虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

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配信●青年戦線196表紙1・表紙4

青年戦線第196号(2020.9.14)ができました。



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報告 2月17日、ミャンマー大使館前でクーデター抗議行動

217-1 2月20日、ミャンマー第2と都市マンダレーで治安部隊がデモ隊に発砲し、2人が死亡し大勢の負傷者がでた。これで3人目の死者だ。

 軍事政権は裁判所の令状なしに逮捕したり、夜間禁止令に違反したとして、友人宅に泊まっただけで逮捕するなど、弾圧が強化されている。

 アウンサンスーチーは違法に無線機を輸入したということで逮捕された。勾留期間は2月15日とされたが17日に延長され、別の容疑でも勾留が続けられるとも伝えられた。

 市民たちの非暴力抵抗闘争は2月17日に全土で数百万人にものぼっている。

 2月17日午後3時から在日ミャンマー大使館前(京浜急行北品川駅下車)で、在日ミャンマー人が「アウンサンスーチーさんの釈放や軍事クーデターを批判する」行動を行った。大使館前は日中にもかかわらず、若者たち数百人が集まった。スーチーさんの写真を掲げ、指3本を高く突き上げ抗議の意志を示した。

 ミャンマー(ヤンゴン)にいるデモ参加者から、SNSで次のようなメッセージが寄せられている。

 「軍事政権になると何かあっても拘束されるし、刑務所に入れられます。彼らには法律なんてない! 毎日鍋叩くのも違反、ロウソク付けるのも違反、何かを書いたり発信したりするのも違反、デモに参加するのも違反、海外に情報流すのも違反、赤の旗を家に出して見せるのも違反、お医者さんがCDMに参加するのも違反、大衆の前にスピーチするのも違反です。指3本サインするのも違反です」。

 「だから、何かの反抗行為はすべて違反です。今選挙委員会のメンバーたちを拘束するだけじゃなくて、選挙を管理する先生すべて拘束しようとしているから逃げています。今日夕方からお医者さんや学生リーダーたちも次々と拘束されています」。

 「どこに連行され、何をされるかいつ釈放してくれるか分からない。連絡もできない! 2007年に行方不明になって殺害された人は大勢います。デモのリーダーたち、若者たちも次々と拘束されています。夜中に連行しに来ます」。

 「ソーシャルメディアに投稿するぐらいはちっぽけな行為です。私たちはいつ
つかまってもおかしくないし、別に何も感じません」。

 「ただ、自分たちだけじゃなく家族たちまで拘束されたり、海外行く時行けな
くなったり、財産取られたりするからそれだけ気を使っています。私たち道にデモしている若者たちはそれを理解した上に、自分たちの未来のために頑張っています」。(略)

 軍事政権は弾圧を強めているが、それに抵抗する人びとの闘いはより深く広がり、国際的にも軍事政権は孤立を深めている。国際的連帯で軍事政権を退陣に追い込もう。

(M)

報告 「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する 2・11行動

配信:反紀元節 2月11日、「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する 2・11〜23 連続行動は、天皇制を賛美する「紀元節」に抗議する集会(日本キリスト教会館)とデモを行い、90人が参加した。

「安倍政治」の継承

 「建国記念の日」(紀元節)は、1967年、自民党政権が神武天皇の即位によって日本が「建国」されたという天皇神話を天皇制民衆統合強化に向けてデッチ上げた「祝日」だ。連動して神武から数えて「126代目」とされる徳仁の誕生日を祝う日(2月23日)を設定し、新たな天皇制を演出していこうとしている。

 コロナ禍において天皇制賛美行事が縮小・中止に追い込まれているが、天皇一族らはオンラインを駆使しながら菅政権や支配者たちの犯罪を覆い隠すための任務を担わんとたちふるまっている。日本会議、神社本庁など天皇主義右翼は「紀元節」の政府式典の復活、憲法九条改悪をねらいつつ安倍政治を継承して菅政権の強権化を加速させるために背後で動きまわっているが、ことごとく頓挫を繰り返してきた。このいらだちを産経新聞(2・11)は「『国民を守る日本』であれ」と叫び、「国家は国民を守るためにある。この基本的な認識が、現在の日本の政治には希薄なのではないか。」と恫喝し、代弁する始末だ。

民衆弾圧拡大を許さないぞ

 同系列の一つの傾向は、1月26日、自民党議員の「保守団結の会」(顧問・高市早苗)が「国旗損壊罪」を盛り込んだ刑法改正案を今国会に議員立法で提出をねらっていることにも示されている。高市は、(国旗損壊は)「国旗が象徴する国家の存立基盤を損なうばかりか、多くの国民が抱いている国旗への尊重の念も害する」などと「表現の自由」を侵害し、憲法違反を公言する。日本会議の自民党政調会長・下村博文は、会の申し入れを了解し、国会提出準備の着手に入った。

 2012年に廃案になった「国旗損壊罪」は、「日本を侮辱する目的で日の丸を損壊、除去、汚損した場合、2年以下の懲役または20万円以下の罰金を科すとする」と明記していた。「日の丸・君が代」を強制し、あげくのはてに「国旗損壊罪」で民衆弾圧を拡大していこうとする自民党、菅政権の策動を許してはならない。

元気いっぱいにデモ行進!

 集会は、3・1朝鮮独立運動102周年行動、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、おことわリンク(オリンピック災害お断り連絡会)、即位の礼・大嘗祭等違憲差止請求訴訟・損害賠償請求訴訟から取り組み報告とアピールが行われた。

 最後に集会宣言(別掲)を採択し、デモに移った。

 デモは、高田馬場駅周辺一帯に渡って、「『建国の日』反対! 天皇制はいらない!『国旗損壊罪』の新設を許さないぞ!」のシュプレヒコールを響かせた。

 (Y)
                         
                          集会宣言
                         
     「新型コロナ」感染拡大によって追い込まれた菅政権は、「緊急事態宣言」の延長と同時に、「新型インフルエンザ等特別措置法」などの「改正」にあたって「違反者」への罰則や公表など、個人・私権に対する、人権侵害を伴う強権的な責任転嫁で取り繕おうとしている。こうした政策は、菅政権に対する人びとの怒りを増大させているが、他方でまた、これに便乗する「自粛警察」的な動向に対しても、「お墨付き」を与えるものとして機能するだろう。

 公共施設の貸し出し停止など、「緊急事態宣言」の名の下に、またしても表現
・言論の自由が制約されている。そのような日常の中で、私たちは今年の2・11反「紀元節」、2・23「天皇誕生日奉祝」反対の連続行動に取り組もうとしている。

