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配信●青年戦線195表紙1・表紙4青年戦線第195号(2019.9.23)ができました。

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報告:2020反対同盟旗開き&1.12東峰現地行動

配信:旗開き 1月12日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「2020反対同盟旗開き」を行い、50人が参加した。

 国交省は、2019年11月5日、成田空港の機能強化策を実施するための基本計画(第3(C)滑走路(3500m)新設、平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸)を改定した。成田空港会社は、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実に飛行時間の1時間延長を打ち出し、冬ダイヤ(2019年10月)から強行している。

 国交省・空港会社・推進派が一体となって空港機能拡大の既成事実を積み上げたうえでアリバイ的に行ったのが公聴会(12月24日)だ。だが朝日新聞(19・12・25)が、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」などの反対意見を紹介し、「反対意見も根強く」「騒音被害住民に懸念」の見出しをつけざるをえないのが実態だ。田村明比古空港会社社長は、年頭あいさつで住民の不安や反対意見を無視し、「激しい内外の空港間競争に勝ち抜く」ために「発着時間を1時間延長した運用を始めることができました。これもひとえに地域の皆さまのご理解ご協力あってのもの」と言うしまつだ。今年も金儲けのために住民無視、空港公害を広げていくと宣言した。

 反対同盟は、「第三滑走路建設反対」を掲げ、空港周辺住民、闘う農民とともに反撃していくことを旗開きで意志一致した。

 旗開きは、山崎宏さん(横堀地区)の司会で始まった。

 柳川秀夫さん(反対同盟代表世話人)は、「昨年は台風で大変だった。大量生産・大量消費によって、地球の許容量を超えてしまった結果だ。人間の生存の問題まできている。対処療法では乗り切れない。どういう社会を作っていくのかとして問われている。壊滅的な環境によって、すでに遅いと感じている。未来まで永続できる社会を目指していきたい。第3滑走路問題、空港機能の巨大化も同じものとして問われている。今年も頑張って闘っていこう」と発言した。

 石井紀子さん(川上地区)は、「台風被害に対して皆さんからお見舞いをもらい、ありがとうございました。台風によって畑に被害がでました。停電も長かった。ポンプが使えず、水も止まってしまった。高齢者にとっては命にかかわる問題だった。水を配ったり、みんなの力で乗り切った。温暖化のせいでもっと大きな台風もありえる。天災に身構える農業を考えていかなければならないと感じている。これまでビニールトンネルを使って栽培してきたが、気候の温暖化を少しでも止めるためにビニールを減らしていきたい」と述べた。

 平野靖識さん(らっきょう工場・東峰地区)は、「台風によって停電となり冷蔵庫が止まり、にんじんジュースの原料を廃棄せざるをえなかった。あらためて電気に頼りきっているなと感じた。顧客は、三里塚闘争に関わったお客さんも多くて出荷の遅延でも助けられた」と報告。

 さらに「成田空港シンポジウムで隅谷調査団の『成田空港は内陸空港だから控えめに使うべきだ』という最終書見を確認した。円卓会議では『今後の空港作りについて、当事者・騒音下住民との話し合いを行い、改廃も含めて行う』と約束したはずだ。現在の成田空港機能拡大は、それを破るものだ。住民の不安に対して答えるものとなっていない」。

 また、「空港会社は、天神峰地区の市東孝雄さんの土地を取り上げようとして裁判を行っている。会社は、旧地主から底地権を買い取ったことをひた隠してきた。市東さんは、土地が売られていたことを知らずに借地代を払い続けてきた。こんなでたらめがあるにもかかわらず最高裁は不当判決を出した。市東さんは、執行停止に向けて裁判闘争中だ。私は証人として裁判で証言した。成田空港シンポ・円卓会議の結論からしておかしいという観点から今後も発信していきたい」と報告した。

 加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会代表/多古町農民)は、冒頭、「第三次世界大戦勃発か。世界に衝撃が走った。アメリカはイランに対する戦争行為をやめよ。安倍内閣は自衛隊の中東派遣を中止せよ。軍事的に空港を利用することには反対する」と糾弾し、「三里塚空港は国家犯罪、権力犯罪の積み重ねによって建設されてきた。人権などすべてが侵害されてきた。安倍内閣は憲法九条件改正を生涯の政治目標としている。平和憲法を守る共同行動、統一戦線の先頭に立って活動しよう」と訴えた。

配信:東峰デモ さらに「国交省は空港機能拡大計画について公聴会を開催した。一つだけ大きな見落としをしている。われわれの闘いの主体の生長がこのままではないことである。内外の政治経済は緊迫の度合いを増している。この中でわれわれは鍛えられ大きく生長してゆくであろう。共に頑張ろう」と強調した。 

 発言は、高見圭司さん(スペース21)、関西三里塚闘争に連帯する会 、東大阪三里塚闘争に連帯する会、泉州沖に空港を作らせない住民連絡会、小山広明さん(元泉南市議)などから行われた。

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、山口幸夫代表理事のメッセージ「空
港拡張計画は、もはや時代遅れだ」を紹介した(別掲)。

 旗開き終了後、三里塚空港に反対する連絡会の呼びかけで旧東峰共同出荷場跡
に移動し、開拓道路に向けてデモが行われた。

 開拓道路からB滑走路に向けて「飛行制限時間緩和を許さない! 第3滑走路反対! 騒音下住民と連帯して闘うぞ!」などのシュプレヒコールを響かせた。

(Y)

★山口幸夫さん(三里塚大地共有運動の会・代表理事)のメッセージ


空港拡張計画は、もはや時代遅れだ

去年千葉県を襲った台風と豪雨とは豊饒な農地に大打撃を与えたのみならず、千葉県の全域に、大停電を引き起こし、無数の住民が平安な暮らしを奪われた。言うまでもなく、三里塚の東京国際空港は機能停止に陥った。

それから4か月、未だ、多数の人たちが被災状態から抜け出せないでいる。東日本大震災からは9年たとうとしているが、東京電力福島第一原発の爆発と放射能放出によって汚染された大地、自然、生き物の回復の目処は立たない。数百年の歳月を待たねばなるまい。

これが、150年前に開国し、科学技術立国をめざして西欧先進国の仲間入りし、そして経済発展をし、高度に工業化を遂げたとされる現代日本の現実である。

1966年7月、ときの自民党政府が三里塚空港建設を閣議決定した。これに反対し、農民を守れ、農地と緑の沃野を守れ、の声が日本列島を覆った。しかし、国際化とエネルギーの確保とを錦の御旗として、住民・市民の意志を退け、政府は空港建設を強行した。

地球という閉じたシステムは無限の能力を持っているのではない。とくに、浄化システムには限りがある。いったん環境汚染が始まると、進行を抑えるのが極めて困難になる。このことはすでに1960〜70年代に、明らかになっていた。にもかかわらず、環境破壊は急速に進んだ。

もはや猶予は許されない。全世界的な気候危機、異常気象は年を追って激しくなってきた。経済活性化のためにもっと成長を、という時代ではないことに疑いはない。スウエーデンの16歳の高校生が、CO2を大量に排出する航空機に乗るのを拒否して、船で大陸へ渡った。言葉だけで実践をしない“大人たち”に、未来世代への責任を問い詰めた。

利便性とは時間短縮の謂である。エネルギーも環境悪化も顧みずに利便性を追求してはならない。短時間で世界を結ぶ航空機と空港は、ぎりぎりに、最低限に認めるべきものである。

世界の政情が安定性を失った。安倍政権に連なる政治家たちの放埓で無責任な行為と言動とを許してはならない。国家官僚は政権の忖度に汲々としている。彼らによって、法も制度も形骸化させられている。世直しが不可欠である。若い世代と連帯して、三里塚大地の共有運動を広げ、進めていこう。


(三里塚大地共有運動の会・代表理事、山口幸夫)        
 

【フランス】年金改革反対スト - NPA活動家の論評

kHoyJV5THOKVzxelexWjerhRqYg草の根で構築した団結維持し、マクロンと社会の全面対決へ


レオン・クレミュー

 

 マクロン政権がもくろむ年金改革に反対する鉄道労働者とパリ地下鉄労働者を中心とするストライキは、「クリスマス休戦」を拒否して継続された。それは、大規模な連帯デモが表現するように、マクロンのもくろみに対する全民衆的憤激を反映するものであり、このストライキに対する民衆的支持は依然高い。

しかしマクロンの強硬な姿勢も変わらず、情勢は一種の膠着状態にある。以下は、闘争戦線に未だ克服すべき課題が残っていることを含め、12月17日の大デモの成功後のこの情勢を説明、現在のストライキの堅持を中心に、1月のさらなる闘争拡大を呼びかけている。(編集部)

高まる一方の反年金改革の気運


 12月17日の新たなデモ行動日は、年金改革に反対して高まる一方の社会的衝突の全般的傾向を確証した。

 デモは国中で、12月5日よりも数で少ないことはまれで多くの場合もっと大きく、デモの全体数は全国レベルで100万人を優に超えるまで高まり巨大だった(とはいえ政府は、大した確信もないまま、12月5日のより小さな数の周知を深く銘記させようと試みた)(主催者は5日を30万人上回る180万人決起と発表、警察発表も5日を上回っていた:訳者)。

 諸々のデモへのCFDTとUNSA(訳注)の参加は、マクロンの計画に対する高まる反対を映し出した。とはいえこれは、行進での注目に値する存在感には移し替えられなかった。国立教育機関の従業員は、小学校と中学校の決起における実体的高まり(50%と60%)によって、どこでも大きな数となった。私企業部門からの隊列の存在感は低かったが、諸々のデモには大きな多様性があった。しかしほとんどの例で、この改革に反対する迫力と急進的スローガン、そして闘いを継続する鮮明な意志の表示があった。

