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【報告】 横堀・団結小屋破壊を許さない!5.20三里塚・横堀現地集会とデモ

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DSCF0984 三里塚大地共有委員会(Ⅱ)と 三里塚空港に反対する連絡会は、横堀農業研修センターで「横堀・団結小屋破壊を許さない!5・20三里塚・横堀現地集会とデモ」を行い、60人が参加した。

 成田空港会社による三里塚闘争への敵対を忠実に代弁する東京高裁第9民事部(下田文男裁判長)は、4月25日、横堀・団結小屋破壊裁判(建物収去土地明渡請求事件)で反対同盟に対して横堀・団結小屋撤去と土地明け渡し、原告(尾野良雄(元横堀農民)=空港会社)の仮執行を認める不当判決を言い渡した。

 高裁は、団結小屋の所有者をなんとしてでも反対同盟のものにするために「総有」(多数の者が同一の物を共同で所有する場合の一つの形態で各自に持ち分や分割請求権もない)論を強引にあてはめ、支援によって建設・維持されてきた歴史的経緯を捻じ曲げた。空港会社にとって団結小屋が反対同盟の所有でないと提訴の前提自体が瓦解してしまうからだ。

 空港会社のねらいは、大地共有委員会(Ⅱ)の連絡先でもある横堀・団結小屋を破壊し、住民を追い出し、一坪共有地運動を破壊するためにある。逆に言えば、それだけ一坪共有地運動が空港会社に打撃を与え続けていることを証明している。

 さらに一坪共有地を強奪するために現闘本部共有地裁判、柳川秀夫さん持分裁判、横堀共有地(鉄塔前のくぼ地)裁判の控訴審が闘われているが、木の根ペンションとプールの共有地、横堀大鉄塔と団結小屋、案山子亭、横堀研修センターなどの闘う拠点への破壊にまったく着手できないでいる。東峰地区住民への追い出しを許さず、闘う拠点を防衛し、空港会社を追い詰めていこう。



三里塚闘争の大義を掲げて



 集会は横堀研修センター内で行われた。

 横堀・団結小屋住人の山崎宏さん(労闘―労活評現闘)は、団結小屋破壊裁判の経過報告と不当判決を批判し、「三里塚闘争の初心を貫いて闘っていきたい」と発言した。

 加瀬 勉さん(三里塚大地共有委員会<Ⅱ>代表)は、「今日は、1978年5.20開港阻止決戦を戦った日だ。40年闘う決心は変わらず、闘いを進めていく。いっそうの奮闘を誓い合おう」と力強く訴え、「決意表明」(別掲)をアピールした。

 清井礼司弁護士は、高裁不当判決後、上告するとともに今後の闘いの方向性を提起し、「判決で仮執行がついたので土地明け渡し、団結小屋破壊の強制執行が可能となった。原告の手続き後、裁判所の執行官がいつまでに退去せよと山崎さんに通告に来る。退去拒否状態の場合、二回目に着手する。民間業者が荷物移動などを行い、警察に警備要請する。不当弾圧が予想されるが、ともに抗議していきたい。三里塚闘争の大儀を掲げて闘っていこう。福島、沖縄に通ずる闘いだ」と強調した。

 集会後、デモに移り、元辺田公民館跡を折り返して研修センターに戻るコース。横堀一帯に「団結小屋破壊を許さない!三里塚空港粉砕!」のシュプレヒコールを響かせた。

 デモ後、横堀大鉄塔に移り交流会。渡邉充春さん(関西・三里塚闘争に連帯する会、東峰団結小屋維持会)から関西新空港反対運動と一坪共有地運動の取り組みなどを報告。さらに長野から駆けつけたたじまよしおさん、木の根プロジェクト、田んぼくらぶから発言があった。(Y)



 「決意表明」



 加瀬 勉(三里塚大地共有委員会<Ⅱ>代表)




 4.25横堀団結小屋撤去東京高裁不当判決に断固として抗議する。我々は4.25横堀団結小屋撤去の不当判決に絶対に承服できない。

 事業認定取り消し訴訟に始まる三里塚空港反対闘争40年余の闘いのなかにおける幾多の裁判は、三権分立・司法の独立とはほど遠い政治裁判であり、階級支配の裁判であり、権力の弾圧裁判での歴史であった。今回の東京高裁の判決も同じものである。我々はこの不当判決に一度も屈することなく徹底的に戦い抜いてきた。これからも戦い抜いてゆく。これが我々の決意であり、基本的な態度である。

 我々は国家の空港建設という巨大開発に先祖伝来の農地を奪われ、山野を奪われ、家を破壊され、多くの三里塚の部落は消滅し、また、多くの農民は村を追われ離散していった。我々はこの国家権力の暴力的政策に生死をかけ徹底的に抵抗してきた。いま、福島の原発事故により、東北、関東の広範な地域の人たちが三里塚の農民の運命と同じくすることとなった。

 我々三里塚の農民は反原発を呼びかけ、共闘し、原子力船むつの廃船を目指して人民の船を大海に出航させ「むつ」を追跡し廃船に追い込んだ。フランス・ラアーグからの核再処理輸入阻止の行動にも立ち上がった。

 以来、今日まで反原発の闘いをつづけてきたが、原発安全神話とその政策を阻止することはできなかった。福島の原発事故の悲劇を阻止できなかったことは痛恨のきわみである。我々は自己の人間としての全存在と良心の全てかけてこの悲劇を克服するために新たなる戦いに立ち上がらねばならない。

 民主党政権、野田内閣は理念なき内閣であり、信念なき迷走内閣である。自民党にすりより、政権にしがみついてゆく反動的政府である。我々は彼らが言う国策である三里塚ハブ空港化を阻止した。

