虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

【福島第一原発】「警戒区域」半径20キロでは狭すぎる-政府はあらゆる情報を開示しろ!

■放射能は「伝染病」ではない 福島県民差別を許すな

各メディアですでに報じられているが、すでに震災や津波、そして福島第一原発の大事故によって福島県外に避難している福島の人々に対する「被曝者差別」ともいうべき事態が広がっている。船橋ではある子どもが「福島から来た」と言った途端に子どもたちが一斉に逃げ出す、あるいは茨城県つくば市は福島からの転入者に放射能検査を要求する、または福島ナンバーをみたら罵声を浴びせたり、車体に落書きするなどの悪質な事例も起きているという。


図:想定される警戒区域など


これらの事態は、放射能・放射性物質に関する知識の無理解からくる予断と偏見に基づく差別行為だ。しかし、原発が事故を起こして放射能が漏れているという時点でこのような事態は充分予測可能な事柄であり、放射能の最低限の基礎知識について積極的に広報することを怠った政府に最大の責任がある。政府は、放射能・放射性物質についての正しい知識を積極的に広報しろ!


ある意味常識的なことだが、やはり何度でもそしてあらゆる場所で指摘する必要があるだろう。放射能は人から人に感染するものではない。もちろん大量被曝した衣服から被曝するということは論理的にはあり得なくはないが、実際問題として福島第一原発の周囲数キロを何日も徘徊して、着の身着のままで避難してくる人や防護服で移転する人はいないのだから、転入者の普段着から被曝などはありえない。あるいは、たとえ第一原発の周囲を数日歩いて着の身着のままであったとしても、すぐシャワー浴びて着替えればいいだけのことである(衣服類は廃棄するべきだが)。


また、被曝地の人や動物の亡骸も除染は必要だろうが、逆に言えば拭いたり洗ったりして除染すればよい。これは生きている人や動物についても同様だ。これらは、放射能が人から人へ「伝染」するという偏見に対しての知識であり、内部被曝はまた別の事柄だ。しかし、内部被曝した人や動物が放射能を発して他者を被曝させるというものではない(食さないかぎりにおいて)。


この程度の最低限の知識も積極的に広報しない政府の怠慢は重大な過誤である。原発事故への怒りを福島県民への差別にすり替えようとでもしているのだろうか。私たちは、この作られる「新しい差別」の蔓延を絶対に阻止しなければならない。


■「警戒区域」は半径20キロでは済まない


4月21日、日本政府菅政権は、災害対策基本法に基づいて、福島第一原発から半径20キロをほぼ強制的に人を立ち退かせ、立ち入りを制限する「警戒区域」に指定することを発表した。住民も含めて立ち退きを拒否する者や立ち入ろうとする者への罰則が付されるという点は同意しないが、遅きに失したとは言え、止むを得ざる措置だと考える。しかし、「半径20キロ」ではすでに報じられている放射能の拡散状況から考えても範囲が狭すぎるし、いまだ政府は今回の大事故を過小評価することに汲々としているようにしか考えられない。


3月20日には、福島第一原発の北西約40キロの飯館村で採取した雑草の葉から1キログラム当たりヨウ素254万ベクレル、セシウム265万ベクレルを検出したと文部科学省が発表した。これは、甘いとされるいまの日本のセシウム基準値ですら野菜で500ベクレル、チェルノブイリ事故を経験したウクライナでは40ベクレルであり、いかに飯館村で検出された数字が異常なものか分かるだろう。


また、杓子定規に同心円で「福島原発から○キロ」などと「警戒-避難区域」を指定することにあまり意味をなさないことは、この飯館村の事例であきらかだろう。もちろん一定の基準としては必要な側面もあるが、私たちは少なくとも(基本的に)半径40キロの「警戒区域」化と風向きや地形、気象に応じた柔軟な対応が必要だと考える。


福島市の市立第一小学校では、福島県の発表で空間線量3.4マイクロシーベルト、大気中放射能濃度5.066ベクレル、土壌放射能14,743ベクレルが検出されているhttp://www.pref.fukushima.jp/j/schoolairsoil.pdf。政府は「空間線量3.8マイクロシーベルト/時未満の学校では、通常通りに校舎や校庭を利用するとの考えを政府の原子力災害対策本部が示し、安全委が了承した」としているがとんでもないことである。これは年間被曝量をどんなに少なく見積もっても40ミリシーベルト、日常的な食べる飲むなども勘案すれば実際は100ミリシーベルトを超える値である(たんぽぽ舎『地震と原発事故情報 その47』参考)。100ミリシーベルトの年間被曝量とは、大人でも人体に影響がでるレベルである。


一方すでに3.8マイクロシーベルトを超える数値が出ている福島市内の幼稚園・小中学校は13校に上るという。それらの学校では体育や遊戯、遠足などの「屋外活動」を制限し、学校によっては「屋外活動」を1時間に制限するという「対策」をとるということが報じられている。


しかしもはや、「屋外活動」を制限すればやり過ごせるレベルではない!最低限かつ緊急の措置として、政府は福島市内全域と年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域の妊婦、乳児から18歳の子どもたち全員を県外に避難・疎開させなければならない。あるいは家族ごとの避難を希望されれば最大限サポートし、経済的あるいは精神的な支援体制を早急に取り組まなければならない。この事態を放置することは、もはや未必の大虐殺だ!


日本政府は4月12日、福島の事故が、国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価をチェルノブイリと並ぶ最悪の「レベル7」であることを公式に認めた。しかし、一方では「福島の放射能漏れの量は現在、チェルノブイリの10分の1未満」などとしている。そもそも、その放射能漏れの量をどのように算出しているのか必ずしもあきらかではなく、正確な数字かどうかも検証するすべもない。オーストリアの気象地球力学中央研究所の調査によれば、福島での事故以降一日平均5千兆~5京ベクレルの放射性セシウムが蒸気となって放出されているとしている。チェルノブイリは10日間に放出された量は8.5京ベクレルである。福島では一ヶ月以上に渡って、少なくとも三つの原子炉が放射能をだだ漏れさせ続けているのである。これは人類が初めて体験する未曾有の大量放射能漏れ事故なのだ。


そして、内閣府はこの「レベル7」の発表を受けて15日、「チェルノブイリ事故と福島原発事故の比較」を公表したhttp://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html 。 それによると、チェルノブイリでは「(事故発生から)3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない」あるいは「清掃作業に従事した方」や「周辺住民」に健康への被害はまったくなかったとしている。そして、そのチェルノブイリより放射能漏れの程度が低い福島では、健康被害などありえないという論法だ。


こんな文書を怒りなしに読むことができるだろうか!チェルノブイリでは、いまも広範囲に渡って甲状腺がんや白血病などを発病させ死んでいく人々が後を絶たない状況である。死者は累計して最も低く見積もって数千人、現地の専門家によっては最終的に700万人に健康被害を及ぼすだろうとしている。ベラルーシで治療経験を持つ菅谷昭松本市長によると「15歳未満の甲状腺がんというのは100万人に一人か二人しかならないのが普通です。ところがチェルノブイリ事故の汚染地では、それが100倍から130倍に跳ね上がった」と証言している(週刊現代4月30日号)。


日本政府にとっては、これらの健康被害はなかったことにされているのだ。これは数年後に健康被害が露見しても、「原発事故との因果関係は認められない」などとして逃げ切る布石である。そうして日本政府・菅政権は打つべき対策を打たずに、事故の責任と補償問題から逃げることばかりを考えているのである。絶対に許すことはできない。


年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域はすべて「警戒区域」に指定するべきだ。いま時点の放射能測定値だけで物事を考えるのはナンセンス極まりないやり方だろう。なぜなら、福島原発はいまこの瞬間にも放射能・放射性物質を漏らし続け、しかもいつ止められるか目途もたっていない状態なのだ(東京電力が17日に発表した福島第1原発の原子炉を「冷温停止状態」にするまで6~9カ月程度かかるとする工程表などは超楽観的な希望的観測にすぎない)。


たとえば、福島市水道局は「環境放射能測定結果」を県発表として公開しているが、他県のどの水道局の同様の発表と比べてもおざなりなもので、数値を示さず、ただ「政府基準を下回っている」とだけ発表している。しかし、セシウムの基準値はウクライナの2ベクレルに対して、日本はその100倍の200ベクレルに設定されている。放射性ヨウ素ならばWHO基準の1キロの水で1ベクレルに対して、日本の基準値はなんと300ベクレルなのである。


日本政府の恣意的で手前勝手な基準値を信用していたら、命がいくつあっても足りない! 福島市水道局は「放射能測定結果」を数値で表せ!また、各地の水道局もただ「不検出」とする表記で済ませているが、まったく放射性物質が「検出」されなかったのか、政府の基準値以上は「検出」されなかったのか不明なケースが多い。このような公共の安全に関わる重大事項はすべて、数値で表記しなければならない。


重ねて言おう。福島第一原発から(基本的に)半径40キロ、そして福島市と年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域はすべて「警戒区域」に指定しろ! 早急に妊婦・乳幼児から18歳までの子どもたちを緊急避難させろ!