 同時に、12月17日は、SNCF(フランス国鉄)とRATP(パリ交通公団)におけるストライキに対する大規模な参加数と大衆集会、そしてストライキ継続を支持する組織的な票決を見た。SNCFの経営当局は、運転士の80%近くがストライキに入っていることを認めた。雇用主団体は、八個所の精油所の内五つが封鎖されたこと、またEDF(フランス電力)の仲介業者(電力民営化により多く電力小売業者が生まれた:訳者)による電力カットを認めた。しかしそうであっても、これは新たな部門の総力をあげたストライキが始まった画期点でも、この国のある種の経済封鎖に向かう出発点でもなかった。

 12月11日の首相による全体的計画概要の公表はこうして、被雇用者と労働組合運動内部に急進的な拒絶の作用を及ぼし、17日の強さによって映し出された一つの傾向をもたらした。あらゆる世論調査は、運動に先立つ数カ月と数週間ではこの拒絶が少数派にとどまっていたのに、今では計画それ自身に対する住民内部の多数の拒絶を示している。同様に、ストライキに対する支持もまた12月17日前後により強くなった。

 この力勝負のある種付随的犠牲者として、二年の間年金改革に責任を負う政府閣僚であったドゥルボアが最終的に、この対立の最中に彼の職務からの辞任を強いられた。彼は閣僚指名時点で、保険会社に結びついている諸機関に保持していたいくつかのポストを明らかにすることを忘れ果てていた。その上、彼の辞任以来、諸々の暴露が、特に彼が代表を務めている一つの団体に対する100万ユーロという気前の良い資金融通、が明るみに出た。つまり、AG2Rラ・モンディアルグループ(補足的な保険に対する主な管理会社の一つ)による資金融通問題であり、この企業は、新しい法と年金の基金化に対する期待と非常な利害関係にあるのだ。

 議会多数派内部では、エヂュアル・フィリップ(首相)の頑固さを批判し、その改革に対するCFDTの敵意を取り除こうと試みる「ふりをする」よう彼に圧力をかける形で、亀裂が諸々作用し始めた。

 CFDT指導部との論争は基本的に、年金制度改革に加えられた一点、つまり「受給年齢」を軸に集中している。

マクロンの戦略が核心的対決点

 マクロンは、ポイント制度を基礎にした確定拠出に基づく制度への移行によって、現行の年金制度を完全に清算したがっている。しかし彼はまた、年金満額を受け取る年齢、つまりいかなる不利益もない年齢を六二歳から64歳へと動かすことを決定するために、この機会を利用する意図ももっている。その場合は実際上、62歳で退職する場合、被雇用者は彼あるいは彼女の最終年金額が最終的に10%引き下げられることを経験すると思われ、年金満額のためにはさらに二年仕事にとどまることを迫られるだろう。

政府は、今後の年月で予算を均衡させるためにこの延長が不可欠と考えている。しかしながら実態は、今日年金基金会計は均衡し、2027年に向けた赤字予想は、支出増大によるものではなく、年金への資金充当における相当な下落によるもの、ということなのだ。そしてその下落に対する二つの本質的な要因は、企業が享受する社会保障拠出からの免除であり、それが国家によって埋め合わされないということ、そして公務員による拠出の下落に導く公的雇用の後退だ。


加えて、COR(年金方針調整会議)の推計もまた、今後20年にわたるGDPに対する比率としての年金支出の下降を予想している。その原因は、右翼と社会党の政府による以前の改革の結果である、平均年金額における計画的引き下げだ。その改革が、満額年金を受け取るために必要な労働年月数を、私企業と公務部門双方で引き上げたのだ。

その上で強調されるべきことがあり、それは、働いている人数の減少、およびもっと長く働く必要との想定、についてわれわれが告げられる際、ほとんどの「専門家」が、7%以上の失業率の維持を是認している、ということだ。

こうして、今回の新たなCOR報告を口実にした受給年齢後ろ倒しは、主にマクロンにとっての政治目標遂行にほかならない。

何よりもまず、その報告ははっきりと、いかなる妥協にも、あるいは労働組合との交渉にも、それが「改良主義者」の組合であっても、屈服するつもりがない、ということを、さらに社会的保護の引き下げを押しつけるつもりだということを、述べている。それはまた、諸企業にとって経済的に必須と考えられるものは論争の対象にはできない、ということも断言している。こうしてそれは、資本家の諸利益のしっかりした管理者として、マクロンの地位を打ち固めることをもくろんでいる。

しかしその目標は同時に、ポイント制を基礎にした制度に基づく年金管理になると思われるもの、を先取りすることでもある。それが拠出を増やす問題でも、購入や清算に基づいてポイントの価値を変える問題でもない(現在の約束によれば)以上、年金基金均衡に対する最後の変数は、依然として受給年齢なのだ。

したがって政府はこの問題に早くも里程標を設定することにより、国家がゲームを支配する位置に着くつもりだ、その位置にいるのは社会的パートナーではない、と言い張り続けている。ここでもまた、雇用主と労組間での社会的保護システムに対する自律的管理、がもつ重みをさらに引き下げることが、マクロンの意図だ。

追い詰められるCFDT指導部


そしてそれこそが、受給年齢をCFDT指導部に対し行き詰まりの集約点にする最後の点なのだ。

2019年はじめ、政府がUNEDIC(失業手当管理機関)支出の30億ユーロ以上引き下げを押しつけたがったとき、この制度の管理にあたっているMEDEF(フランスの主要経営者団体)と諸労組は、この引き下げを本来の状態でやり遂げるための合意点を見つけ出すことができなかった。したがって、「社会的対話」を迂回し、失業者を攻撃する一つの布告を押しつけたのは政府だった。

しかし、CFDTの名刺になっているものこそ、この社会的対話、この諸労組と雇用主間の対等性、交渉のこの枠組み、なのだ。この労組の第一書記であるローレン・ベルガーは、先のエピソードにひどい怒りを覚えた。そして彼は、社会保障制度のもう一つの部分に対してもマクロンが、名誉ある出口すら残さずに「パリタリニズム」の扉を閉じるつもりでいることに、同様の状況を見ている(注一)。

CFDT指導部は、年金制度における大きな社会的後退を受け容れる用意ができている。とはいえ、かつてと同様「鎖の重さを交渉」できる形で、管理者としてのその役割を維持するという条件でだ。

このような労組指導部の辛辣さを説明するものが、先に見たことなのだ。年金とUNEDIC両者に対しCFDTは、諸労組には合意に署名するペンの色を選ぶことだけを任せる形で、まず優先的に政府が工程表と結論を確定しなければならない、ということを受け容れてはいない。

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17日の巨大な決起の翌日、12月18日、エヂュアル・フィリップはしたがって、この行き詰まりを壊し、交渉の道を再開するという彼の意志を彼の支持者に見せつけたいと思いつつ、すべての労組指導部と二、三時間の見せかけの交渉に取りかかった。

改革の実質の部分でも、あるいは受給年齢の点でも、新しいものは何もなかった。しかしながら表面下では、またいかなる合図もないまま、SNCFとRATPの経営当局は、1975年以後生まれた僅かに多い世代に、今回の改革に含まれた不利益の回避を可能にする、移行調整を交渉しようとした。

UNSAとCFDTの連合官僚は、政府の妨害とストライキ運動の強さの間で挟まれ、「クリスマス休戦」支持を自ら宣言することにより、一歩脇に出てこの運動から撤退するために、交渉のこの段階を利用しようと試みた。とはいえ彼らが確保している唯一の約束は、一月のさらなる討論にすぎない。

政府は明らかに、特に時期が政府にとって難しくなっている中で、「組合戦線の亀裂」を見て喜びを覚えることができただろう。政府は、休日前夜の外出が列車不足で混乱することに関し、あらゆる合意を妨げていることで責任を負っているのだ。

CFDTとUNSA指導部の決定は、象徴としては重要だが、ストライキ労働者の戦線にはほとんど重みをもっていない。RATPではCFDTは極めて弱体であり、UNSAの多数は、ストライキを止めるというその指導部の選択に反対した。

SNCFでUNSAは、CGTに次ぐ、またSUDレールがその後に来る第二位の組合だが、本質的に管理職と監督員の組合であり、運転士の中では八%以下しか代表していないのだ。その上に、ほとんどのSNCF全員集会でUNSAの支部は、彼らの官僚との関係を断ち切り、ストライキ継続を求めた。SUDレールに次ぐ第四位の組合であるCFDTの鉄道労働者もまた、ストライキ継続を求めた。CGTとSUDは合わせて運転士の三分の二を代表している。

ENvtl0vWsAAN3z0(フランス北部グラヴリーヌ原発で無期限スト突入宣言 1月7日)

これからは新しい局面が始まる


 この決意と国内の社会的力関係にもかかわらず、運動にはいくつかの否定的な要素がのしかかっている。

第一は、SNCFとRATPにおけるほとんど三週間におよぶストライキ行動の重さだ。17日におけるストライキ労働者数もまた、その以後の長すぎるストライキ継続を迫られないために、大きな打撃を印すという切望を告げる信号だった。加えて教員たちは、12月21日に冬休みに入る。そして彼らの動員は次の二週間、影響力のある響きとはならないだろう。これまで決起していなかった他の部分がこの休日期間に行動に入る、ということもありそうにない。

その上、CGT、FO、FSU、ソリデールの全国労組共闘は、休日期間の休戦を拒否すると言っているものの、どのような形態でも、どのような規模でも、一月九日以前の新しい動員日をまったく呼びかけなかった。こうして、上記共闘は、最も決起している部門、何よりもまずSNCFとRATPに対してその役割を今も果たしていない。新たな全国的アピールがなければ、全国労組共闘もまた事実上、この極めて難しい時期に休戦状態にあるように見えるのだ。

またソリデールは、12月20日と23日の間で行動を求める新聞発表を出した。加えて、ストライキを更新し続けているSNCFとRATPを超えて、多くの町と出先では、労組共闘と戦闘的な部門横断全員集会が、21日と翌週はじめの諸行動を求めた(注二)。

