虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

【書籍紹介】情報隠蔽国家 青木理

_SX336_BO1,204,203,200_「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書の財務省改ざん事件発覚によって、安倍政権は政府危機に追い込まれている。政権の反動化と官僚の腐敗・堕落
に満ちた有り様の全面化だ。首相官邸の指示なのか不明だが、政官一体で情報隠蔽と操作だけでなく、公文書の改ざんまで強行していた。政権と官僚の危機の結果として、自己保身に満ちた強権的な権力機構の推進途上で必然的に現れてしまった。この危機の現れを青木は、本書を通してその予兆の諸事件を取り上げ、検証することを通してすでに沸騰点から暴発に達していたことを証明している。

 「衝撃なノンフィクション」としてとり上げたのが、冤罪事件をでっち上げられた自衛官、イスラム教に改宗したために退職に追い込まれた元公安調査官の告発、公安政治警察と地方警察の犯罪などだ。すべてを紹介することはできないが、その一つとして日米安保下における防衛省・自衛隊・警務隊の無残な実態を明らかにしたのが「第1章 日米同盟の暗部と葬り去られた国家機密―現役自衛官が実名告発」である。

 背景と経過はこうだ。2015年、安倍政権は、グローバル派兵国家建設に向けて憲法違反の集団的自衛権を行使するために戦争法を制定し、米軍との共同実戦体制の構築へと加速しつつあった。

 戦争法は、衆院段階で強行採決し、論議は参議院に移っていた。9月2日、参議
院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で統合幕僚長・河野克俊が14年12月中旬に訪米し、米陸軍参謀総長のレイモンド・オディエルノと会談した記録「統幕長訪米時のおける会談の結果概要」(2014年12月24日)という防衛省・自衛隊内部文書を共産党の二比聡平参議院議員が入手し、質問した。そこには戦争法が成立していないにもかかわらず、次のような記録が明記されていた。

 オルディエノ「現在、ガイドラインや安保法制について取り組んでいると思う
が予定通に進んでいるか?何か問題はあるか?」

 河野「(この直前の総選挙での)与党の勝利により、来年(2015年)夏までに
は終了するものと考えている」

 安倍首相の米上下両院合同会議での戦争法制定表明(2015年4月)よりも前に法案制定を前提に米軍幹部と自衛隊幹部で確認していた。つまり、自衛隊幹部の暴走というよりも国会論議を軽視し、民衆の戦争法反対が国会包囲として取り組まれているなかでの会談であり、民衆無視の安倍政権の姿勢がこのような形で現れていた。

 中谷元・防衛相は「いかなる資料か承知していないのでコメントすることはで
きない」、安倍首相も「確認できなかった」と答弁し、逃げ切りを演じた。

 ところが防衛省・自衛隊警務隊は、「存在しない記録」のはずなのに証拠隠蔽と漏洩犯人捜しに奔走する。「記録」問題が明らかになった翌日の9月3日に「取扱厳重注意」扱いから「省秘」に指定し、防衛省情報本部のパソコンに残っている記録データを削除させた。河野の訪米直後、「記録」は情報本部にメールで配信されていたからだ。

 警務隊は、配信された「記録」メールを通常業務として部内に配信した防衛省情報本部の大貫修平3等陸佐(42)を「犯人扱い」し、防衛相の承認の下、大貫さんの自宅官舎・実家への家宅捜索、ポリグラフ検査も使った過酷な取り調べを行い、自白強要を繰り返した(2015年9月中旬以降)。しかし、大西は「やってもいないことを認められるわけがありません」と反論していった。

 結局、大貫さんは警務隊の取り調べ後、東京検察庁に自衛隊法違反(機密の漏えい)容疑で書類送検(17年8月)されたが、「嫌疑不十分」(17年9月22日)で不起訴となった。

 大貫さんは、「身に覚えのない内部文書の漏えいを疑われ省内で違法な捜査を受けた」として、国に慰謝料500万円を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地裁に起こした(17年3月17日)。国会で安倍首相、中谷元防衛相(当時)らは「同一の文書は存在しない」と否定してきたが、口頭弁論の中で国は、文書の存在を認めた(17年12月)。安倍、中谷の嘘答弁があらためて確認される始末だ。

 つまり、財務省改ざん事件と同様な態度を先行して繰り返し、悪質な隠蔽と情報操作をしていたのだ。それを「糧」にして安倍政権と官僚機構は民衆無視の腐敗・堕落を助長させ、常習犯として現在に至っていることを示している。

 1章の後半のクライマックスは、青木による大貫さんへの長時間インタビュー(17年10月10日)だ。警務隊の人権侵害・冤罪作りの不当な取り調べをリアルに再現し、告発する。そのうえで青木は「森友学園や加計学園をめぐる疑惑につきまとう政権と政府の情報隠蔽体質であり、『一強』政権の意向を忖度して行政をねじ曲げて恥じぬ官僚たちの姿であり、何よりも米国にひたすら追従して軍事一体化にひた走る日米『同盟』の実像でもある」と総括し、さらに「南スーダン共和国を舞台とした国連平和維持活動の日報隠蔽問題」(16年7月)なども含めて「防衛省・自衛隊を舞台とした抜きがたい情報隠蔽体質」を厳しく批判する。

 さらに青木は、「第2章 『私が従事してきた謀略活動と共産党監視』―元・
公安調査官が実名告発」、「第4章 共謀罪と公安警察と前川スキャンダル」などを通して「情報隠蔽国家」と権力犯罪を浮き彫りにしながら、読者にとっては次々と発覚する政官一体によって引き起こした財務省改ざん事件の必然性をより鮮明に理解することができる。

 最後に青木は、「公的情報は徹底して隠され、私たちは情報獲得の手段すら与
えられていない。そう、私たちは暗闇の中に立たされていないか。無知に追いやられ、都合よく支配されようとはしていないか。それはまさに悲劇への序章ではないのか。そうしたことを痛切に再考する一助に本書がなれば、著書としてそれ以上の幸せはない」と結んでいる。

(Y)


報告 : 三里塚管制塔占拠闘争40年 今こそ新たな世直しを!3.25集会

P3250950 三月二五日午前一一時から、東京お茶の水連合会館で「1978年3・26三里塚管制塔占拠闘争40年 今こそ新たな世直しを! 3・25集会」が三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)、元管制塔被告団の主催で行われ二八五人が集まった。北海道、宮城、福島、新潟、群馬、長野、静岡、関西、広島、山口などと関東から、当時ともに闘った仲間たちが駆けつけ同窓会的な雰囲気をかもしていた。

壇上には九ゲート突入闘争で火炎に包まれて亡くなった新山幸男同志、管制塔被告であった原勲さんの遺影と当時管制塔を占拠した時に掲げた「先鋒隊」の旗そして反対同盟の旗。壁には当時、管制塔占拠を伝えた商業新聞、集会に合わせて発売された『加瀬勉 闘いに生きる 我が人生は三里塚農民と共にあり(上)』(柘植書房新社)や3・26マグカップ、Tシャツなどが並べられた。