■「警戒区域」に罰則はいらない


ただし、「警戒区域」で立ち退きを拒否する者や立ち入ろうとする者への罰則が付されるというのは行き過ぎであり、治安維持や防犯を名目にした別の意図を疑わせるものだ。また、住民たちへの説明が「警戒区域」を指定する前日というのも、地元を軽視した拙速かつ乱暴極まりないやり方だと言わざるを得ない。


長く居住していた故郷への愛着から立ち退きを拒否する住民やどうしても必要なものを取りに帰ろうとする者、飼育してきた牛や豚などの様子を一目見ようとする者がいるであろうことは想像に難くないだろう。こういう人々をも「処罰」をちらつかせて立ち退かせるのは、あまりに道義にもとるというものだ。そもそも、この原発事故は政府の歴史的な原発推進政策の結果もたらされたものではないか! その政策の被害者に対して「故郷に戻ったら逮捕」などと恫喝するような施策はあまりに間違っている。必要なのは、正確な情報の伝達と退去の必要性を粘り強く訴えることだ。


また、福島原発から20キロ圏内で放射能を測定するNGOや事実を報道しようとするジャーナリスト、被災した動物の救出活動をすすめているアニマル・ライツ(動物解放運動)の活動家たちも、見つけ次第叩き出し、場合によっては検挙するということだろうか。これでは、福島原発周囲20キロを秘密のベールに覆い隠し、政府が真偽の確かめようのない情報を一方的に流すということになるだろう。


政府・菅政権は情報遮断につながる「警戒区域」の処罰方針を撤回しろ!必要なのは、安全に留意するための「注意喚起」だ。そして、民衆は民衆自身の手によって、この原発大事故の真相や被害状況を調査する権利がある。また、被災して徘徊する動物や畜産用の牛や豚を可能な限り保護して飼い主の元へ戻す努力をする必要もあるだろう。動物たちもまた被災者たちの心の友であり、かけがえのない財産なのであり、その動物たちが人間の引き起こした人災で何らの救いの手も差し伸べられないなどということも絶対に許されない。


■政府はあらゆるリスクを正確にあきらかにしろ


東京電力が17日に発表した「工程表」によれば、福島第一原発の原子炉を「冷温停止状態」にするまで6~9カ月程度かかるとしている。こんなものは、すべて自分のイメージどおりにコトが進み、かつすべて順調に作業が進んだ場合、ということを前提とした超楽観的な希望的観測にすぎない。実際は、余震や落雷、台風、なにより現場の作業が長期間維持できるのかなど、様々な不確定要素があまりに多すぎて、楽観的に考えることなど出来ない。


経済産業省原子力安全・保安院は、18日の内閣府原子力安全委員会で、初めて燃料棒の溶融を公式に認め、報告した。保安院は1~3号機で「燃料ペレットの溶融が起きている」として、「溶けた制御棒と燃料ペレットが、下にたまった水で冷やされ、水面付近で再び固まっている」としている。


しかし、東電自身が「6~9カ月程度」としている燃料棒の冷却期間中に何かのトラブルで下に落ちた燃料棒の冷却が不能になった場合、コンクリートを突き抜けて地下水脈に達して水蒸気爆発を起こす可能性や、あるいは圧力容器内の温度が上がり、燃料棒が大量に溶けて、容器の中で水素爆発が起こす可能性もいまだ決して低くないように思える。そして、一つ爆発すれば、もはや冷却作業は完全に不能になり、1~3号機と1~4号機の燃料プールの七つすべてが爆発することになるのである。


このような事態に至れば、もはや日本のどこにも逃げる場所などないが、政府はこの最悪の事態の可能性があるのかないのか、あるとすれば何%の可能性なのか、すべてあきらかにして最大限の避難態勢を構築するべきである。


それには原子炉の冷却作業の完全な情報公開が必要だ。よほどのことがないかぎり、ある日突然前触れもなく原子炉が爆発することはないだろうから、真実をあきらかにした上でパニックを回避する避難方法をシミュレーションし、すべての市民にヨウ素剤を無料配布し、原子炉爆発の危機が100%去るまで市民の避難態勢を構築・確立するべきだろう。


あるいは、数パーセントでも爆発の可能性があるのならば、海外への避難を希望する者のために各国に協力を要請し、海外での受け入れ態勢を早急に構築して、子どもたちと希望者から順次避難させなくてはならない。そして、避難時の生活補償・賃金保障・就労補償の緊急支援措置を制定する必要があるだろう。


これはもはや、絶望的な状況における絶望的な提案でしかないが、それでも政府が民衆の運命を秘密にして「神のみぞ知る」などとする態度は許すわけにはいかない。そして、一人でも生存させるための可能性を、政府も、そして社会運動も追求していかなければならない。


■浜岡原発を今すぐ止めろ! 菅は政治判断を!


最後に詳細は稿をあらためるが、気象庁が関東・甲信越地方も含めて震度7前後の地震の可能性に言及しているなかで、浜岡原発がいまだ稼動していることは戦慄すべき事柄である。浜岡がもし地震でダウンしたら、「発電所から風下方向の70キロメートルまでの範囲の人全員が全身被曝によって死亡し,110キロメートルの範囲の人の半分がやはり全身に浴びた放射線や放射能によって死亡する」(『大地震によって浜岡原発全体で事故が起こったら』上澤千尋-子力資料情報室 浜岡訴訟資料からhttp://www.stop-hamaoka.com/higaiyosoku.htm)という大惨事に至る可能性も指摘されている。この浜岡原発を今すぐ止めることは、日本社会運動全体の焦眉の課題だ!


 浜岡原発を今すぐ止める大運動を早急にさらに大きくつくりだそう!
 菅首相は"政治主導"によって浜岡原発の即時停止を政治判断せよ!


(F)

【案内】5.1 辺野古に基地を押しつけるな! 新宿ど真ん中デモ

辺野古に基地を押しつけるな! 新宿ど真ん中デモ
――軍隊がTOMODACHI? お断りします。――


5月1日(日)@新宿駅東口広場(アルタ向かい)
ごご1時30分 事前街頭情宣
ごご3時 デモスタート


お断りします、震災にかこつけた軍隊出動。
避難者には一日一食、民間の支援者は締め出しておきながら、
東北の被災地をここぞとばかり、日米共同軍事運用の実験場にする日本政府。

ホラ日本に米軍は必要だよねと、余念のないアピールの裏で、
海の向こうではこりもせず、リビアにまで戦火を拡げるアメリカ政府。

お断りします、危険な原発。
原子炉融解の責任から逃れ、下請け労働者を放射能にさらす東京電力。
大都市の繁栄のために、地方には核発電所や処理場を押しつけ、
国外にも核廃棄物をばら撒きながら、平気でいられるこの社会。

連想せずにはいられない。
核発電所・廃棄物の押しつけ構造から、沖縄への米軍基地の押しつけ構造を。

そして忘れてはいけない。
辺野古への基地押しつけに向けた5月の日米会合が、いまだ日程にのぼっていることを。

高江のヘリパッド工事再開もまた、遅くとも7月には予定されていることを。

自粛ではなく、責任者を追及しよう。
現実の被災から離れての「お祈り」ではなく、軍隊や核施設を「お断り」しよう。

誰かを犠牲にした「平和」や「繁栄」を拒否し、押しつけの構造に反対しよう。

いまこそ新宿のど真ん中で!