結論として、政府はこの二、三日を、政治的孤立の中で何も譲ることなく何とか切り抜け、政府を屈服させ、後退を強いることができたと思われる経済生活の封鎖を、回避することができた。その上、政治的レベルでは、政府は陣営内部のその政治的重みを固め、LR党(伝統的右翼の主力政党である共和党、マクロンとの関係では一応野党の位置にある:訳者)を全面的に麻痺させることに成功しつつある。

社会運動は、その支持を高め、改革と政府それ自身に対する民衆的な不信を強めた。しかしそれは、ストライキの更新と決起を、私企業部門はもちろん市民サービスの他の部門へと拡張する強さをもっていなかった。基本的な任務は、この数週間に草の根のレベルで築き上げられた団結を維持することにより、これからの二週間、ストライキと部門横断的な現場の決起の残り火を燃やし続けることだ。いずれにしろ、この二週間に始まることになるのは新しい局面になるだろう。(2019年12月21日)

▼筆者はソリデール労組連合と反資本主義新党(NPA、フランス)の活動家であり、第四インターナショナル書記局の一員。

(注一)フランスの社会保障システムは、雇用主と被雇用者の拠出で資金を充当され、被雇用者と諸労組の代表により共同で管理されている。このシステムは、全国レジスタンス評議会主導の下に、第二次世界大戦の余波の中で構築された。「パリタリニズム」は、このシステムの管理機関における雇用主と諸労組の代表に関する同等性を指している。


(注二)現在12月28日のデモに向け多くのアピールが作成されている。(「インターナショナルビューポイント」2019年12月号)

(訳注)CCGT、CFDT、UNSA、ソリデール、FSU、FOは各々、労組ナショナルセンター。 









報告:12.20/21 香港に自由と民主主義を〜沖縄・日本・アジアのなかで

配信:12.20チェンさん 「#FIGHT FOR HONG KONG @ 2019」は、12月20日、21日、文京シビックセンターで「香港に自由と民主主義を〜沖縄・日本・アジアのなかで」をメインスローガンに香港から2人のゲストを迎え、香港民主化運動について報告した。

 20日は、陳怡(チェン・イー) さんが「協力と緊張〜香港デモにおける非暴力派と直接行動派」をテーマに報告した(報告要旨別掲)。

 21日は、「衛港之戰2019」をテーマに陳怡さん、區龍宇(アウ・ロンユー)さんが報告した(報告要旨別掲)。

 陳怡さんは、大学院で学ぶ傍ら、この間の社会運動にも積極的に参加してきた。なお香港政府の厳しい弾圧下のため報告会では「お面」をつけざるをえなかった。

 區龍宇さんは、香港の左派の民主派活動家。邦訳書に『台頭する中国 その強靭性と脆弱性』『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論集』(ともに柘植書房新社)がある。


■20日 陳怡さんの報告

 香港民主化運動のきっかけは、2月に逃亡犯送還条例の改正案を香港政府が提案しようとしたからです。すでにこの時に抗議行動を始めています。三月末に民間人権陣線(民陣)が組織した抗議行動がありました。12000人の参加者がありました。4月末には、13万ぐらいの参加者がありました。大規模になったのは、雨傘運動の中心だった9人に対して不当判決が出たことが大きな理由だと思います。実際
に雨傘運動に参加した人たちには大きな怒りがありました。

 つまり、逃亡犯送還条例案が出る以前から市民の中で政府に対する不満が渦巻いていたことがわかります。

 6月4日は、天安門事件30周年であり、その抗議行動の参加者は18万人でした。また、雨傘運動2014の5周年も重なってました。以前から6月4日の抗議行動が取り組まれていたが、それぼどの参加者ではなかった。6月9日も大勢の人たちが参加し、103万人でした。香港の歴史上最も大きなデモでした。これは国際的にもよく知られていることだと思います。しかし、その夜に林鄭月娥長官が6月12日に予定
通りに逃亡犯送還条例改正案の審議を行うことを宣言しました。

 市民の怒りは、6月12日に条例案改正案の2回目の審議に対して抗議するために立法会に集まりました。この時に抗議者と警察との緊張関係になりました。平和的な抗議をする人たちと過激な抗議をする人たちが協力しました。

 6月15日、長官は条例改正案の審議を中止すると宣言したが、その後に200万人という規模のデモがありました。その理由は、6月12日に警察が非常に暴力を振るうようになったので、それに対する怒りとそれ以上の要求をしなければと強まったわけです。もう一つの理由は、若い抗議者がビルディングの上で抗議をしていたが、そこから転落死したことでした(6月15日)。

 主催者の民陣は、参加者を200万人と発表したが、市民たちはさらに亡くなった抗議者も含めて200万プラス1人と表わわしました。抗議者の参加者があまりにも多かったので警察は、恐れをなして大勢で出てこなかったと思います。抗議の暴力はありませんでした。つまり、警察がいなければ暴力的な行動がないと言えるのです。

 ほとんどの人が6月15日までは平和的な抗議によって、よい結果が得られると考えていたと思います。しかし、長官は6月18日に謝罪をしたけれども、条例改正案を撤回するとは表明しませんでした。このことによって多くの市民は失望し、抗議者の考え方が変わっていったと思います。

 6月22日、抗議者は警察本部を包囲し抗議した。他の政府の建物に対しても封鎖するという動きを取りました。この時までは民陣は、やれることはなんでもやろうと考えていたと思います。7月1日、抗議者は立法会の中に突入し、施設を破壊しました。民主派議員の一部は、抗議者を止めようとしたが、抗議者はその呼びかけに応えず突入しました。

 これ以降、色々な団体、個人が色々な抗議行動を企画しました。以前は民陣を中心にやってましたが、誰でも行動していくことになりました。ところが7月12日、地下鉄元朗駅で白いシャツを着た男達が抗議者に暴力を振るうという事件が起きました。ターニングポイントになった事件です。

 香港ラジオテレビは、これに関するビデオを作り、詳細に何が起こったのか、証拠の数々が入っています。これからわかることは、警察はこのような襲撃が起こることを事前に知っていたということがわかります。警察は見て見ぬふりをし、協力したということです。

 8月5日は、香港中でストライキを呼びかけました。このあたりで非常に緊張が高まりました。過激派と言われる人たちの行動は、まったく組織だっておらず、バラバラでした。外国勢力がいるとの声もありますが、バラバラぶりはそんなことはない証明です。このころは平和的な抗議者は、過激な行動をとる人たちに対して、自分たちは同じような行動はしないけれど彼らを支援するという姿勢にな
りました。

 写真には8月11日、女性の抗議者が警察が放ったゴム弾に当たった時のものです。私も含めてこれで怒りをかきたてられた。次の日、空港への抗議行動に向かいました。8月12日の抗議行動は、全く暴力がない平和的な行動でした。午後のフライトが全てキャンセルとなり、成功しました。

 8月12日の平和的なデモは、170万人でした。民陣は、「和理非」というスローガンを掲げ、平和的にやろうというメッセージがこめられていました。過激な行動をとるある人たちは、「私たちは、今日は平和的なやり方で抗議行動をします」というプラカードを持って参加してました。

 ところが8月31日に緊張がクライマックスになるような出来事が起こりました。香港の地下鉄の駅に警官が乱入し、抗議者を殴り、逮捕しました。8月のはじめ、抗議行動で自殺した人たちがいると言われていたが、警察に殺されたのだという噂が流れていました。31日も抗議者が殺されたという噂が流れました。

 つまり、多くの抗議者が警察によって仲間が殺されたと信じこんでいます。証拠がないのに多くの抗議者は、より過激な行動になっていきました。警察は、捜査の結果、死者は出ていないと発表している。抗議者は、警察を信じなくなっています。

 10月1日、警察は抗議者に対して初めて実弾を使用した。民陣は、警察に抗議デモの申請をしたが、許可されませんでした。にもかかわらず大勢の人たちによって無許可デモが行われました。権利が抑圧されてはならないと行動で示しました。

 10月4日、長官は集会でマスクをつけることを禁じる禁止令を出した。政府は、いつも間違ったタイミングで間違った決定をしています。覆面禁止法で、市民の怒りが高まりました。地下鉄が止まるという抗議行動が行われた。

 10月16日、民陣の岑子傑が何者かによって襲撃されました。私の友人です。平和的なデモを行っている人たちも同様なことが起こると感じました。また、自由がなくなっていると思わされました。このことがきっかけとなって平和的抗議者が過激な行動で訴えるしかないという方向に変わっていきました。

 11月8日、警察の強制排除の最中に建物から転落して重体だった香港科技大学の周梓楽さんが亡くなった事件です。これも証拠はないが、ほとんどの抗議者は警察に落とされたのだと信じています。多くの抗議者に悲しみをかきたて各地で追悼集会が行われました。

 理工大に立てこもった学生たちは、警察に捕まったら殺されると信じていた人が多くいました。だから降服しなかったのです。逮捕者は1000人で、理工大に立てこもった学生、支援しようとして外にいた人たちでした。その中の200人は、暴動に参加した罪で次の日に裁判に送られました。この罪は、最高で10年も刑務所に送られるのです。

 11月24日の区議会議員選挙に非常に大勢の人が投票して民主派が勝利しました。区議会選挙以来、状況は非常に落ち着いたと思っています。

 区議会選挙で民主派が勝利したことによって彼らが事態を変えてくれるという期待感が強まったからです。抗議に参加している人たちは、長期戦になることを覚悟しています。なおかつ過激な方法ではない抗議行動になっていくのではと考えています。過激なやり方ではなく、別な方法でやったほうがよいと考えるようになってきました。


 以下は、抗議行動の中で私が観察したことです。

 雨傘運動以来、香港の市民社会は2つに別れています。青リボン派と黄リボン派です。青は政府支持者、黄が抗議をしている人たちの支持者です。

 抗議者の宣伝活動は、政府に対して非常に強いものとなっています。政府支持者を効果的に攻撃するようなスローガンなどが考えられています。青も黄もお互いを攻撃するのですが、攻撃の対象となるのが女性になりがちであった。