 然るに30万回発着。格安航空便によって野望を成し遂げんとしている。一坪共有地の金銭買収、あるいは横堀団結小屋強制撤去等の強権政治を40年一日の如くおこなっている。三里塚空港建設の失敗を省みず、福島の原発事故の悲劇を教訓とすることができず、原発の技術の輸出、原発の再稼働など亡国の政策を推進せんとしている。我々は、この野田内閣の亡国政策に対決し、その政策を廃棄させなければならない。

 20世紀の科学文明は侵略戦争と広島、長崎の原爆の悲劇をもたらした。21世紀の科学文明の始まりは、福島の原発事故の悲劇をもたらした。広島、長崎、第五福竜丸の被爆、チェルノブイリ、スリーマイル、福島の悲劇を教訓として巨大開発や大資本の暴走を阻止し、人間の命の尊厳を護り取り戻し解放するために、その崇高な歴史的使命と責任を果たしてゆかなければならない。三里塚一坪共有者1100名。大地共有委員会は、その先頭に立って戦うことをここに表明する。

【フランス大統領選一つの総括】「左翼戦線」、そしてその現在は?

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front de gauche soutiensフランス:左翼戦線、そしてその現在は?
 
フランソワ・サバド

 二〇一二年のフランス大統領選挙で起きた驚くべき事態の一つは、左翼戦線とジャン=リュック・メランションの運動だった。その集会には何万人もが参加し、第一回投票で一一・〇一%を獲得するという注目すべき数字を残した。

 確かに左翼戦線の指導者たちは一五%以上獲得すること、何よりも国民戦線の指導者マリー・ルペンを抜いて第三位につけることを望んでいた。しかし選挙戦当初の世論調査での五%という予測を超えて一一%に達したことにより、かれらは「ラディカル左派」のスペースを支配し、革命的左翼の周縁化に成功したのである。



現実の力学



 この選挙運動期間中、大衆的影響力を持つ左翼改良主義勢力が再建された。これは幾つかの要因の結果である。

●社会的敗北に刻印された情勢。それは「闘争で妨げられたものであっても選挙で妨げられることはない」という希望と幻想に有利に作用した。

●共産党勢力の再動員(ポルトガル、スペイン、ギリシャでも見られた)。それはかれらがここ数年間、政権に参加しておらず、制度的機構や労働組合での位置を保持していたという事実に基づいていた。

●メランションのなかなかみごとなキャンペーン。最低賃金一七〇〇ユーロや公共サービスの防衛といったラディカルな目標を擁護する彼のスピーチは、ヴィクトル・ユーゴーの作品や、労働運動の最も輝かしい時期への革命的想像力を喚起した。この魔力は、左翼戦線諸党(訳注:左翼戦線は共産党と、社会党から左分裂した左翼党を中心に形成された選挙ブロック。メランションは左翼党のリーダー)を超える政治的力学を解き放つことになった。その運動はなによりも、とりわけあいまいで退屈きわまる(最も穏健な言い方をすれば)フランソワ・オランドとの対比で、際立つものとなった。



あいまいさと矛盾



 しかしメランションの強い印象を与える選挙運動は、あいまいさと重い矛盾を抱えたものであり、それはNPAの独立的な運動を正当化させるものだった。NPAと左翼戦線は、社会的課題(賃金、雇用、公共サービスの防衛)や民主主義的要求(比例代表制や移民の権利の擁護)については、共通の立場を取っていた。二つの組織は、国民戦線に反対する闘いでは統一していた。他方、別の課題については、両組織は鋭く分かれていた。核エネルギー問題では、フランスの原子力産業との多くのつながりの糸にまとわりつかれていたフランス共産党(PCF)指導部とNPAの間には、大きな不一致があった。

 われわれは多くの目標を共有しており、左翼戦線の運動をめぐる力学は、新しい政治的可能性を現実化する道を開いている。だが、重要な闘争に関わり、われわれの要求の実現を勝ち取る上で、PCFとジャン=リュック・メランションは資本家たちの権力との対決を拒否している。かれらは資本家の所有権ではなく、金融政策を非難する。かれらは公的な銀行部門を求めているが、銀行の収用や社会的統制の下での国有化を拒否し、公的銀行部門と民間銀行部門の競争を支持する。かれらは債務スキャンダルを非難するが、債務帳消しを拒否する。メランションは数年間にわたる債務返済を提案し、資本家と大衆の負担を相殺する。

ここでも一貫性が必要だ。われわれが市民による債務監査の運動に参加するのは、債務帳消しの土台を準備するためであって、漸次的支払いのためではない。左翼戦線の指導者は、「エコロジー的計画化」について、その計画に必要な戦略的資源、とりわけ経済の中枢部門である交通・運輸部門やエネルギー部門の社会化について示すことなく提示している。

 左翼戦線指導部の改良主義的方針は、政治的・歴史的レベルにおいてメランションの「共和主義」的立場と手を携えたものである。それは、ブルジョア階級に反対して社会的共和国を主張したパリコミューン派ではなく、「国民」「共和国」「国家」という言葉を一体化させて共和国を擁護した共和派の立場なのである。この概念は、「市民革命」あるいは「投票箱による革命」を、支配階級の国家の諸制度に対する尊重に従属させるものだ。メランションは、米帝国主義については自由に批判を喚起するが、フランス帝国主義に対してはそんなことはしない。彼は大統領選挙期間中に「現情勢の下では、核抑止力は依然としてわれわれの防衛戦略の中心的要素である」と再確認したのである。

 詳細にわたって疑問を呈するわけではないにしても、こうした概念はメランションの政治における中心的要素である。彼は大衆運動を方向づけ、従属させ、共和国の諸制度との両立・調和をはかるために、彼のなしうるすべてのことをやるだろう。



左翼戦線への方針は?