主催:沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会
http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09
http://twitter.com/domannakademo no.base.okinawa@gmail.com

★もし沖縄・高江で米軍ヘリパッド工事が再開されたら、その日の18時に防衛省前へ!
http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110308/1299560057

★4月4日防衛省に抗議申し入れしました!
http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110405

★2月20日アメリカ大使館前デモ→不当逮捕→奪還までのレポ―ト:
主催者:http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110307/1299529374
「アメリカ大使館前弾圧救援会」:http://d.hatena.ne.jp/ametaiQ/

★なぜ「お断り」なのか

Q. 東北の被災者を助けるのに、軍隊だのなんだのって言ってる場合じゃないでしょ!

自衛隊も米軍も現地でがんばっているのに、なんで「お断り」しなきゃいけないの?

A. 日米政府は、被災者救援以上のことを軍隊をつうじてやっている(「沖縄に基地が必要」の宣伝など)。こんなときだからこそ、そういうことは公然と批判すべきだ。

被災者への効果的な人道支援は必要です。しかし...

1:軍隊による上からの統制は、民間人が避難したり、連絡をとりあったりすることの妨げにもなります。また、首都圏の避難所の多くでは、民間のボランティアからの炊き出しが締め出され、被災者には屋根が与えられるだけという状況もあります。

下からの支援の動きを押し殺すような統制は、被災者のためになりません。

2:震災を口実に「軍隊必要」のキャンペーンが張られていることを、見逃してはなりません。日本政府は日米の軍隊の共同運用を「トモダチ作戦」などと名づけ、日米軍事協力の「必要性」を積極的にアピールしています。

また「思いやり予算」を「ホストネーション・サポート」と名前だけ変えて延長したことで、この災害にもかかわらず日本は米軍にばく大なお金をつぎこみ続けることを決定しました。3月から行われているNATO軍のリビア空爆(アメリカが中心に進めている)にも、日本で批判の声はほとんど上がっていません。

3:沖縄への基地押しつけにも、この震災は利用されています。日米両政府の高官は、在沖・在日米軍の被災地支援を口実に在沖縄米軍の必要性を主張するという、火事場泥棒のような宣伝をおこなっています。さらに、沖縄への差別発言が問題となって米国務省日本部長を更迭されたメアは、東日本大震災の支援活動などを行う特別作業班の調整役に就かされました。


Q. 原発の問題と基地の問題は別なんじゃないの?

A. 基本的には別な問題だけど、それでも双方ともに「押しつけ」の構造はよく似ている。

沖縄への「本土」からの差別の問題など、完全に同列に語れないことも多くあります。

しかし、少なくともつぎのような共通点があります。いずれについても言えるのは、為政者や首都圏の中流以上の住民の「安全」や「利益」のために、基地や原発を押しつけられている現地住民の生活が脅かされつづけている、ということです。

1:交付金づけ経済、背景としての貧困: 地場産業では成立しない貧困状況へのつけ込み。第二次大戦後の第一次産業切り捨ての歴史。基地も原発も、そこに居座られた後は、その地域の産業構造自体が転換させられて、交付金なしには地域経済が存立しない状況においこまれる。しかも、この状況を意図的に作っておきながら、為政者や為政者側の企業は「基地/原発がないと暮らしていけないでしょ」と脅しをかける。

2:地方への押しつけによる都市部住民との分離の構図: 「本土」の米軍基地は70年代末ぐらいにかけて整理統合し、沖縄へ移転するという経緯を辿り、現在の沖縄一極集中という状態ができた。それに伴い「本土」からすれば「他人事」にできる状態となった。原発については、地元ではまったく使われない東京の電力が、地方(たとえば福島)で作らされている。

「冷却水の取水口」という立地条件を電力会社は口にするが、要は迷惑施設の受け入れ先がない、首都圏では土地買収が難しい、そして政経中枢(+天皇)のある東京に置くのはトンデモナイといったことが、ほんとうの理由。

その結果として、沖縄に一極集中している米軍基地についても、地方に押し付けられた原発についても、当事者意識(押しつけの加害意識)を都市住民がもたない。


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【報告】「日米同盟の深化」はいらない 沖縄・辺野古に基地を押し付けるな4・16集会

bb 辺野古への基地建設を許さない実行委員会主催により、永田町星陵会館で「『日米同盟の深化』はいらない、沖縄・辺野古に基地を押し付けるな4・16集会」が開催され、200人が参加した。

 最初に司会の中村利也さんが「東日本大震災に対する米軍の救援行動(『友達作戦』)を沖縄の米軍司令官は普天間基地が重要な役割を果たしていると発言した。また、北澤防衛相は日米同盟が進化したとも語っている。私たちは軍事基地の強化に反対する。昨年の5.28日米共同声明を撤回させ、辺野古への新基地を作らせない、高江のヘリパッド基地建設工事を中止させるために本日の集会をもつ」と、集会の趣旨を述べた。

 続いて昨年12月22日に工事が再開された高江の闘いの様子を映したDVDが上映された。反対派の道路での抗議行動を裁判でやめさせようとする防衛施設局の卑劣な提訴に対して、裁判所が和解を促している最中に、工事は突然始められた。高江の住民たちは非暴力・抵抗運動で、文字通り言葉と座り込みで抵抗した。それに対して、工事業者や防衛施設局の職員たちが、暴力的に襲いかかり、ゴボウ抜きにしていく様子が映し出された。

 また、一月に入り反対派住民たちのテントが米軍ヘリのホバリングにより破壊された。防衛施設局長に、事態の究明とただちに工事の中止を求める交渉が行われた。局長は調べてみるとしたが、その後米軍はやっていないと言っていると回答した。目撃者がいる中で、そんな言い逃れはできない。局長が現地を訪れ、現場を見ざるをえなくなった。そうした攻防によって一時工事が中断したがまた再開され、攻防が続いた。最初は押されていたが、高江だけではなく、他の沖縄からの支援者が増えて、工事が次第に止まっていった。ついに三月に、希少な鳥類の保護のために、騒音・振動を出す重機による工事はひかえるということで、三月から六月まで工事は中止となった。

 このDVDを制作した高江の比嘉さんからのメッセージが読み上げられた。「工事は2月28日まで強行された。住民は緊張と不安の中、抗議行動によって工事を最小限に食い止めた。今後も続くと思うと暗い気持ちになる。東日本大地震でたいへんな事態になっているのに、ヘリパットや米軍にカネをまわしている時ではないだろう。基地建設をやめろ」。

 次に、沖縄をふみにじるな緊急アクション実行委の園良太さんが「新宿ど真ん中と米大使館への連続デモ行動について報告し、五月一日に再び新宿ど真ん中デモを行う」と連帯のアピールを行った。

 安次富浩さん(海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会代表委員)が講演を行った(別掲)。続いて、連帯のアピールが行われた。全労協の遠藤一郎さんは次のように被災地の現状を報告した。

 「私は仙台出身。娘がかきの養殖工場をやっていたが全滅した。どう再建するか、先が見えないたいへんな状況だ。迷彩服を着た米軍が救援活動をいっしょうけんめいやっているとマスコミは宣伝しているが果たしてそうだろうか。南三陸町という被災地がよく出てくるが、この地域はそれぞれの町に湾があり、山を越えていかないと繋がらない。そうした町が無理やり平成大合併によって南三陸町として作られ、公務員が減らされた。その人たちは今回の津波で家を流され、家族からも死亡者が出ている中で、へとへとになりながら必死に救援活動をしている。米軍は離れた所に空母を持ってきて活動した。米軍にものを言ってはいけないような雰囲気が作られている」。

