虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

報告 : ミンダナオでの軍による活動家虐殺に抗議 アジア連帯講座が比大使館に抗議行動

IMG_2573 さる3月4日午後4時ごろ、フィリピン・ミンダナオ島北西部のラナオ・デル・ノルテ州で、第四インターナショナル・フィリピン支部の革命的労働者党・ミンダナオ(RPM―M)の中心的活動家で、同党が組織するパルチザン部隊である人民革命軍(RPA)のリーダーでもあった同志ルベンが虐殺された。

□参照
【フィリピン】ドゥテルテ政府軍による革命派活動家虐殺糾弾 RPM-M/RPA声明

【フィリピン】ドゥテルテ政府軍による革命派活動家虐殺糾弾 第四インターナショナル声明


 フィリピンの仲間たちは、アロヨ前政権以来、フィリピン政府との間で続けてきた停戦合意を忠実に履行し、ドゥテルテ新政権との間でも合意に向けた交渉を行う努力を続けてきた。しかし今回の虐殺事件は、非武装で友人の家族を訪問しようとしていたルベン同志に対して、フィリピン国軍の部隊の計画的・組織的犯行として準備、実行されたものだった。こうした国軍部隊の計画的殺人行為を、われわれは絶対にゆるすことはできない。

 アジア連帯講座は、四月五日、東京・六本木五丁目のフィリピン大使館に向けて、フィリピン国軍によるこうした殺人行為に抗議し、不法な計画的虐殺の責任者・実行行為者を逮捕し、裁判にかけて処罰するよう求める英文の申し入れ文書を大使館職員書簡に手渡した。大使館職員は、確実に大使に届けると約束した。申し入れ行動の参加者は、「仲間の虐殺を許さない」「殺人の首謀者・実行者を裁判にかけて処罰せよ」とシュプレヒコールをあげた。

(K)

申し入れ:在日本フィリピン大使館御中

 私たちは「アジア連帯講座」という日本の市民組織です。貴国の市民グループ・民衆組織の活動家とも連絡を持って連帯活動を行ってきました。例えば二〇一三年に中部フィリピンを襲った台風ヨランダによって甚大な被害を受けた住民たちを支援する、フィリピンの仲間たちの要請にこたえるカンパ活動を呼びかけて、仲間たちに届けてきました。

 私たちはミンダナオの民衆組織とも連帯する活動を行っています。ところが一カ月前、ミンダナオの私たちの友人からきわめて悲しいニュースが届きました。三月四日の午後四時頃、私たちの仲間が加わっている組織である革命的労働者党・ミンダナオ(RPM-M)の中心的活動家であるルベンが、フィリピン国軍の部隊によってラナオ・デル・ノルテ州のカパタガンで虐殺されたというのです。

 虐殺されたルベンは、いかなる武器も持っていませんでした。彼を逮捕しようとするならそれはs容易なことでした。しかし彼は、重武装の兵士たちによって虐殺されたのです。彼は、貧しい農民のために献身的に活動し、大地主やギャングたちの暴力に反対してきました。

 私たちは丸腰の活動家に対する、軍部隊による不法な虐殺に抗議します。この不法な殺害事件を調査し、責任者を裁判にかけることを求めます。この殺害行為を処罰すべきです。

 以上、駐日フィリピン大使館を通じてフィリピン政府に申し入れます。

 二〇一七年四月五日
 アジア連帯講座
 

報告:3.30森友疑惑徹底糾明!安倍内閣は退陣せよ!国会議員会館前行動

配信:3.30国会 3月30日、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会は、「森友疑惑徹底糾明!安倍内閣は退陣せよ!国会議員会館前行動」を衆議院第2議員会館前で行い、500人が参加した。

 23日に森友学園国有地格安取得問題で衆参両院で学園の籠池泰典理事長に対する証人喚問が行われた。籠池は、安倍昭恵・首相夫人の関与を示す秘書(官僚)の谷査恵子のFAXの存在などを明らかにした。野党は、安倍昭恵の証人喚問を要求している。しかし、安倍政権は、疑惑隠しと早期収束に向けて「必要ない」と拒否し、自民党の西村総裁特別補佐は籠池発言が虚偽の疑いがあるとして偽証罪で告発する可能性を言い放った。自民党の露骨な疑惑隠しに対して公明党の大口善徳国対委員長は、「西村氏は予算委員会を代表するわけでもない。どういう立場で会見したのかあいまいだ。国政調査権の発動や偽証罪の告発などについては、あくまでも衆参両院の予算委員会の委員長と理事が権限を持っている」と言わざるをえないところまで追い込まれている。

 実行委は、安倍政権と自民党、公明党による森友学園の国有地格安取得問題隠しを許さず、徹底糾明と安倍政権退陣に向けて国会木曜行動として設定。3月9日から開始し、今回で四波になる。

 集会は国会に向けて「森友疑惑徹底糾明!国有財産私物化するな!松井府知事の喚問行え!安倍昭恵氏の喚問行え!疑惑の政治家今すぐ出てこい!安倍首相の責任重大!稲田も金田も今すぐ辞めろ!安倍政権は憲法守れ!」のシュプレヒコールで始まった。

 主催者あいさつが小田川義和さん(戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター)から行われ、「森友学園国有地格安取得に対して安倍昭恵・首相夫人と秘書がどの程度関与していたのか。大阪府が学校認知を異例の早さで認可さたれたのはなぜか。財務省はなぜディスカウントしたのか。明確にしなければならない点がはっきりしてきた。関係者の証人喚問が必要だ。いずれも極右集団の日本会議に関係している。安倍政権が進めてきた愛国心教育・憲法破壊を許さない闘いだ。共謀罪早期審議入りを許してはならない。これらを一体として取り組んでいこう」と呼びかけた。

 小川敏夫参議院議員(民進党)、宮本岳志衆議院議員(共産党)、福島みずほ参議院議員(社民党)は、この間明らかとなった森友事件の新事実等などを明らかに疑惑糾弾と関係者の証人喚問の必要性、共謀罪廃案に向けた決意表明が行われた。