 青の人たちは、6月9日の抗議行動で若い女性が警察に連行されている写真を使いました。この写真は加工されていて、乳首を黒くしています。この女性はブラジャーを付けていないと強調し、実は「売春婦」だと印象づけようとしています。

 女性の抗議者は、実際に警察によって恥ずかしいめにあうことがありました。服を破かれたり、下着が丸見えで連行されたりです。 黄は、警察によって女性が侮辱されていると非難しました。それに対して警察を支持する青は、抗議行動に参加するような女にはそのような扱いがふさわしいのだと宣伝しました。

 青リボン派は保守だから女性差別をするのは当然だと考えるかもしれませんが、実は黄リボン派も礼儀をわきまえた行動をとると考えるかもしれませんが、女性差別的な宣伝がありました。黄リボン派のある人々は、長官を非難するために女性差別を使った写真を使いました。もちろん長官は最悪ですが、だけれどもそれが女性だからという事実とは関係ないことです。香港は文明化された社会だと考えられていますが、それでも誰かを攻撃する時は、その人が女性だという側面が利用されて攻撃するわけです。

 このように黄派の中でも女性差別だけではなく、階級とかを理由にした差別的なスピーチがよくありました。私は差別について取り上げていろんな人たちと話をしようと思ったが、周りはとるにたらないことを取り上げて、騒ぎたてようとしているという感じで非難されることが多かったです。しかし、このような問題についてきちんと意識を持っていることは大切なことだと考えています。


■21日 陳怡さんの報告

 今日は、私たちの陣営がどのように総括し、次に結びつけることができるのかについてお話したいと思います。また、運動の中で様々な克服しなければならない課題があり、それらを指摘したいと思います。

 この運動が当初、平和的なデモから始まり、様々な過程を経て、警察との激しい衝突に至っています。デモ参加者が自分たちに敵対する人間に対して私刑・リンチを行ったりとか、お店が破壊されたりとかが報道されています。なぜこうなってしまったのか。

 運動が始まってから7月21日に香港の元朗で行われたデモに対して地元のヤクザが自警団を組織してデモ隊を襲う事件がありました。これが運動の大きな転換点になったと思います。

 例えば、9月15日にも大きなデモがあり、その際には別の福建のヤクザがナイフでデモ隊を襲撃し、デモ隊はそれに反撃し、攻撃したことがありました。一般的にはこの行為は犯罪になるわけですが、ただ香港の状況は緊迫しており、一般的な法律概念では理解できない状況になっています。こういう事件が発生することもいたしかたがないと思っています。襲撃に対して防衛目的でやり返す、襲撃に対して恐れていないということを示すことは必要なことです。

 しかし、それから数ヶ月がたちますが、襲撃してくる者たちに対するデモ隊の中で増幅される憎悪が膨らんでいくことになります。例えば、デモ隊に襲撃してくる者ではなく、街頭からヤジを飛ばすような通行人、政府支持派に対しても暴力を行うようになりました。

 私はこれはおかしなことだと思ってます。間違ったことは間違っているとはっきり言うべきだと思います。今後同じような過ちを繰り返さないためには、正しく指摘することが必要だからです。

 私たちの運動は民主化を求める運動なわけです。1人1人が政治的見解を持ち、それを止めることができないのが民主主義です。政治的立場が違うだけで襲撃の対象にしていいわけではないのです。もちろん直接に襲撃してくる者たちに対しては反撃は必要です。

 運動には「分裂はしない」という大きなスローガンがあります。それは運動が分裂してしまっては勝てない、団結しようという意味です。それが徐々に批判を受入れなくなっていきました。友人達も心理的変化が現れていきました。襲撃、店舗破壊、私刑・リンチに対して批判してきた人たちが批判しなくなり、そのような行動を防衛するようになりました。

 そうなってしまったのは、デモ隊が受ける被害があまりにも大きく、それに対する悲しみと怒りが影響しているからです。もう一つの理由は、平和的なデモ支持派は、警察に対する反撃なども含めてそこまで自分はできないとか、申し訳ないとか、不甲斐なさを隠そうとして応援してしまうのでした。

 議論の中では、勇武派の若者たちがいなければ条例改正は成立していただろうし、そのように若者を追い込んでいったのは自分たちの世代のせいだなどの理由で勇武派の行為を擁護する意見がたくさんありました。

 そういう状況が続くなかで、本来やってはいけないことまでやるようになっていったわけです。その後も批判がなく続いています。

 強調したいことは実力で闘争を行っていくことが間違っていることではありません。力関係が拮抗している時、実力を行使することはありえます。例えば、7月21日のヤクザの襲撃がありましたが、その次の週にそれに対する反撃ということでデモを行い、襲撃があったらやり返すと呼びかけました。私も参加しました。ヤクザと対峙する力はデモ隊は準備をしっかりしていればできるということでそのような方針をとりました。しかし、その対象が警察となると同じような力で対抗できないと考えます。

 私たちは民主化運動をやっているわけですから、実力で闘争する場合も無関係な者をなるべく巻き込まないという原則を守るべきです。

 もう一つ議論になったのは、大学での攻防戦です。警察が大学に突入し弾圧をしました。一般的には警察が大学に入ってはだめだという考えです。大学の友人は、学生宿舎に入っています。大学も攻防戦の一つでした。デモ隊が学生宿舎を闘争の拠点にしたと聞いています。宿舎の防犯カメラを全て壊し、入口に火炎瓶をたくさん並べました。

 その宿舎に友達がいました。それを聞いて私は怒りました。宿舎には闘争に参加するかわからない人たちもいるなかで闘争拠点に変えてしまいました。友人は闘争に参加しないことで出ました。その途中でデモ隊が投げた物が彼女にかすめたわけです。その後、大学当局は警察に通報しました。私は大学がやったことは間違ったことではないと思っています。

 米国の香港人権法案ですが、運動は歓迎ムード一色です。しか、この法律は問題があるわけです。香港の人権と米国の外交政策をリンクさせてしまっています。法律の中には、米国が実施するイランや朝鮮に対する制裁を香港は守っているかと監視する条項があるのです。

 もう一つの問題は、米国と香港の間でも逃亡犯引渡条例がありますが、今後、香港が米国の要請に従って逃亡犯を米国に送り返すのかどうかと書かれています。私は「悪魔との契約」として批判しています。香港の人権を守るために逃亡犯を中国に送らないようにするための闘いだったにもかかわらず、自分たちの人権を守るために朝鮮やイランの主権、米国から政治的に亡命する人間を米国に送り返すことは、自分たちの人権を売り渡すことと同じだ。

 理工大の弾圧は、多くの勇武派の人たちが逮捕され、今の状況は少し変わりつつあります。最近のデモでは大きな激突がみられなくなってます。実力路線がボトルネックにつきあたっていると多くの人たちが感じ始めたからです。30歳以下のサラリーマンの人たちは、労働組合を作ろうという動きが出始めています。将来、ストライキ、ゼネストを打って闘争に参加しようというつもりがあるからです。

 それがいつ成功するか、身を結ぶかわかりませんが、新たしい方向でもう一度始めようという若い人たちがいます。様々な闘争の中で失敗もあり、違いがあり、それらを乗り越えて新しい闘争をやりだそうとしていることに希望があります。


配信:12.20チェンさん■區龍宇さんの報告

 香港返還後22年たちますが、香港の自治を守る闘いは、2003年には国家安全条例に反対する闘争がありました。その後、中国は学校の中で北京語で教育をするように押し付けに抗議する運動もありました。2014年には、雨傘運動がありました。そして2019年の闘争です。

 2月から5月は、運動の萌芽期だった。運動は、すべて若者による闘いと言えないでしょう。当初、政府は法律を発表し、反対の取り組みを始めたのは上の世代が中心となっている民主派の主流派であったり、大衆組織に参加している人たちでした。

 決定的な転換点となったのは、6月12日でした。立法会議会の周りを数万人の人々が包囲しました。政府は、それを見て審議をしないと決定しました。にもかかわらず若者たちは議会から立ち去ることはしませんでした。警察は高圧的な態度で若者達に対応したわけです。それで衝突が起こり、デモ隊からブロックを投げる人も出たわけです。

 当初、政府はデモ隊が暴力を使ったら一挙に支持がなくなるだろうと見ていたわけです。香港人は、普段、おとなしく、優しい人たちです。衝突の際にデモ隊には、様々な暴力を振るうわけですが、世論の非難は政府と警察に対してたくさん届けられたわけです。

 6月12日のデモは民権陣線が呼びかけ、200万人の参加者がありました。これ以降、運動が高揚していきました。本当の運動のピークは、8月5日だったわけです。六月から七月にかけて若者たちは、非常に果敢にデモや警察と対峙したわけですが、一方ではその運動の限界を感じはじめていたわけです。実力で警察と対峙するだけじゃだめだということでストライキが必要だと呼びかけはじめました。

 8月5日にストライキが呼びかけられました。そのストライキでは、香港のかなりの交通部門が止まり、経済活動が麻痺しました。飛行場では国内・国際便含めて半分がフライト中止に追い込まれました。

 8月5日のストライキの時は、香港全土で七カ所でストライキ突入集会が行われました。私は長年香港で活動をしてきましたが初めての事態だったわけです。北京政府はすぐに反撃に出ました。キャセイ航空の経営者2人を解雇する圧力をかけました。新しい経営者は、ストライキに参加した労働組合員を解雇する攻撃に出ました。

 ストライキはなかなか難しくなり、学生たちは別な方法でストライキをやるしかないとなった。交通を麻痺させるということです。11月1日もストライキが呼びかけられ、線路の上に椅子を置いたりしました。こういうことを香港の全てのところで電車の線路、バスが通る道路に障害物などを置きました。その日は社会全体が混乱しました。

 副作用がありました。ああいう形でストライキができるのだったら、労働者は俺たちがやることはないから、あとは学生に任せましたよ、となってしまった。8月5日以降、10回以上ストライキ、ゼネストが呼びかけられるが、一度も成功することはありませんでした。