 映画「三里塚のイカロス」の上映が第一部。上映後代島監督は「三里塚闘争の支援にだけはさわらない方がよい」と忠告を受けたが、「この映画を一九六七年の羽田闘争の写真から始めたのは時代を思い出し、問い直してもらいたかったからだ。一〇~二〇代の人に、あの時代をタブーにするのではなく理解し、肥やしにして欲しい」と述べた。



 第二部の集会は中川憲一さん(元管制塔被告団)の司会で始められた。柳川秀夫さん(反対同盟代表世話人)が空港をめぐる現状とどのような闘いをすべきかを発言した。

 「空港会社は第三滑走路を作り、空港を巨大化しようとしている。加瀬勉さんが住んでいる所は騒音直下になり、ズタズタにされる。五二年前は村々が総決起して闘い始めた。今は個人個人で反対していても、力を合わせて目的に向かっていくとならない社会構造になっている。反対の決起集会もない。日本全国の共同体はもう存在しない。地域の生活に執着しない。便利なものができ、情報が入る。反対同盟も大半が去っていった」。

 「三里塚の課題は魂の問題だ。腹八分で持続できる社会をめざす。世直しの考え方が備わっていかないとダメだ。私は七〇歳になった。悔いのない生き方をするために最後のがんばりをしたい」。

 次に平田誠剛さん(元管制塔被告団)があいさつした。

 「四〇年前、マンホールから飛び出し、青い空を見た。全身炎に包まれた九ゲートの新山は亡くなり、管制塔の原君は自ら命を絶つというつらい経験をした。面白かったこと、辛かったことがあったが世の中に悲劇はない。全部が笑いとなった」と平田さんらしい言い回しをしながら、現在福島原発事故被災者支援運動を行っていることを報告した。

 「二〇一一年三・一一福島原発事故後、ウシトラ旅団を組織し、支援に入った。いわき市で場所を提供し支えてくれたのは三・二六闘争の仲間たちだった。福島の被災者たちが熊本地震の被災者たちを励ますために仮設住宅を訪ねたいと言うのでカンパを集めた。和多田さんがカンパしてくれた。そして、熊本に行くと三・二六を闘った人々が支えてくれた。熊本の仮設住宅の人たちは『福島の人たちと交流し、初めて笑ったり、泣いたりできた』と話し、福島の被災者を感動させた。相手と心が通じることができた。みんなできる力がないと思っているが人を信じてがまんしながら進みましょう」。



 管制塔裁判の弁護団だった清井礼司さんは、一九七一年の時三里塚闘争はベトナムに通じていると思っていたが今は、沖縄の空とつながっていると自覚しながら闘うことが重要だと指摘した。

 三里塚物産の平野靖識さんが「管制塔を壊しても社長になれると言われるが私も四〇年前に三里塚物産を立ち上げた」と経歴を話し、「NHKのラジオに『今日は何の日』という番組がある。一九七八年の今日、成田管制塔に駆けあがって管制室を破壊する事件があり、これによって開港が二カ月延期になったと放送した。過激派によってなされたということではなく、淡々とする報道だった。日本の社会に忘れることのないエピソードになった。民衆の思いに逆らって政策を強制するとしっぺ返しを受けるということだ」とエピソードを紹介した。

 平野さんは闘争と暴力の問題についてもふれた。「私は中国の文革の時代に中
国を訪れ下放運動に影響されて三里塚に入った。毛沢東は『銃口から政権が生まれる』という考えを広めた。それに影響された人たちがあさま山荘事件や三菱重工爆破事件を起こし、人々のひんしゅくを買い、革命ごっこになった。それに対して管制塔闘争は実力行使に自己規律『人を殺さない、傷つけない』を持っていた。人を傷つけることなく快挙を成し遂げた」。

 生産と闘いをどのように結びつけるのか。「反対同盟の農家は有機農業をいち
早く取り入れた。若い人は有機農業に魅力を感じ、たくさんの人が訪れ、定着率も高い。闘いの経験が力になっていて、三里塚物産も三・二六闘争を闘った仲間の息子さんが後継者になってくれている」。



 参加できなかった人たちのメッセージがビデオなどで紹介された。加瀬勉さんの新年旗開きでのあいさつ。加瀬さんは別に集会用に「国家権力の空港建設の暴政に抗すること五〇年。青天霹靂三・二六管制塔に翻った赤旗は、月陽の如く天宙に輝いた。断固たる我々の戦いの決意・我々の勇気は、日本人民の将来、未来を指し示すものであった。時はいま、空港機能拡大阻止の戦線に征かんとす。吾、老いて野に伏すも志は千里にあり。壮心盛んにして新なり。二〇一八年三月二五日」という連帯のメッセージを寄せた。

2017木の根幻野祭の映像、大森武徳さんが「私は三九歳。一つの歴史として興味を持っている若者はいる。今後、①有機農家を増やしていく②木の根ペンションや合宿所などを歴史遺産として維持していく。Tシャツ、グッズなどを作り、楽しい運動を作っていきたい」とビデオメッセージを寄せた。

 石井紀子さんのメッセージを野島みかさんが代読した。野島さんは狭山闘争支援に積極的に関わっていて、狭山再審を求めている石川一雄さんとえん罪無罪を勝ち取った足利・布川事件などの元被告たちの映画『獄友』が上映されていることを紹介した。

 「1978年当時結婚3年目で、育児に忙しかった。管制塔占拠闘争を知り、よくぞやってくれた。うれしかった。じいちゃんは『しばらく帰れない。後を頼む』と言って家を出て行き、横堀要塞戦で逮捕された。しっかり家を守ることが運動を前進させると考えた。そうした底辺を支えた女たちがいた」。

 「今回、女性発言者が1人もいない。今、運動を担っているのは男ばかりだ。1971年、男ばかりの戦場に、ウーマン・リブ運動に参加していた私は、三里塚を女たちの闘いの場、リブの出先機関の役割を担うというつもりで三里塚闘争に参加した。その後、現地に女たちが100人くらい集まることもあった。しかし、どこへ行ったの? 何を考えているのか聞いてみたい。闘争を担ってきた女性がいる。身近な人の話を聞き、思いを語って下さい。前進していかなければならない。女の人の話を聞かなければならない。初心に立ち戻って、それぞれの立場で新鮮な出会いができるようにがんばっていこう」。

 現在の運動の持っている「男中心のあり方について」鋭い指摘が石井さんから
投げかけられた。


現地で常駐している山崎宏さんが、第三滑走路をめぐる状況について報告した。

 鎌田慧さん(ルポライター)が「管制塔占拠という突出した闘いを実行できたのは、連帯する会の坂さん、廃港要求宣言の会・前田俊彦さんなどの広い運動があったからだ。三里塚の農民たちが要塞に入って逮捕投獄されていた。秩父困民党、谷中村の闘い、砂川闘争を引き継いだ闘争だ」と闘争の意義を語った。そして、「第二、第三の管制塔占拠を」とは言わない。「あの当時の盛り上がりの中でできたことで今は無理だ。占拠しなくても勝てる闘いが問われている。沖縄・辺野古闘争、カヌーで、ピケで車を止める。素手で闘う非暴力闘争。管制塔を上回る闘いの準備を日常的につくるのか問われている。追憶するのではなく、自省してがんばっていかなければならない。知恵の源泉にしていく、広げていく。もう少しがんばっていこう」。