 森友学園国有地格安取得問題をクローズアップさせた木村真大阪府豊中市議(無所属)と山本一徳市議(日本共産党)が登壇。

 木村市議は、「そもそも塚本幼稚園がとんでもない教育をしていることで有名だった。今度は小学校を豊中に創設することを知った。自分の町にカルト右翼学園を作ることを許せないという気持だった。安倍昭恵名誉校長、日本会議の籠池だから政権直結だ。土地の取得などでうさんくさいことをやっているだろうと調査したら疑惑が次々と出てきた。山本一徳市議とともに昨年八月に『『瑞穂の国小学院』問題を考える会』を作った。情報公開請求し、売買契約書の一部が黒塗りだったので取り消しを求める行政訴訟を行った。これが報道され、森友学園問題に発展した」と報告。

 さらに「安倍昭恵100万円寄付問題など大きな問題となっている。籠池証言は具体的だ。昭恵さんは、フェスブックで『反論』しているが、メールでは『100万円の記憶がないんですが』などと書いている。とんでもないことだ。渡したに決まっている。しかも『1人でさせてすみません』と言った。つまり、教育勅語と憲法否定する素晴らしい教育を安倍晋三と昭恵が全面的に応援しなければならないが、立場上なかなかできないので、寄付だけても貰ってくださいということだ。安倍晋三首相が関与していたことに疑いはない。きちっと責任をとってもらうぞ。22日に財務省近畿財務局に対する背任容疑で告発状を大阪地検に提出した。真相究明していこう」と糾弾した。

 山本市議は、「塚本学園では教育勅語暗唱とか、児童虐待、親たちにヘイトスピーチ文書を送っていたなどひどい教育を行っていた。その実態を大阪府私学課も知っていた。松井一郎府知事が国会に呼んでくれと言っているのだから、さっさと国会で証言してもらいたい。関係者がなぜ学校を作りたかったのか。名誉校長が昭恵さんであり、そのバックに安倍晋三がいるからだ。国会で司法で徹底的に解明していこう」と発言した。

 海渡雄一弁護士(共謀罪NO!実行委員会)は、「政府は4月6日に共謀罪審議入りを策動している。森友疑惑徹底糾明と共謀罪反対は車の両輪だ。創価学会の創立者である牧口常三郎・初代会長は、治安維持法によって獄死した。現代の治安維持法といわれる共謀罪に創価学界、公明党加担していいのかとはたらきかけている。公明党は、法案が出された順番でやるべきだと言っている。共謀罪より先に民法改正、刑訴法改正法案が出ているからだ。どこまで公明党が頑張るかわからないが、支持する。審議入りさせないための取り組みを行っていこう。4月6日、日比谷野外音楽堂で集会を行う」とアピールした。

 俵義文さん(子どもと教科書全国ネット21)は、「2012年2月、育鵬社教科書を編集した日本教育再生機構が主催したタウンミーティングのパネリストに安倍晋三元総理、松井一郎大阪府議、八木秀次理事長が参加した。安倍は、大阪市議会で審議されていた国旗国歌起立斉唱条例、大阪府議会で審議中の教育行政基本条例を支持すると表明した。壇上で安倍と松井は握手し、自民党と維新が連携して教育政策を進めることを確認した。この中身は、森本学園でやっていた教育そのものだ。モデル学園として森本学園を建設しようとしたのだ。文科省は、この間、塚本幼稚園の3人の教員を優秀教員として表彰していることに現れている。だから昭恵夫人が主人も『素晴らしい教育だ』と言っていたと語っていたのだ」と批判した。

 最後に福山真劫さん(戦争をさせない1000人委員会)から行動提起。再びシュプレヒコールを国会に向けて行った。

(Y)

案内 : 自衛隊配備で「沖縄戦」を繰り返すな!4.1官邸前アクション

 【沖縄戦開始の日に】
南西諸島に軍事基地はいらない
自衛隊配備で「沖縄戦」を繰り返すな!4.1アクション


4月1日(土)14時〜 永田町・首相官邸前にて

呼びかけ:琉球弧自衛隊配備反対アクション
TWITTER : https://twitter.com/nobase_ryukyuko
090-1219-4519 栗原

4月1日は、沖縄本島および宮古島沖で「沖縄戦」が始まった日です。
当初から「本土決戦のための持久戦」として位置付けられて、「日本を守るため」として民間人・子どもまで根こそぎ動員した「沖縄戦」は十万人の民間人の死者を出しました。
また、奄美大島・徳之島・宮古島・石垣島・西表島など、日本軍の基地が置かれた島ほど「標的」となり手ひどい攻撃を受けたことも「沖縄戦」の大きな教訓であるべきです。

この2月に陸上自衛隊は、米カリフォルニア州にて、米日軍合同で「離島奪還訓練」を行いました。
テレビニュースでも流された「離島奪還」と称した訓練が、市街地戦闘訓練も含まれていることに、南西諸島の人々は少なからず衝撃を受けたと伝えられています。
「人の住む市街地が戦場になる」ということを前提としている時点で、いま押し進められている自衛隊配備は決して南西諸島の人々を守るためのものではないことを、政府と自衛隊は自らあきらかにしています。

自衛隊配備は「南西諸島の人々を守る」ためなどではなく、南西諸島を戦場にする準備です。
隣国を挑発して軍事的リアクションがあっても、南西諸島を戦場にして「本土」に累が及ばないようにするのが、自衛隊配備の本質です。

また、来年編成されようとしている陸自の「水陸機動団」は、米海兵隊と同じ性格を持ち、「戦争をやらない」はずの日本に必要ありません。
それを「中国の脅威」をでっち上げて煽りながら「離島奪還」訓練を重ねて、実質的には侵略戦争の尖兵として強化しようという思惑も透けて見えます。