 左翼戦線との政治的関係について、われわれは以下の諸要素を考慮に入れる必要がある。運動力学だけではなく政治構想も。動員力だけではなく全般的政治プログラムも。活動力(アクティビズム)の再生だけではなく指導部の政策も。

 幾万人もの活動家、幾十万人もの有権者たちが、その投票あるいは左翼戦線のイニシアティブへの参加に、ラディカルで社会的・民主主義的な内実を与えることになった。それはかれらにとって、右派の緊縮政策への拒否であるだけではなく、左派の緊縮政策への拒否でもあった。かれらは最低賃金一七〇〇ユーロ、レイオフ禁止、公共サービスの防衛、公共部門での非正規・不安定労働者の正規化、登録証を持たない人びとの擁護といった死活的な要求で共に動員を行うことで、それを示したのである。

われわれの側は、行動における期限付きの統一を超えてさらに先に進むことが必要だと確信している。オランド政権が準備している緊縮政策に対して、われわれは左翼戦線ならびに他の組織(LO[労働者の闘争]と「オルタナティブ」)に、政権への統一反対派勢力の建設を提案する。NPAにはその用意がある。そして左翼戦線はどうするのか? この闘いは国民戦線が反対派の旗振りをすることを許さないために決定的である。左翼戦線の活動家や支持者と共同の行動の中で対話しなければならないのは、こうした問題である。

同時に左翼戦線がPCFとメランションが指導する政治的組織であって、たんなる統一戦線ではないことを忘れるべきではない。それは党ではないが、すでに政治的運動である。この事実は、すべてが決定されているわけではなく問題が残されていることを意味している。現段階では左翼戦線の指導者たちは、政権に参加する意思がないようだ。メランションは「一〇年以内に権力を、全権力を取る」ことを目標にし、彼が率いるわけではない政権への参加を排除している。

危機の強制の中でPCFは、過去に使われた「参加しないが支持」という定式を選択するように思われる。PCF指導部とメランションの間で緊張が浮上する可能性もある。PCF全国書記のピエール・ローランは、議会選挙の目標を「左翼戦線を最大限に増やした上で国民議会での左翼多数派の選出」に設定している。PS(社会党)とともに左翼多数派を形成するのか? オランド政権の予算案の票決の際に左翼戦線の国会議員はどうするのか。ほとんどすべての地方議会で、左翼戦線の議員がすでに社会党と連携しているようにか。こうした諸問題が残されている。共同行動を可能にするために、われわれの側からする適切な戦術的政策が必要になる。

この段階で、左翼戦線によって描かれている仮説のどれも、その改良主義的構想に挑戦していない。かくして左翼戦線に参加しようという呼びかけが、NPA内部からも発せられている時、われわれはそれとは違って、反資本主義組織は左翼戦線の戦術的展開に依存することはできない、と考える。左翼戦線に参加するということは、PCF指導部とメランションを受け入れることである。政治的場に重点を置けば、統一行動の活性化と批判へのあらゆる可能性を保持することは、左翼戦線からのNPAの独立性を必要にする。反資本主義組織の独立は戦術的な選択ではない。それは、革命的潮流の歴史的継続性を維持する戦略的選択なのだ。NPAには二重の挑戦が提起されている。その組織的建設を再開すること、そしてとりわけ左翼戦線との関係での統一政策の設定である。



▼フランソワ・サバドは第四インターナショナル執行ビューローのメンバーで、フランスNPA(反資本主義新党)の活動家。彼は長きにわたって革命的共産主義者同盟(LCR)の全国指導部メンバーだった。



(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年五月号)
 

【案内】5.12 東電前アクション

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【拡散歓迎・核不拡散】
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柏崎刈羽の再稼働なんてありえない!
東電「事業計画」を撤回させよう5.12アクション


<呼びかけ>
東電前アクション!
Blog
http://toudenmaeaction.blogspot.jp/
Email toudenmae.action@gmail.com

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■日時:2012年5月12日(土)
 15時~16時頃まで
(アクション後、交流会やりますのでぜひご参加を!)

■場所:東京電力本店前
 東京都千代田区内幸町1丁目1番3号
 JR・東京メトロ・都営地下鉄浅草線新橋駅より徒歩5分
 都営地下鉄三田線内幸町駅より徒歩3分

【柏崎刈羽の再稼働なんてありえない!東電「事業計画」を撤回させよう5.12アクション】

東電の「総合特別事業計画」が酷すぎる。(収支悪化を防ぐため)柏崎刈羽原発を2013年度中に再稼働、今年7月家庭用電力値上げ…。
完全にダメ!東電前に集まって私たちの声を突きつけよう!

5月5日に全原発が停止
「もう絶対動かさせない」
この決意を胸に刻んで、実現させるための日が5月12日です!

東電本店前を埋め尽くそう!

【参考-朝日新聞】
2013年度中に柏崎刈羽原発を再稼働させる、、、。
柏崎刈羽原発「13年度再稼働」 東電の事業計画に明記
http://www.asahi.com/business/update/0425/TKY201204240803.html

■鳴り物、自作プラカード、歌う人、叫ぶ人、静かに意思表示する人歓迎
■非暴力・反差別の取り組みとして呼びかけます      

【三里塚反対同盟声明】 東京高裁の団結小屋破壊判決弾劾!

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東京高裁の団結小屋破壊判決弾劾!