 次に、闘う仲間からの発言。全国空港反対連絡会(反空連)の渡邊充春さんが「全国の空港は四〇から九七に増えている。赤字の垂れ流し、膨大な税金を投入している。騒音・落下物の問題。佐賀空港にオスプレイ配備計画、軍民共用という問題もある」と指摘した。

福島からの中路良一さんが「原発事故避難者は五万人と言われるが八万人以上いる。事故が収束していないから帰れない。除染で出た放射能汚染物問題も解決しようがない。そして、東京電力に刑事責任をとらせる裁判が昨年から始まっていて、津波を予想していたが対策をとっていなかったことが明らかにされている。東電に責任を取らせ、支配階級の中から獄友を増やしてほしい」と訴えた。

いわき自由労組の桂さんは「私は一六歳から三里塚に関わり始めた。『三里塚は私たちの教室だ。農民は教師だ』と教えられた。以前は除染作業者の賃金の問題が相談の中心だったが、今は原発労働者の相談が多い。去年の一〇月、過労により構内で亡くなった。労災死だろうと追及している。福島現地に来て欲しい。三里塚闘争と根っこは同じだ」と話した。

 羽田空港の増便問題を問うている反空連の仲間が「B滑走路でコンビナートの
ある川崎に向けて離陸させてはならないとしていたが増便して飛ばしている。事故があったらたいへんなことになる。海から海への飛行をとるべきだ」と語った。



 集会の最後に参加した元管制塔被告団一二人全員(四人が欠席)が壇上に勢ぞろいした。一言ずつ短くアピールを行った。

 「一〇年がんばって、五〇周年も実現しよう」、「今日の集会で主役はいっぱいいたと分かった。いっしょに闘った仲間が主役だ」。和多田粂夫さんは「三七歳で逮捕され、五〇歳で刑務所を出てきた。あの闘争は偶然性が重なった闘争だった。『エアポートレビュー』という雑誌で空港の構造が分かり作戦を立てた。管制塔にたどり着くにはものすごく多くの困難があった。そうしたことを忘れてはならない。第三滑走路に反対して闘う反対同盟があるかぎりいっしょに闘っていきたい」とまとめの発言をした。

 集会の後、三部の懇親会を行った。そこでも闘いに参加した仲間から当時の闘いの話や三里塚闘争への思い、女性差別問題などに言及した発言もあり、多元的に三里塚闘争を問う中身の濃い四〇周年集会となった。

(M)


報告:2018原発のない福島を!3.17県民大集会

配信:福島 3月17日、福島県楢葉町天神岬スポーツ公園で「2018原発のない福島を!県民大集会」(主催:実行委)が行われ、3300人が参加した。

 角田政志実行委員長が主催者あいさつを行った。

 「原発事故から八度目の春を迎えた。被災地の復興が進んでいるとはいえ、住民の帰還には多くの課題がある。亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたい。今年は被災地の楢葉町を会場に準備を進めてきた。被災地で集会を行うことについては、『第一原発事故の収束にいたっていない中で大規模集会をやるべきではない』『被災地に多くの人を集めることは福島は安全だという国の復興政策と同じにみえる』など様々な意見がなげかけられた。昨年は多くの地域で避難指示が解除された。しかし、住民帰還に関しては、一人一人様々な思いがあり、選択が迫られ、新たな課題が生まれ、人々の分断も生まれている。これが福島の現状であり、実態だ。どの意見がよい、悪いということではなく、この事実をしっかりと押さえておかなければならない」。

 「被災地で県民集会を行うことの意義について、議論を重ねてきた。元の生業を取り戻したいと帰還した人の今の生活の姿がある。しかしそれを簡単に取り戻すことはできない。古里の帰還を諦めた人、今も思い悩んでいる人もいる。これが原発事故をもたらした事実です。原発事故の風化が進む中で皆さんに原発事故によって奪われた暮らしと人々の人権、原発災害の苛酷さを実際に見ていただきたい。福島の事実を多くの人々に広めていただくことがなにより重要だと結論を出した。県民集会の大きな目標は、東電第二原発の全基即時廃炉を実現することだ。福島に原発はいらない。原発のない社会を作っていこう」。

 連帯あいさつが鎌田慧さん(さようなら原発1000万人署名市民の会)から行われ、「安倍政権を打倒できないわれわれの力不足を感じている。原発事故がなかったように川内、伊方、高浜と続き、これから玄海、大飯原発の再稼働が進められている。使用済み燃料を処置できない出口がないにもかかわらず突進している。歴史的な教訓を生かせず安倍政権に引き継がれている。森友・加計学園問題に見られるように政治が私物化されている。原発政策が破たんしているにもかかわらず推進し、輸出しようとしている。国会内外の闘いでこのような政権は打倒するしかない」とアピール。

 武藤類子さん(ハイロアクション福島)が呼びかけ人の訴えを行った。

 「今、福島では帰還、復興、再生、未来などのポジティブな言葉が飛び交っている。2020年のオリンピックを控え、莫大な復興予算が投入され、沿岸地域を中心にイノベーション構想が進められている。福島県は、できるだけ早く避難者をゼロにしたいと考えている。しかし、その影で苦しんでいる人が多くいる。避難住宅の無償提供が打ち切られ、生活は困窮し、追い詰められて望まない帰還をする人、ホームレス、自死する人も出ている。この帰還政策は、本当に妥当だったのでしょうか。安全、暮らしが保障される施策がなかったのか。国連は原発事故被害者の人権状況を是正するように政府に勧告した」。

 「福島沖の海は、原発事故によって大量の放射性物質が流されたのに、さらに人為的に流すのか。許し難いことだ。甲状腺ガンの疑いが一九六人となった。さらに増えていることが発覚した。甲状腺ガン検査を縮小する動きさえある。裁判では東電の責任を認める判決が出ている。刑事裁判も始まっている。原発事故は被害者の人権を侵害し、生きる尊厳を傷つける。分断されず、なにが力をあわせることができるのか。この時代を生きる有り様が、次の時代を作っていくことを忘れずに今を誠実に生きていきたい」。

 三瓶春江さん(浪江町津島地区の原発訴訟原告団)は、「古里を返せと裁判を行っている。被害者は全国に避難を強いられている。原発の被害者を出してはならない、将来の子どもや孫たちに後始末をさせてはいけないという思いで一杯だ。残酷な状況になったのも原発事故のせいだ。何事もなかったかのようになぜ原発を再稼働するのか」と糾弾した。

