主化、そしてますます強まる中国政府の影響力。中国国内での民主化の厳しい停滞のなかで、香港一都市のみの民主化の進展はありえないだろう。「50年不変」「一国二制度」など中国政府の約束の欺まんについては『香港雨傘運動』などを参照して欲しい。以下は20年前の香港返還直前に香港のマルクス主義グループ、先駆社が発した宣言である。香港議会と行政長官選挙における全面的普通選挙の実施は2014年秋の雨傘運動にも通底するが、植民地時代の限定的権限しか持たない香港議会の変革なしに一人一票の普通選挙を実現したとしても限界があることから、全権普通選挙にもとづいた香港人民代表大会の招集を訴えている。これは雨傘運動のメインストリームでは主張されてこなかった。また雨傘運動につづいて登場した民主自決派の主張を先取りする自決権を以下の生命で主張していることなどに注目して欲しい。(早野)


【1997年】回帰を慶び、専制に反対し、民主化を勝ち取る6・30宣言

先驅社


植民地に陥ること150余年、香港はついに中国に回帰することになった。中国ははやくに香港割譲時の専制王朝支配を終え、40数年まえに人民民主主義を標榜する共和国となった。理に照らせば、香港が人民中国に回帰する日は、香港人が[植民地支配から抜けだして]社会の主人公となる日である。だが実際には、中国政府のお手盛りで制定された特区基本法は、官僚と大資本家の永久的支配を香港人が受け入れるよう強制している。イギリス植民地政府がその末期に迫られて実施したいくつかの政治的改良政策さえも、中国の支配者はそれを元に戻そうとしている。

民選の三級議会は一律に解散させられ、欽定の臨時立法会(これは基本法にさえ法的根拠を見出すことができない)がそれに取って代わった。近年享受してきた結社の自由とデモの自由も廃止されようとしており、新たに審査権[許可制]を制定しようとしている。報道の自由と言論の自由について、中国官僚はこれまでも何度も制限を加えると宣言してきた。これら一切の兆候は、香港人の自由と民主的権利が中国への回帰ののちに、さらなる脅威にさらされるということである。自由と民主的権利はいったん喪失すると、経済上の困難を打破することも難しくなる。

それゆえ、われわれは祖国への回帰という大いなる日々のなかで、市民大衆がたんに回帰を慶ぶだけでは不足だと考える。われわれは団結して、専制と悪法に反対し、自由を防衛し、民主化と社会的福祉をかちとる決心を示すべきである。

専制と悪法に反対し、人民の自由を侵害し、社会的不平等を温存させる一切の法律は廃止せよ。

民衆の生活レベルを保障せよ。最低賃金法を制定しなければならない。基本給はすくなくとも毎年のインフレ指数にそって上昇させなければならない。

大資本による住宅の独占を打破し、民衆の利益に奉仕する住宅や土地政策を実施せよ。

人民の就業権を保障せよ。この目的を達成するために、政府は公共事業と効果的な職業訓練を実施すべきである。賃金を維持したまま週の労働時間を40時間に短縮する法律を制定しなければならない。

香港人代表大会を招集し、真に民主自治の香港基本法を再制定せよ。香港の政治制度、社会経済制度および種々の重大問題については香港人代表大会によって決定されなければならない。

一人一票の平等の普通選挙制度を実現せよ。自由な立候補と自由な選挙。職能別選挙区の廃止。委任議員の廃止。行政長官を普通選挙で選出し、中央政府の任命は不要とせよ。

香港人と大陸住民は団結し、国家主権の人民にとりもどし、一党独裁の廃止のために闘おう。人民は、各種の大衆団体と政党を結成する十分な政治的自由を必要としている。

人民には為政者を打倒を主張する権利がある。為政者は人民の公僕とならなければならない。為政者打倒の主張を禁ずるということは、為政者が専制の帝王となることと同じであり、共和制の理念は裏切られるだろう。