 2019年に強行された明仁退位・徳仁即位儀式をはじめとする「天皇代替わ
り」は、2020年11月8日の「立皇嗣の礼」を経て一応の終結をみた。しかし、「新型コロナ」状況は、「代替わり」によって新たな「体制」を作りだそうとする天皇一族のパフォーマンスに対しても、大きな制約を課している。新年の一般参賀に続いて、天皇誕生日の一般参賀も中止になった。新年のビデオメッセージや、オンラインでの「行幸」などがなされてはいるものの、明仁・美智子のような「平成流」の、徳仁・雅子へのスムーズな移行は困難である。その意味では、象徴天皇制は、ある種の「停滞」を余儀なくされている。

 しかし、こうした時期においても、やはり天皇制の記念日は、日本国家に不可欠のものとして祝われ続けるのである。2・11「建国記念の日」—2・23「天皇誕生日」というふたつの記念日の近接は、このふたつの日を、我々の側から批判的に意味づける作業を不可避のものとする。「紀元節」は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことは、誰しも認めることだろう。しかし、天皇として誕生日を祝われる徳仁は、「神武天皇から数えて126代目の天皇」であると、当然のように語られる。いうまでもなく、天皇誕生日は、かつては「天長節」として祝われ、「紀元節」とともに天皇の祭祀が行われる「四大節」の一つであった。その意味において、神権主義的な天皇と象徴天皇とは、矛盾なく接合されていくのだ。

 そのことのもつ意味は、もちろん「皇国史観」の単なる復活なのではなく、「文化・伝統」という回路から、天皇制イデオロギーを「国民」に内面化し、統合しようとするものである。そしてそれは、「文化・伝統」の場面にとどまらず、現在の象徴天皇が果たしている政治的な行為をも、正当なものとして「国民」に受け入れさせることになる。

 天皇の記念日は、天皇が「神聖」なものであるとみなす感性を再生産するものである。だからこそわれわれは、反天皇制運動の軸のひとつとして、このような記念日を拒否する闘争を続けていく。今年の2・11〜23連続行動に取り組むにあたり、このことを明確に宣言する。
 
   2021年2月11日

報告 2.12 対オリ・パラ組織委員会抗議行動

212-1森辞任で幕引きならず

晴海で抗議のアピール

 森喜朗・オリパラ組織委員会会長の女性差別発言に対する抗議の声を受けて2月12日に急遽開かれた組織委員会の理事会と評議員会の合同懇談会で、森喜朗は辞任を表明した。当初、日本サッカー協会相談役で選手村の村長に就任している川淵三郎氏に「禅譲」しようとしたが、差別発言の本人が次期会長を指名するなどあり得ないという批判が高まり、結局は次期会長選考委員会の設置とジェンダー平等検討プロジェクトチームの設置などが発表された。選考委員長は組織委員会の名誉会長の御手洗富士夫キヤノン会長が就任。他の選考委員は非公開だという。

御手洗は06年の第一次安倍内閣から10年の民主党政権までのあいだ経団連会長を
務めた人物。当時問題になっていたキヤノンをはじめ大手メーカーの偽装請負は法律が悪いからだと国の諮問会議の場で発言して製造派遣の期間を3年に延長したり、法人税率の10%引き下げなどを提唱したことでもわかるように、セクシズムとキャピタリズムの祝賀資本主義の象徴であるオリパラの最後を飾るにはふさわしい人物と言える。

 合同懇談会が開かれた組織委員会のオフィスが入る晴海のトリトンスクエアでは、東京2020の中止とオリンピック・パラリンピックの廃止を求めるスタンディングが行われた。緊急の呼びかけにもかかわらず30人以上が集まった。行動を呼びかけたのは「五輪災害おことわり連絡会」。野宿者排除に抗議して何度も組織委員会に抗議してきた反五輪の会は「森辞任で幕引きなんて許さない! 性差別者たちのための砦 オリンピック・パラリンピックを廃止せよ!」の声明を発表、森の女性差別発言に抗議する声明を出したふぇみん婦人民主クラブの会員や武器取引反対ネットワーク(NAJAT)のメンバーなどが、森の辞任で幕引きを図ろうとする組織委員会の対応や、コロナ禍の中での五輪強行の愚を批判し、根深い差別と競争主義にまみれたオリパラは止めるべきだと次々に発言をした。2月20日には日本オリンピック委員会(JOC)への抗議スタンディングも呼びかけられた。

人びとの怒りは収まらない

 森発言に対する女性たちの怒りは本物だ。男社会のヒエラルキーが貫徹された競技スポーツに君臨するミソジニスト(女性嫌悪主義者)の本音が、コロナに追い詰められた組織委員会のトップから噴き出した。森は懇談会後の記者会見でも「私自身は女性を蔑視するとかなんとか、そういう気持ちは毛頭ありませんし、これまでもオリンピック・パラリンピック、いわゆる障害のある人、ない人、みんな同じだよということですべて同じように扱って、議論してまいりました」と弁明している。だがみんな同じなわけがないのだ。抑圧され、差別された人々は、「そういう気持ちは毛頭ありません」などとうそぶかれればうそぶかれるほど、その深層の意図を鋭く感じ取る。しかも森の発言は、その瞬間にその場にいた記者が「これはアウトですよね」と同僚に語っているほどの内容だ。

一旦は「問題
は解決した」というコメントを出したIOCからもついには「完全に不適切」と言われる始末。自らの利益と権威のためにはすぐに翻意するIOCならではの対応だ。最後まで自らの差別発言とパワハラに頬かむりをして、周囲の無理解の所為にしつづけた森喜朗は、首相時代から20年が経った今でも全く変わっていなかったのだ。それはまた苦難と闘争の20年を歩んできた女性たちの歴史でもある。

 東京オリパラの即時中止を発表し、東京オリパラにおける数多の問題を検証する開かれた委員会を設置せよ。森喜朗はじめ公人らの女性差別発言の再発防止、可能な限りのクオーターを実現しよう。コロナと貧困対策、そして原発被災者と原発廃止と気候変動対策にすべてのリソースを集中せよ。

 被災地の悲しみ、女性たちの怒り、コロナとたたかう人々の叫びが祝賀資本主義の饗宴の前に立ちはだかっている。ポスト・コロナとポストTOKYO2020の混沌たる状況をともに最前線で切り拓こう。        

(H)