 高校生平和大使の二人は、核兵器廃絶運動の取り組みや原発廃止に向けて発言
した。

 最後に「原発NO!」のプラカードアピール、集会アピールを採択した。


 また集会は、「私たちは訴えます!」―①東電福島第二原発を廃炉とし、福島
県では原子力発電は将来にわたり行わず、福島県を再生エネルギーの研究・開発及び自立的な実施拠点とすること。②放射能によって奪われた福島県の安全・安心を回復し、県民の健康、とりわけ子どもたちの健やかな成長を長期にわたって保障すること。③原発事故に伴う被害の賠償、及び被災者の生活再建支援を、国と東京電力の責任において完全に実施すること。―を確認した。


(Y)



報告 : 3.21さようなら原発全国集会

FB_IMG_1521613979022いのちを守れ
くらしを守れ
フクシマと共に
3.21さようなら原発全国集会


 三月二一日午後一二時半から、東京代々木公園で「いのちを守れ くらしを守れ フクシマと共に3・21さようなら原発全国集会が雨とみぞれ混じりの中でも全国から熱い想いの一万二〇〇〇人が集まった。主催は「さようなら原発」一千万人署名 市民の会、協力:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会。

 集会の前に、さようなら原発ライブがゼロノミックスとMILK(弥勒)の歌
によって行われた。本集会は午後一時半から開始された。

 落合恵子さん(作家・呼びかけ人)が「雨が雪になっているが怒っているから寒さを感じない。安倍政治によって、耐えることを強いられてきた。福島の孤立感と苦しみを誰が作ったのか。原発をなくす、在日米軍をなくす、改憲を許さない。何としても安倍政治をストップさせよう」と主催者あいさつをした。

 フクシマから、片岡輝美さん(脱ひばく子ども裁判の会共同代表)、この間の損害賠償裁判で国と当然の責任を認める判決が相次いでいる。低線量被曝が争点で、東京地裁がこれを認める判決を出した。われわれは都合のいい、無力の市民ではない」と闘いを宣言した。

あらかぶさん(被曝労働者)は「原発を早く収束
させたいと思い、家族の反対を押して、福島原発事故現場で働いた。現場はズサンな管理が行われていた。二〇一三年熱が出て、風邪のような症状になり、調べたら白血病だと分かった。骨髄輸血五〇回などつらい治療を受けた。敗血病やうつ病にもなった。その後労災認定を受けた。裁判を起こしたのは、東電に責任を認めさせ、二度とこのような事故を繰り返させないためだ」と話した。

長谷川克己さん(自主避難者)は「原発事故五カ月後に郡山市から静岡県の富士宮市に家族四人で避難した。悔しい思いをしながら福島を離れた。被曝がなかったように、原発はコントロールされている錯覚を作り出している。絶対にこのまま終わらせるわけにはいかない。必ずけじめはつけさせる」と強く訴えた。

村上達也さん(元東海村村長)が東海第二原発再稼働について報告した。

「原発発祥の地で六〇年原発推進の旗を振ってきた。一九九九年のJCO臨界事故の時、安全だと言われたが、住民を避難させた。政府は想定外の事故だとして依然として安全神話を作っていた。二〇一一年福島原発事故の三カ月後に脱原発を表明した。脱原発をめざす首長会議を立ち上げた。東海第二原発は四〇年経た原発を二〇年延長させるモデルとして再稼働しようとしている。これを何としても阻止しなければならない」。

韓国のイ・キョンジャさん(核再処理実験阻止30キロ連帯実行委員長、労働党副委員長)が連帯のあいさつをした。

「すべての原発に反対し、平和を願っている。朝鮮半島の南北対話、米朝会談は
平和の春が本当に来ているのか。平和協定だけでは平和はこない。サード追加配備、GM工場の閉鎖、権力型の差別、ムン・ジェイン大統領は脱原発を表明したが五基の原発が建設されている。日本で原発再稼働、安倍による改憲の動きが出ている。こうした問題を解決していかないと非核化・平和協定は本当に実現しない。韓国では二四基の原発が稼働している。一万六〇〇〇トンの核のゴミが溜まっており、一年で七五〇トンが新たに生まれる。一五〇万人の大都市の真ん中に核のゴミが運ばれている。すべての核兵器の廃棄、原発をなくせ。日韓連帯が大事だ。安倍をやめさせるまで連帯する」。

イさんらはソウルで行進した時、核廃棄物の脅威を訴えるために作った廃棄物の
ドラム缶二個をプレゼントした。フクシマ連帯キャラバン隊の報告の後、河合弘之さん(原発ゼロ自然エネルギー推進連盟事務局長)が「原発の即時ゼロ、再稼働の禁止の原発ゼロ法案を作り、野党が国会に提出した。世界が地球温暖化対策のために自然エネルギーへ切り替えつつある。原発ゼロは必ず勝つ。自信を持って闘おう」と話した。

逢坂誠二さん(立憲民主党エネルギー調査会会長)が「三
月九日原発ゼロ法案を国会に提出した。この法案を作るために二〇カ所でタウンミーティングを行い、二〇〇〇人が参加した。安倍首相は方案は無責任だと言ったが、四七トンもプルトニウムをため込み、廃棄物処理場も見つからない。こんな状態で原発を推進する方が無責任だ。海外への原発輸出を許してはならない」と話した。

福山真劫さん(総がかり実行委)は「安倍政権の矛盾が吹き出ている。三月二七日に佐川証人喚問が決まったがしっぽ切りを許さない」と安倍内閣総辞職をせまった。鎌田慧さん(ルポライター)が閉会のあいさつを行い、全員でシュプレヒコールで傘をふり、闘いを盛り上げた。デモが予定されていたが雪のため、集会のみとなった。寒い中、最後まで脱原発・福島の被災者を支援する決意に満ちた
集会となった。

(M)


案内 : 【公開講座】「アラブ革命の展望を考える 『アラブの春』の後の中東はどこへ?」

アシュカル本写真4.20 アジア連帯講座:公開講座

「アラブ革命の展望を考える
『アラブの春』の後の中東はどこへ?」


ジルベール・アシュカルの提起を受けて

解説:湯川順夫さん(翻訳家) 
コメント:国富建治さん(新時代社)


日時:4月20日(金)/午後6時30分

会場:文京区民センター2D会議室

        資料代:500円
主催:アジア連帯講座
  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付 TEL:03-3372-9401 FAX:
03-3372-9402
       ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/

 ジルベール・アシュカル(レバノン/アラブ中東問題)著者の「アラブ革命の展望を考える」(柘植書房新社)が発刊されました。本書を翻訳した湯川さんは、「訳者あとがき」で次のようにまとめています。

 2011年にチュニジアからはじまり、エジプト、リビア、そしてアラブ全域に一気に広がった「アラブの春」の運動は、イスラム主義勢力ではなく、青年、学生、女性、労働者が中心的な担い手であり、自由と民主主義と社会的要求をかかげ、独裁体制による警察・軍隊を使った残虐な弾圧にもけっして屈することなく闘い抜いた。だが、この民衆反乱は、そのまま発展することなく、「イスラム国」の台頭、シリア内戦の激化に見られるように、中東全体が再びアラブの春以前の状態に舞い戻ってしまったかのようである。一体、「アラブの春」はどうなってしまったのか、どこへ行ってしまったのだろうか? 民衆の運動の後退は長期にわたって続くのだろうか? 多くの人々が抱くこの疑問に対して、アシュカルは、本書においてその解明を試みている。