三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人 柳川秀夫)

労活評団結小屋 東京高裁は4月25日、空港反対同盟に対して不当にも横堀の団結小屋の撤去を認める決定を下した。

 原告である小屋の地主は団結小屋を空港反対同盟のものであると決めつけ、反対同盟を被告にして小屋の撤去を求めた。

 反対同盟は団結小屋の歴史的経緯や実態からして支援の共有物であり、「団結小屋の所有者たる実質的な当事者を誤ったものとして、速やかに棄却されるべきである」として、提訴自体を取り下げるよう求めた。

 しかし、一審千葉地裁は反対同盟の主張を退け、原告の事実に反する言い分を全て認める判決を下した。

 反対同盟は直ちに控訴したが、東京高裁は実質審理を何ら行わず一回で結審し、控訴棄却の判決を下した。

 しかも地主が求めた仮執行(最高裁で確定する以前に強制撤去できる)を認めたのだ。


 原告は地主個人だが、この裁判は空港会社の反対同盟つぶしの意図のもとに行われていることは明白である。

 団結小屋が一坪共有運動の連絡先となり、一坪共有地強奪の裁判提訴に抗する現地拠点となっていることに対し、それを除去しようとする攻撃にほかならない。

 空港会社はシンポ・円卓会議で確認された「今後強制的手段を用いない」という約束を一方的に反古にし、裁判を使って用地内の反対派の土地を取り上げ空港を拡張・整備してきた。 反対同盟はこのような空港会社のやり方を断じて許すことはできない。そしてそれを追撃し、加担する司法権力―東京高裁の決定を弾劾する。

 我々はこのような不当な判決をはねのけて空港反対の闘いを貫いて行く決意である。




 2012年4月26日

【報告】原発ゼロの日 さようなら原発5・5(ゴーゴー)集会

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 五月五日午後一時から、東京芝公園23号地で「原発ゼロの日 さようなら原発5・5(ゴーゴー)集会」が、さよなら原発1000万人アクションの主催によって開催された。真夏を思わせる晴天の下、さまざまな反原発団体、労組、市民五五〇〇人が集まった。


 日本で唯一稼働している北海道電力泊原発の3号機がこの日に定期検査入りして停止する。原発ゼロの日だ。この状態を持続し再稼働を許さないために集会は開かれた。


 最初に生田卍さんによる歌が披露された後、集会が行われた。司会を猿田佐世さん(弁護士)が行った。猿田さんは渡米中にドイツの国防相と会った時、「今、福島はどうなっているのか」と聞かれ、原発の再稼働に向けた動きがあると報告すると、「なぜ、大事故があったのに原発を続けようとしているのか考えられない」と言われた。決して日本の原発をめぐる動きは世界標準ではないというエピソードも紹介しながら、軽快な司会を務めた。


 主催者あいさつが、鎌田慧さん(ルポライター・呼びかけ人)、澤地久枝さん(作家・呼びかけ人)、内橋克人さん(経済評論家、呼びかけ人)の三人から行われた。


 鎌田さんは「長年反原発運動を行ってきたが、福島原発事故を阻止できなかったことの痛苦の反省の上にたって、原発のゼロの日の歴史的瞬間をお祝いしたい。六ヶ所村の人びとをはじめ長年にわたり運動をしてきた人たちはすでに亡くなった人たちも大勢いる。こうした人たちの魂といっしょに祝いたい。そして、今後もゴーゴーしていく。一〇〇〇万人署名を突きつけ、絶対に政策を変えさせる。自信を込めてがんばろう」と語った。


 澤地さんは「野田首相はアメリカに行き、日米同盟の強化を訴えた。一九四〇年のヒットラー、ムッソリーニと軍事同盟を結んだがこれは間違いであった。核はいらないとハッキリした態度を示す国になりたい」と話した。


 内橋さんは「夕方五時に泊原発3号機は停止し、午後一一時に核分裂反応が完全に止まり、原発ゼロになる。『原発を止めるのは集団自殺だ』と言った人がいるが何の破綻も起きていない。しかし、この事態は新たな原発立国への準備だ。再稼働のための点検・準備をしている。燃料棒の四分の三を取り替える。三・一一前の姿の入念な準備をしている。われわれは持続可能・永久にゼロにするために進まなければならない。原発がなければ生きてゆけないような社会を変えなければならない」と、今後の厳しい攻防について注意を喚起した。


 賛同者からは、古今亭菊千代さん(落語家・賛同人)と神田香織さん(講談師・賛同人)が発言した後、長田秀樹さん(北海道平和運動フォーラム事務局長)が泊原発の危険性について訴えた。


 「泊原発が止まります。それは全国の声の結集点だ。泊が止まれば電力が三・一%不足するから、再稼働したいというが泊原発は危険な原発だ。第一に、原発は砂岩・泥岩の上にあり、下には活断層がある。そして北海道の西のはじにあり、強い風が吹く。事故が起きれば札幌など甚大な被害が起きる。第二に、事故が起きた時、道路は行き止まりであり、いったん原発に向かって避難することになっている。第三に、大飯原発のまわりの知事はストレステスト一次審査だけではダメだと言っているのに、経産省OBの高橋北海道知事は国の判断待ちとして、安全問題をないがしろにしている。五月八日には知事の申し入れをする」。


 山口幸夫さん(原子力資料情報室共同代表)が脱原発に向かうには「原子力ムラをどう壊すか。大飯原発の再稼働をめぐるストレステストによっても、ムラはまったく変わっていないから、再稼働を容認した」と批判し、秋にも発足する原子力規制庁を監視する民衆運動を提起した。チェ・ヨルさん(韓国・環境財団代表)が韓国での反原発運動を紹介しながら、中国・韓国・日本で脱原発ネットワークをつくり、平和的な東アジアをめざそうと訴えた。