3月28日で、与那国島で新しい陸自基地が運用されて一年になります。基地は海自・空自のミッションにも使われて、与那国島は軍事的緊張の最前線に投げ込まれてしまいました。また、基地は今も大雨の度に赤土を流出させて、美しい海を破壊し続けています。

平和な島々の生活に自衛隊基地はいりません。
また、南西諸島の島々は日本=ヤマトのためにあるわけでもありません。
強化すべきは、軍事力でなく平和的に解決するための外交力です。

4月1日、「沖縄戦」の教訓をかなぐり捨てた自衛隊配備に、共に反対の声をあげましょう。

報告 : 山城博治さんらを返せ 辺野古工事を止めろ3・17新宿デモ

17新宿-2 三月一七日午後六時半から、東京・新宿駅東口アルタ前に集まり、「山城博治さんらを返せ 辺野古工事を止めろ3・17新宿デモ」が辺野古への基地建設を許さない実行委の呼びかけによって行われ、二〇〇人が参加した。

 実行委の青木さんが「山城さんが逮捕されてからちょうど五カ月目の今日、第一回の公判が那覇地裁で開かれた。裁判所は運動しないようなら保釈を認めると発言した。とんでもないことだ。不当弾圧を許すな」と主催者あいさつを行った。続いて、弁護士の内田雅敏さんが二月二三日に山城さんと面会した時の様子を語った。「韓国で、大統領弾劾が盛り上がっていることが話題になり、一九一九年三・一独立運動、一九六〇年四・一九李承晩打倒革命の抵抗の精神が憲法の前文に書かれている。そうした歴史を引き継いでいること。山城の不在が運動の結びつきを強めているというなど運動の話をしながら元気づけた。保釈の条件に運動をしないことなどとんでもない。保釈は権利だ」。

 沖縄から安次富浩さん(ヘリ基地反対協)が電話でアピールした。

 「山城さんら三人の第一回公判が午前一〇時からあり傍聴した。三つの罪名で起訴された。三人は運動の壊滅をねらったものだと批判し無罪を主張した。検察のビデオ検証が行われた。完全な不当勾留であり、釈放を求めていく。リーダーが現場にいなくとも私たちの手で闘いをつくっていく」。

 「三月末で岩礁破砕許可が切れる。政府は県の許可なしに工事を強行しようとしている。これに対して、県は新たに埋立撤回の訴訟を起こす用意をしている。三月二五日、ゲート前三〇〇〇人の集会を予定している。許可なしに工事をすることに現場で徹底的に闘う。名護市教育委員会は辺野古岬の埋蔵文化財の調査をする。政府が思うようには工事は進まない。来年一月の名護市長選、来年一一月の県知事選の勝利に向けて奮闘しなければならない。うるま市長選(四月二三日投票)で、山内末子さん(オール沖縄、県議)の勝利に向けて声掛けを。絶対にあきらめない。不屈の精神で自己決定権・平和生存権を実現する。新しい基地を作らせない。普天間基地を即時閉鎖せよ」。

 日韓ネット、オスプレイの横田基地配備反対運動、警視庁機動隊の沖縄派遣をさせない住民訴訟、MXテレビ批判行動がそれぞれアピールした。今後の行動が提起された。3・31新宿デモ(沖縄反戦地主会・関東ブロック)、4・3防衛省前行動(辺野古実)、4・8文京区民センター集会(辺野古実)、4・15新宿デモ(MXテレビ抗議)。シュプレヒコールを行い、新宿駅南口に向けてデモを行った。

(M)

報告 : 辺野古・高江の今、お話を聞く会

16文京カヌーチーム辺野古ぶるー・ヘリパッドいらない住民の会を迎えて

 三月一六日午後六時半から、東京・文京区民センターで「辺野古・高江の今、お話を聞く会」が主催:辺野古・高江を守ろう!NGOネットワークで開かれた。関本幸さん(グリーンピース・ジャパン)が辺野古・高江の現地で闘っている人の生の声を聞くことの重要性と新基地建設に反対する環境NGOを中心とする団体による共同声明を出したとする開会あいさつをした。続いて、高江で闘っている「ヘリパッドいらない住民の会」の伊佐育子さんと安次嶺雪音さんがそれぞれ報告をした。

 伊佐さんの報告。

 「京都出身だが高江に来て三〇年になる。一九九六年のSAKO合意によって六つのヘリパッドを作ることになっていたが二度の東村の反対決議により工事はできなかったが村長が賛成にまわり、二〇〇七年に工事が着工された。高江は七、八世帯だが、子どもと生活を守り、戦争へ加担したくないので反対し、座り込みを始めた。初めはふるえた。二〇一二年、オスプレイが普天間に配備され、二〇一四年二つのヘリパッドが完成した。二〇一六年、オスプレイが飛び回り、夜間騒音は二四倍にもなっている」。

 「ゲート前にテントと車を置き、工事を阻止していた。ところが昨年七月二二日、機動隊一〇〇〇人が全国から動員され、法的根拠なしに力でテントと車を排除した。機動隊が阻止線を張り、入れなくしたので水や食料の補給が断たれた。仲間たちは歩いて阻止線を潜り抜け、水とおにぎりを届けてくれた。翌日からダンプが入ってきた。一二月までに完成させるとして、一日一二〇台もダンプが入った。ヘリで重機を運んだり、森を重機で切り裂いた。一二月二二日、北部訓練場の返還式をやったが二月末まで工事をやっていた。まだ米軍には提供していない。補修工事が残っている。私たちはあきらめず座り込みをしている。六億円の予算に六〇億円が使われた。政府に怒りを感じる。オスプレイが本格的に運用されれば住めなくなる。本当の平和をめざしたい」。