 アシュカルは言う。「アラブの春」は挫折し、今日、「アラブの冬」を迎えることとなってしまった。だが、アラブ全域の革命過程は長期にわたる過程であるとみなしていて、現在が揺り戻しの局面に入っているからといって、けっして悲観的な立場には立っていない。長期的展望に立って、革命派の極を強化していく必要がある、としているのである。

 講座では湯川さんの解説、国富さんのコメントを参考にしながら、本書をいか

に読み、今後のアラブを展望するのかを論議しましょう。

東京都迷惑防止条例「改正」案を廃案へ

「市民・労働運動、取材活動弾圧条例」だ


 東京都・警視庁は三月都議会に、東京都迷惑防止条例「改正」案(「公衆に著しく迷惑をかける暴力行為等の防止に関する条例の一部を改正する条例案」)を提出した。

 「改正」案では、現行の規制に加え

●みだりにうろつくこと

●電子メール(S
NSを含む)を送信すること

●監視していると告げること

●名誉を害する事項を
告げること

●性的羞恥心を害する事項を告げること

を新たな規制の対象として、
罰則を重くするもの。

 弁護士の宇都宮健児さん(希望のまち東京をつくる会代表)は三月二〇日に、この条例の問題点を以下のように指摘している。

 「刑法の名誉毀損罪は『公然と人の社会的評価を低下させること』が要件な上
に、被害者の告訴が必要ですが、条例改正案では、告訴が不要で『公然と』は要件となっていません」。

 「国会前や路上で『安倍ヤメロ』などと首相を批判したり、労働組合が社前集会で会社を批判したり、マンション建設に反対する住民がチラシをまいたり、消費者が企業の商品の不買運動を呼びかけることなども規制対象になりかねません」。

 「また、行為の形に関する制限もないので、SNSでの発信も規制対象になる可能性があります」。

 「『監視していることを告げること』『みだりにうろつくこと』を追加することの問題点。張り込み取材やオンブズマンの監視活動も制約される可能性があります」。

 「さらに、問題なのは、このような改正を必要とする立法事実が全く示されていないことです」。

 「今回の条例改正案は、憲法が保障する国民・市民の言論・表現の自由、知る権利、報道の自由、労働組合の団体交渉権などを侵害する上に、市民運動、労働運動、報道活動に対し警察権力の介入を容易にする道を開こうとするものであり、容認することはできません」。

 「条例改正案は、三月一九日(月)の都議会警察・消防委員会でわずか一時間ほど審議され、三月二二日(木)には委員会採決、三月二九日(木)定例会最終日の本会議で採決される段取りとなっており、施行は今年の七月の予定だということです」。

 「正当な市民活動にも警察の介入を招くおそれのある条例改正案に、断固反対の声を上げていきましょう」。

 日本国民救援会東京都本部や自由法曹団東京支部が問題点を指摘し、都議会各会派事務所へ抗議のFAXを呼びかけた。三月一七日、新宿駅東口での高度プロフェッショナル制度街頭宣伝や三月一八日、新宿駅西口大宣伝行動にも、抗議のFAX要請のチラシがたくさん配られていた。そして多くの反対の声が届けられた。

 三月一九日の委員会参加者の報告を紹介する。

 三月一九日の委員会に多くの傍聴希望者がいたので四〇席に増加された。委員も警視庁も、傍聴者の真剣な雰囲気を感じ取ったのか、緊張感を漂わせていた。

 質疑では、全会派(都ファ・公明・自民・民進立民・共産の五会派)が質問し
た。多くの会派が、「『改正』案への懸念・不安の声がFAXなどにより寄せられている」とし、「市民運動、労働運動、取材活動といった憲法に保障されている活動に適用されるのか」と質問。そのたびに警視庁が「対象にあたらない。適用しない」旨を回答した。そして立法事実を具体的に示せなかった。急速に広がった世論が、後押ししている。

 特定秘密保護法、刑事訴訟法の改悪、「共謀罪」の成立とそれを拡大解釈適用
し、言論弾圧を目論む憲法違反の「東京都迷惑防止条例改正案」を廃案に追い込もう。

(M)


報告 : 3.19 「森友学園問題徹底究明、佐川・安倍昭恵など証人喚問実現 安倍内閣退陣へ」国会前行動

DSCN4833 三月一九日午後六時半から、衆議院議員前で「森友学園問題徹底究明、佐川・安倍昭恵など証人喚問 安倍内閣退陣を」求めて、総がかり行動などが呼びかけた月例の19行動が行われ、小雨の降る中ではあったが五〇〇〇人が国会前を埋め尽くした。

この日は参議院予算委員会での森友問題の集中審議の日であり、国会
で熱い論戦が行われ、佐川前国税庁長官の国会証人喚問を求めたが自民党はこれを拒否し、攻防が続いている。

 司会の菱山南帆子さんが「朝日新聞の世論調査で内閣支持率が三一%に急落した。市民の怒りが急速に広がっている。一桁台に落とし、万余の人で国会を埋め尽くし安倍を打倒しよう。キャンドル革命を起こした韓国の人々は国境を越えた連帯を表明し、北東アジアの平和を求めている。日本でもキャンドル革命を起こそう」と呼びかけた。

 駆けつけた国会議員が国会状況の説明と闘う決意表明を行った。山本和嘉子さん(衆議院議員、立憲民主党)、穀田恵二さん(衆院議員、共産党)、福島みずほさん(参議院議員、社民党)、伊波洋一さん(参議院議員、沖縄の風)。大阪から駆けつけた木村真さん(豊中市議)は「とにかくがまんならん。安倍はやめろと心の叫びだ」と熱く訴えた。

 憲法9条を大切に守りたいという主義で、9の数字の紋付を着て高座に上がっている古今亭菊千代さんの発言の後、諏訪原健さん(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)が「自分たちのためなら何をやってもいいという安倍政治にみんな怒っている。初めて行動に参加したという人がたくさんいる。一〇万、二〇万人集めよう」と話した。

 宮里邦雄さん(労働弁護団)、佐藤学さん(安全保障関連法に反対する学者の会)、練馬9条の会の大柳たけひこさん、沖縄・国会包囲実行委の青木初子さんがそれぞれ活動報告と安倍政治を批判した。

 宇都宮健児さん(弁護士)が東京都迷惑防止条例「改正」案の危険性について
説明し、条例案の撤回を求めた。

 「東京都は集会・デモつぶしの条例を採択しようとしている。今までの条例だと告訴しないと捜査できなかったがそれがいらなくなっている。罰則も重くなっている。悪徳会社の社長を糾弾したり、マスコミの取材で『みだりにうろつく』と弾圧の対象になる。質疑が始まったが根拠が示されていない。今回の条例改正案はこっそりと出され、今行われている国会や官邸前行動も対象になる。安倍政権の委託を受けているのではないかと疑いたくなる。三月二二日、委員会採択、二八日本会議にかけられる。弾圧条例を阻止しよう」。