 次に、経産省前テントひろばにも参加している福島の「原発いらない女たちの会」の仲間たちが壇上に登壇した。代表して椎名ちえこさんが「福島は桜、桃の花が終わり、緑がきれいになったが三・一一のまま止まっている。線量が高くても日曜日にはキッズパレードだ、夢のマラソンだと復興キャンペーンのイベントが行われている。しかし、われわれは負けない。訴訟団が起こされ、命の診療所作りが立ち上がった。原発は止まったのではなく、止めたんだと確認したい。どんな絶望的なことが起きても、子どもたちの命は守る、そんな思いでここに集まっている。つながりを強め、原発ゼロを作り出そう」と力強く訴えた。彼女たちは伝統の「かんしょ踊り」をパレード出発出口で披露した。


 続いて「さようなら原発鯉のぼり」を参加者が持ち、スタンドアップのパフォーマンスを行った。落合恵子さん(作家・呼びかけ人)が「四二年ぶりに原発ゼロになったが、一六万人の人々が避難している。二度とこんなことはごめんだ。原発というこれ以上のテロはない。子どもたちの未来をかけて、原発ゼロの社会を作っていかなければならない。これからそのために一歩を歩みだそう」と呼びかけ、まとめとした。


 パレードは芝23号地~東京タワー~芝大門~浜松町~旧芝離宮庭園(JR浜松町駅前)と行われ、道行く人々に、「原発ゼロの持続、再稼働反対」をにぎやかに訴えた。(M)

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【報告】60年目の沖縄デーに植民地支配と沖縄を問う4・28集会

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428 四月二八日、反安保実行委員会は四・二八~二九連続行動の企画として反「昭和の日」実行委員会とともに「60年目の『沖縄デー』に植民地支配と日米安保を問う」集会を東京・文京区民センターで行った。八〇人が参加した。

 今年の四月二八日は、一九五二年のこの日、サンフランシスコ講和条約が発効し、沖縄を米国の施政権=米軍による単独支配下に残したまま、日本が「独立」を達成した日から六〇年目にあたる。沖縄を「本土」から切り離して米国の軍事植民地として打ち固めることになったサンフランシスコ講和条約は、安保条約とセットのものとして、一九七二年の「本土復帰」以後も今日まで続く米日両国による沖縄支配の結節点だった。そして「本土」による沖縄の切り捨てと米軍による単独支配、基地の重圧をもたらしたサンフランシスコ怖条約と日米安保条約のいずれにおいても昭和天皇裕仁の意思がくっきりと刻みこまれているのである。それはヤマトによる沖縄への植民地主義的差別と支配の構造をどう清算・克服するのか、という課題を提起している。



 この日の集会の講師は、沖縄NGOセンター代表で写真家でもあり、また沖縄キリスト教短大で平和学の講座を持っている新垣誠さんと、編集者で民族問題研究者の太田昌国さん。

 この日沖縄は「梅雨入り」した。「デイゴの花が咲く梅雨の季節には、落ちつかなさを感じる年寄りが多い。それはどうしても戦争の記憶がよみがえるからだろう。日米安保が生きているかぎり沖縄の戦後は終わらない」。一九七二年の「復帰」当時は小学校一年生だったという新垣誠さんは、こう切り出した。そして昨年末の沖縄防衛局による辺野古環境アセスメント評価書提出に対する沖縄の人々の抗議活動などの画像を写しだしながら、「土地の記憶」の持つ意味について語った。

 「私が住んでいる場所は、母校でもある首里高校の近くだが、その場所は鉄血勤皇隊(沖縄戦で戦闘任務に動員された一四~一七歳の旧制中学生、師範学校生、職業学校生などからなる学徒部隊)の出撃拠点でもあった。そこでは私の子どもの時にも不発弾が掘り出されることがよくあった」。新垣さんが写真を撮るようになったのは、「言葉にならないものを表現できないのか」という思いからだった。新垣さんの写真は人々の日常生活や集会の場でのちょっとした表情や笑顔を切り取って、「言葉では伝わらない意思」を伝えることに成功しているように思われた。

 新垣さんは「日本政府に再統合されてから四〇年」の今日、いま取り沙汰されている「嘉手納統合案」をグローバル資本主義とグローバル軍事の最悪の形での結合だと批判した。そしてPAC3の配備にふれて「米軍よりも日本政府の動きにこそ警戒しなければならないし、辺野古新基地阻止と合わせて日米両国が積み上げてきた軍事化=安保に注目し、祖父・祖母たちの悲惨な体験を継承していかなければならない」と訴えた。



 次に太田昌国さんが、「戦後日本国家と継続する植民地主義」というテーマで報告。太田さんはまず「戦争と植民地支配」の問題について内省的に問題を取り上げようとする際に「いつまでも謝罪を求められるのは日本だけだ。西欧の植民地帝国は過去を謝罪したことなどない」という反論が出されることについてふれ、そうした意見への批判を次のように語った。

 「近代植民地主義の問題を考える時、ソ連崩壊後のグローバル資本主義の制覇の中で、改めて第一期のグローバリゼーションの画期となった一五世紀末のコロンブスのアメリカ大陸到達と侵略への歴史的な捉え返しが進んでいった。一九四五年の第二次世界大戦の終焉は、枢軸三国の敗北であり、それとともにアジアなどの旧植民地諸国の独立に導いたが、東西冷戦の中では植民地主義の問題がきちんと論議されることはなかった」。

 「しかし東西冷戦の終結は、あらためて奴隷貿易の歴史について英米が謝罪しなければならない状態をもたらした。謝罪と補償の間に大きな溝があったことは事実だったとしてもである」。

 「日本の植民地侵略の歴史は明治政府による蝦夷地と琉球の併合から始まった。一九四五年の日本の敗戦は、しかしそうした植民地主義の歴史との断絶を経験しないままであった。ドイツと日本との違いは、日本が身にしみて『敗北』の実感をかみしめることがなかったことにある。東西冷戦構造の中で、日本はそうした過去と向き合うことをしないで済まされたともいえる」。