2.14在日ベラルーシ人が呼びかけ「ルカシェンコの退陣を!」デモ

ベラルーシ政治犯釈放と公正選挙求め民族旗掲げて繁華街を行進

 春のような暖かな空気に包まれて、人通りが多くなっている有楽町と銀座の街頭に「ルカシェンコ退陣」「政治犯の釈放」「公正な選挙を行え」と、日本語とベラルーシ語のコールが響いた。ベラルーシの人たちと日本人が半々の約20人ほどの小さなデモなのだが、新型コロナで緊急事態宣言期間中のデモということもあって、人々の注目を集めた。

 しかし人々の注目を集めた一方で、「何のデモなのかよくわからない」という課題も残したようだ。ベラルーシの人たちは、ルカシェンコが作った赤と緑の「国旗」を認めていないので白と赤の「民族旗」を身にまとう。横断幕もなく、辛うじて掲げられたプラカードのなかに、日本語と英語で「ベラルーシ」と書かれているものがあったのが救いとなったようだ。

民衆連帯への一歩踏み出す

 ベラルーシでは昨年の8月から、大統領選挙の不正に抗議する巨大な平和的な
デモが行われてきた。実際に当選したのは、野党候補のスベトラーナ・チハノフスカヤだったのだが、ルカシェンコはデモを徹底的に弾圧して、チハノフスカヤを隣国のリトアニアに避難させて、1994年からずっと大統領職に居座っている。野党の幹部も全員が刑務所か強制亡命させられている。弾圧によって逮捕された人々の数は約3万人で、少なくとも10人が警察によって殺害されている。

 ルカシェンコを支援しているのはロシアのプーチンである。ルカシェンコはプー
チン政権の経済的・軍事的な後ろ盾なしには持ちこたえることはできなかっただろう。そしてそのロシアでも、反プーチンデモが頻発し大衆化してきている。そして弾圧も強まっている。ロシアとベラルーシの現政権が一体となって、大衆的で平和的なデモに襲いかかっているのである。

 この日のデモは、ささやかなものであったとしても、民衆への弾圧に反対する
声を上げて、ベラルーシと日本の国際主義的な民衆連帯のための貴重な一歩となったはずである。

(R)

 

2月14日、在日ミャンマー人がクーデター抗議デモ

214-2日本政府は軍事政権と関係を断て

5千人が大結集し、要請行動へ



 2月14日正午に、在日ミャンマー人たちが、東京代々木公園のNHK側の通路に集まり、軍事政権に抗議するデモを行った。原宿駅から集会所に向けて若い青年たちが続々と列をなした。

 ミャンマーでは、連日、軍政権に抗議する非暴力の抵抗デモやストライキが、首都や最大都市ヤンゴンなど全国に拡大している。治安に当たる警察官も、デモ隊に合流する人が出ていると伝えられている。軍事政権に対する民衆の抵抗が日に日に強まっている。

多彩な衣装を身にまとって

 2月1日の軍事クーデター以降、国連大学や外務省、在日ミャンマー大使館前と場所を変えて3千人を超える人々が参加してきたが、今回はそれを超える人々が集まった。スーチー派NLDが多数なんだろうが、少数民族の衣装をまとった人たちもたくさん参加していた。

 スーチーさんの写真、軍政権トップの写真にバツ印をつけた写真、スーチー派NLDや少数民族の旗をなびかせた。

 各人が持ち寄ったプラカードには、「クーデターを起こしたミャンマー軍事政権を日本政府は認めないでください!」「2020総選挙の結果に基づいて国会を開けるよう日本政府はミャンマー軍部に圧力をかけてください!」と書かれたものがあった。

 コロナ感染もあり、出発前の集会の形式もなく、デモ中のシュプレヒコールもなかった。国連大学を通り、表参道・代々木公園に帰るデモで、街を行く人たちにアピールした。

 400社を超える日本企業がミャンマーに進出しているという。ミャンマーと日本の関係は強いものがある。ミャンマーの人たちは軍事政権とつながりのある日本企業の撤退を要求している。日本政府は軍事クーデターを強く非難し、軍事政権に具体的な圧力をかけていない。われわれ民衆の側はミャンマーの人たちと連帯し、日本政府に軍事政権と関係を断てという要求をつきつけなければならない。 

(M)

【翻訳】新疆ウイグルの再教育キャンプ問題はグローバルに自省する必要がある


20210212mulan_ Uyghurs


【訳注】新疆ウイグル自治区における「再教育キャンプ」という名の民族抑圧システムが暴露された。ウイグル人による多くの証言だけでなく、中国政府自身もその存在を認めている。ただしそれはウイグル人を「文明化させる」という、植民主義者の大義名分を否が応でも想起させる。

職業訓練も漢語のマスターも、そして他民族と一つの国になる、あるいは連邦を形成するという選択においても、それは自発的でなければならない。この「自発性」こそ、中国共産党が早くから放棄したレーニンの民族政策の肝である。中国共産党は、民族政策においても労働者農民政策においても、この「自発性」を奪い去るか、「上からの自発性」を強制してきた。中国の抑圧的官僚体制による民族抑圧政策に、グローバル資本主義がさらに火に油を注いでいる。

日本も無縁ではない。2020年3月に公表されたオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の報告書によると、日本企業は、日立製作所、ジャパンディスプレイ、三菱電機、ミツミ電機、任天堂、パナソニック、ソニー、TDK、東芝、ファーストリテイリング(UNIQLO)、シャープの11社が、新疆ウイグル自治区での強制労働による製品を使っている疑いがあることが暴露されている。われわれもまたグローバルに自省し、行動する必要がある。

以下は、在外香港人左派のプラットフォーム『流傘LAUSAN』に掲載された論考である。原文は英語だが、中国語訳より重訳した。



新疆ウイグルの再教育キャンプ問題はグローバルに自省する必要がある

A.Liu 2021年1月11日

2020年9月、ディズニーが映画「ムーラン」のクレジットタイトルのなかで、新疆再教育キャンプを管理するトルファン[吐魯番]公安局に感謝の意を表したことについて、世論と政界の双方から非難の声が上がった。NBAでプレーするルディ・ゴベールやフランスの複数のサッカー選手などの著名なプロスポーツ選手が、ウイグル人に連帯してソーシャルメディアに投稿した。ディズニーと同じように、別の米国の娯楽大手Netflix(ネットフリックス)は、中国のSF作家である劉慈欣の『三体』の制作を続けるために、劉慈欣が新疆の「再教育キャンプ」を支援する発言したことを擁護した。