 最後に福山真劫さん(平和フォーラム)が「本日の行動には五〇〇〇人が参加
し、確実に広がっている。週末にかけてと三月二七、二八日午後六時半から衆議院会館前行動、四月中旬に国会正門前行動を行う。安倍打倒を実現しよう」と行動提起し、国会に向けてコールを行った。

(M)

報告 : 3.16安倍・麻生の国家の私物化糾弾!公文書改ざんを許さない緊急行動

IMG_2374 三月一六日正午から、衆議院議員会館前で「安倍・麻生の国家の私物化糾弾!公文書改ざんを許さない緊急行動」が、総がかり行動などが呼びかけて行われた。雨が降る中ではあったが一二〇〇人が集まった。

 参加した国会議員が次々と安倍退陣を求めて発言した。近藤昭一さん(衆院議員、立憲民主党)は「前川前事務次官が名古屋の公立中学校で講演を行った。それに対して文科省が名古屋市の教育委員会に内容を問いただし、講演録を出せと要求した。これは教育への介入だ。第一次安倍内閣の時、教育基本法を法にそって教育をしろと変えた。みずほの國、教育勅語の見直しなど、国が人を支配していく。そこに根本的な問題がある。森友学園の教育方針に安倍首相らが賛同していた。そこから森友事件が起きた。佐川さん一人が文書の改ざんを指示したわけではなく、組織をあげてやっていた。そうしたことを官邸・総理が知らないわけがない。総理に責任がある」と批判した。

 元総務省の官僚であったという小西ひろゆきさん(参議院議員、民進党)が
「国会の国政調査権に基づき、提出を要求した資料が書き換えられ、偽造されたということは議会政治を否定するもので、最も仕事に厳格であるとされる財務省がそうしたことを単独でするはずはなく、別の所からの強い指示がなければやらない」と自らの経験を通じて、安倍政治を痛烈に批判した。藤野やすふみさん(衆議院議員、共産党)、福島みずほさん(参議院議員、社民党)、糸数慶子さん(参議院議員、沖縄の風)も安倍退陣を要求した。

 公文書のあり方に詳しい右崎正博・独協大名誉教授(憲法・情報法)が安倍政
治の在り方を批判した。

 「二〇一二年、安倍首相が政権に返り咲いてから、秘密保護法、集団的自衛権行使、安保法、共謀罪と立て続けに問題になった法案を成立させてきた。そうした流れの中で今回の意図的な虚偽文書・改ざんがあった。これは国民への冒涜であり、民主主義の破壊だ」。

 「集団的自衛権問題で、内閣法制局の中でどういう討論があったか文章を作成していなかった。いったん作られた想定問答を使わなかった。それの公開を拒否した。公文書管理法では民主主義を支える知的資源であり、文書を作成しなければならないことを義務づけている。それによって政権の活動を監視することができる。今回起こっているのは国民主権の破壊になる。麻生大臣は佐川を擁護し続けている。即刻退陣を」。

 小田川義和さん(憲法共同センター)さんが「高田さんらと韓国に行き、市民団体と交流してきた。国政の私物化をしたチェ・シンスルゲートと同じだと言われた。朝鮮半島の平和をじゃましている安倍政権。アメリカがイラク戦争を始めたのも、イラクが大量破壊兵器を持っているというウソの情報からだった。五〇〇兆円の戦費、ISを生み出し、破壊と貧困を作り出した。自民党の九条改憲案、働き方改革法案も葬り去ろう」と主催者あいさつを行った。

 棗一郎さん(日本労働弁護団)は「たった今、二〇〇人で院内集会を行い、この行動に合流した。裁量労働制でデータをごまかした。いったん法案提出をあきらめたが来年出し直すとしている。そして高度プロフェッショナル制度の導入はあきらめていない。これは労働規制を安全にはずすもので、絶対に容認できない。もっともっと怒りをもとう。安倍内閣の存在自体が許せない」と痛烈に批判した。

 最後に、高田健さんが「安倍政権退陣行動は、三月一七日福島集会、二一日の代々木公園での反原発集会と連帯する行動である」と連帯を表明し、「三月二二日から二三日に佐川国会喚問がある。来週がヤマ場だ。定例の一九日行動も行う」と行動への参加を呼びかけ、全員で国会向けてコールを行った。

(M)


報告 : 3.14辺野古埋立て差し止め訴訟判決、山城博治氏らの裁判判決 不当判決糾弾「首相官邸前行動」

IMG_2364三月一四日午後六時半から、首相官邸前で「辺野古埋立て差し止め訴訟判決、山城博治氏らの裁判判決
不当判決糾弾」行動が沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの呼びかけによって行われた。三月一二日、森友学園データ改ざん問題が明らかになり、安倍内閣退陣行動が官邸前や国会前で連日行われている中で、志をいっしょにする行動としても行われた。午後六時半から一時間を沖縄の枠として明けてもらった。

二〇一七年七月二四日、辺野古の新基地建設で県の岩礁破砕許可を得ずに工事を進めるのは違法だとして、沖縄県が日本政府を那覇地裁に提訴した。あわせて工事の差し止めの仮処分申請をした。この裁判は、漁業権の存否、岩礁破砕許可の要否が争点になる。翁長知事は「国は恣意的に漁業権の見解を変えた」と批判した。三月一三日、那覇地裁は辺野古基地建設問題に踏み込んだ判断をせず、門前払い的に国の言い分を認める不当判決を出した。
そして、山城博治さんらの闘いに対して、基地建設NOの圧倒的な民意を背景にした沖縄の民衆の抵抗に対し威力業務妨害、公務執行妨害、傷害罪などをでっち上げ、不当逮捕と長期勾留の弾圧をかけてきた。三月一四日、那覇地裁は山城博治さんに懲役2年、執行猶予3年を言い渡し、他二人の仲間にも不当な有罪判決を言い渡した。

最初に、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが両日の判決を批判し、今後も辺野古新基地建設を許さない闘いをしていくと主催者あいさつを行った。続いて、伊波洋一さん(参議院議員、沖縄の風)が「基地建設による自然破壊に抗議した仲間たちを国が弾圧し、それに追随して裁判所は有罪判決を下した。そして、県の岩礁破砕を認めない決定を却下した。基地建設の中身を問題にすることなく門前払い判決を下した。これを許すことはできない。アメリカで行われているジュゴン裁判が地裁に戻され、重要な局面に来ていて、五月にも判決が出される。都合の悪いことは隠す安倍内閣が窮地に立っている。安倍内閣はいらない。退陣すべきだ」と訴えた。