 安次嶺さんの報告。

 「森の中で暮らしたいと三年探して二〇〇三年から東村に家族で移住した。二〇〇四年からカフェを経営した。二〇〇六年に報道でヘリパッドのことを知り、ここに住めなくなるかもしれないと、基地を作らないでくれと、声をあげ続けた。オスプレイのことは何も知らないと防衛局は言っていたのに、二〇一六年六月、オスプレイ三機が毎日低空で夜一一時過ぎまで飛んだ。暗闇、低周波騒音、いつ墜ちるか分からないと不安になった。気分が悪くなり、子どもも学校に行けないと役場や教育委員会に訴えた。役所から米軍に申し入れをしたが米軍からは何の返事も帰ってこない。抗議しても何も反映されず、オスプレイは飛んでいた。七月に工事が強行された。立ち直れくらい叩きのめされた。機動隊に話しかけても無視された。工事車両を通し、生活を壊した。警察は生活を守らないことを突き付けられた」。

 「弁護団と相談し、工事差し止めの仮処分を行った。負ける要素がなかったが、裁判所は暮らせなくなるような騒音ではないとして訴えを却下した。子どもたちを守るために、宿泊施設は残し、家族は来月から隣村に移住することにした。被害を実感してほしい。高江に住んで苦しくたいへんだが一人じゃないと分かるとちょっと元気になる。いっしょにがんばろう」。

 次に、「カヌーチーム辺野古ぶるー」のプリティさんが報告した。 「一九五五年、五歳の女の子をレイプ・殺害、一九九五年、一二歳の少女をレイプ、二〇一六年、二〇歳の女性をレイプ・殺害。子どもたちは宝だから守りた
い。渡嘉敷での集団自決事件、私の父母も軍隊に動員された。軍隊は住民を守らない。パレスチナやシリアの子どもたちの命を奪うことも許されない」。 

 「カヌー隊には泳げない人もいるが自然を守りたいという気持ちで闘っている。海上保安庁によって沖にやられ、置いてきぼりにされたこともある。弾圧は抵抗を呼ぶ。釜山・ハワイの先住民、世界の兄弟とつながっている。山城博治さんらを即時釈放しろ。沖縄からすべての基地を撤去させたい」。

 プリティさんは最後に、「ジュゴンの涙」をみんなで歌い、さまざまな例をあげながら、豊かな報告を締めくくった。

 質疑応答の後、MXテレビへの抗議の報告、神奈川・千葉で沖縄から県警機動隊を返す住民監査請求をしている仲間からの報告があり、「辺野古・高江における米軍基地建設に反対し、工事中止と計画撤回を求める共同声明の趣旨が紹介された。花輪伸一さん(沖縄環境ネットワーク)が閉会のあいさつを行った。

(M)

報告 : 埋め立て工事を強行するな!山城博治さんらの即時釈放を求める3.13官邸前抗議行動

313官邸前 三月一三日午後七時から、「埋め立て工事を強行するな!山城博治さんらの即時釈放を求める3・13官邸前抗議行動」が主催:沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックで行われ、二五〇人が参加した。

 最初に、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの仲間が主催者あいさつをした。

 「山城博治さんはようやく、奥さんとの二〇分の面会が実現した。アムネスティインターナショナルは釈放の国際キャンペーンを行っているが、良心の囚人に認定しようとしている。それほど山城さんらの長期勾留は政治的弾圧だ。今、共謀罪を成立させようとしているが、これが先取的に行われているのが沖縄だ。何としても釈放を勝ち取ろう」。

 「米国はベトナム侵略戦争の時、沖縄を拠点にしてベトナムへ爆撃を行った。沖縄は戦争に加担させられた。沖縄の人の基地反対は加害者になりたくないという意識も強い。辺野古に新基地を作らせない」。

 次に、伊波洋一さん(参議院議員、沖縄の風)と福島みずほさん(参議院議員、社民党)が連帯のあいさつを行った。伊波さんは「三月一〇日、国連人権委員会で、山城さんらの長期勾留が人権侵害だと指摘された。山城さんらの即時釈放を勝ち取ろう。三月四日、辺野古ゲート前で議員行動を八〇人の参加で行った。全国と連帯しながら思いを一つにして取り組みたい。勝つまであきらめない」。

 警視庁機動隊の沖縄派遣を止めさせる住民訴訟の第一公判(3月8日)の報告があった。都は「機動隊に対して、どこにいてもカネは払うのだから違法ではない」という答弁書を出してきた。沖縄問題をまったく無視するもので許せないと話した。

 MXニュース批判行動の仲間たちは週一回木曜抗議行動を続けているが三月一九日午後六時から文京区民センターで集会を持ち、今後は各週で持続的に抗議していくと発言した。沖縄の闘いと連帯する東京東部実行委の活動報告、日本山妙法寺は二月一六日に山城さんら釈放のために宗教者共同声明を出したこと報告した。

 沖縄の大城悟さん(沖縄平和センター)が「辺野古ではダンプを止める行動をしているがそれを完全には実現できない厳しい状況が続いている。それでも思いをひとつにして、揺るぎない闘いをつくっていく。埋め立てを止めるため、子どもたちに基地を残さないたに」とメッセージを寄せた。

 その後、全国土砂搬入反対連絡会、戦争・治安・改憲NO!霞が関デモの仲間たちが発言し、練馬の公園で「土人・シナ人差別などをもじった差別落書き」が相次いでいることについての抗議声明を読み上げた。最後に辺野古実が今後の3・17新宿デモ、4・8首都圏集会への参加を訴え、五月から本格的工事が開始されるという情報も伝えられる中で、さらに闘いを進めようと訴えた。

(M)

報告 : 2017原発のない福島を!3.18県民大集会

18福島デモ三月一八日、福島県郡山市・開成山陸上競技場で「2017原発のない福島を!県民大集会」が同実行委主催で開催され、競技場観覧席をいっぱいにする五七〇〇人が県内外から集まった。

原発事故から六年が過ぎても、福島第一原発の廃炉作業は思うように進まず、原発被災者の生活再建も先が見えていない。実行委は以下の訴えをしている。

私たちは訴えます!