多くの外国人の観察者は、これらのニュースの見出しを政治的な専門用語に翻訳する方法を知らないのかもしれない。強制収容所の詳細は本当に衝撃的です。これまでのところ、それらの報道は否定できないようで、基本的な詳細も中国政府自身によってほぼ確認されている。一方で、これらの事実はしばしば、自由を守るアメリカを悪の中国と戦わせるという二項対立の物語の中に織り込まれている。不吉な右翼のアメリカの政治家と中国の軍国主義強硬派によって、この物語は思う壺になっている。

例えば、ミズーリ州のジョシュ・ホーリー上院議員はムーラン事件を利用して、ディズニーの「原則よりも利益を優先し、中国共産党の大量虐殺やその他の残虐行為を無視するだけでなく、それらを援助し、幇助することを決定した(これは)アメリカの価値観を侮辱することである」と宣言した。

拡大する新疆問題については、ホーリー議員などの粗雑な親米的立場とは異なる立場を提示する国際主義的な視点が研究者には必要であろう。現在の世論の風潮は、極端なナショナリズムを助長している。現在の世論の状況は、反中国か(政治家側の利己的な行為というよりは、あい対峙する国家暴力のデモンストレーション)、親中国か(新疆の「再教育キャンプ」での暴力を認めず、反帝国主義を掲げて多くの中国左翼を味方につける)といった極端なナショナリムズを育成している。例えば、社会主義雑誌『マンスリー・レビュー』は10月10日付で、中国の新疆での政策を恐るべき修正主義的言辞で擁護する記事を掲載している。

これまでのところ、新疆の「再教育キャンプ」をめぐる議論の多くは、漢民族と非漢民族の間の永遠の民族対立を「民族中心主義」として保守派の専門家が対立の根源と見なしているか、あるいはリベラルな西側資本主義に対するアンチテーゼである権威主義的なアジア共産主義か、という二つの説明の間を行き来してきた。

一見すると真実味があるかもしれないが、説明があまりにも静的で、歴史的な分析に欠けている。 中国の西北地域[ウイグル地区を含む]を研究する人類学者ダレン・バイラー(Darren Byler)は、次のように書いている。「『ジェノサイド(大量殺戮)』という明確な告発は、文化主義的モデルで、ある集団が悪か邪悪であり、別の集団を支配していると論証することを許しているに過ぎない。このような非難は問題の根源の解釈を認めない。」

そしてその「原因」は、1990年代以降の政治経済の発展と密接な関係がある。中国政府は、沿岸都市部へのエネルギー供給のために、新疆の石油や天然ガスを開発するためのインフラ整備を国内企業に奨励したのである。この期間の間に、何百万人もの中国人は新疆に移動し、地域の経済的利益を吸い上げることで、現地のウイグル人の反植民地的抗議を引き起こした。 それまでにも漢人とウイグル人の間には緊張関係が存在していたが、開発主義はそのレベルを引き上げたのである。

異論に対する政府の対応は、言語、宗教、文化教育を通じて、ウイグル人やその他の少数民族を「主流」の中華民族の社会に同化させることであった。2001年9・11事件の直後、中国政府は米国の「テロとの戦い」のレトリックを明示的に用いてイスラム教の宗教的慣習を誇大に恐ろしく描き出した。それについては、シドニー大学の歴史学者デビッド・ブロフィー(David Brophy)が記録している。 もう一つの大きな出来事は、2014年5月に起きたウルムチ駅爆破事件である。それを機に政府は「人民による対テロ戦争」を宣言した。

人類学者のダレン・バイラーにとって「再教育キャンプ」は、政府主導の資本搾取と切り離せないものである。 この搾取は、新疆の天然資源と労働力を利用している。新疆地方は、国内の石油や天然ガスの約20%、世界のトマトや綿花の約20%を供給している。中国企業は新疆を国家安全保障やサイバーセキュリティ技術の実験場として利用し、それらの技術が確立すると海外に輸出する。 新疆は中国の「一帯一路」戦略の重要な節目でもあり、新疆の安全確保こそが中国が中央アジアのインフラ輸送プロジェクトを成功させるカギでもある。再教育キャンプに収容されたウイグル人が、ナイキ、アップル、ギャップ、サムスンなどのブランド工場に強制的に出向して生産活動を行っていることが知られており、これらの工場は新疆ウイグル自治区をはじめ、合肥、鄭州、青島など東部の主要都市にある。

したがって、「再教育キャンプ」は、根深い民族紛争やアジアの独裁者の必然的な結果ではなく、中国とグローバル資本主義の結合に関係していることを理解しなければならない。「再教育キャンプ」の形成は、中国政府が市場主導の成長に転じ、天然資源や労働力資源を外国人投資家に低価格で売り込んだ1980年代にさかのぼることができる。

輸出志向の工業化は、海外からの投資に、より高い利益、より良い貯蓄、より有利な信用条件を提供することを意味していた。 こうした外資誘致政策の背景には、労働力の極端な搾取がある。中国の劣悪な労働条件はずっと批判されてきた。1990年代のスウェットショップ(超搾取工場)反対の運動、2010年代の深圳でのフォックスコン[鴻海]労働者の相次ぐ自殺、そして今回のウイグル人の[強制]労働に関する報告などである。このようなスキャンダルは決して解決されておらず、次のスキャンダルが出てきたときに静かに忘れ去られるだけだった。

これらの問題の直接の責任者は、もちろん中国の企業や機関である。 しかし、なぜこのような問題が蔓延しているのかは、グローバルな経済力学を見ないと本当に理解できない。

アメリカの政治家たちは、人権を推進し、中国との関係を断ち切るという大言壮語の割には、米国企業が激しい競争にあるグローバル資本主義から莫大な利益を得ており、米国経済と中国経済の分離がそう簡単に実現するわけでもないことを知っている。この観点から見ると、新疆の「再教育キャンプ」は、中国だけでなくグローバル資本とその政治的庇護者らの責任も問われるべきである。

だからこそ、新疆の「再教育キャンプ」問題は、もはやナショナリズムの枠組みの中で議論することはできず、中国と米国の価値観を単純に対立させることもできないのではないか。このような二項対立の受益者は結局のところ、ホーリー、テッド・クルス、マルコ・ルビオなどの保守的なアメリカの政治家である。彼らは自分たちのために感情的に訴えることに熱心だが、中国の新疆政策の背後にあるグローバルな力の結集を真剣に見ようとはしない。