次に、警視庁機動隊の違法な沖縄派遣に対しての住民訴訟第六回公判が三月一四日にあり、その報告がされた。「都は最初からこの問題で裁判をやる必要がないと、実質審理を拒否してきた。それに対して裁判所は『機動隊派遣の必要性について、都としての説明を次回まで回答しなさい』と要求した。次回は五月二三日、いよいよ実質審理の本番だ。ぜひ傍聴席をいっぱいにして、都の責任を追及し、弾圧のための機動隊派遣を中止させよう」。

日韓ネットの尾沢さんが米韓合同訓練中止を求める三月一八日米大使館行動参加を呼びかけた。昨年一月にMXテレビが「ニュース女子」での沖縄基地建設反対行動をねじ曲げ、ねつ造報道をしたのに対して、謝罪と訂正を求める運動が続けれてきた。運動の仲間が「BPOが問題ある番組であり、是正を求める判断を下したことにより、MXテレビが『ニュース女子』の番組打ち切りを決めた。しかし、MXテレビはこの放送について、謝罪も訂正もしていない。スポンサーのDHC(大手化粧品会社)は地方局で『ニュース女子』で放送することを明らかにしている。地方局での放送を辞めさせるように運動を全国化しよう」と呼びかけ、四月一五日午後六時から、東京・文京区民センターで集会を予定していると発言した。最後に抗議文を読み上げ、今後の予定を提起した。3.24午後2時、新宿駅東口アルタ前集合、その後デモ。4.2午後6時半、防衛省申し入れ行動。5.26国会包囲行動。

IMG_2367「不当判決許さないぞ。山城さんたちは無実、無罪を勝ち取ろう。工事は違法だ。門前払いは許さない。民意は辺野古新基地NO!。海を壊すな、埋め立てるな。不当逮捕繰り返すな。座り込みで阻止しよう」と官邸に向けてコールした。引き続き行われた安倍退陣行動に合流した。この行動は一万人の参加者で官邸前は人で埋め尽くされた。(M)


習の無思想、官僚共和国、魑魅魍魎主義

20180316china


習の無思想、官僚共和国、お化け主義


區龍宇


2018314日 


原文



全人代は、国家主席が連続二期をこえて就任することはできないという憲法の規定をついに削除した。これを聞いて、わたしは毛沢東が1966年に江青に宛てた手紙の一句を思い出した。「事物はいつも反対面に向かうものである。高く飛べば飛ぶほど、墜落した時の衝撃も激しくなる。わたしは墜落して粉々になることに備えている」。習総書記よ、備えは万全であろうか。


◎習総書記の官職思想


もうひとつの重要な改憲内容は、「習近平新時代の中国特色の社会主義思想」を憲法に書き入れたということだ。結局のところ習総書記の思想とは何だろうか?2015年に習総書記が自らの神格化運動をはじめた際、「焦裕禄(訳注1式の県委員会書記」という中央党学校での講演録を発表した(原注1)。講演は語るべきものなきこの人物の無思想性が見事に反映されていた。講演は全篇にわたって、いかにして……官職を全うすべきかを教え諭している。もちろん良き官僚、清廉公正な役人としてである。「民のために官職を全うしないのであれば、故郷に帰ってイモでも売ってろ」ということのようだ(訳注2)

講演は全部で六千字にのぼり、「官」という文字が19か所登場する。読めば読むほど、どうしたことか、厳かにも歴代の官箴(役人への戒め)を読んでいるようである。現代においてこの官箴を知る者はそう多くない。かつての中華帝国では、官僚は必ず腐敗したが、それでもその道の学問があり、官箴といった類の書物が書かれ、まさに習総書記とおなじように、いかにすれば良き役人となることができるのかを教え諭したのである。官箴には多くの金言がある。たとえば「官を務めるための方法は三つしかない。いわく清く、慎ましく、勤勉であること」。さらにはこんな言葉もある。「万民の心を心とし、百官は無心であれ」。この一句は習総書記の「心中に民あらば、重責を引き受けなければならず」よりもはるかに高尚である。習総書記は冷めたチャーハンにも及ばない。どうせなら歴代王朝の官箴を読むべきであろう。そこには、文学的にも名文といえるものも含まれているし、習総書記の講演のような、党文献特有のだらだらとした文章はみられない。


また、習総書記が良き官僚となるべきだと教え諭していることは、無意識のうちにある秘密を暴露している。つまり、彼は幾度となく革命の初心を忘れるべからずと指摘するが、その実、それを忘れているのが彼自身だということである。


◎「人民の公樸」の現実


毛沢東の革命は、ある程度まで易姓革命[社会革命ではなく政権交代]であったが、それでも「人民に奉仕する」という建前はいくらかあった。それゆえ、毛主席は幾度となく、官僚の旦那になるのではなく、人民の奉仕員となるべきだと全党を戒めた。中国共産党は延安時代から全面的に旧時代の官僚制度を全面的に復活させはしたが、それでも中国国内の新聞紙上では(封建時代を彷彿とさせる)「官」という字を忌諱し、「幹部」という呼称をつかうか、「官」を使う時にはカッコに入れて用い、自分たちは「人民の公樸」であることを打ち出していた。だが現在では、習総書記は人々の前で平然と良き官僚となるよう教え諭し、歴代王朝において下部官僚からの選抜を重視していたかを公然かつ積極的に引用している。これは何かの間違いなのか、これではまるで諸君らは「革命幹部」「人民の公樸」ではなく、かつての専制王朝と同じく大小さまざまな官僚であることを認めることになるのではないのか、と。だがこのような疑問については、市井の庶民は早くからわかっていたことだ。いわゆる人民共和国は、とっくの昔に官僚共和国に変質していたのである。しかし実際にそうなっていても口には出せないとは、なぜ習総書記はかくもいい加減なのだろうか。


毛沢東は結局「お山の大将」的な革命を実行したが、それでも「革命の初心」については理解していた。しかし習総書記といえば、半封建半近代的な官僚制度の中で培養されてきたことから、初心など党の昔にわすれてしまい、官僚主義と権謀術数のほかには、凡庸さしか残らない。現代中国の官僚制度は、封建時代のそれと同じメカニズムをもっている。それは劣勝優敗であり、有能だったり独立的思考をもつ官吏を徐々に淘汰し、もっぱらイエス・マン、つまり太鼓持ちや超凡人のみが残るというものである。「無駄口をたたくな、何度も額づけ」とは、道光帝の寵臣で大学士[皇帝の補佐官]の曹振鏞の宮仕えの心得であった。