 「私たちは震災労働相談を行っている。そこには『会社が被災したから明日から来なくてもよい』と言う相談があった。これは仕方ない面があるが、『出て来ないなら、首を切る』と脅迫するような相談もあった。これからどう再建するかが問題となってきている。この時、元経済財政政策担当相の竹中平蔵は『TPPに耐えられる農業、道州制の導入』とさらなる新自由主義競争原理の導入を主張しているが、それではダメだ。地域で思いがつながり、働く者、農漁民が一緒になってどんな社会を作るのか構想しなければならない。それは沖縄の人々や原発震災で苦しんでいる人たちとつながって、軍事ではなく、平和で脱原発をめざすものではないといけない。再建は挙国一致体制ではできない」。

 一坪反戦地主会関東ブロックの下地厚さんが、先島への自衛隊配備に反対するアピールを行った。立川自衛隊監視テント村の大洞俊之さんが「年末に与那国島に行ってきた。シビアな現実を知った。かつては一万人いた人口が1600人に減ってしまった。自衛隊を配備しようする所は原発のある所と似ていて、①過疎②カネ③雇用④安全が問題となっている。別の話になるが、立川で震災後二度情宣活動をした。すると現地でがんばっている自衛隊をなぜ批判するのかとつっかかってくる人が何人かいた。逆風を感じた。災害救援は戦闘部隊ではなく、災害専門部隊でこそ有効に出来るのだ。国家主義体制への批判が重要だ」と報告した。たんぽぽ舎の坂東喜久恵さんは、きちんとデータを出さない政府・東電を批判し、「安全な原発はありえない、原発がなくても、電気は大丈夫。浜岡原発、柏崎・刈羽原発を止めよう」と訴えた。福島原発の廃炉を求める有志の会の古荘斗糸子さんが、会を立ち上げインターネットで署名を集めた結果、2万7千筆以上が集まっている、これからも引き続き活動していくと報告した。最後に実行委員会のまとめと集会決議を採択して集会を終えた。この後、首相官邸前に移動して、菅首相に対して「米軍思いやり予算を被災地へ。沖縄新基地建設をやめろ、原発もいらない」と申し入れ行動を行った。

 

 安次富浩さんの講演から

 米軍への思いやり予算を東日本大震災復興へまわせという運動を始めている。県庁前でビラを配布し署名活動を行っている。3月30日衆院で、31日参院で思いやり予算、一年で1881億円が五年間支払われる。これは一日に直したら5億円の税金が使われるということだ。

 「お友だち作戦」で米軍が動員されている。ロナルド・レーガン米空母はヘリが放射線で汚染されたと逃げた。ジョージ・ワシントン米空母は日本海を回ってきた。福島原発の重大事故の時、原子力空母を使うなんて考えられない。米軍は普天間基地や在日米軍がこういう時に役立つのだから必要だと宣撫工作として使っている。私は「すべての武器をスコップに、戦車はシャベルカーへ」と言っている。軍隊ではなく救助隊が必要なのだ。防衛省から防災省へ改編しなければならない。これこそが憲法九条の実践だ。

 米軍は核戦争を想定している。今回の原発事故を実験台として利用している。運動をひかえるようなことがあるなら、向こうの思うつぼだ。どこに立っているか真剣に考えなければならない。すべての原発を止めろ。

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【案内】≪チェルノブイリ原発事故から25年≫くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会 4.24集会&デモ

【転載・転送歓迎】
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   チェルノブイリ原発事故から25年
     くり返すな! 原発震災
     つくろう! 脱原発社会
       4.24集会&デモ

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◎日時:4月24日(日)集合14:00 集会14:30 デモ出発15:30

◎場所:東京・芝公園23号地(東京タワー下・地下鉄三田線「御成門駅」5分)
 地図:http://www.tokyotower.co.jp/333/09_access/index_02.html

※文京区民センターから変更となりました。

◎デモコース:経産省別館前→中部電力東京支社前→東電本社前→銀座数寄屋橋交差点(ソニービル前)→東京駅前→常盤橋公園で流れ解散(東京駅先)

※雨天決行 参加費無料

◎内容

海外ゲスト…ロシアから パーベル・ヴドヴィチェンコさん

福島の現状報告 澤井正子さん(原子力資料情報室)
福島現地報告  大賀あや子さん(大熊町住民)

★どなたでも参加できます。プラカードや横断幕、楽器などいろいろ工夫して参加してください。

◎主催:原発とめよう!東京ネットワーク

▽連絡先:プルトニウムなんていらないよ!東京03-5225-7213(AIR内)/大地を守る会03-3402-8841/原子力資料情報室03-3357-3800/日本消費者連盟03-5155-4765/たんぽぽ舎03-3238-9035▽住所:〒169-0051東京都新宿区西早稲田1-9-19-207日本消費者連盟気付

 郵便振替口座:「原発とめよう!東京ネットワーク」00170-0-159426

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【アジ連3.26公開講座報告】~資本主義では生きられないョ!全員集合~

ajirenアジア連帯講座 3.26公開講座報告

「~資本主義では生きられないョ!全員集合~ 『資本論』から読み解く危機と失業青年に襲いかかる失業を跳ね返えそう!」

講師:森田成也さん(大学非常勤講師)

 

 3月26日、アジア連帯講座は、「~資本主義では生きられないョ!全員集合~ 『資本論』から読み解く危機と失業 青年に襲いかかる失業を跳ね返えそう!」というテーマで資本論研究の森田成也さん(大学非常勤講師)を講師に招き、公開講座を行った(コア・いけぶくろ)。著作に『資本と剰余価値の理論――マルクス剰余価値論の再構成』(作品社/2200円)、『価値と剰余価値の理論――続マルクス剰余価値論の再構成』(作品社/2200円)、翻訳にデヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社/2600円)、多数の翻訳などがある。

 森田さんは、「1、『資本論』から読み解く際の注意点/2、『資本論』1巻の「資本蓄積論」で読み解く失業/3、『資本論』第1巻の「資本蓄積論」の限界を超えての考察」について提起し、最後に「われわれは現代の問題を見て『資本論』に足りないもの、あるいは萌芽的なものはあるが十分には展開されていない部分を見つけ出して、それを『資本論』の精神、マルクスの精神にのっとって理論そのものを発展させていくことが必要である」と述べ、資本論との格闘姿勢を強調した。以下、講演要旨を掲載する。

 『資本論』から読み解く危機と失業

森田成也(大学非常勤講師)@豊島区民センター(2011.3.26)

はじめに

 今日のテーマは「『資本論』から読み解く危機と失業」となっているが、実を言うと、「危機」という問題について曲がりなりにもお話するには、『資本論』全巻にプラスして、さらに『資本論』のいわゆる後半体系(国家、外国貿易、世界市場)というところまで話を展開させなくてはならない。だが、これはちょっと今日の限られた時間の中ではとうてい無理なので、「危機」よりも「失業」の話、すなわち『資本論』の用語で言えば「相対的過剰人口」の話に限定して、それを『資本論』第1巻の資本蓄積論との関係でお話したい。

 

  1、『資本論』から読み解く際の注意点

 

 2008年に世界金融恐慌が起こり、金融資本主義的な路線が誰の目にも明らかな形で破綻した。その後、経済危機を解明していくツールの1つとしてマルクスや『資本論』に対する興味が復活していった。それ以前にすでに新自由主義とグローバリゼーションのせいで不平等と貧困が世界的に顕著となり、それとの関連でもマルクスに対する興味が復活していた。だから2009年頃からこの日本でもいくつかの出版社が争ってマルクス関連本を出版しだした(ただしその多くは安直な単なる便乗本だったのだが)。

 

  『資本論』は完成された書物ではない

 しかし、気をつけなければならないのは、『資本論』は完成された書物ではないということだ。マルクスの生前に出版されたのは、『資本論』の第1巻(初版1867年)だけ。第2、第3巻はいくつかの草稿という形で残され、エンゲルスが10年以上かけて苦労して、ようやくそれらの草稿をつなぎあわせて第2、第3巻を出版した。

 ならばこの第1巻は完成された書物なのかというと、そこも大いに疑問だ。マルクスは最初の草稿である『経済学批判要綱』と呼ばれているものを書いてから、何度も草稿を書いて最終的に『資本論』を書いた。この間は約10年だ。初版から2版にかけてもかなり書き直している。フランス語に翻訳する際にも自ら念入りに手を入れている。大筋の論理は変わっていないが、別の著作とも言えるぐらい細部に至るまで書き直している(現在われわれが読んでいる第4版はフランス語版からかなり文章を取り入れている)。このように何度も書き直しを繰り返したことからしても、第1巻を完成された書物とみなすことはできない。もしマルクスがもっと長生きしていたとすれば、さらに書き直した可能性があるからだ。