民主的権利には、民族自決権と地域的な住民自決権が含まれる。この種の自決権を否定し、ある民族あるいは一つの地区の住民が一つの国家への帰属を強制されるのであれば、それは実際にはかれらに対する征服であり、かれらに対する抑圧である。強制的な統一は衝突を生み出し、最終的には分裂にまでいたる可能性がある。ただ自発的で平等な連合こそが良い結果を生むのである。

民衆組織(政治団体を含む)は、支援金の受取りを含む外国の民衆組織と連絡を確立する権利を有する。政府、政権党、資本家はみな外国と連絡をとり、外資を受け入れる権利があるのだから、民衆組織が同様の権利を享受することを禁止する理由はないはずである。外国との連絡の確立は外国勢力の支配を受けることと同義ではないし、さらには売国などですらない。民衆組織の対外連絡を禁止することは官僚独裁を助長するだけであり、中国と外国の支配者が結託して人民を抑圧することを利するだけである。

香港と中国全土の経済政策は民衆生活の保障と改善を第一原則とすべきである。社会経済の最高管理権は人民大衆に映すべきである。すべての国有企業において民主的管理を実施し、民営化に反対する。

文化事業は国家の支援を受けつつも自由に発展させるべきであり、官僚が文化活動の中身に干渉することに反対する。

人民こそが主人公にならなければならない!民衆の福祉は最後まで徹底してたたかう民衆自身によってのみ実現し防衛するができる!

1997年6月30日
(5月1日起草)

【沖縄報告2017.6.24】フォトレポート

沖縄報告2017.6.24の本文はこちらから

辺野古・大浦湾埋め立てに反対するシンポジウム「大浦湾は誰のもの?」。
講師の熊本一規教授と西銘仁正さん

18

今年「平和の礎」に名前が刻まれた韓国の15人の碑の前で、ささやかな追悼会
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ゲート前座り込みに参加した大阪府堺市の人々。「辺野古の諦めない闘いに力を得た」
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ゲート前座り込み。機動隊の「ゴボー抜き」に備えて、ガッチリとスクラムを組む。
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ダンプの荷台に積まれているのは、護岸工事用の捨石。石というより大きな岩だ。
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ガマフヤー主催のDNA鑑定を求める集会に参加した韓国太平洋戦争被害者補償推進協議会のイ・ヒジャ共同代表
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国際反戦沖縄集会。国際女性ネットワーク会議に参加の韓国の人々が横断幕を掲げる。「海を越えた友情と連帯―私たちは共に立ち上がる、声をあげる、軍事主義に抵抗する」
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瀬嵩の浜一面を紫色に染めて咲くグンバイヒルガオ
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海上パレード。カヌー22艇、抗議船4隻が瀬嵩の浜に向かって「ジュゴンを救え」とアピール
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ゲート前座り込み集会。「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議」の海外代表が高里鈴代さん、糸数慶子さんと共に参加し連帯を訴え。
24。

ゲート前行動が長引き、テントの中で遅い昼食をとる参加者
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沖縄の美ら海と平和を守る座り込みを強制排除する機動隊員は何を考えているのか。
24


報告:共謀罪法廃止!安倍政権退陣!6・19総がかり行動

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報告:共謀罪法の横暴な強行成立、安倍政権の暴挙を許さない!『共謀罪法廃止!安倍政権退陣!6・19総がかり行動』

 

 619日、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会は、国会議事堂正門前で「共謀罪法の横暴な強行成立、安倍政権の暴挙を許さない!『共謀罪法廃止!安倍政権退陣!6・19総がかり行動』」を行い、3500人が参加した。

 

 安倍晋三首相は、15日午前の与党による参議院での共謀罪強行採決後の記者会見で参院の「中間報告」による審議打ち切りについて触れず、「効果的に運用・施行していきたい」と述べ七月一一日に共謀罪法施行を強行することを表明した。金田法務大臣は、「法律の運用の段階に入ったならば、しっかりと制度の内容について皆さんの理解を求め、周知していく努力がこれからは大事だ」と述べた。