昨年、米国ではウイグル人への虐待を非難し対中制裁を求める声が多く上がった。しかし、ドナルド・トランプ大統領(当時)は、米国の北京との貿易取引に支障をきたすため、これらの声を無視した。その後、トランプ政権も新疆での虐待を非難し始めたが、これは主に中国からの譲歩を勝ち取るための交渉戦術であり、その後、新型コロナウィルスのパンデミックの初動ミスを非難することに取って代わられた選挙戦略だったのではないか。

米中両政府のナショナリズム競争の結果として最も可能性が高いのは、「アジアの人々の生活を向上させる」という米国の約束されることはないだろう、ということである。それは、無辜の民を犠牲にすることで成立する国家間のつばぜり合いになっている。トランプ政権による中国人学生や中国人労働者に対する在留許可の制限、中国政府による今年6月の香港国家安全保障法可決に伴う外国人ジャーナリストの追放・拘束したことに、それが表れている。

では、われわれはどう取り組めばよいのだろうか。国際的な圧力により、中国政府は少なくとも一部の「再教育収用所」を閉鎖せざるを得なくなったとの見方もある(実際にどうなったかはまだ明らかになっていないが)。また、映画「ムーラン」、アップル製品の部品、H&Mのジーンズ[それにUNIQLOのコットン製品]など、新疆の「再教育キャンプ」に関連した製品に対するボイコットは短期的には効果があるかもしれない。

しかし、長い目で見れば、新疆の「再教育キャンプ」で労働を強制されている労働者について、より国際主義的な方法で語る術を学ぶ必要がある。これは、冷戦期のナショナリズムやヒューマニズムの枠組みを超えることを意味する。つまり専門家や研究者は、グローバルな政治的・経済的な勢力が「再教育キャンプ」の存在にいかに加担しているかを強調すべきである。

アメリカの観察者らは、「再教育キャンプ」が米国社会と何の関係もないことだとみなしていることに抵抗するべきである。なぜなら、無関係だという態度は世界の警察としてのアメリカの存在をいっそう合法化するからである。むしろ逆に、アメリカの資本主義を(中国の)覇権主義や新疆の「再教育キャンプ」と関連付ける必要がある。ブッシュ政権の血なまぐさい対テロ戦争政策と闘ってきたように、中国のイスラム・フォビア(イスラム嫌悪)を強く非難すべきである。グローバル・サプライ・チェーン(国境を越えた生産システム)がウイグル人に強制労働を強いる不平等なシステムであることを指摘しつつ、安価な商品生産ネットワークが(アメリカ国内の)移住労働者や囚人労働者を搾取していることを強く非難すべきなのだ。私たちはまた、中国の辺境部における国家権力の乱用を非難しつつ、アメリカ社会の周縁部おける国境警備隊や警察の暴力を激しく非難しなければならない。

このような国際主義的な枠組みだけが、冷戦を教唆したり中国を擁護したりする当てこすりに対抗することができる。より重要なことは、国際主義的なビジョンだけが、新疆の「再教育キャンプ」を私たち全員が対面しなければならない問題だと捉えることを可能にする(つまり「中国の独裁体制の問題だ」「いやアメリカの政治介入の問題だ」と対立させるのではなく)。我々はグローバル化した今日の世界において、より自省的な対話をする必要があるだろう。

(以上)

報告:1.22公開講座 トロツキー永続革命論の現代的意義――『歴史の終わり』の弁証法 講師/森田成也さん

20210125morita

 1月22日、アジア連帯講座は、「トロツキー永続革命論の現代的意義――『歴史の終わり』の弁証法」をテーマに森田成也さん(大学非常勤講師)を講師に招き、全水道会館で公開講座を行った。

 講座は、著者森田さんの『トロツキーと永続革命の政治学』(柘植書房新社、二〇二〇年)をテキストに「トロツキーがその永続革命論の構築を通じて、そしてその実践バージョンである十月革命とその後の社会主義建設を通じて解決しようとした二〇世紀的問いは、二一世紀の今日においてもなお解決されていない。その『問い』とは何か」を切り口にして、掘り下げていった。

 冒頭、森田さんは、「副題を『歴史の終わり』の弁証法』とした。フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』を一九八九年に発表したが(その後、著作に)、それは時代を象徴するキーワードとなった。資本主義と自由民主主義と自由市場という三位一体のもとで経済が発展していけば、あらゆる問題は解決するはずだと言っていたのだが、現実は資本主義の発展によってさまざまな問題が解決されるどころか、はるかに深刻な状況に立ち入っている。トロツキーが二〇世紀初頭に提起したことは地球的な課題になっている」と強調した。

 マルクスは、「『経済学批判』序文」で「ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対の解決のための物質的諸条件をもつくり出す。したがってこの社会構成体でもって人間社会の前史は終わる」と言っており、資本主義の終わりこそマルクス主義的には「人類の本史」の始まりだと述べたが、フクヤマは、ソ連・東欧の崩壊を踏まえて、このような認識を否定した。たしかに「歴史は終わった」のだが、それは資本主義の崩壊と共産主義の勝利してではなく、共産主義の崩壊と資本主義の勝利としてそうなったのだと。だが、その後の事態はこの学者が考えたようには進まなかった。森田さんは「人間の思惑通りに進まないのが歴史だ」として、以下考察していった。(講演要旨別掲)

■森田さんの講演要旨

第Ⅰ部 『共産党宣言』から東西冷戦まで――「歴史の始まり」の弁証法

 1、後発国における「歴史の始まり」――『共産党宣言』からプレハーノフへ

 マルクスとエンゲルスは、一八四八年革命の中で永続革命的展望の萌芽とも言える次のようなテーゼを提起していた。

 「共産主義者はドイツに主な注意を向ける。なぜなら、ドイツはブルジョア革命の前夜にあり、しかもドイツが、この変革を17世紀のイギリスや18世紀のフランスと比べてヨーロッパ文明全体のより進んだ諸条件のもとで、そしてはるかに発達したプロレタリアートでもって遂行するので、ドイツのブルジョア革命はプロレタリア革命の直接の序曲となるほかないからである。」(マルクス&エンゲルス『共産党宣言』光文社古典新訳文庫)

 だが実際にこの予言は当たらず、一八四八年革命においてドイツのブルジョア革命は中途半端に終わり、その後、ヴィルヘルムの絶対君主制のもとブルジョア社会として急速な発展を遂げることになった。このことでマルクスとエンゲルスの永続革命的展望が無意味だったと解釈するのは大間違いだ。その後、後述するように、帝政ロシアなどの後発国ではこの命題の正しさが証明された。