●東電福島第二原発を廃炉とし、福島県では原子力発電は将来にわたり行わず、福島県を再生可能エネルギーの研究・開発及び自立的な実施拠点とすること。

●放射能によって奪われた福島県の安全・安心を回復し、県民の健康、とりわけ子どもたちの健やかな成長を長期にわたって保障すること。

●原発事故に伴う被害への賠償、及び被災者の生活再建支援を、国と東京電力の責任において完全に実施すること。

角田政志さん(実行委員長)のあいさつの後、小渕真理さん(呼びかけ人)が「原発はいらない。復興ありきの政策によって権利を安倍政権から奪われている。希望に向かって励まし合おう」と発言し、集会が始められた。

 香山リカさん(精神科医、さようなら原発1000万人アクション賛同者)が特別ゲストとして、連帯の訴えを行った。

「被災地で働く自治体労働者から今でも相談がある。住民への対応でストレスがたまり、うつ病になる人も少なくない。国は終息し、乗り越えたと言い、経産省が一月二六日、福島ツデー『農産物は安心で、若者の被ばくはたいしたものではない』とCMを流した。風評被害を吹き飛ばすのは必要だが明るいイメージだけではだめだ。何が起き、実情は何なのかを明らかにしなければならない。第一原発の廃炉作業の困難さ、第二原発の廃炉問題、被災者への充分な支援問題など」。

「山城さんなど三人の初公判があり、沖縄に行っていた。基地はいらないという沖縄の民意を切り捨てている。これは福島と同じだ。福島を全世界が応援している。福島から始まる脱原発のスタートだ。心から連帯を」。

次に県民の、被災自治体の首長(浪江町長・馬場有さん)、避難を強いられている方(大熊町・渡部千恵子さん)、若者(佐藤さん・DAPPE<ダッペ:Democracy Action to Protect Peace and Equality=平和と平等を守る民主主義アクション>)がそれぞれ訴えた。

馬場浪江町長の訴え。

「六年間の過酷な避難生活に耐えてきた。大震災と原発事故から二二〇〇日になる。長い時間が経過した。八万人がふる里に戻れない。今月末から一部地域を除いて避難指示が解除される。復興の課題が山積している。第一原発の廃炉問題。除染廃棄物の処分問題。数十年数百年もかかる。暗い陰を落としている。長期間に渡り、生命・居住・財産・歴史文化を失う塗炭の苦しみを与えられた。全国・世界に伝えていかなければならない」。

「第一原発の事故は充分に究明されていない。津波による全電源の喪失以前に地震の揺れによって破断が起こっていたのか。そうであれば安全基準を根本から見直さなければならない。一切検証されていない。前橋地裁の判決は津波が予見できたのに対策をとらなかったと国と東電の責任を明確に認定した。それでも原発再稼働が進められている。国や電力会社は信用できない。何を信じて、原発と付き合うのか。信用できない原発とは付き合わない。廃炉実現、第二原発の廃炉を、原発のない社会・日本をめざそう」。

避難者渡辺さんの訴え。

「大熊町から三春に避難した。三月一二日、一斉避難勧告があり、町民はほとんど町を出た。消防士の息子と再会したのは三カ月後だった。みぞれが降る程寒い日だった。孫たちとワゴンを止めて一夜を明かした。国道288号線で郡山方面に向かう。普段なら一時間で着くところが五時間かかった。避難所では助け合った。その後、四月三日まで田村町に避難した。役場は会津若松に移った」。

「六年が経ち、戻ることなく亡くなった人が大勢いる。私の父も亡くなった。戻るために毎日歩いている人、新しい土地に移り住んだ人、県外で福島の新聞をとり死亡欄を見ている人、一次帰宅し家の周りを見ている人、家を作ったが大熊を忘れられない人」。

「電気に頼った生活だと電気が止まると終わり。井戸水を使い、汲み取り式のトレイであっても何の不自由もない。脱原発はもちろんのこと、種もみ、桜、種まき、田植えのふる里を思い出す。人間だけのものではない地球に思いをはせ、自然によりそった生活、優しい生き方が課題だ」。

若者・DAPPEの佐藤さんの訴え。

「第二原発の廃炉に動き始めたと報道されたが、東電は事実ではないと否定した。東電はさっさと決断しろ。政府は被災者が帰還しないことが足かせのように言うがそれがダメだ。一人一人の選択を尊重することが本当の復興につながる。足かせは第二の廃炉が決まらないことだ」。

「昨年一一月原発ゼロ若者ミーティングをやった。三五三人の若者が語ってくれた。電力不足が心配だという人に、原発の問題を話すとだったらない方がよいというふうに変わった。どうしたら原発依存をなくすのか。原発ゼロを可視化することが必要だ。原発に頼らないということは民主主義のテーマだ。一人一人の行動が社会を動かす。政治を人任せにしない。原発ゼロの未来をつくっていこう」。

次に「原発NO!」のプラカードを掲げ、スタンディングオベーション。集会アピール(別掲)を採択し、郡山駅に向かってデモ行進をし、原発のない社会の実現、被災者支援を訴えた。

(M)
        

18 2017原発のない福島を!県民大集会 集会アピール

東京電力福島第一原発の大事故から6年の歳月が流れました。全国的には「記憶の風化」が語られていますが、福島県民にとって原子力災害は、「忘れる」いとまもない目の前の日常です。

 避難を続けている県民は、減ってきているとは言えまだまだ多く、県内避難が39608人、県外避難が39818人、合計79446人(避難先不明を含む:2月現在)にのぼっています。これほど膨大な長期避難者を生んだ産業公害は、この国に前例がありません。

 この3月末を期して飯舘村、浪江町、富岡町、川俣町山木屋地区で帰還困難区域を除き避難指示解除が行われる予定です。ふるさと復興への一歩前進とは言えますが、すでに先行して避難指示が解除された楢葉町や南相馬市小高地区をみると、帰還した住民は高齢者を中心にわずか1割ほどです。将来希望を描こうにもあまりに条件が悪すぎるというのが、被災地域の覆いようもない現実です。