 「二〇〇一年の九月、南アのダーバンで開催された人種差別と奴隷制に反対する世界会議は、欧米による奴隷貿易・奴隷制、人種差別を人類に対する犯罪」と告発した。多くの点で不十分性を持っているものの、少なくともここまで来たことについては確認すべきだ」。

 このように語った太田さんは、侵略・植民地主義・人種差別の克服に関して、遅々たる歩みではあれ「ここまで来た」と前向きに考えることも必要だ、と語った。

(K)
 

『中国トロツキスト全史』の日本出版によせて

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chitro

中国の陳独秀研究者の唐宝林氏が1994年に台湾で出版した『中国トロツキスト史』の全訳が出版された。日本での書名は『中国トロツキスト全史』。

この本については94年の出版直後から、当事者である王凡西や鄭超麟ら中国の老トロツキストたちからの批判的見解が表明され、日本でも『トロツキー研究』誌上でもそれらの批判的見解が翻訳紹介されていた。

日本でも当初この本の出版を検討していたという事情もあったことから、著者の唐氏も老トロツキストらの批判に反論し、もし問題があるなら(1)本文の箇所はそのままにして、老トロツキストの批判的書評と唐氏の反論を合わせて掲載する、(2)本文の基調は変えずに、指摘された問題箇所を修正するか、関連資料を資料として掲載する、ということで、日本での出版を進められないか、という提案がされた経緯がある。結局、出版の話はお流れになってしまったようだった。

それから10年以上が経過して日本語での出版というニュースを聞き、「いまさら?」とややおどろいたが、もしかして上記の(1)か(2)のような加工を加えた上で、出版あとがきか訳者あとがきで説明がされているかな、と期待してさっそく購入したのだが、残念ながらそのような形跡はみうけられなかった。

 + + + + +

訳者あとがきでは、本書への批判として「トロツキズムへの理解をほとんど欠落されている」という見解の一言のみを紹介しているだけで、中国老トロツキストの批判的書評は参考文献にさえ紹介されていない。

以下に王凡西と鄭超麟の批判的書評、および唐宝林氏による反論などが掲載された『トロツキー研究』を紹介する。

・王凡西:書評『中国トロツキスト史』
・鄭超麟:書評『中国トロツキスト史』
 長堀祐造 訳 『トロツキー研究』17号(1995年秋号)掲載

・グレゴール・ベントン:王凡西へのインタビュー
 長堀祐造 訳 『トロツキー研究』19号(1996年春号)掲載

・唐宝林:歴史の真相は隠蔽しえない!
 緒方康 訳 『トロツキー研究』20・21号(1996年夏・秋号)掲載

・王凡西:『中国トロツキスト史』の著者に答える
 長堀祐造 訳 『トロツキー研究』20・21号(1997年夏号)掲載

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横堀・団結小屋破壊裁判 東京高裁不当判決糾弾!

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横堀判決+012 4月25日、東京高裁第9民事部(下田文男裁判長)は、横堀・団結小屋破壊裁判(建物収去土地明渡請求事件)で空港会社の指示のもとに原告となった地主・尾野良雄(元横堀農民)の主張を追認し、三里塚反対同盟に対して「工作物を収去して本件土地を明け渡せ」と通告し、拒否するなら「仮に執行することができる」いう不当判決を言い渡した。

 判決は、原告=空港会社の三里塚闘争に対する敵対の意図を受け入れ、横堀団結小屋(反対同盟の連絡先/労闘―労活評現闘常駐)の破壊への全面的な加担だ。反対同盟と弁護団は、不当判決を許さず、ただちに上告し、裁判闘争を闘いぬく決意だ。団結小屋破壊のための「仮執行」攻撃を許さない。



結論ありきの訴訟指揮



 高裁は、反対同盟の「本件工作物は、被告が所有するものではなく、支援者らの共有である」という主張に対して、まともに審議することもなく、たった一回の裁判だけで結審してしまった(二月一五日)。最初から不当判決の結論ありきで強引に訴訟指揮したあげく、団結小屋が「被告構成員の総有に属することを認めることができ、法的に被告が工作物の収去義務や本件土地の明渡義務を負うことは明らかである」と断定し控訴棄却した。

 千葉地裁と同様に高裁は、判決で「総有」(多数の者が同一の物を共同で所有する場合の一つの形態で各自に持ち分や分割請求権もない)を押し出してきた。空港会社にとって団結小屋が反対同盟の所有でないと提訴の前提自体が瓦解してしまうからだ。つまり、原告は、団結小屋の所有者が支援であるが、その関係を特定することができないために団結小屋建設経緯の事実を手前勝手に歪曲したのである。

 高裁が無視した横堀団結小屋の歴史の事実はこうだ。1971年夏、宇都宮大学全共闘、新潟大学全共闘、労活評―安保研が建設した。70年代末、労活評の単独管理となる。1989年に成田治安法が適用される(97年解除)。2000年7月、空港公団の指令によって尾野が労活評現闘を被告にして退去を求めて千葉地裁に提訴した(一審、二審ともに敗訴)。ところが裁判の過程で尾野の土地ではなく、空港公団が買収した土地の一部であることが判明するという杜撰な実態が明らかになる。25年間なんの問題もなく経過したため「時効取得」によって尾野の所有となった。だが団結小屋はその後も労活評管理によって維持し続けている。

 このように横堀団結小屋は、支援者によって建てられたのであり、支援の共有物なのである。反対同盟は多くの様々な支援者を現地に受け入れたが、それはすべて支援者自らの自立・自活・自前を大原則としていた。しかも横堀・団結小屋は、横堀部落との協同・協力関係のうえで支援が闘争拠点として建てたのだ。だから「空港会社の請求は、反対同盟に当事者適格を欠く不適法であり、団結小屋の所有者たる実質的な当事者を誤ったものとして、速やかに棄却されるべき」であり、原告の提訴自体を取り下げるべきなのだ。