 マルクスとエンゲルスはその後、一時的に、永続革命的展望から離れるが、そのさらに後、エンゲルスは晩年に再び永続革命的展望に立ち返る。たとえば「エンゲルスからポール・ラファルグへの手紙(一八九三年六月二七日)」において次のように言われている。

 「共和制の形態は、たんに君主制の否定にすぎない。君主制の打倒は革命の単なる随伴現象として行なわれるだろう。ドイツでは、ブルジョア諸政党は完全に破綻してしまっているので、われわれは君主制から直接に社会的共和制に移行しなければならないだろう」。

 つまり、ブルジョア諸政党は完全に破綻しており、君主制打倒の課題を担えない、だからそれを担うのは、ドイツの労働者政党・社会主義政党であり、それは権力を取ったらただちに会主義的措置へ進んでいくしかないとエンゲルスは語っているわけである。

 マルクスの生前、後発国ロシアには一〇〇万たらずの労働者しかいなかった。マルクスとエンゲルは、ドイツ革命と同様な永続的な展望がロシアで成り立つとは思っていなかった。しかし、その後、一八八〇年代にプレハーノフ(およびその他のロシア・マルクス主義者)は、マルクスとエンゲルが一八四八年にドイツ革命に見出した展望をロシアに創造的な形で適用した。第一に、彼らはナロードニキに反対して、ブルジョア革命と社会主義革命との混合を批判し、両者を明確に区別した。第二に、当面のブルジョア革命においては労働者階級とブルジョアジーとの連合が中心勢力であるとみなし、労働者階級は解放運動においてヘゲモニー的役割を担うが、権力を握るのはあくまでもブルジョアジーだとみなした。第三に、しかし、たとえブルジョア革命が勝利しても、ブルジョアジーの権力は長続きしない。なぜなら、ロシアの労働者階級は一八四八年のドイツよりもはるかに発達しているし、国際的にもヨーロッパ先進国ではすでに社会主義革命が日程に上っているからだ。

 こうしてプレハーノフは、マルクス主義者として最初に書いた著作『社会主義と政治闘争』において、「ブルジョア社会の現状および各文明国の社会的発展に対する国際関係の影響は、ロシア労働者階級の社会的解放が絶対主義の崩壊のすぐ後に続くことを期待する権利をわれわれに与える。もしドイツのブルジョアジーが『やって来るのが遅すぎた』なら、ロシアのブルジョアジーはさらに遅れ、その支配は長つづきしないだろう」と提起した。つまり、段階革命論だが、二つの段階はかなり近接して起こるという「近接型段階革命論」である。このプレハーノフの提起は、後のレーニンの労農民主独裁論やトロツキーの永続革命論の出発点として大いに役立った(もっとも、レーニンもトロツキーも、労働者階級に反専制・解放闘争のヘゲモニー的役割を見出しつつ、その主要な同盟相手はブルジョアジーではなく、農民だとみなしたのだが)。

 2、「歴史の始まり」と「歴史の終わり」との攻防

 プレハーノフの議論から出発しつつ、一九〇五年のロシア革命を踏まえて成立したトロツキーの永続革命論は、次の三重の結合論を主張している。

 第一に、後発国ロシアにおける「ブルジョア的歴史の始まり」(ブルジョア革命)と「人間社会の前史の終わりの始まり」(社会主義革命の開始)との有機的結合。第二に、ロシアにおける「前史の終わりの始まり」と先進国における「前史の終わり」(社会主義の実現)との有機的結合。第三に、この二つの結合の展望それ自体の結合。つまり、ロシア革命がヨーロッパ革命に波及してロシア労働者国家が西欧社会主義世界に統合され、こうして本来の意味での社会主義へと前進できるか(進歩的統合)、さもなくば、社会主義に至るはるか以前に労働者国家が崩壊して西欧帝国主義世界に統合され、(西欧的自由民主主義体制からも程遠い)資本主義的な独裁国家となるか(反動的統合)のどちらかであるとみなした。

 では、現実にはどうなったか。一九一七年のロシア革命は第一の結合を実現したが、第二の結合は一時的・部分的にのみ実現され、後に分離した。そして第三の結合は実現しなかった。進歩的統合も反動的統合も起こらず、ロシア労働者国家は満身創痍となりながらも生き残ったのである。

 その後、歴史の一種の釘づけ状態が発生し、スターリニズムの成立とそのイデオロギー的正統性理論としての一国社会主義論が形成された。労働者国家の理想主義が大きく後退し、スターリニズムという官僚独裁制へと帰結し、世界は東西二つの世界に分裂した。

 だが歴史はこうした分裂のもとでもその歩みを止めることはなかった。一方では、東側諸国において、労働者国家の量的拡大(第二次世界大戦後の東欧、中国、ベトナム、キューバ等々)と、質的高度化(生産力水準や分配面など)が生じ、他方の西側資本主義国では、福祉国家体制とケインズ主義への発展が見られ、社会主義政党や共産党が勢力を伸長していった。どちらにも属さない第三世界では、資本主義的な軍事独裁の流れと、民族民主主義革命から社会主義革命への永続革命の流れとの、激しいせめぎ合いが起こった。

 Ⅱ、68年革命から現代まで――「歴史の終わり」の弁証法

 1、ソ連・東欧の崩壊と「歴史の終わり」論

 ロシア革命を契機にして歴史の上昇線が生じ、それはやがて先進資本主義の中枢にまで至り、それはついに一九六八年革命として結実したが、それは結局挫折し、社会主義革命の先進国への波及はついに生じなかった。このことから歴史の上昇線は下降線屁に道を譲る。一九七九年におけるニカラグア革命を最後の永続革命として、それ以降、第三世界諸国における民主主義的変革は社会主義革命へと連続しなくなる。たとえば、一九八七年における韓国民主化、一九九一年の南アフリカでアパルトヘイト廃止、一九八〇~九〇年代におけるラテンアメリカでの軍事独裁政権の崩壊などでは、そこで起きた民主主義的変革はいずれも社会主義革命へと連続しなかった。