 住民の帰還の足を鈍らせている大きな要因が、第一原発の事故現場への不安です。高線量の放射能のためメルトダウンした核燃料の状況把握もままならず、燃料デブリを取り出すことができるかどうか、見通しは立っていません。昨年12月には、驚くべき初歩的な人為ミスから、冷却水の注水と使用済み核燃料プールの冷却が一時ストップするトラブルが起きました。汚染水漏洩を防ぐ切り札ともいえる凍土遮断壁も、期待されただけの効果をあげていません。

 地域の除染も困難をはらんでいます。里山の除染が試行的に始まっていますが、除染の範囲を広げれば広げるほど、汚染廃棄物の量はふえていきます。すでに県内には1200万個を超えるフレコンバックが積み上がっています。フレコンバッグの耐用年数は3年から5年です。まだ土地の買収も満足に進んでいない中間貯蔵施設に、一体いつになったら運び込めるというのでしょうか。

 県産の食品の安全性をめぐる問題も、生産者や各種協同組合の努力にもかかわらずら、根本的な解決には至らないのが現状です。県産のコメは全量検査の結果、99・995パーセントが検出限界値未満になるところまでこぎ着けましたが、コメの値段は事故前に戻っていません。農林水産物だけではありません。「福島」に対する誤解や歪んだまなざしは、福島県民、そして避難している県民への差別や偏見につながっています。昨年11月以来、避難者家庭の子どもが学校でいじめにあっていた事案がいくつも表面化しました。これらが氷山の一角だという見方に、うなずかざるをえない県民の思いは痛切なものがあります。

 子どもたちの将来にかかわって健康被害への心配も続いています。県民健康調査で子どもの甲状腺がんが多く見つかっていることについては、まだ確たる評価は下されていませんが、検査の結果として現に手術を受けた患者さんの体と心の傷は、簡単に癒えるものではないでしょう。また、慢性疾患の増加や「うつ」傾向の広がり、子どもたちの運動能力の低下など、心身の被害は現に広範囲に及んでいます。

 第一原発の処理費用の負担問題も重要です。廃炉にかかる費用の試算額は当初の2兆円が8兆円にまで膨張し、除染と賠償を加えれば全体で21・5兆円に達すると予想されています。経済産業省は、その少なからぬ部分を託送料に上乗せして電気料金に転嫁することを提案しています。「償い」である賠償金まで国民に負担させようとは、なんと理不尽なやり方でしょうか。

 さて、私たちが声を大にして要求してきた福島第二原発の廃止は実現するのでしょうか。昨年11月22日に発生したやや大きな地震にさいし、第二原発3号機の使用済み燃料プールの冷却機能が一時停止するという、肝の冷える事態が生じました。福島県議会は全会派が一致して意見書をまとめ、あらためて福島第二原発の全基廃炉を強く主張しています。意見書が言うとおり、福島県は「県民の総意として、国へ対して幾度となく廃炉の実現を強く求めて」きましたが、国は「一義的には電気事業者が判断する」ことだという逃げ口上を繰り返すばかりです。しかし東京電力ホールディングスの株式の過半数は、国の設置した「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が保有しています。政府さえその気になれば、廃炉を決めることはすぐにでもできるはずなのです。

 第二原発全基廃炉を求める「オール福島」の声に背を向けながら、政府が何をしているかといえば、各地の再稼働の推進です。福島事故後、5基の原発が再稼働しました。もっともそのうち関西電力高浜3・4号機は、地方裁判所の仮処分命令で再停止になっていますが、原子力規制委員会の審査を通過したもの、および審査中のものは全国で20基以上にのぼっています。政府はあくまでも早期原発回帰への執着を捨てず、福島第二原発の廃止を断じて口にしないのも、そのことの表れにほかならないでしょう。第二原発の廃止は決して「自明のこと」ではないといわなければなりません。

 福島原発事故と放射能災害は、いまなお継続中です。万単位の住民がふるさとを奪われたまま、公的支援や賠償責任は次第に縮小されようとしています。そうした中で多くの人々が、あるいは「被害者訴訟」に打って出、あるいは「脱原発訴訟」の原告となり、人としての権利を声高く主張しています。これらの裁判は近々、結審あるいは判決の日を迎えることと予想されます。また原発の立地県では、性急な再稼働をよしとない知事も生まれています。事態は決して政府の思い通りに進んでいるわけではありません。

 私たち福島県民が全国民の未来のために果たすべき最大の使命は、福島第二原発の廃止です。それは県議会の言うように「県民の総意」であり、政府と東電がこれを受け入れないのは県民の総意を真っ向から踏みにじるものです。立場や利害の違いを乗り越え、力を合わせて、「原発のない福島を!」の声をさらに高くあげていきましょう。

 2017年3月18日
 2017原発のない福島を!県民大集会

報告:3・14共謀罪国会提出許さない!国会正門前集会

14共謀罪
 3月14日、共謀罪NO!実行委員会と戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会の共催で「3・14共謀罪国会提出許さない!国会正門前集会」が行われ、500人が参加した。

「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」とはすべての民衆

 安倍政権は、2月28日、民衆監視と対テロ治安弾圧体制強化に向けた「実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪の遂行」罪(共謀罪)を新設する組織犯罪処罰法改正案原案を自民党、公明党に提示した。しかし、民衆に危機を煽り、騙すためのテロの表記が一切ないことに対して批判が出たため、「テロリズム集団その他の」の文言を加えた改正法案をデッチ上げた。修正改正法案の表題を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画」罪とし、「【テロリズム集団その他の】組織犯罪集団の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行なわれたときは、当該各号に定める刑に処する」と明記した。原案と同様に条文には、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団組織的犯罪者集団」の定義・範囲を明記していない。