 9月から10月にかけて引き続き拡大していきました。中高校生が立ち上がったわけです。各地の中高生が地元でグループを作り、ヒューマンチェーンをやったり、スタンディングをやったり、様々な形で運動に参加してくるわけです。

 11月11日以降、二週間にわたって香港の大学で警察との攻防戦が行われました。そこで包囲された学生を救えと多くの市民が理工大に駆けつけました。その一方で運動がボトルネックに入りました。

 市民が学生を救えと呼びかけ、10万人以上が現場に駆けつけました。もしその時、警察と衝突も辞さず学生たちを救援したら香港の情勢は大きく革命的情勢に入っていたと思います。しかし、駆けつけた大人たちは、全てを投げ打って警察と闘う準備ができていなかったわけです。警察の警戒線を突破し、衝突をしてまで突破しようとした人たちは数千人いたかどうかの数です。

 9月以降、それ以上の運動が発展することはなく、政府も弾圧することもできず対峙しながら、どちらも引くことができない状態でした。そのような経過を見て、2度にわたる大学攻防戦で敗北し、12月に入るなかで一時的に運動の見直し時期に入りました。実力で闘うことの代償も大きいわけです。すでに6000人以上が逮捕されているわけです。この6000人という数は、香港で収監されている数を上まわ
っています。

 すでにこの運動ではゼネストが何度もよびかけられ、実際に行われ、たくさんの労働者階級が運動に参加している。労働者を覚醒させているわけです。香港の労働運動は、力が弱かった。この運動を通じて覚醒され、労働運動の弱さを自覚し、再認識したわけです。さきほどの落書きの訴えをどのように形にして、運動につなげていけるのかを考えるのが私たちの役割です。

 若い人たちは、労働組合を軽視していました。もちろん自分たちで労働組合を作ろうなんていう人はほとんどいません。運動の中でストライキの力を感じ、11月以降、労働組合を作らなければならないと動き出している人たちが出始めています。38業種の中で組合が結成されたり、準備中だという人たちがいます。

 香港の民主化運動の歴史的意義は、革命をどのように考えるかということです。1989年の北京の民主化運動以降、初めて革命という言葉が香港で使われたことが歴史的意義があります。89年の民主化運動は、非常に壮絶な運動だった。しかし、その時の学生たちは、私たちがやりたいことは革命じゃないんだと必死で革命の言葉を否定しました。ハンストという死ぬまでの闘争をしたわけです。それでも革命という言葉を拒否したわけです。

 天安門で学生弾圧が始まった時、労働者たちも参加していたが、労働者たちは武器をとって学生たちを守ろうとしたが、その時も学生たちは労働者に対して武器をとるな、革命を止めてくれと必死に訴えたわけです。

 香港の今の運動は、若い人たちだけではなく、大人も「時代革命」と叫んでいるわけです。驚きの事態になっているわけです。革命が必要だとみんな言っているわけですが、どのように革命にもっていくのか。中国では多くの革命があったが、政権が交代するだけだった。

 しかし、私たちが実現しなければならないことは、民主主義革命だと思っています。今回の運動の中で市民が民主主義を実現しようという要求があり、中国の過去の農民反乱だと考えている人たちもいる。いずれにしても運動の路線をはっきりとしなければ中国共産党がたどった悲劇を繰り返すことになります。革命政党として出発した共産党が、反動政権になってしまった歴史を繰り返す必要はないわけです。


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報告:12.24第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動

配信:公聴会抗議行動三里塚空港に反対する連絡会報告

 12月24日、三里塚空港に反対する連絡会は、芝山文化センター(山武郡芝山町)前で「第三滑走路建設に向けた公聴会抗議行動」を行った。

 国、空港会社、推進派が一体となって夜間飛行制限の延長、第三滑走路建設、B滑走路延伸の強行をねらっている。公聴会は明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さず、公聴会に抗議した。
 
 連絡会は、午前九時過ぎ、センター入口前で「第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!」の横断幕を掲げた。仲間は、トランジスターメガホンを使って①アリバイ的な公聴会の意図②生活の破壊を許せない③利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか④金と力で空港は建設されてきた⑤約束を反故にしてまたも強権行使⑥国や空港会社の言いなりにはならない―と批判した。

 公聴会は、午前10時に開始。国土交通省は、「この公聴会は、成田空港の施設と同空港で指定した延長進入表面などに変更が生じることから、航空法第43条第2項で準用する同法第39条第2項の規定に基づき、利害関係を有する方から意見を伺い、公正に行政処理を行う手続きの1つです。」などと言っている。自ら「手続きの1つ」と位置づけているように形式的に意見を聞くというものでしかない。

 公聴会では住民、関係事業者など38人が意見を述べ、約280人が傍聴した。朝日新聞(2019・12・25)によれば、反対意見が騒音地域の住民からあり、「これ以上の騒音は我慢の限界を超えている。生活できない」、「『地元の理解を得る』と言いながら、騒音下住民の意向は無視されている」と抗議する意見が続いた。

 国交省は、このような反対意見をどのように扱うのか、反対や疑問意見があれば計画を中止するのかなどについてなんら答えず、従来通りの不誠実な姿勢のままであり、強引に押し進めていくという居直りでしかない。

 公聴会強行糾弾!第3滑走路建設・飛行時間延長を中止しろ!

 

●公聴会参加者に向けて配布したビラ
 
第3滑走路建設・飛行時間延長強行のための公聴会反対!

 公聴会に参加される住民の皆さん。私たちは三里塚空港絶対反対を掲げて反対運動を闘ってきた三里塚農民と連帯してきた各地の労働者市民からなる団体、「三里塚空港に反対する連絡会」の者です。

 2002年のサッカー・ワールドカップ大会を口実に政府・空港公団が暫定滑走路(B滑走路)を建設しようとしたことに反対し、「暫定滑走路に反対する連絡会」を結成し、生活を破壊され、自分の土地から追い出される空港予定地用地内農民と共に反対運動を行ってきました。用地内農民はB滑走路が供用されている今も用地内で粘り強く闘い続けており、私たちも名称を変えて今も共に活動を行っています。

はじめに

 政府・国土交通省は2013年、空港機能の拡大を目指すとして2028年度までに第3滑走路を建設するという計画と、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にして飛行時間の延長(現行午前6時から午後11時までを午前5時から翌日午前0時半まで)をセットで地元に提案してきました。これを受けて成田国際空港株式会社は併せて平行(B)滑走路を北側に1キロメートル延伸するという計画まで提示し、これを実現するために一方的に説明会を行ってきました。

  この計画により新たに約2000戸が騒音地域に指定され、約200戸が移転を余儀なくされることになります。
 
生活の破壊を許せない 

 この計画を推進するために国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会が結成され、住民説明会が各地区で行われてきました。移転対象となる住民、新たに騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地域住民からは厳しい批判の声が上がり、断固反対が次々と表明されました。

 空港開港以来騒音により身体的、精神的な影響を受けたり、航空機の落下物の恐怖におびえながら生活してきた飛行直下の住民にとってはさらなる被害の拡大は到底容認できるものではありません。

 また移転となれば生活の根底からの転換を強いられることになります。騒音地域の拡大によってそれまで平穏な生活を送って来た住民にとっては突然騒音下に置かれ落下物の恐怖におびえながら生活しなければならないことになります。航空機からの落下物は開港以降おびただしい数に上り、最近でも成田を含めて各地で航空機の一部が脱落する事故が相次いでいます。また昨年7月には成田市東峰で離陸寸前の米貨物機がオーバーランで大事故寸前になっていたことが明らかとなりました。 

利潤追求の為に住民の生活を破壊するのか

 住民説明会においてこの計画に対する批判、反対の声があがるのは当然のことです。空港会社は飛行制限時間を3時間短縮するという案から1時間短縮という見直し案を提示し住民に説明しました。

 しかし、住民はこれにも納得せず、なし崩し的にさらに短縮するのではないかと不信感を募らせています。関係自治体は住民の反対を無視し、交付金の増額・地域振興策と引き換えに空港会社の見直し案を受け入れ「早急に地域振興策を」と、前のめりになってきました。住民の生活を破壊してでも一部の利害関係者の利益を追及するという姿勢です。
 
金と力で空港は建設されてきた


 成田空港は最初から地元住民の意志を無視して作られてきました。政府と千葉県の一方的な思惑によって三里塚の地に決定され、住民にとっては全く寝耳に水のことでした。農民の生活の糧である農地を一方的に奪い追い出そうとしたのです。農民はからだを張ってこれに抵抗しました。政府・空港公団(当時)は警察機動隊の暴力を使って力でこれを押さえ込み、また札束を積んで農民を懐柔し、空港を建設していったのです。

 このようなやり方は最初から一貫して今日に至っています。現在の政府・空港会社のやり方は形こそ違いますが、本質は全く変わっていません。あたかも住民の意見を聞くというポーズを取りながら、政府が決めたことは何が何でも進めていくということです。説明会を各地で小まめに開いて「住民の意見、要望を聞いた。」というアリバイを作り。既成事実を積み重ねていくのが彼らのやり方です。
 
約束を反故にしてまたも強権行使 


 政府・空港公団(当時)は1991年から94年にかけて行われた「成田シンポジウムー円卓会議」の結果を受けて「強制的な手段によらず話し合いによる解決をはかる」と反対派農民と確約し、事業認定を取り下げ、強制代執行による土地の取上げはあきらめました。しかし、空港会社はそれ以降、民事裁判に提訴して裁判所の強制力を使って農民、地権者から土地を取り上げるという手段を取ってきました。

  公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされていますが、計画を推進するための手続きに過ぎず、反対する住民の意見も聞いたというアリバイ作りに過ぎません。
 
国や空港会社の言いなりにはならない

  用地内には現在も成田市の東峰、天神峰、木の根地区に農民・住民が住んで生活しており、また芝山町の横堀地区にも反対派の土地があり、政府・空港会社の横暴と闘っています。住民が闘い続ける限り政府や空港会社の思い通りには行きません。それはこの間の三里塚の農民の闘いが示してきました。行政に期待し任せているだけでは最後は国や空港会社の思うままに進んでしまいます。