 この歴史の流れの転換を画するのが、一九七九~八〇年という年である。すでに述べたように、その年のニカラグア革命は最後の永続革命となったが、同年のイラン革命は、親米パーレビ独裁政権を打倒する急進的で大衆的な革命が起きたにもかかわらず、それは社会主義の方向ではなく、より反動的なイスラム原理主義体制へと連続していった。さらに同年一二月、ソ連はアフガニスタンに侵攻したが、これはソ連帝国の「終わりの始まり」を画すものとなった。そして一九七九~八〇年にイギリスとアメリカでそれぞれサッチャーとレーガンの新自由主義政権があいついで成立し、本格的な新自由主義反革命が開始された。

 このような流れの中で、一九八五年以降のゴルバチョフ改革、一九八九~九〇年の東欧労働者国家の崩壊、一九九〇~九一年のソ連の崩壊へと歴史は突き進んでいった。福祉国家的な西欧世界ではなく、すでに新自由主義化しつつあった西欧世界へと労働者国家が統合されていったことで、新自由主義的グローバリゼーションは本格的に加速化した。

 この時期に書かれたのがフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』である。最初は論文の形式で発表され、後に著作として世界を席巻した。彼は、共産主義の崩壊を受けて、西欧の「自由民主主義の勝利」が確実なものとなり、歴史は収束と終焉を迎えたと結論づけた。体制変革の時代は終わり、「資本主義、自由市場、自由民主主義」の三位一体のもとでの民主主義的切磋琢磨の時代が半永久的に続くと展望した。

 ところが、フクヤマがそう宣言するや否や「『歴史の終わり』の弁証法」が発動することになる。歴史はフクヤマが考えたようには「整理」されず、世界は一つにまとまらなかった。

 2、ソ連・東欧崩壊後の歴史の混沌

 まず第一に、イラン革命の影響とソ連東欧の崩壊によるオルタナティブの消失は、イスラム圏においてイスラム原理主義の台頭へとつながった。フクヤマの楽観主義的な「歴史の終焉」論(全世界は西欧的民主主義の体制に収斂する)に代わり、ハンチントンの「文明の衝突」論(イスラムやアジアなどの東洋文明は西洋文明と根本的に違うので、自由民主主義の体制は欧米世界に限定され、この二つの文明間で衝突が起こる)が登場する。

 誤算の第二は中国の台頭である。中国型の「国家資本主義」のダイナミズムをフクヤマは過小評価しており、一九八〇年代の天安門事件で、中国の経済成長ダイナミズムは官僚的独裁によって抑えこまれるとみなしたが、中国はその後、二〇年以上におよぶ高度経済成長を続け、アメリカ帝国に対抗しうる唯一の超大国になった。今日では新型コロナ騒動下における「一人勝ち」を謳歌している。

 第三の誤算は、バルカン諸国、中東諸国、アフリカ諸国で冷戦終結後、部族、種族、宗教、宗派が入り乱れての混とん状態に入り、「自由と民主主義」への収束には進まなかったことである(かろうじてバルカン諸国だけが、陰惨な内戦を経た後で一定の安定を見た)。

 第四の誤算は、いわゆる「共産主義の崩壊」にもかかわらず、ポスト東側諸国(東欧とロシア)などは欧米民主主義に同化せず、とんでもない独裁者たちが統治し、官僚的腐敗が蔓延していることだ。フクヤマが考えたような歴史の収斂も世界の一体化も起きなかった。新たに出現した「外部」はかつての「共産主義」よりもはるかに厄介で、はるかに自由にも民主主義にも敵対的であった。

 さらに深刻な事態は、新たな外部が出現しただけでなく、欧米社会のど真ん中で、内部から自由民主主義体制の解体と変質の過程が起きたことである。皮肉なことに(これこそが歴史の弁証法なのだが)、ソ連・東欧が崩壊したがゆえに、外部からのプレッシャーから解放された欧米ブルジョアジーやブルジョア政治家は、民主主義も労働者の生活も重視しなくなった。フクヤマの観点からすれば、「自由と民主主義」の勝利であったはずのものが実際には「自由と民主主義」の終わりの始まりとなったのである。こうして新自由主義の四〇年によって社会の荒廃、格差の天文学的拡大、政治の衰退と腐敗が進行した。すなわち、反動的ポピュリズムの台頭、レイシズムと排外主義の蔓延、ネオ家産制(アベ政治など)の席巻、トランプのような偏狭なイデオロギー政治と偏狭なアイデンティティ政治の両極化、等々である。フクヤマでさえ、今日、『政治の衰退』という新たな著作(邦訳は二〇一八年、講談社)を書いて、ネオ家産政治の蔓延について読者に警告しなければならないと感じたほどである。そして、資本主義そのものも、産業から金融へ、生産から略奪へ、利潤からレント(不労所得)へと変質していった。ある研究者はこれを「封建化する資本主義」と呼んでいるが、言い得て妙である。

 さらにフクヤマが考慮していなかったのは、地球全体を包括する問題が次々と出現したことである。大きく言って、資源の枯渇、地球温暖化、新しい感染症・疫病の蔓延という三つのものを確認することができる。フクヤマの『歴史の終わり』には地球温暖化や資源問題についても少し触れられているが、ほとんど重視されておらず、新たな技術の発達によって十分し乗り切り可能なものだと楽観的に裁断されている。

 3、永続革命論の未来――人類は「前史」で終わるのか「本史」を開始するのか

 結局、歴史の弁証法がわれわれに突きつけているのは、現代世界の中で生きている大多数の人々のプリミティブな諸要求や基本的な民主主義の諸要求が資本主義のもとで本当に達成可能なのかという問題だ。フクヤマは、たとえいろいろと問題や困難があったとしても、それらの問題は基本的に技術の発達と人々の意識の向上によって解決することができると考えたが、歴史の現実はそうでなかったことを示したし、日々示している。こうして、二〇世紀初頭にトロツキーと後発国が直面した問題が、はるかに規模を拡大した形で全人類が直面している。これがトロツキー永続革命論の現代的意義であると考える。すなわち、後発国における「戦略的永続革命」という水準を超えて、全地球的な規模での「歴史的永続革命」が二一世紀における人類的課題として突きつけられているのである。

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案内 2.11 反「紀元節」デモ&2.23討論集会

2.11 反「紀元節」デモ
[日 時] 2月 11日(木・休)16:00 集合/ 16:30 デモ出発
[集 合] 日本キリスト教会館 4F 会議室 A・B(地下鉄早稲田駅徒歩5分)

2.23 討論集会
「天皇代替わり」とは何であったのか--再定義された象徴天皇制


[問題提起]