 つまり、安倍政権、警察権力と公安政治警察は、グローバル資本主義と日本国家防衛という階級的任務を貫徹していくために既遂処罰が原則の法体系を破壊し、未遂でも罰することを可能にすることを狙っている。共謀罪と称していつでもどこでも窃盗罪、組織的な封印等破棄罪、組織的な強制執行妨害目的財産損壊等罪、組織的な強制執行行為妨害等罪、組織的な逮捕監禁罪、組織的な強要罪などを適用し、準備行為を立証するために盗聴法などを拡大した刑訴法を悪用してくるだろう。電話・メール・フェイスブック・ライン・盗撮・衛星利用測位システム(GPS)機器設置にいたるまでプライバシー侵害の違法行為のやりたい放題だ。

 人権侵害に満ちた修正案に対して法務省官僚は、「テロリズム集団は組織的犯罪集団の典型のため、あえて明記する必要はないと考えていた。再検討し、テロ等準備罪の対象をより正確に理解できると考えた」と補強した。与党もテロの表記が入ったため「国民に説明しやすくなった」などと民衆を騙す法案性格の「本音」を言い出しながら法案を了承した。安倍政権は、共謀罪を3月10日に閣議決定する予定だったが、原案修正と与党対策のために21日に延期した。

 共同通信社は、3月11~12日、全国電話世論調査を実施し、共謀罪に反対が45・5%、賛成が33%だった。毎日新聞の全国世論調査(11~12日)でも反対が41%、賛成が30%だった。いずれも前回の調査では賛成が反対を上回っていたが、今回は共謀罪反対が多数を示した。急速な反対運動の拡大によって安倍政権の危機アジリと「テロ対策」のウソが瓦解しはじめた現れだ。言論の自由、結社の自由、通信の秘密、基本的人権の破壊の共謀罪の正体を暴き出し、賛成派に切り込んでいきながら廃案運動を拡大していこう。

共謀罪法案上程阻止・廃案へ

 国会前集会は、「戦争法と一体の共謀罪は絶対反対!言論封じの共謀罪はいらない!閣議決定絶対反対!答弁不能の金田法相はただちに辞任!」のコールから始まった。

 主催者あいさつが海渡雄一弁護士(共謀罪NO!実行委員会)から行われ、「共同通信と毎日新聞の世論調査で共謀罪反対が賛成より上回った。反対の声が少しずつ世論を変えてきた。政府の偽りの情報を打ち破り、テロ対策ではなく政府に異議申し立てする市民を一網打尽にする戦前の治安維持法なみの治安立法だと示されたからだ」と強調した。

 国会議員の発言では逢坂誠二衆院議員(民進党)、山下芳生参院議員(共産党)、福島みずほ参院議員(社民党)から行われ、共謀罪廃案に向けた決意とともに森友学園問題、稲田防衛相糾弾が続いた。

 落合恵子さん(作家)は、「森友学園の不透明きわまりない問題や東京都の豊洲問題百条委員会についてメディアは盛んに報道している。その影に隠れて共謀罪が前のめりになっている。あわててテロという文言を入れた。テロとオリンピックをドッキングさせたら、みんな納得するだろうという安易さを許せない。政府は言い換えで本質を隠してきた。私たちこそ民主主義の下に彼らをアンダーコントロールすべきだ」と発言した。

 鎌田慧さん(ルポライター)は、「共謀罪によって盗聴、司法取引、尾行などを行ってくる。共謀罪によって『社会を脅かす』者だとしてデッチ上げ、逮捕する。沖縄の山城博治さんは、いまだに釈放されていない。怪しいヤツを安心・安全のために逮捕するのが狙いだ。国会包囲によって共謀罪を粉砕する」と訴えた。

 桜井昌司さん(布川事件えん罪被害者)は、「えん罪被害者は警察を信用できない。いかに悪党の組織かを体験して知っているからだ。人を死刑にするために、平然と証拠を捏造する。警察が共謀罪を持ったらヤクザに拳銃を与えるのと同じだ。裁判所も信頼できない。沖縄の山城博治さんは釈放されているはずだ。裁判所は警察にフリーパスを与えているからだ」と批判した。

 続いて三澤麻衣子弁護士(共謀罪法案に反対する法律家団体連絡会)、武田隆雄さん(日本山妙法寺)、秘密保護法廃止をめざす藤沢の会 斉藤隆夫さん(秘密保護法廃止をめざす藤沢の会)、宮崎俊郎さん(盗聴法廃止ネットワーク)がアピール。

 最後に高田健さん(総がかり実)が「3・21共謀罪閣議決定糾弾 首相官邸前行動」、「自衛隊は南スーダンから即時撤退、共謀罪反対、3・19国会議員会館前行動」「4・6共謀罪反対!日比谷野音集会・デモ行動」などを提起した。

(Y)

【フィリピン】ドゥテルテ政府軍による革命派活動家虐殺糾弾 第四インターナショナル声明

polmil1【フィリピン】
第四インターナショナル声明
ミンダナオで同志ルベンが暗殺された
二〇一七年三月七日
第四インターナショナルビューロー


 二〇一七年三月四日、同志ルベンがフィリピンのミンダナオ、ラナオ・デル・ノルテ州で軍により殺害された。

 これは明らかに暗殺だった。ルベンは確かにお尋ね者だった。彼が、第四インターナショナルフィリピン支部である革命的労働者党ミンダナオ(RPM―M)と人民革命軍(RPA)に参加したことを理由としたものだ。しかし彼はその時友人たちと家族を訪れようとしていたのだ。彼はどのような武器も所持していなかった。彼の逮捕は簡単にできることだっただろう。しかし彼は処刑されたのだ。

 カパタガンで作戦を指揮したのは警察(彼らもそこにいた)ではなく、重武装の政府軍歩兵大隊だった。彼は殺害されたただ一人であり、数知れない弾丸を撃ち込まれた犠牲者となった。