 

 人権破壊の共謀罪法の欠陥、矛盾を施行・運用強行による既成事実の積み上げによって定着させていこうとするねらいだ。つまり、警察権力・公安政治警察が日本国家防衛のための暴力装置として民衆に対する監視活動の拡大、弾圧しながら萎縮を迫っていくことにある。

 

 さらに安倍は、19日、通常国会閉会にあたっての記者会見で、冒頭から「建設的議論という言葉からは大きくかけ離れた批判の応酬に終始してしまった」などと野党を挑発し、共謀罪強行採決、森友・加計学園疑惑封じ込めについて居直り続けた。また、「冷静に一つ一つ丁寧に説明する努力を積み重ねていかなければならない」と言いながら野党の閉会中審査要求を無視し、ひたすら逃げ切る姿勢だ。

 

 メディア各社の世論調査は、安倍政権の支持率がさがり、共謀罪強行採決、森友・加計学園疑惑封じ込めへの批判が高くなっている。安倍政権・与党に対する追撃を押しすすめ、新たな闘いに向けたスクラムを打ち固めていく国会行動が取り組まれた。

 

 主催者あいさつが福山真劫さんから行われ、「世論調査で安倍政権の支持率が下がっている。当然だ。参議院で共謀罪法案審議を打ち切るために『中間報告』を使って強行採決した。こんな暴力を使う安倍政権と与党を許せない。しかし、これは安倍政権の崩壊の始まりであり、本気で野党共闘作り、強化し選挙で勝利しなければならない」と強調した。

 

 大串博志衆院議員(民進党)、小池晃参院議員(共産党)、福島瑞穂参院議員(社民党)が共謀罪強行採決、森友・加計学園疑惑隠しを糾弾し、国会の閉会中審査を要求して追及を続けていく決意を表明した。

 

 海渡雄一弁護士(共謀罪NO!実行委員会)は、今後の共謀罪廃止運動の方向性を次のように提起した。

 

 「『中間報告』を使って共謀罪強行採決したが、これは国会法56条の違法だ。緊急の災害とかで予算が執行できない時に使われるものだ。明らかに加計学園疑惑封じ込めのために使った。これは廃止運動の大きな根拠となる。さらに憲法19条(思想・良心の自由)、20条(信教の自由)、21条(集会の自由・結社の自由・表現の自由)、31条(適正手続の保障)に違反している。国際人権規約14条(公正な裁判の保障)、17条(私生活・通信・名誉・信用の保護)、19条(表現の自由)にも違反している。これだけ廃止するための根拠がそろっている」。

 

 「政府は、共謀罪を悪用するために通信傍受の対象にしてくる。今後の一つの目標として共謀罪を通信傍受の対象にさせてはならないことだ。捜査できない法律にしていくことだ。ケナタッチさん(プライバシーに関する国連特別報告者)が指摘していたことだが、共謀罪にはプライバシー保護に関することが欠如している。日本の情報機関・警察に対する監視機関を作らなければならない。政府は、共謀罪を711日に施行すると言っている。多くの弁護士たちとともに共謀罪の乱用を許さないために大きな監視グループを作っていきたい」。

 

 連帯あいさつが永田浩三さん(武蔵大学教員/元NHKプロデューサー)、最低賃金1500円運動のエキタス、古今亭菊千代さん(芸人9条の会)から行われた。

 

 最後に主催者から行動提起が行われ、再度、国会に向けてシュプレヒコールを行った。(Y)

報告:共謀罪強行採決徹底弾劾! 共謀罪法案の廃案を求める6・15国会正門前

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報告:共謀罪強行採決徹底弾劾! 共謀罪法案の廃案を求める6・15国会正門前
行動


 6月15日夜、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会と共謀罪NO!実行委員会は、国会正門前で「共謀罪強行採決徹底弾劾! 共謀罪法案の廃案を求める6・15国会正門前行動」が行われ、5500人が参加した。