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鎌倉で400人の反原発デモ

kamakura4月10日、反原発一斉行動にあわせて、神奈川県鎌倉市でも行動が取り組まれた。

主催は「イマジン 原発のない未来」となっている。15時に鎌倉駅時計台広場を出発した一行は若宮大路を三の鳥居まで行って折り返し、長谷寺方面を目指す道のりを歩いていった。

鶴岡八幡宮に至る桜並木の下に繰り出してきた人も大勢いたが、その人たちにも向けて「想像(創造)しよう 原発のない未来」「自然エネルギーを選びたい」「美味しい空気が吸いたい」「原発さんお疲れ様、あなたがいなくても私たち頑張ります」などのコールをあげていった。

主催にはサーフィン愛好家、地元の雑貨屋、共同保育のネットワークが生かされているようで、サーフボードにメッセージを書き込んだり、子供達が自前のプラカードを手に歌を歌ったり、鳴り物を鳴らして踊る姿に共感して参加する人は次第に膨らんでいった。知り合いの参加者を見つけて、商店主が店頭で拍手をしていたり、親子連れが手を振っているという光景が絶え間なくみられた。解散地点の由比ガ浜では参加者は400人だったということである。

放射能の危険ということへの率直な行動が各地で始まったという実感を強くするとともに、この社会で依然として原発が受け入れられ、危険な労働に従事する人が用意されているという現実にこたえうる街頭の行動を少しでも多く準備しなければならないとも感じた。

(海)

【報告】 4.10 「浜岡原発すぐ止めて!市民集会とデモ」に2500人

410 4月10日、東京港区の芝公園で「浜岡原発すぐ止めて! 市民集会とデモ」が開催された。主催は浜岡原発すぐ止めて!実行委員会。

 東日本大震災によって深刻極まる原発災害が引き起こされてから1カ月、被害がさらに拡大し、多くの住民が避難を余儀なくされ、放射能汚染が人びとの健康・生活・生命を脅かすものであることが衝撃的に明らかにされた。それは原発建設をウソとごまかし、脅しによって進めてきた歴代政府、東電などの電力企業、御用学者。マスコミなどの犯罪性が人びとに明らかにされていく過程でもあった。

 この日の集会・デモは3月27日のデモを倍する2500人が参加し、政府や東電の責任を厳しく追及した。
 
 東海地震の震源域の真上に位置する静岡県御前崎市の浜岡原発は、東関東大地震によって、今も制御不能による「チェルノブイリ」に匹敵する危機が進行している福島第一原発と同様の、あるいはそれ以上の危険性が指摘されている。2007年9月には約1000年に一度の周期でマグニチュード9の超巨大地震が発生していることが学術調査で確認されている。しかし中部電力の計算はM8・5以上の地震は起こり得ないという想定に基づいている。

東海地震、東南海地震、南海地震の三連動型地震の可能性も指摘する中で。もし東海地震が起きた場合、津波による原子炉破壊、放射能飛散による被害は福島第一原発事故よりもさらに大きなものになると警告されている。集会では、浜岡原発の即時停止、原発によらないエネルギー政策への転換が強く訴えられ、さらに東日本大震災被災者への支援が呼びかけられた。ドイツ文学翻訳家の池田香代子さんとともに菜の花を手に登壇した、大学に入ったばかりの若者も同級生とともに原発を今すぐやめさせよう、と行動している、と語った。
 
410 2デモは、経済産業省、中部電力東京支社前、東電本社前で「原発やめろ!」の声を上げ、歴代政府、電力企業の原発推進政策を厳しく糾弾した。4月24日にはチェルノブイリ原発事故二五年にあたって「くり返すな!原発事故 つくろう!脱原発社会」集会とデモが、同じ芝公園23号地で開催される、さらにこの日を倍する結集をかちとろう!(K)












 なおこの日、東京・高円寺で行われた反原発デモには、若者たちを先頭に15000人が大結集し、高円寺の町が反原発の声によって席巻される画期的な闘いとなった。




【反原発1988】「原発とめよう一万人行動」に二万人の大結集



第四インター日本支部機関紙 週刊『世界革命』(現『かけはし』)1988年5月2日号(第1042号)から。


4.23-24 原発をとめよう

東京の空に二万人の声
かつてない運動の広がりと高まり

4月23、24日の二日間、東京で開かれた「原発とめよう一万人行動」は、全国から二万人を結集してかつてない大成功を勝ちとった。政府・電力資本など原発推進勢力はこの反原発闘争のたかまりに直面し、早くも商業新聞各紙に全面広告を出すなどの反撃を開始した。しかしこの反原発の高まりは、推進派のデマがもう通用しないことのあらわれなのだ。四月行動の力を倍加、十倍化し、本当に原発を止めるまで闘い続けよう。

4251
●あらゆる人の予想を越えて

4月23日、24日の二日間にわたって行われた「チェルノブイリから二年、いま全国から 原発をとめよう一万人行動」は、日本の反原発運動でかつてない大成功をかちとった。

23日、15の会場に分かれたテーマ別分散会、関連企画には、どこにも会場に入り切れない人が出るほどの結集で、合計三千人を超す人々が参加し、熱のこもった活発な討論や報告が続いた。

24日の集会&フェスティバルでは、日比谷公会堂と小音楽堂をギッシリと埋めつくしただけでなく、公園全体を人の波、旗、のぼりが埋め、各所で集会、コンサート、署名、出店、そして音楽にあわせた踊りがくりひろげられた。「一万人行動」は、「二万人行動」となり、あらゆる人の予想を超えた。集会後の銀座通り、東京駅から常盤橋公園へとむかう約3キロのパレードは、先頭が解散地点に到着しても最後尾が公園を出発していないという長蛇の列となり、この間にない大デモンストレーションとなった。

チェルノブイリ原発事故から2年、伊方原発出力調整実験反対運動から一挙に高まった反原発闘争の新たなうねりは、全国各地でねばり強く闘い続けられてきた農漁民、周辺住民の不屈の闘いと結びつき、この大高揚を実現したのである。

「チェルノブイリをくりかえしてはならない」「子供たちの、自分たちの、そして地球の未来を守らなければならない」。この強烈な感情が、全国から参加した二万人を強く結びつけていた。そして全参加者は、この力をさらに押し広げ、必ず原発を止めることを固く誓い合った。本当に原発を止めるまで、全世界ですべての原発を止めるまで、休みことなく闘い続けよう。

●政府省庁との直接交渉

23日、午前十時から行動が始った。十時半から予定されている政府省庁との直接交渉に、あらかじめ決められた代表団が向かう。通産省、科学技術庁、厚生省、労働省、消防庁の各省庁は、それぞれ原発の許認可、運転や、原発で働く労働者の安全、輸入食料品の放射能汚染、原発事故の際の対策などに責任を持つべきところだ。そこに多くの人々が原発について抱くさまざまな不安や疑問をぶつけ、責任ある回答を引き出そうという行動である。

しかし、彼らの第一の回答は、霞が関一体に配備された装甲車、放水車など大量の警備車両と、何重にも張り巡らされた機動隊の列だった。各省庁側の要求を受け入れ、事前に交渉団の氏名や住所その他を伝えてあるにもかかわらず、何の権限もないはずの警察が、何度も何度もチェックを繰り返す。また、通産省を抗議の人間の鎖で包囲しようと集まった人々に対しては、全く不当にも暴力的に日比谷公園に追い立て、そこから一歩も出さないという暴挙を働いた。

交渉団を待つ間、集まった千人あまりの人々は抗議の集会を開く。伊方、上関、下北、浜岡など、全国各地から闘いの報告があい次いだ。午後1時半からの分散会に出発しなければならないギリギリの時間に、交渉団が帰り、経過を報告した。