◎憲法が雑貨店に

 昨年10月の共産党19回大会の記者会見で、なぜ中国共産党の指導思想に指導者の名前を冠するのかという質問を受けたとき、当時の宣伝部副部長の答えは次のようであった。「党の指導者の名前を指導思想に用いるのは国際共産主義運動においてよく見られるやり方である。たとえばマルクス主義やレーニン主義があるし、たとえばわが国には毛沢東思想や鄧小平理論がある。習近平同志は……大いに貢献し……ゆえに彼の名前を用いて命名したが……その名に恥じない。」(原注2)この大官僚は必ず批判しなければならない。基本常識すら間違っているからだ。「マルクス主義」であれ「レーニン主義」であれ、どちらも本人自ら発明したものではなく、まして自身が所属する党派が奉じたものでさえなく、逆に彼らの敵が皮肉を込めて両人に贈った名称なのであり、おべっかを使って紹介するような代物なのだろうか。極度の自惚れだったスターリンでさえも、ソ連共産党の指導的思想として自らの名前を冠した「スターリン主義」を用いることは憚られ、「レーニン主義」を焼き直してその象徴とした。生きた指導者の名前を用いて「党の指導的思想」を命名したのは、ほかでもない毛沢東自身であり、「マルクス主義の中国化」の後の中国由来のやり方なのである。

 この宣伝副部長をあまりあげつらうのは良くないのかもしれない。「あの皇帝にこの家臣あり」だからだ。習総書記の内閣大臣[明清王朝の皇帝補佐職]が発明した「習近平新時代の中国特色の社会主義思想」という名称のなかで、「習近平」と「中国特色」の二言だけが間違いのないもので、それ以外の文言はすべて事実にそぐわないでたらめなものだ。習総書記の思想に何ら「新時代」的なものはなく、最も陳腐な官僚思想と専制思想を継承したものにすぎない。「社会主義」に至っては、あぁ!これまででのさまざまな公式の呼称である「社会主義商品経済」「社会主義初級段階」「社会主義市場経済」等々、これら導入されたものは人民を裏切る密貿易品であり、どれもこれも公共資産の私物化としての官僚資本主義に他ならない。さらに「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、三つの代表、科学発展観」などに付け加えて習近平思想が憲法に書き入れられたが、憲法があれやこれやの密貿易品が並べられた雑貨店になってしまった。

こんな笑い話がある。ほら吹きで有名な男が、長さ20丈[約35m]、幅2丈もの大蛇を見たと言った。だが周囲の度重なる疑義に対して、どんどん長さを修正していった。「たしかに20丈はなかったが、15丈はあった!」と。しかし疑義は収まらず、最終的には目撃した蛇の長さを2丈にまで修正した。するとすぐにこう問い詰められた。「大ぼらもいいとこだ!どこにそんなまん丸の蛇がいるもんか!」

 今日の中国共産党の憲法改正は、この大ぼら吹きの男が言ったまん丸の蛇と同じくらいでたらめ極まりないものである。

あれこれと述べてきたが、中国共産党にとって、一つの主義を除いて、すべてはでたらめである。それは「魑魅魍魎主義」である。「魑魅魍魎主義」とは何か?「魑魅魍魎を描くのは簡単だが人間を描くのは難しい」とはよく言ったものだ。お化けなのでどんなふうに描いても間違いではないからだ。だがそれが続けば「正当性の危機」(legitimacy crisis)が訪れることになる。結局のところ、雑貨店なのか、無冠の皇帝なのか、あるいはまん丸の蛇なのか、いったいこれは何なのだ、というわけである。

現在すでにこの状況が訪れている。中国共産党に対して、リベラル派は市場経済から乖離していると非難する。左派は社会主義を裏切ったと批判する。儒家は羊頭狗肉だと憤る。レイオフされた国有企業労働者は労働者への裏切りだと怒りをあらわにする。農民工は低端人口と言われて排除されたと罵る……、こうして中国共産党は人民の公僕から人民の公敵になってしまった。たしかにその批判の多くが公然となされているものではない。だがリベラル派であれ、あれこれの左翼であれ、最近逮捕された8人の毛沢東主義者への支援を公然と行っていることからみれば、事情は確実に変化している。少し前までは、リベラル派と毛沢東主義者はたがいを主要な敵とみなしており、党や政府がその一方を弾圧したときには、もう一方の側はもろ手をあげて歓迎していた。しかし今回は違った。

 中国共産党は、前述の笑い話の男のように批判を受けて自らの主張や振る舞いを後退させることはない。むしろ頑なに「20丈の長さの大蛇」というホラ話を貫き通そうとする。だがここでも問題に突き当たる。ホラ話を貫こうとすると結局は、白黒をつけることができるのは自分だけ、つまり自分の言うことだけが真理ということになる。つまり「朕は国家なり」である。


◎無冠の皇帝の苦悩


ここでもまた問題に突き当たる。今回の憲法改正で実現できるのは、せいぜいのところ習総書記が死ぬまでは法的根拠にもとづいてその地位を享受できるということに過ぎず、皇帝になることはできない。せいぜいなれても無冠の皇帝どまりである。無冠と冠の違いは、習近平にとってはダモクレスの剣[栄華に存在する危険]となる。毛沢東ですら後継者問題を解決することができなかったのに、習総書記がはたして……。この話はこの辺にしておこう。われわれは、冒頭に紹介した毛沢東の手紙のなかの一句を紹介して結論に代えることにしよう。「勝利に酔い痴れていてはならない。自らの弱点、欠点、誤りを常に考えなければならない。」


帝政の長所は、あらかじめ権力継承の方法が、少なくとも制度的に与えられているという事である。だが無冠の皇帝には継承方法が存在しない。これは権力継承の闘争を不断に促進することになる。しかもこの種の制度は高度の不安定さを伴い、正当性の危機に対処する能力に最も欠けるものでもある。習総書記は専制主義と旧官僚制度の全面的復活によって自らの支配を維持できると考えているようだが、この二つの「お化け」こそが、今日の中国の混乱の源なのである。一方、習総書記が直面している今日の中国人民は、識字率の低い農民が大部分を占める1949年のときの人民と全く違った状況にある。かつてのように天下を取り、天下を治めた開国の英雄が、皇帝に即位するとこは当然のことだと考えられていた。だが21世紀の今日、そのような伝統的な考えを信じる者はますます少なくなっている。


さぁ、お立会い。お芝居の見どころは最後に訪れる。

 

2018314


 
【原注】


(原注1)習近平:做焦裕禄式的県委書記(
2015/9/7、学習時報)http://dangjian.people.com.cn/n/2015/0907/c117092-27551158.html

(原注2)王暁暉:用党的領袖来命名理論是国際共産主義運動中的通行做法(2017/10/26、新華網)

http://news.xinhuanet.com/politics/19cpcnc/2017-10/26/c_129727202.htm


【訳注】


(訳注1)焦裕禄(192264):山東省の貧農の家に生まれ1946年入党。196212月、河南省蘭考県書記に就任。防風、治水、土地改良を自ら率先して進めた。64514日肝臓ガンで病死。遺言として「私を蘭考県に送り返して、砂の中に埋めてほしい。生前には砂丘の治理が果たせなかったが、死後も砂丘の治理を見守りたい」という要望を残す。死後、革命烈士に封ぜられ、662月に「人民日報」で紹介。「毛沢東同志のよき学生、焦裕禄同志に学ぶ」という社説も掲載された。

(訳注2)明代の親民聡明な地方役人の活躍を描いた映画「七品芝麻官」の名台詞。

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