 自民党・公明党・維新は、野党が提出した金田勝年法相の問責決議案を14日参院本会議で否決し、委員会審議がまだ約16時間(衆院法務委では約30時間)でしかないにもかかわらず、15日の法務委員会の審議再開によって強行採決をねらった。だが、安倍首相官邸と自民党・公明党は、「金田勝年法相の問責決議案提出は委員会審議の放棄だ」として委員会審議を一方的に打ち切り、国会会期末(18日)までに共謀罪法案を成立させるために委員会採決を省略して本会議で中間報告し、法案採決強行へと謀議した。

 また、15日に文科省が安倍首相と官僚の合作による加計学園疑惑関連文書を発表することによって社会的追及の強まりによって23日告示の都議選への影響を回避することもねらった。野党は、安倍政権と与党の暴挙を許さず、山本順三参院議院運営委員長(自民)解任決議案、安倍内閣に対する不信任決議案を提出。14日午前から15日朝の約22時間の攻防を展開。15日朝、参院は、共謀罪法案を自民党・公明党・維新の賛成で可決した。欠陥だらけの法案の審議打ち切り、強行採決を糾弾する!

 行動には14日夜の参院法務委員会での自民党・公明党・維新による共謀罪法案強行採決策動に対する議員会館前抗議行動から15日早朝の参院本会議強行採決反対行動を取り組んできた仲間たち、法案採決強行に抗議する仲間たちが駆けつけた。

 集会は、「共謀罪はかならず廃止!強行採決徹底弾劾!採決無効!安倍政権をみんなで倒そう!」のシュプレヒコールで始まった。

 又市征治参議院議員(社民党)、山下芳生参議院議員(共産党)から昨夜から今朝までの国会報告と法案採決強行糾弾が行われた。

 伊波洋一参議院議員(沖縄の風)は、「徹夜国会となった。参議院の『良識の府』として委員会審議で熟慮を重ねるという伝統が破られた。首相官邸の大きな力が働いて強行採決が行われた。この流れによって森友・加計学園問題がある。辺野古新基地問題も安倍政権が誕生して起こった。先島諸島にも自衛隊基地を作り、戦争をする国を作ろうとしている。その一環として共謀罪がある。だが文科省で加計学園文書の発覚と存在、内閣府の調査、加計学園問題予算委員会の開催など安倍首相も追い詰められている」。
 「共謀罪は成立したが、沖縄は21年間、辺野古の闘いを続けてきた。山城博治は、今ジュネーブにおり、人権理事会で発言をする。世界と日本で連携して闘っている。戦後72年、憲法が作ってきたことを受け止め、発展させなければならない。新しい憲法で帝国憲法のような国、あるいは天皇が国民の上にあるような国にしてはならない。負けるわけにはいかない。野党は大きくなってほしい。選挙に勝って政権をとっていこう」と発言した。

 高田健さん(総がかり実)は、「57年前の6月15日、この国会前では安保改定に反対する大闘争があった。東アジア民衆が連帯して闘った。国会南通用門で東大の学生・樺美智子さんが警察によって虐殺された。最高責任者は岸信介だ。この孫が安倍晋三だ。岸の夢を引き継ぐようにアメリカと一緒に戦争をする国にしようとするその一環が共謀罪だ。いまだに日米安保の問題と憲法の問題を解決しえていない。日米軍事同盟の下がアジアで戦争をする国になることを許さない。秘密保護法の廃止、戦争法の廃止、共謀罪の廃止に向けて決意を新たにしよう。」と訴えた。

 さらに発言は、 西谷修さん(立憲デモクラシーの会)、富山洋子さん(日本消費者連盟)、木村まきさん(横浜事件国賠訴訟)から行われた。

 最後に主催者から行動提起。参加者全体で再度、国会に向けて抗議のシュプレヒコールを行った。(Y)
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