通産省との交渉について、女川原発反対同盟の阿部宗悦さんは、「これまで二十数回も女川のことで交渉してきたが、いつも同じ判で押したような回答ばかりだった。しかし今回のは一番悪い。彼らには人間的な感情の一片もない。原発を止めるまで闘い抜く」と怒りの報告。通産省はこの間の事故の例を挙げた追及にたいして、何の根拠も示さず「日本ではスリーマイルやチェルノブイリのような事故は起こりえない」「電力会社も事故防止に努力している」などという、度しがたい答弁に終始した。

輸入食品の放射能汚染について追及された厚生省は「健康には何ら心配ない」と繰り返すだけだった。事実上ザルにチェック体制で、どんどん汚染食料品が入り続けていることが、市民団体や良心的研究者の調査でも判明しているのが現実なのだ。他の省庁の態度も、全く同様のものだった。「彼らにはチェルノブイリを防ぐ能力はない」。これが交渉が明らかにした現実だった。そして、これら原発推進派のもとで、日々危険性はふくれ上がり、悲劇は引きよせられていく。報告を受けた参加者は、ただちに各分散会会場へ向かった。

各分散会は、いずれも主催者の予想を倍する結集で、熱のこもった報告、討論が行われた。

●会場を埋める人の波

正面から入ると、日比谷公園は小音楽堂から公会堂まで、見渡すかぎり人の波、旗やのぼりの波だ。噴水のまわりで、木陰で、それぞれ集会を開き、歌い、踊り、訴えている。初夏を思わせる日差しのもとでびっくりするほどのにぎやかさ、華やかさだ。

午前11時ちょうど、公会堂で集会が、小音楽堂でフェスティバルが始まった。それぞれで、全国各地の闘いの報告、歌声が続く。

メイン会場でも、昨日の分散会に続きスウェーデンのポール・ドーイさんやオーストリアのペーター・バイシュさんが報告。サミー人の生活と文化を破壊した事故の恐ろしさ。とりわけトナカイの肉を通じた全身被曝が最高で10万ベクレル。ドーイさんのお父さんも2万ベクレルも被曝しているという報告は、会場からどよめきが聞こえるほどの衝撃だった。

3千キロも離れたスウェーデン中部のサミー人地区これほどまでに汚染したチェルノブイリ原発事故。「どこで事故が起きても世界中が汚染される。日本の原発もすべて止めるために皆さんが活動することを期待する」。

バイシュさんは、オーストリアの唯一の原発を稼働前に国民投票で廃止に追い込んだ経験を報告した。スウェーデンでも、11基すべての原発を2010年までに廃棄していくことが決定されている。二人の報告は、あらためて原発の恐ろしさを突きつけると同時に、人民の力でそれを止めることが可能なのだということを教えた。一刻も早く、すべての原発を止めなければならない。二人の報告に決意を込めた全体の拍手。

古川豪&ノビヤカス、館野公一さんなどの軽快な歌声を間にはさんで、各地で反原発闘争を闘っている人々が次々に発言した。

●止められる確信を深め

4252この間、日本の反原発闘争はいくつかの大きな勝利を実現した。四国電力の原発立地計画を押しもどし、3月21日、自社公推薦の原発推進派を破って反原発派町長を誕生させた闘いを、地元・窪川から島岡幹夫さんが報告。

「もし原発が作られれば、その電気は本四架橋で本州に送られるはずだった。これ以上四国を原発で汚染されたくない。八年間の闘いで、勝つには地域の人々の心をつかむこと、魂に訴えることだということを学んだ。リコール運動では住民の行使できる権利をすべて行使してきた。全国も窪川、日高に続いて勝利してほしい。闘えば必ず勝てるということを信じてほしい」。

つづいて、3月31日、和歌山県比井崎漁協臨時総会は、原発建設のための前調査を拒否した。関西電力、和歌山県、日高町当局のすさまじい札束攻勢と切り崩しをはねのけ、海と地域を守る闘いに勝利したのだ。この闘いを日高の漁民・浜一巳さんが報告。闘いは、もう三十年になる。浜さんが父親から引きついでからすでに13年、切り崩されては盛りかえし、また切り崩されては再組織する闘いの連続だった。しかし、絶対にあきらめることなく続けられた苦闘は、ついに勝利を勝ちとったのだ。

「日高原発が止まったことを皆さんに報告します。力をあわせれば、運転中の原発も、計画中の原発も、必ず止めることができます」。

新潟の東北電力巻原発も、巻原発反対共有地主会の存在によって4年前にストップしたままになっている。審査開始から7年、とつくに着工されていなければならないはずだ。東北電力は、共有地を除外して線引きをやり直し、安全審査を再開しようと考えているが、勝利寸前の局面にある。共有地主会の赤川勝さんが報告。

「予定地のどまんなかに私たちの共有地があるために審査を通せない。一時、三里塚のような強制収用を考えたようだ。しかし、そのためには通産省が認可を出すことが必要で、そのためには安全審査を通っていなければならないというジレンマに陥っている。しかし、通産省は、もう国の意思でやると決めたことだからやめるわけにはいかないと言っている。決して安心はできない。国の意思で作ろうと言うのなら、私たちの意思で対抗していかなければならない」。

赤川さんは、夏には共有地に立つ団結浜茶屋を海水浴に大いに利用して欲しいと呼びかけ、同時にこの六月にもチェルノブイリ事故後はじめての新規原発として着工が迫っている能登原発阻止のために、全国の力を結集しようと訴えた。

さらに、伊方原発反対八西連絡協議会から、能登から、核のゴミ捨て場に反対する北海道、幌延、天塩から、この1-2月の伊方原発出力調整実験反対運動で大きな力を発揮した九州から、そして核燃サイクル基地と闘う下北から、次々と発言が続いた。

「安心して飲める牛乳をいつまでも搾っていたい」と語り始めた幌延の川上さんは長い間、反対決議をあげられなかった隣町の天塩農協がこの4月ついに反対決議をかちとったことを報告。「このうねりのなかで動燃をたたきつぶす。押し出すのはもう一息だ。あのときもう少し頑張れば、と後で後悔しない運動をやっていきたい」と決意を述べた。

青森の小林さんは、プルトニウム空輸に反対する意見広告を「ワシントン・ポスト」に出したことを報告。この6月にも下北・六ヶ所村ウラン濃縮工場の許可が下りるかどうかの局面になっている。小林さんはこれに反対する署名を続けてきた。現在約20万人。「5月9日に通産省に提出します。もう一度日比谷に集まって下さい。どこで何をやろうとしても、人は集まるんだ、運動はつぶせないんだということを思い知らせてやりたい」。

九州の松下竜一さんの話は、今始まった反原発の高まりの性格を浮き彫りにするものだった。このチェルノブイリから丸二年の4月26日、九州全域で新聞に一項の意見広告を出す。それは高松闘争を引っ張った『まだ、まにあうのなら』の 甘蔗珠恵子さんと小原良子さんの対談で、松下さんが司会したものだ。

松下さんは小原さんも、 甘蔗さんも、チェルノブイリ当時、事故のあったことすら知らなかったことを知って、あらためてびっくりしたと言う。ところが、広瀬隆さんの本などで事実を知ったとたん、たちまちエネルギーに満ちた反原発運動者に変身したのだ。

これを紹介した松下さんは、「皆、事実さえ知れば、必ず起ち上がる。これを確信して運動をする必要がある」と訴えた。事実を知らせること、徹底的に事実を知らせること、これが新しい反原発闘争の高まりをつくり出したのだ。

集会の最後に、アピールを採択し、福井の小木曽さんが「『脱原発』制定運動について議論をおこそう」と実行委員会を代表して訴えた。

4253●明日からの新たな闘い

集会を終えて、東京電力前から銀座、東京駅を通って常盤橋公園へ向かうパレードに出発。日本の反原発運動史上かつてない大デモンストレーションだ。男も女も、子供たちも、乳母車の赤ん坊も、パンクロックの少年少女も、皆自分の反原発の思いを精いっぱい表現している。既成の組織とほとんど関係ないところで、自発的な意思がこれほど広範に結集し、ひとつにまとまって闘おうとしているのも、この間なかったことだと言えるのではないか。これは確かに、右へ向かう状況を食い破る可能性を持ったエネルギーだ。その可能性を現実のものとするために闘いぬかなければならない。