 地域と住民の健康、生活を守るため第三滑走路の建設に反対し、夜間飛行制限時間の短縮に反対しましょう。(2019年12月24日) 

報告:12.19『香港に自由を!連帯行動』第2弾 新宿デモ

配信:12.19香港 12月19日、新宿駅東口・アルタ前広場で「『香港に自由を!連帯行動』第2弾 新宿デモ」が行われた。呼びかけたのは、APFS労働組合、ATTAC首都圏、ジグザグ会、LACC(反資本主義左翼講座)、NO—VOX Japanの実行委。

 第一弾の新宿デモ(11月15日/約100人)時における香港情勢は、中国共産党の第一九期中央委員会第四回総会(4中総会/10月31日)で香港秩序システムの強化を確認し、習近平国家主席が香港特別行政区の林鄭月娥行政長官に対して全面的に支援していくことを表明するという緊迫した状況が続いていた。その延長で香港警察は、香港中文大学(11月11日)、香港理工大学(11月18日)に大量の催涙弾を打ち込みながらあらんかぎりの暴力を行使し、大量逮捕を強行して制圧した。

 しかし、香港民衆は、当局の暴力弾圧に抗して区議会選挙(11月24日)で民主派が85%獲得する圧勝を実現した。林鄭月娥行政長官は、区議会選挙で親中派が大敗北によって「政府は市民の意見を真摯に聞き、真剣に反映させる」などと強がってみせたが、打撃を隠しきれないでいた。中国共産党をバックアップにして圧政を続けていく姿勢はあいかわらずだ。

 民衆は、区議会選挙圧勝をバネに12月8日には、「民間人権陣線(民陣)」の主催デモに80万人が参加した。あらためて民衆の五大要求〈(1)「逃亡犯条例改正案の撤回(2)デモの「暴動」認定の取り消し(3)警察の暴力に関する独立調査委員会の設置(4)拘束したデモ参加者の釈放(5)普通選挙の実現〉の実現、マスク着用を禁止する「覆面禁止法」撤回を強く要求した。

 実行委は、香港民衆の身体を張った粘り強い闘いと連帯し、香港当局の暴力弾圧をやめさせるために怒りの声を新宿一帯にわたって訴えていこうとデモが取り組まれた(約60人)。

 アルタ前広場での前段集会は京極紀子さん(ATTAC首都圏)の開催あいさつで始まった。「半年も続けられている香港民主化闘争に連帯して、私たちは新宿駅前、御茶ノ水駅前でスタンディングをしたり、香港経済代表部への申し入れを行ってきた。だが、香港警察は、香港中文大学、香港理工大学を包囲して学生たちを大量逮捕した。このような流れは区議会選挙の圧勝によって跳ね返した。この間、デモ許可がされていなかったが12月8日には、『民間人権陣線』の80万人デモが行われた。私たちも連帯の意味を込めて今日のデモを行っていこう」。

 参加者全体で香港の民衆運動の中で唱われている「香港に再び栄光あれ!」を合唱した。

 原隆さん(NO—VOX Japan)は、「私たちが目にしている香港の自由への反乱は、まだ始まりに過ぎない。『時代革命』への長い道程は、まだ始まったばかりだ。『香港人、加油(頑張れ)!』『時代革命』『反抗有理』の声は今も香港中に響き渡り、絶えることはない!」(「香港の自由への闘い」から)とアピール。

 稲垣豊さん(ATTAC首都圏)は、来日した香港ゲストの陳怡さん、區龍宇さんと一緒に沖縄で報告会(12月14日)を行ったことを紹介。また「12月20日に陳怡さんによる『協力と緊張〜香港デモにおける非暴力派と直接行動派』をテーマの講演を行う。12月21日には、『衛港之戰2019』をテーマに區龍宇さん、陳怡さんが報告する。ぜひ参加してほしい」と呼びかけた。

 さらに區龍宇さんからメッセージが届き、次のように紹介された。

 「平和と民主主義を愛する すべての日本の友人の皆様へ。私はこの数日前に沖縄を訪れたところです。沖縄の人々が第二次世界大戦の中、沖縄戦で受けた苦痛を学びました。初めて知ることで驚きに感じました。沖縄では沖縄の自決を守る闘いが続けられていますが、香港では自治・自決を守る闘いが続いています。今日、集まっていられる皆さんが香港の活動を支持してくれていることに心強く思っています。日本から香港に駆けつけた人もいるということで非常に感謝しています。直面する強い全体主義には絶対負けない不屈の闘いを続けています。だが香港単独では勝つことはできません。国際的な支援、中国の中の支援が必要です。国際主義と民主主義は不滅です。共に頑張りましょう」。

 香港で不当逮捕(11月19日)された井田光さん(東京農業大学) は、「10月と11月、香港に行った。2回とも緊張した状況だった。香港の人たちがなんで苦しんでいるのか。もう自由がないてんですよ。いつ襲われてもわからない。怯えており、人間不信となり、なにをしていいのかわからない状況になっています。僕たちに何ができるか。ここから圧力をかけるしかない。一人一人が香港の人たちのために意見を言うことだ。絶対に香港政府、警察を許してはいけない。これからも闘い続けていきたい」と訴えた。 

 最後に「香港に自由を! 香港民衆の五大要求支持! 覆面禁止法撤回! 実現しよう民主主義」などのシュプレヒコールを行い、新宿デモに移った。

(Y)

案内 三里塚2020反対同盟旗開き& 1.12東峰現地行動

配信:7.14東峰現地行動■2020反対同盟旗開き
主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)

日時:2020年1月12日(日)正午
 
場所:横堀農業研修センター
   (千葉県山武郡芝山町香山新田131/0479-78-8101)

参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】


■1.12東峰現地行動

日時:2020年1月12日(日)午後3時

場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向けてデモ

会場への行き方
①2020反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動 
②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機/12:34発  京成上野特急 →13:42着 成田→13:52発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:57着  東成田 


飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港「第3滑走路」反対! 安倍政権打倒!
 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! 


 政府・国土交通省―成田国際空港会社は資本の利潤追求のため空港機能の拡大をはかろうとしている。2029年3月までの第3滑走路の建設、2020年東京五輪・パラリンピックでの旅客の増大を口実にした飛行時間の1時間延長を打ち出し、2019年10月の冬ダイヤから先行実施している。国・千葉県・関係9自治体・空港会社からなる四者協議会は、すべての自治体の合意が得られたとしてこの計画を推進している。


 しかし、新たな騒音地域となる住民、騒音がさらに増大する騒音地区住民からは厳しい批判の声が上がり断固反対が表明されてきた。芝山町、横芝光町の住民は地区に「空港騒音断固反対」「静かな生活環境を壊すな」などの看板を設置し、飛行時間延長反対を訴え続けている。

     

 6月、田村明比古社長(元国交省航空局長)は就任会見において空港会社がこれまで第3滑走路の運用を20年代後半に開始するとしていたものを、20年代半ばまでと早める方針を打ち出した。そして、「グローバルな空港間競争の中で勝ち残るには、機能強化の推進が最優先課題」とし、「アジア路線の拡大、LCC(格安航空会社)の就航、増便を目指す」と語った。また田村社長は国交省航空局長として第3滑走路計画を主導してきたことを念頭に「私が始めたものを、結果として出さなければならない立場になった」と意気込んだ。


 しかし、現時点では1時間の飛行時間の延長だが、第3滑走路完成以降は飛行時間は午前5時から翌日午前0時半までと大幅な飛行時間の延長となる。騒音下住民にとっては飛行機が飛ばない時間(静穏時間)はたったの4時間半しかないという事態になるのだ。まさに住民にとっては、生活の破壊以外のなにものでもない。


 11月5日、国交省は成田空港の機能強化策を実施するための基本計画を改定した。強化策は第3(C)滑走路(3500m)新設と平行(B)滑走路(2500m)を北側に1000m延伸するというものである。これによって年間発着数を現在の30万回から50万回に増やす。これを受けて成田国際空港会社は11月7日、航空法に基づく空港変更許可を国交省に申請した。国交省がこれを許可すれば新滑走路の用地取得や移転補償に着手するという段取りだ。空港会社は空港用地として拡張する約1000㏊のうち約950㏊の取得の見通しが立ったとしている。


 国交省は第3滑走路建設を中心とする強化計画を巡る公聴会を12月24日、芝山町の芝山文化センターで開く。公聴会は「利害関係者から意見を聞く場」とされているが、建設を推進するための手続きの一つに過ぎず、反対する者の意見も聞いたというアリバイ作りである。その本質は、これまでの三里塚闘争の過程で何回も行われてきた公聴会を見れば明らかである。かかる公聴会の開催に断固抗議する。住民無視、農地強奪、生活破壊、騒音被害拡大の空港機能拡大計画を断じて許すことはできない。1.12東峰現地行動に集まろう! 2019.12.12

報告:12・1 第2回総会記念集会 一般社団法人三里塚大地共有運動の会

配信:柳川秀夫 12月1日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、「12・1 第2回総会記念集会」を文京シビックセンターで行い、56人が参加した。共催は三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)/三里塚空港に反対する連絡会。

 11月5日、国交省は成田空港基本計画を改定。成田国際空港会社は11月7日、国土交通省にB滑走路の3500メートルへの延伸、第3(C)滑走路(3500メートル)建設の2029年3月完成。発着時間を最終的に午前5時~翌午前0時半、年間発着枠を30万回から50万回に拡大する変更許可申請を行った。空港敷地面積は1500ヘクタールから2600ヘクタールへ大幅拡大する計画だ。国交省は12月24日のアリバイ的な「公聴会」を経て、1月にも変更許可を出そうとしている。