 ルベンは、一九九四年の分裂とRPM―M/RPA創立過程への参加まで、フィリピン共産党および新人民軍(CPP―NPA)の一メンバーだった。彼は政治的、軍事的カードルとして、農民と田舎の貧しい者たちを防衛したがゆえに、そして麻薬取引に反対する活動、選挙期間中の当地政治家による票の買い取りに反対する活動、横暴な地主の手先になったならず者たちや取り巻きたちと対決する活動、ちなみにルベンは彼らを武装解除したのだが、そうしたことのゆえに当地の地主の中に数多くの敵を作った。

 ミンダナオ北西部におけるRPM―M/RPAの人気は、一九八〇年代はじめ(当時は毛沢東主義派の共産党の下で)に遡る。一九九四年の分裂後、新しい組織は首尾一貫して、専守防衛的な政治・軍事姿勢を採用してきた。彼らは軍に対するあらゆる攻撃的な作戦を止め、アロヨ政権の下ですぐに和平協議を始めた(二〇〇一―二〇一〇年)。

 現大統領のドゥテルテはフィリピン、特にミンダナオでの和平プロセスを再開すると約束した。警察と軍による攻撃、ルベンの暗殺は、この約束に反している。事実上これは、それ以前にRPM―M/RPAとの間で始められていた和平協議への違背だ。

 われわれはルベンの同志たちの深い悲しみを共にする。そして彼らにわれわれの心からの深い連帯を送る。

 超法規的な殺人がすでに数多くの犠牲者を生み出している以上、あらゆる進歩勢力と革命勢力を確実に支えるために、われわれは国際的連帯を必要としている。

(「インターナショナル・ビューポイント」二〇一七年三月号)

【フィリピン】ドゥテルテ政府軍による革命派活動家虐殺糾弾 RPM-M/RPA声明

training4フィリピン
RPM―M/RPA声明
同志ルベン虐殺を糾弾する
二〇一七年三月五日
ハロルド・フェルナンデス


 同志ルベンに革命的敬礼を送る!

 人民革命軍(RPA)の全武装パルチザンは、ラナオ・デル・ノルテ州カパタガン、バゴン、プロク8で、政府軍部隊が二〇一七年三月四日に行った、同志ルベンの虐殺を強く糾弾する。

 前述した悲劇の午後、マルルーイ・S・ディセン中尉、小隊指揮官フェルナンド・オリベロスジュニア少尉が率いた第三歩兵師団一五歩兵旅団ブラボ中隊の多数かつ完全武装の部隊は、同師団同旅団大隊長アウディ・E・モンガオ中佐の司令の下に、多数の国家警察(PNP)部隊と共に、彼らの主張では同志ルベンの逮捕状執行を名目として、ラナオ・デル・ノルテ州カパタガン、ブルギ・ティアコンガンのある家の手入れを行った。

 同志ルベンは、フィリピン軍(AFP)武装部隊が家に近づくことに気付いた。そして、自身が武器をもっていなかったことからすぐ国軍から逃げようと決めた。しかし、大口径の武器を携えた敵の数を考えれば、逃れようとした彼の試みは不可能だった。彼はただ一人にすぎず、もっていたのは携帯電話だけだった。友人、家族と人々を訪ねるためにその場にいたからだ。

 その場に現れた武装人員の数を前提とすれば、本当の意図は同志ルベンを消すことだった。ルベンに打ち込まれた弾丸数から理解できることとして、それは一種の虐殺だった。まったく鮮明かつ非常に赤裸々であったことは、前記の作戦が警察の作戦というよりも主に軍事作戦だったということだ。それは、たとえ彼の逮捕状が彼に渡されると想定されていたとしても言えることだ。

 同志ルベンは、何らかの殺し屋であったことも、他の非革命的な活動に関わったことも一度もない。彼は、一九九〇年代初めにRPAがCPP―NPA(フィリピン共産党―新人民軍)から分裂した時から、RPAの精力的な政治的かつ軍事的カードルだった。

 彼は、犯罪者に対し、また政府軍部隊や横暴さや抑圧的なことで知られていた個人に対してはなおのこと断固としていたことで知られていた。事実として彼は、違法な麻薬取引に対する現ドゥテルテ政権のキャンペーンを、ただし超法規的手法ではない取り組みを支持して声をあげた人々の一人だった。彼が強く確信していたことは、この国に広がる麻薬問題が、わが人民の圧倒的多数を苦しめているひどい貧困と社会的不平等の象徴、ということだった。

 同志ルベンは、RPAパルチザン部隊の一メンバーとして、彼の作戦地域の農村共同体と貧しい田舎の人々を防衛することに大きな精力を傾けてきた。彼は、殺人者たちが行った悲しむべき事件まで、彼の政治的任務と軍事的任務を私心なく行ってきた。彼は、最後の数時間まで人々と共にあろうとした。

 RPAは革命的労働者党ミンダナオ(RPM―M)の武装部隊として、一九八〇年代はじめからラナオ・デル・ノルテ州を含むミンダナオ北西部に存在してきた。RPM―Mがアロヨ政権の下で、RPAとフィリピン政府との休戦協定に署名した後、RPAの同志たちは、この協定をしっかり守り、民衆の極端な貧困の結果としての武装紛争を平和的に解決するという路線を維持しようと務めてきた。

 同志ルベンの殺害は、この協定に対する違背だ。これは、ドゥテルテの下で現政府が取りかかっている和平の性質に対し、多くの疑問を起こさせた。しかし、これではるかにはっきりしたことは、AFPが達成したいと思っている和平は墓場の平和、ということだ。

 われわれは同志ルベンを失ったことを深く悲しむ。しかしわが同志の死を無駄にすることなど決してないだろう。

われわれは勝利する!

全国作戦司令部(NOC)

▼筆者は革命的労働者党ミンダナオ(RPM―M)/人民革命軍(RPA)のスポークスパーソン。(「インターナショナルビューポイント」二〇一七年三月号)
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