デモの解散地点で、宣伝カーの上から高木仁三郎さんが叫んでいた。「今日の行動は、二万人を越える人々の結集で大成功をかちとりました。この解散地点は、明日からの闘いのスタート点です」と。

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現地報告:津波・原発災害を受けたいわき市の今

311 4月3日、東京・御茶ノ水の総評会館で「緊急報告『福島原発震災―“いわき”からの報告』」が開催された。主催は原子力資料情報室。日曜日の夜、しかも緊急の開催だったにもかかわらず総評会館の大会議室は満席となった。メインの報告者は翌日の経産省申し入れをかねて、この日上京したいわき市議会議員の佐藤和良さん。佐藤さんは脱原発福島ネットワークの世話人でもある。

 最初に司会をつとめた原子力資料情報室の沢井正子さんが、大震災・津波に直撃された福島第一原発の事故状況の概要と現状を報告した。つづいて佐藤和良いわき市議の報告に移った。

 「明日、経産省に福島第一、第二原発10基すべての廃炉と被害の全額補償を求めて申し入れ」を行う、と切り出した佐藤さんは、自分の叔母さんも行方不明だという。「事故を起こさないために20年以上にわたって脱原発福島ネットワークの活動を行ってきたが、ついにこんなことになってしまった。私たちの非力さを自覚し、皆さんにお詫びしなければならない」と語った佐藤さんは悲痛な表情を浮かべた。
 
 「いわきの放射線線量は1.2~1.3マイクロシーベルトで、東京の100倍に達する。いわき市の沿岸部は空襲を受けたような惨状だ。いわき市34万人の市民のうち約三分の一が自主的に避難したのではないか。私の住む町内でも、夜間に電気についている家はまばらだ。原発爆発・放射能漏れの後、マスコミも一斉にいわきから逃げてしまった。社会機能はマヒし、市内は100%断水した。水が届き始めたのは3月18日以後だ。この非常事態の中でこそ地域力が問われる。つね日ごろの地域活動が機能しているところが頑張れるということが明らかになった」。

 「避難所に2万人が生活しているが、物資が届かない。対策本部と地域の現実がかみああっていない。避難所にはプライバシーがなく、いさかいが絶えない。私の生まれた第二原発立地の楢葉町の人びとは、もう戻れないと思いつめている。いま第一原発は冷却機能の回復以前のところでさまざまな障害が発生しており、事態は長期化するだろう。放射能線量の高い数値もあって日常的に住民のストレスが強まっている」。

 「4月7日に、新学期で学校が再開することになるが私の属する市議会の会派では二カ月間の休校を提案している。教育委員会に市議会会派として休校措置と各学校への放射線線量測定器の導入を求めたが、学校は予定通り再開する、線量測定器の導入は検討するが各校長の『裁量』に委ねるという回答だった。いつもは教育委員会が何でも自分たちで決め、各学校の裁量など認めないのに、こういうことに関しては無責任だ」。
 
 このように語った佐藤さんは、「3.11前とその後ではまったく異なる新しい世界に入った。それは現実としての廃炉の中で被曝に日常として向き合わねばならないということだ。そこから逃れることはできない。海洋汚染も含めて絶望の中でどう生きていくか、ということなのだ」と訴えた。

「第一原発立地の双葉町は戦争中に陸軍飛行場のあったところだ。その土地を西武の堤一族が買い占め、原発用地として売り渡した。こうして国策につき従っていった時の犠牲の大きさを今実感している」「福島原発で作られる電気はすべて首都圏に送られ、福島県内では一切使用されない。首都圏の人びとは福島からの電力はあてにしてはならない。これから電力利用はすべて地域分散型で行うことが必要だ。東京電力はこの期に及んで福島原発7・8号基の建設計画を提出している。なんということか」。

佐藤さんは最後に、「『福島第一・第二原発の十基をすべて廃炉に。原発をなくせ』と要求して首相官邸を十万人で包囲するような闘いが必要だ。いま全原発を止めずしていつ止めるのか」と呼びかけた。

放射能被害に心身・生活を日々脅かされている原爆震災被災地からのこの痛切なアピールを受け止め、行動に移していくことが私たちの緊急の課題である。(K)

東日本大震災と自衛隊の救援活動を考える

jdf●災害有事=「史上最大の作戦」
 
 東日本大震災にあたり、自衛隊は「史上最大の作戦」を発動した。3月11日菅政権が災害出動を発令した自衛隊の動員規模は5万人。それだけで阪神淡路大震災の際のピーク時の1万9千人をはるかに上回った。

しかし被害の規模がほぼ明らかになった翌12日に、菅首相は動員規模を倍の十万人にすることを要請、北澤防衛相は13日の防衛省対策会議で「救助の手を差し伸べることができるのはわれわれ自衛隊しかいない。全軍を視野に入れて十万人態勢を築いてほしい」と指示を下した。この十万人態勢に伴って、防衛省は従来の災害対策動員では陸海空それぞれ別の指揮系統に置かれていたのを、陸自東北方面総監に指揮を一元化。さらに3月14日には即応予備自衛官と予備自衛官にも招集命令を出すことを決定、3月23日には即応予備自衛官一六〇人の「編成完結式」が宮城県の陸自多賀城駐屯地で行われ、被災地に出動した。予備自衛官の招集・出動は初めてである。
 
3月15日には、菅内閣の緊急災害対策会議本部の会議で被災地への食料・水などの支援物資輸送に関して、地域ごとに陸自駐屯地や空自基地に物資を集積し、輸送を自衛隊によって一元管理することになった。

こうして動員された自衛隊員の規模は3月26日段階で陸海空合わせて約10万7千人で、実に三自衛隊実員総数約23万人の半数近くに及ぶ。「災統合任務部隊」(JTF―TH)と名付けられ、新たに編成された動員部隊は、ヘリ約200機、固定翼機約300機、艦艇五〇隻に達する。

陸自の動員部隊は北海道から九州までに及び、空自の輸送拠点は宮城県の空自松島基地だけではなく岩手県の花巻空港、福島空港といった民間空港にも置かれた。また海外派兵の先遣部隊でもある陸自中央即応集団は、福島第一原発に配置されている。自衛隊員は、救援、食料・物資の輸送、瓦礫の除去、遺体の捜索、搬送だけではなく福島第一原発への放水作業という特殊任務にも従事した。

大震災で機能が崩壊した被災地自治体の行政機能を自衛隊が「肩代わり」する光景が各地で見られる。ある自衛隊幹部は、この自衛隊の活動について「侵攻してくる敵か、災害か、の違いはあるが、態勢は『有事』と全く同じ」と語ったという(「朝日」3月27日)。
 
●米軍の「お友だち作戦」
 
東日本大震災にあたっての自衛隊の「有事」出動は、同時に「日米共同作戦」としても展開されている。ゲーツ米国防長官は大震災が発生した翌日の3月12日には、ルース駐日大使と電話会談を行い「日本政府の依頼にはすべて応じたい」と伝え、ただちに米韓軍事演習に向かっていた空母ロナルド・レーガンを随伴艦チャンセラーズビルなど三隻とともに三陸沖に向かわせた。横須賀基地からは巡洋艦カウペンスなどイージス艦七隻が急派された。八戸沖には佐世保基地の強襲揚陸艦エセックス、揚陸艦四隻が派遣され、海兵隊員計3000人を乗せ、救援物資を運搬した。揚陸艦トーテュガは苫小牧で陸自隊員273人と車両93両を乗せ、青森県の大湊港に上陸用舟艇で上陸させた。国内で米艦艇が陸自部隊を輸送したのは初めてのことである。

沖縄の第三一海兵遠征軍も強襲揚陸艦エセックスで東北沖に展開しており、普天間基地や岩国基地からは輸送機で連日の物資輸送作戦が行われている。

「オペレーション・トモダチ」(お友だち作戦)と名付けけられたこの作戦には米第七艦隊の艦艇20隻、航空機140機、兵員1万2千人が参加している。そして陸自仙台基地に置かれた「日米共同調整所」において3月14日以後、朝夕二回自衛隊幹部と米第三一海兵遠征軍の将校とが綿密な作戦会議を行っている。自衛隊と米軍との共同救援作戦は、こうして東日本大震災被災者救援を契機に、「有事」に対応する実戦的対応としていっそうの深化を遂げているの。それは例年展開されてきた「防災」名目の化学戦を想定した「対テロ」作戦訓練を実際の出動を通じて決定的にレベルアップする役割を果たしている。