一坪共有地運動の敵対を許さない



 空港会社が一坪共有地を強奪するために現闘本部共有地裁判、柳川秀夫さん持分裁判、横堀共有地(鉄塔前のくぼ地)裁判を提訴し、大地共有委員会(Ⅱ)の連絡先でもある横堀・団結小屋破壊裁判を起こしたのは、なんとしてでも一坪共有地運動を破壊するためだ。高裁は、空港会社と共犯者として団結小屋の住人の追い出しと撤去を最高裁で判決が確定していないにもかかわらず、「仮執行」を認めたのである。空港会社と高裁が一体となった一坪共有地運動の敵対を許してはならない。

 空港会社は、年間30万回にむけて発着枠を23.5万回に増やし、来年3月には25万回の拡大を強行しようとしている。航空機の轟音、排気ガスを撒き散らす、人権・環境破壊だ。とりわけB滑走路南端の東峰地区住民の頭上40mにジェット機が着陸のために頻繁に飛行している状態だ。

 さらにB滑走路西側に新たな誘導路の建設、LCC(格安航空会社)の導入と第二ターミナル南側に専用ターミナルを増設することを明らかにした。空港公害になんら歯止めをかけることもなく、空港拡張にひた走っている。政府・成田空港会社による「国策」として空港建設を暴力とカネのバラマキによって押し進めてきた路線は全く変わっていないのだ。



5・20三里塚・横堀現地集会とデモへ



 反対同盟大地共有委員会(Ⅱ)<代表:加瀬勉>/三里塚空港に反対する連絡会は、横堀団結小屋破壊裁裁判の控訴棄却を糾弾し、「仮執行」を許さない「5・20三里塚・横堀現地集会とデモ」(5月20日(日)/横堀農業研修センター/午後1時半/集会後、辺田地区へデモ)を行う。成田空港三〇万回発着を中止せよ!航空機騒音拡大・環境破壊を許さない! 東峰住民の追い出しをやめろ!一坪共有地・団結小屋裁判闘争勝利!すべての原発を停止せよ! TPPに反対する!を掲げて闘っていこう。
 
 

■5・20三里塚・横堀現地集会とデモ

5月20日(日)横堀集会/横堀農業研修センター/午後1時半/集会後、辺田地区へデモ/12時30分:京成東成田駅地上結集(迎車待機)



共催:三里塚芝山連合空港反対同盟大地共有委員会(Ⅱ)<代表:加瀬勉>/三里塚空港に反対する連絡会

〒289-1601 千葉県山武郡芝山町香山新田131―4 電話&fax0479-78-0039
 
 

■京成電鉄時刻表

京成上野駅特急 10:47発→成田駅11:57着 成田駅乗り換え芝山千代田行12:06発→東成田12:12着 (帰りも車に分乗して東成田駅へ)
 
 

■柳川秀夫持分/横堀くぼ地(共有物分割請求控訴事件)第1回控訴審/東京高裁第5民事部/共に5月16日(水)午後4時
 
 

■裁判カンパにご協力を 1口2000円 振替口座:00290―1―100426 大地共有委員会(Ⅱ)

報告:4.27 チェルノブイリ―福島キャンドルナイト ~チェルノブイリ事故から26年、福島とつながるアクション~

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fuku0427


 四月二七日午後七時から、経産省正門前で「チェルノブイリ―福島キャンドルナイト~チェルノブイリ事故から26年、福島とつながるアクション~」が東電前アクション!呼びかけで行われ、降り続く雨の中一〇〇人が参加して行われた。

 最初に、東電前アクション!の栗原さんが行動の趣旨を以下のように述べた。

 「二六年前の四月二六日、チェルノブイリ原発事故で大量の放射能がヨーロッパ・世界中にばら撒かれ深刻な汚染・被害が起きた。三〇〇〇キロも離れたスカンジナビア半島のトナカイを飼って生活する少数民族は一年間に一〇万ベクレルという高濃度の放射能汚染にさらされた。日本にも放射能は飛んできて一九八八年二月脱原発二万人集会が実現した。しかし、その後、脱原発の大衆的な運動は衰退した。そして、昨年の福島原発事故が起きた。何回事故を繰り返すのか、忘れてはならないことを忘れてしまう。そんなあり方を直していこう。絶対にチェルノブイリ、フクシマを繰り返すな」。

 「福島の子どもたちに甲状腺異常が出ているという。ウクライナでは放射線量が1mSVの場所は移住する権利が認められている。しかし、福島では20 mSV以下であれば大丈夫だと住まわそうとしている。チェルノブイリの経験が生かされていない」。

 「いまだ、福島原発事故は収束していないのに、政府・電力会社は原発再稼働をしようとしている。五月五日、泊原発の一基が止まれば原発ゼロの日がやってくるが福島原発事故があったからであり、祝う気にはなれない。それでもその後の闘いがあったからこそつかみとったものだ。このかすかな希望を生かそう。原発停止後は燃料棒を取り出し、廃炉にむけた作業を行わせよう。プラカードは中国語、ハングル、英語、ドイツ語、フランス語などを用意した。今日の行動は全世界のグローバルアクションの一環だ」。