 一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、安倍政権・空港会社・地元推進派が一体となった空港機能拡大、第3滑走路建設計画推進の暴挙を許さず、「三里塚闘争に連帯し,三里塚大地共有運動を継承し発展させることを目的」に、1966年からの三里塚一坪共有運動、 83年からの再共有化運動を受け継いで、2018年10月に設立された。空港用地内にある一坪共有地、木の根ペンション、横堀鉄塔と案山子亭の拠点強化をめざし、その一環として全国の共有者に法人への登記変更を呼びかけ、着手を開始している。設立一年を迎え、新たな闘いへの踏み出しに向けて総会と記念集会を行った。

 主催者あいさつが山口幸夫さん(代表理事)から行われ、午前中の一般社団法人三里塚大地共有運動の会の総会(事業報告・決算・予算等)が成立し、来年度に向けての意志一致、とりわけ一坪共有者の法人への登記変更の取り組み強化を確認したことを報告した。

 さらに、「気候変動、環境破壊が深刻だ。なんとか阻止するために若い世代から積極的な行動が突きつけられている。自然現象を軽視し、科学技術を優先してきた社会の欠陥の現われだ。三里塚大地共有運動は、大地を守り抜き、気候変動などと格闘し、前に進んでいくための重要な取り組みだ」と訴えた。

 加瀬勉さん(元三里塚大地共有委員会〈2〉代表)は、国と空港会社が一体となった三里塚空港の基本計画を改定」を糾弾した(発言要旨別掲)。

柳川秀夫さん(三里塚芝山連合空港反対同盟)は、「香港の若者たちが真剣に闘っている。アメリカの若者たちから社会主義を希求する流れがあることが紹介されている。資本主義の大量生産・大量消費・大量廃棄システム、貧富の格差の拡大システムそのものが問題だ。もう一つの社会のあり方を作り出していかねばならない。三里塚闘争は、そういう観点から闘われてきたし、これからも第3滑走路建設などいまだに巨大開発を優先する流れと対決していこう」とアピールした。

 法人活動報告が三里塚大地共有運動の会・事務局から行われ、総会報告と来年度の事業計画などを提起した。さらに「安倍政権が所有者不明土地対策と称して相続登記義務化、不明土地の権利を国に帰属させ転売を可能にする不動産登記法改悪法案を準備している。改悪法によって一坪共有地に向かってくることは必至だ。警戒し、法人への登記変更を強化していこう」と呼びかけた。

 三里塚現地報告が山崎宏さん(横堀)から行われ、「国、空港会社、推進派は、一体となって夜間飛行制限の延長、第3滑走路建設を強行している。12月24日に公聴会を開催しようとしている。明らかに第三滑走路推進のためのアリバイ的なものでしかない。空港機能拡大に対する不安を感じている住民の存在を無視して、従来のように暴力的に行おうとしている。民主主義を否定する暴挙を許さない。公聴会に抗議していきたい」と強調した。

 大道寺毅さん(羽田空港を監視する会)は、「首都圏空港機能拡張は何を突きつけているか―羽田空港から考える」をテーマに講演した(講演要旨別掲)。

 連帯発言が沖縄在住のおかのまめさん(辺野古にカヌーを送る会)、福島から面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)、泉州沖に空港を作らせない会の根本博さん、関西・三里塚闘争に連帯する会の山田謙さん、和多田粂夫さん(元管制塔被告団)から行われた。

 閉会あいさつが島田清作さん(監事)から行われ、「伊達判決を生かす会の取り組みを通して反戦・反基地の繋がりを広げてきた。成田、羽田も含めて全国のスクラムを作っていこう」と発言した。

 ■2020反対同盟旗開き
主催:三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)
日時:2020年1月12日(日)正午
 場所:横堀農業研修センター(千葉県山武郡芝山町香山新田131/0479―78―0100)
参加費:1000円

【会場への行き方】:京成東成田駅地上 11時00分集合 迎えの車待機
【09:13発  京成上野特急 →10:22着 成田→10:32発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→10:37着  東成田】

■1・12東峰現地行動
◦日時:2020年1月12日(日)午後3時
◦場所:旧東峰共同出荷場跡(千葉県成田市東峰65-1)/集会後、開拓道路に向け
てデモ

◦会場への行き方
2020反対同盟旗開き終了後(午後2時頃)→旧東峰共同出荷場に車移動 
②京成東成田駅地上 14時00分集合 迎えの車待機/12:34発  京成上野特急 →13:42着 成田→13:52発  京成成田 →乗り換え 京成本線(普通) [芝山千代田行き]→13:57着  東成田 

◦主催:三里塚空港に反対する連絡会
連絡先:千葉県山武郡芝山町香山新田90―5/電話:FAX0479―78―8101



配信:加瀬勉 ■加瀬勉さんの発言要旨

 11月5日、国土交通省は三里塚空港の基本計画を改定した。1000mの用地を拡大、2500mの滑走路を1000m延長する3500mの新滑走路のために4000戸の移転がその内容だ。11月7日、空港会社は航空法に基づいて国土交通省に拡大計画を申請した。11月20日、政府は2兆円の財政投融資を決定し、三里塚空港機能拡大に4000億円を投資する方針を明らかにした。

 われわれは、機能拡大計画に抗議し、断固として撤回を要求する。

 四者協、成田、芝山、多古、横芝の空港関連首長は交付金に群がるハイエナと化して機能拡大計画に賛成し、住民を空港拡大の生贄としている。

 われわれは、首長に財産権、居住権、健康で文化的生活を送る権利などの生存
権を委任してはいない。地方自治、住民自治の精神をかなぐり捨てた四者協に断固抗議する。

 空港問題が発生して以来、浦安、木更津、霞ケ浦、八街、富里、三里塚と転戦してきた私は、三里塚闘争の裁判で証人として立ってきた。

 政府の三里塚シンポでの謝罪、国交省の黒野の東峰住民に対する謝罪、千葉県
の大木よねさんの強制代執行に対する謝罪はしたが、それは強制代執行を放棄したものではないと主張している。これが権力の正体であり、本質である。

 天皇即位とパレード、大嘗祭、オリンピックを利用して国家主義が台頭してい
る。安倍内閣の憲法改正翼賛体制と三里塚空港反対闘争を通じて断固として闘おう。安倍内閣打倒である。

 世界には650万回の航空需要があり、アジアに一つの国際ハブ空港が彼らの野心だ。その競争に参入し勝つために全国の航空網を整備するといっている。彼らの野望の前にたちはだかり断固として闘い抜いてゆこうではないか。

 かつて千葉県館山の住民から一枚の葉書が加瀬完参議院議員のところにきた。
内容は空港建設計画敷地内にクロス形で共有地をつくれば建設は阻止できるというものであった。八街、富里でマンモス共有地運動になり、三里塚反対同盟がそれを引き継ぎ、堀越昭平、加瀬勉と続いてきて、法人化運動になってきた。全国支援団体中心の一坪共有地運動になった。

 その任務は意義深く重い。一坪共有地の土地は空港反対闘争に生涯をかけた木の根の小川源さん、小川明治さんの土地であつた。その意志を引き継いで一坪共有地運動を更に発展させよう。

 台風15号、19号の豪雨と続いて3回の災害に遭った。私に対する全国からの支援に感謝する。「老いて野に伏すも戦いの意思は千里にあり」頑張ろう。


配信:大道寺毅■大道寺毅さんの発言要旨

 羽田空港新運用案は、三里塚空港の運用拡張(第3滑走路新設を含め)と一体化された総体的増便構想であり、「首都圏空港機能強化技術検討小委員会(有識者会議)中間まとめ」(2014年6月)が出発点だ。

 羽田空港の国際線の増便を図るために離陸・着陸合計90回/時に拡大する。北風時は、6時~10時半、15時~19時に江東、江戸川方面に離陸する。合計で1日当たり65回~85回増だ。

 南風時は、15時~19時に都心上空超低空侵入(A、C滑走路への着陸)する。また、川崎・石油コンビナート方面への離陸(B滑走路から)も行い、合計で1日当たり30回~40回増をねらっている。

 そもそも羽田空港は、人口密集地に隣接した大空港だ。国交省は、都心との距離15㎞の利便性として宣伝するが、その実態は、安全、騒音、大気汚染等の広がりでしかない。

 かつて大田区、品川区、川崎市の激しい住民運動(大田区議会の空港撤去決議)があり、羽田空港計画を沖合に変更ざるをせえなかった。「海から入って海に出る」という約束までした。

 川崎市との約束では、コンビナート上空高度は3000ft以上確保するというものだった。大田区との協定でも、B滑走路から川崎側への離陸は原則ゼロとしている。これらは航空路誌(AIP)で詳細に規定されている。

 しかし、新運用案は、安全、騒音、大気汚染等の問題はもはや考慮の対象外で
あり、住民との約束はすべて反故にしてしまった。国交省は、明らかに安全、騒音、大気汚染のリスクを承知の上で飛行許可を強行する姿勢だ。

 新運用案を検討する有識者会議も、どうすれば便数を詰め込めるか、を検討しただけで安全、大気汚染については検討の痕跡すらない。問題になることが分かり切っていた横田空域との干渉問題すら検討していない

 安全を考える場合、最低限、万が一を想定した準備が必要だ。特に石油コンビナートとの関連事故に対しては、国交省は「危険はない、御巣鷹山事故以後本邦定期旅客機の死亡事故はない」の強弁一点張りだ。

 すでに2016年、2017年にエンジン爆発事故が起きている。1件はテイクオフリジェクト後滑走路上で火災となった。B滑走路川崎側離陸でリジェクトが遅れた場合大惨事は確実だった。

 さらに落下物の危険性についても、 当初は「ない」の一点張りだ。羽田空港着陸機の部品紛失件数は2018年だけでも40件弱も発生している。今後、落下発生の危険性は高まるはずだが、まともに検討した形跡がない。

 安全軽視の姿勢は、これだけではない。着陸降下角をICAO(国際民間航空機関)規定限度の3・5度一杯まで引き上げることを前提にしている(現行3・0度)。パイロットはリスクの高まりを指摘(たとえば尻餅事故)している。要するに、すべてが安全と住民生活へのしわ寄せでしかないことが明白だ。