さらに米国にとっては、福島第一原発事故は核戦争に対処する独自の意義を持っている。北朝鮮の核実験の際に放射能を測定した空軍の大気収集機「コンスタント・フェニックス」が派遣され、無人機グローバルホーク、U2偵察機、情報収集衛星などの活動と組み合わせながら、福島第一原発災害での放射能飛散への情報収集につとめていることは「日本側発表の事故情報への不信感が背景にある」と報じられている(「毎日新聞」3月20日)。
 

●自衛隊の救援活動とわれわれの立場
 
それでは、東日本大震災救援活動における日米の軍事的共同作戦の飛躍的強化に対して、どのように考えるべきなのだろうか。

われわれは第一に、この戦後最大規模の地震・津波・原発事故が複合した大惨事という緊急的情勢において、菅政権が持てるあらゆる手段を総動員して被災者の救援、原発災害の拡大の防止、生活再建に総力を上げるよう訴える。そして、国家的手段・資源の総力での動員には、自衛隊が持つ専門的な組織的能力を被災者救援のために全面的かつ効果的に活用することも含まれる。被災者の救援、食料・生活物資の支援、原発被害の拡大防止という緊急優先課題のために、当面、自衛隊が果たす役割を民間組織や自治体によって代替するのは不可能だからである。

もちろん労働者・民衆は独自の立場から被災者・避難民の支援と、生活再建にむけた活動を全力で展開していかなければならない。福島第一原発事故の災害が拡大することを避けるためのあらゆる方途についても住民の立場に立つ信頼しうる専門家の知見に基づく提案の実行を求め、被曝の脅威にさらされる原発作業員や住民の安全と権利を防衛するだろう。

その際われわれは自衛隊による住民支援活動に反対しないどころか、自衛隊が被災者救援のために、その持てる組織的・技術的能力を救援のために最も効果的に発揮することを求めるだろう。必要に応じて自衛隊員の活動の個々の実践的側面に「協力」していくこともありうる。この局面において、「反自衛隊」の立場から自衛隊の被災者救援活動に反対することは誤りであり、最も困難な状況に直面している人びとの理解を得ることはできない。その際われわれは、自衛隊に対する原則的な批判の立場を変えることはない。自衛隊がブルジョア国家の「暴力装置」としての本質を持っているという規定についてもなんら棚上げする必要はない。

われわれは自衛隊による救援活動の範囲と任務、期間についての正確な情報の公開を求めるとともに、自衛隊あるいは米軍が、住民あるいは支援の人びとの独自の自主的な活動に不当な妨害、敵対をすることのないよう求め、監視し、妨害に対してはきっぱりと抗議する。

「隊を敵とし、兵を友とせよ」という反軍闘争における基本的立場はここでも貫かれる。われわれは危険な業務にたずさわる自衛隊兵士の発言権・団結権、その安全や不当かつ危険な命令への「拒否権」も防衛する。同時にわれわれは「有事」を口実にした労働者・市民の政治的・社会的諸権利を奪い去ろうとする企図を容認しない。

「かけはし」四月四日号に掲載された福島県いわき市の仲間の報告の中で、全港湾労組小名浜支部の活動が紹介されていた。チャーター船による自衛隊の救援物資の荷役作業から全港湾組合員を排除しようという動きに対し、反戦平和の立場を取る全港湾労組はそうした権利はく奪の目論見を拒否し、組合員を動員・配置して自衛隊救援物資の荷役をやり遂げたことが報告されていた。これは一つの重要な闘いである。
 
●軍事作戦としての救援活動
 

その上で、第二にわれわれが確認すべきは、自衛隊と米軍によって組織された大規模・緊密な「共同救援作戦」は、昨年一二月に閣議決定された新防衛計画大綱で明らかにされた、グローバルな危機に対応する日米間のより実践的な共同作戦態勢の構築、そのための国内体制構築の具体的一環である、ということをはっきりと意識することである。

新防衛計画大綱の「V 防衛力の在り方」の「1 防衛力の役割 (1)実効的な抑止及び対処」では「ア 周辺海空域の安全確保」「イ 島嶼部に対する攻撃への対応」「ウ サイバー攻撃への対応」「エ ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応」「オ 弾道ミサイル攻撃への対応」「カ 複合事態への対応」と一連の「有事」における軍事的対応が続き、その最後は「キ 大規模・特殊災害への対応」でしめくくられている。すなわち自衛隊にとって空前の規模の今回の「災害救援作戦」の展開は、「ア」から「カ」に至る軍事作戦と決して切り離すことのできないものであることを忘れてはならない。

そして災害救援における緊密な日米共同作戦もまた、グローバルな「日米軍事一体化」の一環であり、それをより実戦的にレベルアップした活動が現に展開されていることに注意すべきである。われわれは二〇〇四年一二月のスマトラ沖大地震以後、国際的救援活動の軍事化が米国が主導する「対テロ」戦争戦略の一環としての性格を強め、米軍と一体となった自衛隊の海外派遣にはずみがつけられていると述べてきた。陸自中央即応部隊を派遣した昨年のハイチ大地震もその典型的な例であった。

そしてまた今回の日米共同による救援軍事作戦の中で、あらためて「日米同盟の意義」があからさまな形で人びとに印象づけられようとしていることを、われわれは厳しく批判する。米海兵隊当局者は「この支援活動で、普天間飛行場の位置が災害対策に決定的に重要であることがはっきりした」と語った。米政府によって日米間の震災救援協力の調整役に任命されたのは、「沖縄はゆすりの名人」という差別に満ちた暴言で米国務省日本部長の職を解かれた元沖縄米総領事メアである。

沖縄の人びとの闘いを踏みにじり、救援活動を沖縄での新基地建設を正当化するために利用しようとするこうした意図を、われわれは怒りを込めて糾弾する。
 

●自衛隊の装備・編成は「救援活動」には適さない
 

「日本は一つのチーム」「日本は強い国」「がんばろう日本」というメッセージが社団法人・ACジャパン(公共広告機構)のCMを通じて、くりかえし垂れ流されている。「国民の公共意識の涵養」を主眼に設立されたACジャパンによるキャンペーンは、東日本大震災の惨劇で被害にあった人びとを支援しようという人びとの意識を利用しながら「日本国民の団結」を促し、空前の原発事故をもたらした歴代政府と東電の責任追及をそらそうという思惑に貫かれたものである。

「国難」を打開するための民主党と自公野党の「救国・大連立内閣」の動きが加速する中で、「日米同盟」と自衛隊の果たす役割の重要性という宣伝がさらに強化されようとしている。

先述したように、われわれは政府が、あらゆる持てる国家的資源・組織を有効に動員して被災者救援活動にあたることを求める。その中には現にある自衛隊の能力の緊急活用もふくまれる。

しかしそのことは同時に自衛隊の根本的性格の問題をあらためて俎上に載せることになる。国家の「暴力装置」としての自衛隊は、軍事組織=戦争と治安弾圧のための組織であり、その装備・編成において「災害救援」を本務とするものではないことは阪神淡路大震災での活動の中で、自衛隊幹部からも公然と語られた。

F4やF15戦闘機、最新鋭のイージス艦搭載兵器や潜水艦、弾道弾迎撃ミサイルなどの正面装備は、十万人を動員した救援作戦においては無用の長物以外の何物でもない。それは、「日米同盟の深化」に対応した「動的防衛力」の構築という軍事戦略・編成・装備、在沖・在日米軍基地、さらには日米安保そのものへの本格的批判をあらためて多くの人びとに提起する基盤を作り上げるし、また労働者・市民はその課題を積極的に提起していかなければならない。

自衛隊の解体と国際的・国内的な恒常的災害救援専門組織の建設をふくめて、われわれは広範な論議を開始すべき時である。(K)
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