 キャンドルをともしながら、参加者が経産省に向けて、再稼働をやめろと訴えた。テント広場でハンガーストライキを続ける福島出身者は「福島の若者たちが事故の収束のために被曝しながら働いている。再稼働なんかとんでもない。福島をこれ以上踏みにじるな」と怒りの発言をした。ドイツに数十年間住んでいて、一時帰国した人が「日本の脱原発を支援したい気持ちでやってきた。私は核兵器反対運動に参加してきたが、チェルノブイリ以後、反核と反原発はメダルの裏表だと思うようになった。ドイツではチェルノブイリ以後の脱原発の流れが逆戻りしそうになっていたが福島事故で脱原発が決まった。この問題は世界中の問題だ。被爆国の日本がなぜ原発大国になっていったのかドイツ市民にとっては疑問だらけだ。再稼働なんて考えられない。皆で手をつなげば脱原発は可能だ」と報告した。

 参加者からは次々に再稼働の動きを強める経産省に怒りの発言、シュプレヒコールを繰り返した。九週間にわたり、経産省に連続抗議行動をしているグループは午後八時から一時間経産省別館前での抗議行動を行った。首相官邸前での連続アクションには一〇〇〇人が集まり、中学生や母親などが激しい抗議行動を行った。次回は再建計画に二〇一三年度中の柏崎・刈羽原発の再稼働を明記した東電本店に対する抗議行動を五月一二日午後三時から行う予定が報告された。(M)

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東電前アクション!の申し入れ書全文

経済産業相 枝野幸男 様
                                                      4月27日

                        申し入れ書

                                               東電前アクション!
                                               tel
                                               mail

 私たち東電前アクション!は、原発のない社会の実現を目指して活動をしています。
そして今日、旧ソビエト連邦におけるチェルノブイリ事故発生から26年を迎えるに期して、以下のように経済産業省および枝野幸男大臣に求めます。

一、 私たちは、100%安全な原発など存在し得ないと考えています。全国の原発の順次廃炉を決定し、その手続きに直ちに入ること。

一、 再処理をはじめとする核燃サイクル事業の破たんを認め、撤退を決定すること。

一、 政府自身が「点検で停止した原発は安全が確認されない限り再稼働させない」としています。しかし、福島第一原発の4号機は原子炉から燃料を抜いた状態であってもシビアアクシデントを起こしました。経産省は、「安全の確認されていない」全原発の使用前-使用済み核燃料をはじめ、事故を起こす可能性のあるすべての機器の撤去を促進すること。電力会社による再稼働に向けたあらゆる手続きや新たな燃料の搬入などを停止させること。

一、 大飯原発、伊方原発の安全性に関わる「ストレステスト」について、政府・経産省、原子力安全・保安院、原子力安全委員会のいずれもが「絶対に安全」と断言していないのが現状です。そして、手続き的にも、あるいは耐震性の計算などにおいても不備が指摘されています。経産省は、これまでの「ストレステスト」の結果を破棄し、「テスト」を根拠とした再稼働の手続きをすべて中断すること。

一、 東京電力への安全指導を怠り、福島事故を引き起こした加害当事組織である経産省と原子力安全・保安院、原子力安全委員会が、原発の安全を語る資格などないと考えます。新設されるとされている「原子力規制庁」から経産省と原子力安全・保安院、原子力安全委員会の人脈を完全に排し、原発に批判的もしくは懐疑的な識者も含め「規制」に徹した組織とすること。

一、 保安院は即時に解体して、全原発の順次廃炉のための計画と手順を作製し、廃炉作業員に多大な被曝をさせることのないように指導する「廃炉管理委員会」を設置すること。

一、 経産省は、廃炉を決定した原発立地地域の雇用や生活補償に責任を持ち、交付金に代わる「原発に頼らない街づくり」のための基金を創設し、拠出すること。

一、 枝野大臣は「電力不足の状況によっては計画停電もあり得る」などと恫喝じみたことを語っています。しかし、昨年11月1日に開催された政府・国家戦略会議における「第4回 エネルギー・環境会議 第3回電力需給に関する検討会合」では、夏のピーク時に全原発が停止したとしても、日本全国でわずか30万キロワットの「不足」にしかならないと指摘されています。
この数字は、計画停電などするまでもなく大企業をはじめとした多少の努力で乗り切れるものと考えます。社会を不要に混乱させ、昨年には少なくとも二名の交通事故死者を出した計画停電を絶対に強行しないこと。

一、 私たちは、原子力による破滅も、地球温暖化による破滅も拒否します。政府・経産省は「地球温暖化防止のために原発が必要」などとしていますが、原発はその稼動・燃料の管理・放射性廃棄物の管理などを含めれば火力発電とさして違わない「温室効果ガス排出施設」です。また、温暖化の一方の原因である海水温上昇を温排水の垂れ流しによって促進する施設です。経産省は、「地球温暖化防止のために原発が必要」という言説が虚偽であることを認め、その一切のキャンペーンを中止すること。

一、 ドイツやイタリアのようないわゆる「先進国」やニュージーランドのような日本とおなじ島国において、「原発のない社会」は実現し、あるいは実現されようとしています。経産省は「原発のない発電量」に合わせた全社会的な電力消費量の削減のためのロードマップを作製すること。

一、 とりわけ電気を大量に消費する一部上場の大企業に対しては、電力消費量に応じて課税することで消費を抑制し、その税収を原発立地地域への交付金に代わる「原発に頼らない街づくり」のための基金や自然エネルギーの普及に充てる「電力使用税」を新設すること。

一、 原子力にも火力=化石燃料の大量消費にも頼らない、その地域の特性に応じて生活・環境に配慮した小中規模の自然エネルギーによる発電とその全国ネットワーク化への転換を図ること。

一、 私たちは、電気供給のような社会的公共性の高い事業を独占的な営利企業が担うあり方が、原発の安全軽視につながり福島事故を引き起こした大きな一因であると考えます。政府・経産省は、全電力供給事業の「国有化」という選択肢を含む「脱営利事業化」を促進すること。


 以上、原子力から離脱し、低電力消費社会の実現のために、経産省が努力・まい進することを私たちは強く求めます。      
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