 このような国交省の安全軽視の姿勢に対して自治体は、住民を守る責任の放棄を貫いている。国の専権事項を楯に逃げ回つている。 だが現在、都内では23区の内19区に、また川崎市と埼玉にも住民の運動が始まっており、各運動体間で緩やかに連携、情報交換と相互支援、共同での対国交省折衝などを実現している。

 国交省は、2020年3月29日実施と一方的に発表(8月8日)したが、住民の反発は高まるだけだった。二巡しか予定していなかった住民説明会も六巡目が必要になってきており、自治体、地元自治会(羽田)の明確な了解を未だ取り付けられずにいる。

 12月17日に「危険な増便・新飛行ルート撤回を求める総決起集会」(実行委員会/19時/大田区民ホール・アプリコ展示室)が行われる。住民の運動は粘り強く続く。共に闘おう。

案内 12.20-21 香港に自由と民主主義を 〜沖縄・日本・アジアのなかで

_20191204_162510#FIGHT FOR HONG KONG @ 2019
香港に自由と民主主義を
〜沖縄・日本・アジアのなかで


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BATTLE OF HONG KONG 2019[DAY1]
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◎協力と緊張〜香港デモにおける非暴力派と直接行動派
 報告者:陳怡(チェン・イー)

・12月20日(金) 18:00開場18:30開始
・文京シビックセンター5階 区民会議室C
・資料代 1,000円(賛同者800円)
・英語→日本語の逐次通訳あり

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BATTLE OF HONG KONG 2019[DAY2]
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◎衛港之戰2019/DEFENSE OF HONG KONG 2019
 報告者:區龍宇(アウ・ロンユー)、陳怡(チェン・イー)

・12月21日(土) 18:00開場18:30開始 
・文京シビックセンター5階 区民会議室C
・資料代 1,000円(賛同者800円)
・普通話→日本語の逐次通訳あり


【賛同のお願い】
2019年6月から広範な市民が参加して大規模な抗議行動が続く香港から友人を迎え
て、香港〜沖縄〜日本の運動交流を予定しています。民主主義を求める香港市民
の闘いは、長い闘争の過程にある中国民主化はもちろん、国境や大海原を超えて
東アジアや世界の運動にも影響を及ぼすかもしれません。ぜひ実りある交流のた
めにご協力ください。

【来日するゲスト】
_20191204_230825・區龍宇(アウ・ロンユー)さん:男性。香港の左派の民主派活動家。香港の民
主化のカギは中国の民主化にあると主張。邦訳書に『台頭する中国 その強靭性と
脆弱性』『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論集』(ともに柘植書房新
社)。

・陳怡(チェン・イー)さん:女性。大学院で学ぶ傍ら、このかんの社会運動に
も積極的に参加。

【賛同金を募集しています】
 個人1口:1,000円  団体1口:3,000円
 振込先 :郵便振替口座00150-9-251494
 加入者名:アタック・ジャパン ※通信欄に「香港賛同金」と記載してくださ
い。

_20191204_162427【問い合わせ先】
 東京都千代田区神田淡路町1-21-7静和ビル1階Aスペース御茶ノ水 ATTAC(首都
圏)
 メールでの問い合わせ:wen_zhao1917@yahoo.co.jp(稲垣)


【参考資料】
・『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論集』(區龍宇著、柘植書房新社、
2016 年)
・『台頭する中国 その強靭性と脆弱性』(區龍宇著、柘植書房新社、2014 年)
・『香港雨傘運動と市民的不服従 「一国二制度」のゆくえ』(周保松 著、社会
評論社、2019年)

その他、ウェブ上で読めるアウさんに関する資料はこちらです。
・『朝日新聞』2015 年4 月2 日(インタビュー) 中国「官僚資本主義」 區龍宇
さん

https://ujikenorio.hatenablog.com/entry/20150409/p5


この間の香港の運動についてはこちらのインタビュー(翻訳)参照
・香港2019:ミレニアル世代の登場〜東アジア規模での巨大な民主化運動(區龍
宇)


http://attackoto.blog9.fc2.com/blog-entry-472.html


區氏の詳しい経歴や思想はこちらのインタビュー記事(翻訳)参照
・2015 年:独立独歩の反対派—區龍宇(上・下)

http://www.jrcl.net/frame150914e.html
http://www.jrcl.net/frame150921d.html         

報告 11.25香港連帯緊急アピール行動

1125★11.25緊急アピール行動
☆香港政府は学生市民の声を聞いてください

 11月25日午後7時から、九段下にある香港経済貿易代表部に対して、「香港政府は学生市民の声を聞いてください」緊急アピール行動が主催:#Fight for Hong Kong @ TOKYO 2019で行われ、20人を超える仲間たちが参加した。前日の24日の区議会選挙で、民主派が八割を超す議席を占め、圧勝を受けての香港民主運動に対する連帯行動としても取り組まれた。

 最初に、司会者が6月以降の逃亡犯引き渡し条例反対から起こった運動の経過を紹介し、この条例を撤回させ、警察のすさまじい弾圧の責任の追及や逮捕者の釈放、行政長官の民主的な選挙など五大要求を突きつけて闘い抜いていることを報告した。香港政府に態度を改めることを求めた。



 次に区議会選挙について、仲間が詳しく報告した。

 「11月25日は6月9日の百万人デモから170日目にあたる。5000人が逮捕され、暴動罪で1000人が起訴された。今日四時から当選した50人の民主派の議員の呼びかけで理工大の近くの公園で『警察は包囲を解除し、立てこもる学生が無事に出てこられるようにせよ』と集会が行われている。410万人の選挙名簿の七割を超える人が投票した。四五二の議席のうち八割が民主派によって占められた。前回の選挙(2016年)では体制派が七割をとっていた。18ある選挙区ですべての区で圧勝した。白色テロにあい一カ月入院した人が「理工大生を救え」と呼びかけた。その人も当選した。また、雨傘運動の中文大のリーダーだった人も当選した」。

 「民主派が当選した区議会だが、法律を作ることが出来ず、地域の住民サービスのみに権限が限定されている。これは英国から返還される前も返還後も変わっていない。弾圧法の撤回や警察の弾圧を制限する法律を制定することはできない。だから、普通選挙を求めている。香港政府のバックには中国共産党がある。香港の運動派民主主義運動の最前線に立っている。香港の運動の進展は日本の運動の力にもなるだろう」。



 参加した若者が香港警察の弾圧について報告した。

 「今まで香港について知らなかったがUチューブなどを見て勉強した。すさまじい催涙ガスの水平撃ちがあった。大学を占拠している学生に対して、親が駆けつけ支援していた。何人も死者が出ている。学生は遺書を書いて闘っている。硬直した警察の暴力を許さない。情報を共有すること、香港の闘いを精一杯支援していきたい。日本の民主主義を変えなければならない。東アジアを変えていく、私たちもその主体だ」。

 香港で不当逮捕され、帰国した井田光さん(東京農大生)が「デモ隊の近くに居たというだけで、何もしないのに逮捕された。帰国した自分も闘わなければならないと思い参加した。抗議行動をしている人が銃で撃たれる。そんな国でいいのか。暴力はやめてくれ。学生たちは市民のために闘ってくれている。これからも連帯したい」と本名を名乗り発言した。

 昨年12月12日に靖国神社で、日本の侵略戦争の責任を問う抗議行動をした香港の二人が逮捕・起訴され、裁判で有罪になった。この支援運動を行った仲間が経過を報告した。そして、山谷で活動している仲間も連帯のアピールを行った。

最後に、申し入れ書を読み上げ、今後も連帯活動を続けていくことを確認した。



(M)

 
申し入れ書

 6月9日の103万人デモから170日目の今日、私たちは6月から続く香港の事態に憂慮し、民主主義を求める香港の人々を日本から応援するために、ここに集まりました。

 「香港の明日はもっと良くなる」といわれた香港返還から22年が経った今、誰
も当時のこの政府スローガンを真に受ける人はいなくなりました。

 むしろ逆に、民主主義や自由が「もっと悪くなる」と考える学生や市民らが、
今回の逃亡犯条例反対の運動に立ち上がり、法案撤回後も残り四つの要求を実現するために、いまも運動を続けています。

 香港政府と警察は、法案が撤回された9月4日までと同じ方法、つまり暴力的措置によって運動の鎮静化を図ろうとしています。それが徒労に終わるであろうことは、警察の包囲にも屈することなく果敢に抵抗を続けた中文大学や理工大の学生市民らの動きや、昨日の区議会選挙の結果を見ても明らかでしょう。香港政府には、民主化を求める人々の声に向き合ってほしいと思います。

 未来の香港を担う10代の若者をはじめ、千人近くもの市民が「暴動罪」で逮捕、起訴されています。数千名の青年が警察の暴力に怯むことなく最前線で民主化を求めています。催涙ガス漂う街頭では幾万もの市民が最前線の青年たちを支えています。そして香港のあらゆるところで百万の市民が民主主義を求めて声を上げています。

 この香港市民の声は必ずや中国国内にもこだまするでしょう。そしてこのこだまは何十倍、何百倍もの勢いで東アジアと世界に響き渡るでしょう。

 普通選挙権に象徴される民主主義は世界中の長いたたかいのなかで実現されて
きました。しかし世界、そして日本にも多くの不平等が存在しています。

 いま私たちは改めて香港の人々から、自分たちの未来は自分たちで決めるとい
う権利は人から与えられるのではなく、ましてや人に奪われるのでもなく、多くの人々との協力によって、実現しなければならないということ教えられています。

 自由と平等、そして平和をもとめる民主主義に国境はありません。わたしたち
は香港の人々の掲げる五大要求に象徴される理念を、日本をふくむすべての場所で要求しつづけます。

 香港政府は、民主化を求める香港市民の声に向き合ってください。残り四つの要求の実現し、覆面禁止法を撤回し、緊急状況規則条例を廃止してください。

2019年11月25日 
香港経済貿易代表部前アクション参加者一同
 
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