・「代替わり」儀式と憲法:代替わり過程の総括(天野恵一)
・皇位継承問題:再定義問題とどうからむのか?(桜井大子)
・権力・権威の重層化問題:上皇・天皇・皇嗣の三つ巴構造(北野 誉) 
[日 時] 2月23日(火・休) 13:15 開場/13:30 開始
[会 場] 文京区民センター 2A 会議室(地下鉄春日・後楽園駅)
[資料代] 500 円
*参加される方はマスクの着用をお願いします。
 また密にならないように距離の確保にもご協力をお願いします。

■「紀元節」(2月11日)は、神武天皇の即位をもって日本が「建国」されたとする天皇神話に基づく記念日である。それが歴史的事実ではないことを前提にしつつも、「文化と伝統」と結びついた、「日本国(民)の物語」として公定されたものとなっている。昨年の天皇「代替わり」の諸儀式においてそれをあらためて見せつけられた。そして、神武から数えて「126 代目」とされる徳仁の誕生日を祝う日(2月23日)が、これに続く。
■私たちは、2月11日に反「紀元節」のデモを、23 日の「天皇誕生日」には、新たな天皇制を問う討論集会を行う。
■「代替わり」を経て新たに演出される天皇と天皇制をめぐる物語を批判的に読み解きつつ、今後展開されていこうとする天皇制とそのイデオロギーに抗する行動を作りだしていこう。ぜひ、ご参加下さい。

主催 ●「紀元節」と「天皇誕生日奉祝」に反対する 2.11-23 連続行動 

【呼びかけ団体】

アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30 の会・東京/スペース 21/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズ・プラン研究所/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

【中国】国家主義と階級協調で党指導部を擁護する汪暉教授

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汪暉・清华大学人文学院中国语言文学系教授

最新号の「週刊かけはし」に汪暉批判の論考が掲載されているので、当の汪暉論文(中国語)に若干のコメントをつけて紹介しておこう。


◎汪晖:革命者人格与胜利的哲学——纪念列宁诞辰150周年
https://www.guancha.cn/wang-hui/2020_04_22_547798_s.shtml

「週刊かけはし」のブレインの論考でも言われているように、「汪はレーニンや毛沢東のような20世紀の革命家によるカリスマ的な政治的指導力の重要性を主張しているが、それは同時に、習近平の周囲の個人崇拝の高まりを擁護するもの」である。

もう少し詳しく述べると、汪暉論文はタイトルからも分かるように2020年4月22日のレーニン誕生200年を記念して書かれたもの。グラムシ、ザスーリチ、トロツキー、李大釗、魯迅、そして毛沢東を引用しつつ、レーニンの「革命的人格」を評価する内容で、それは毛沢東の「人民戦争」の勝利から、後半の習近平の「対コロナの人民戦争の勝利」へとつながって、現政権に対する無批判の讃美歌となっている。新左派のソフト・ナショナリズムからハード・ナショナリズムへの移行を象徴する論考だと言えよう。

ナショナリズムだけではない。中共やスターリニズムの負の遺伝子ともいえる階級協調主義を、汪教授一流の巧みな言い回しによって擁護していることも指摘せずにはおけない。汪教授はトロツキーを用いて強権的国家主義下における階級協調主義の復権を目論もうとした。トロツキーを真面目に読んだことのない不真面目なマルクス主義者は騙されるかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

教授はトロツキー著の「レーニン」から、ザスーリチが「ブルジョア的でもプロレタリア的でもなく単に革命家よ」とトロツキーに語る会話のくだりを引用して、ブルジョアとプロレタリアの階級の対立を曖昧にしよう試みる。だがトロツキー著の「レーニン」を普通に読めば、そのくだりはトロツキーやレーニンがリベラル革命家に甘いザスーリチを批判的論じている個所であることは分かるはずだ。

中国でもトロツキーは「右派」とか「裏切り者」とそしられてきた歴史はあり、その文脈でトロツキーの著書=右派or階級協調派として翻訳・紹介されている可能性もあるのかと、上記の汪論文の参考文献にあるトロツキーの中国語版「論列寧」を確認してみたが、中国語版は日本語版とほぼ同じ内容なので、ふつうに読めば誤読することはないはずだ。

だが汪教授はどうしたことか、まるでこのザスーリチの立場を、トロツキーも、そしてレーニンも評価していたように引用している。その証拠にザスーリチのくだりのすぐ後に、レーニン死去2周年を記念する大会での李大釗の演説の一節を紹介している。

「レーニンの人格は偉大で、彼の友人、信奉者であろうと、彼の敵であろうと、誰もがそのことを認めないわけにはいかなかった。ロシアの人民は共産主義者でないものは、往々にして共産主義には反対だったが、レーニン個人は非常に尊敬されていた。」―――李大釗

この演説がおこなわれたのは第一次国共合作の真っ最中の1926年1月17日のことだ。

そして汪教授はこう続ける。

「李大釗はレーニンと孫文の第一の共通点として、かれらの革命家の人格には階級利害の範疇を超える力があり、友人や信奉者からの承認だけでなく、その仇敵もその力を認めざるを得ないことにあると考えた。」

ここまでくると、ザスーリチのくだりは誤読ではなく意図的な曲解であったと考えざるを得ない。

「革命家の人格には階級利害の範疇を超える力がある」!!! 

ダボス会議で「一国主義に未来はない」という民族共産主義者毛沢東の「世界文化大革命」を彷彿とさせながら「人類は運命共同体です」と中国の特色ある資本主義グローバリゼーションとしての「一帯一路」を宣伝する習近平による階級の利害の範疇を超える「革命家の人格」のことを、汪
教授は言いたいのだ。

言うまでもなく、この「階級の利害の範疇を超える力」とは、労働者や貧農の利害を鉄のブーツで踏みつけて粉砕しながらその屍を越えていこうとする力のことである。

これまで汪教授を持ち上げてきた日本の知識人は、この汪論文を翻訳して紹介する責任がある。われわれは鉄のブーツに踏みつけらても抗う中国の労働者、農民、人権派への連帯を続けると共に、毛沢東と中共の人民戦争=人民戦線批判を続けた中国老トロツキストの未邦訳の論考を翻訳する理論的責任があるだろう。(H)

●習近平路線の一断面 民族主義に傾倒する「新左派」
 強い国家求めナチス思想家の主張をも参照
 ブレイン・ハイオレン(週刊かけはし2021年2月8日号)

 http://www.jrcl.net/frame210208%206.html

※なおブレイン論文の原文(英語)はこちら

 https://lausan.hk/2020/who-are-the-chinese-left-nationalists/
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